15.そうさあいつはアメリカンボーイ










 は、不審者予備軍と思しき人物を電信柱の影から見つめていた。
帝国での長髪グラサンロリコン親父といいフットボールフロンティア開会式のプラカード担当の少女といい、どうも話しかけられやすいタイプらしい。
プラカード持ちの少女は決して不審者ではないが、赤の他人から突然声をかけられるとびっくりしてしまう。
触らぬ不審者に厄介事なしである。
よし、ここはあの人を視界に入れず、何食わぬ顔で通り過ぎよう。
そう決断し電信柱と別れを告げたは、不意にぽんと肩を叩かれ思わず悲鳴を上げた。




「ひっ、わっ、修也!」
「あはは、落ち着いて落ち着いて」
「・・・あ・・・、不審者予備軍の人だ・・・」
「うん、俺から見たら君の方がよっぽど不審者だったよ」



 驚かせてごめんねとウィンクして謝られる。
何なんだこのやけにノリの軽い少年は。
よくよく見ると、どこにも不審者らしさが見当たらない。
スーツケースを引きずっているあたり、観光客なのだろうか。
親の姿は見当たらないし、同い年くらいに見えるのになかなか行動力のある少年だと感心してしまう。
先程から5分おきほどに同じ道に出てきていて、行動力がやや無駄になっている感も否めないが。




「観光の人?」
「まあそんなとこ。ねえ、雷門中ってどこにあるか知ってる? さっきから探してるんだけど何度も君を見つけちゃうんだよね」
「そこだよ・・・っていうか、一緒に行かない? 私もちょうど行く用あるし」
「へえ! 君、雷門中の生徒!?」
「うん。さ、レッツゴー!」




 スーツケース重たくなぁい、大丈夫だよこれでもサッカーやって鍛えてるんだと話していると、あっという間に雷門中に到着する。
いまや堂々とグラウンドを使用できるようになったサッカー部へ案内すると、少年の顔がキラキラと輝きだす。
たちの姿に気が付いた春奈が笑顔で名前を呼ぶ。
さんと呼ばれると、少年が君もちゃんなんだと声を上げる。



「俺の知り合いでさ、ちゃんって子がずっと昔から大好きな人がいるんだ」
「へえ! 私、っていうんだ」
「すごいね、名前もよく似てる! 確かそんな名前の子をお嫁さんにするためにサッカー頑張ってるって言ってたよ! そういえば顔もどことなく似てるかも・・・」
「ほんと!? いやー、その子が将来見込みありそうな人なら私がその『ちゃん』と入れ替わりたい気分」




 冗談交じりの半分本気で笑い合っていると、足元にボールが転がってくる。
グラウンドに飛び出しサッカーに興じ始めた少年を見て、は思わずわぁと歓声を上げた。
なかなかお目にかかれないボール捌きに見惚れてしまう。
どこの人だろうか。
シュートこそ円堂に止められてしまったが、あまりに華麗なプレーにはぱちぱちと拍手を送った。



「すごいねー! 私、あんなに綺麗な動き初めて見たかも!」
「ありがと! 俺、アメリカでサッカーやってて、ジュニアチームの代表候補になったりしてるんだ」
「へえ?」
「将来アメリカ代表入りが確実と評価されている天才日本人プレーヤーがいるとは聞いていたが、まさかお前が?」
「へえ! なんか変な勘違いしちゃってごめんね!」
「いや、俺の方こそ案内してくれてありがとう!」



 わいわいと天才プレーヤーを囲んでいると、秋と土門が帰ってくる。
秋を見つけた途端ぎゅっと抱き締めた少年こそ、3年前に死んでしまったと思われていた一之瀬一哉だった。


































 それからの練習は、主に雷問イレブン対一之瀬という形で行なわれた。
もさっさと用事を済ませると、豪炎寺の隣で一之瀬と鬼道の対決を見守る。
天才ゲームメーカーとフィールドの魔術師の対決などそう見られるものではない。
用事を簡潔に済ませてでも見ておきたかった。
なんだかんだでサッカーが好きなのだ。
豪炎寺に苦笑されるいわれはない。




「すごいね一之瀬くん、鬼道くんもすごいとは思ってたけどさー」
「ああ。鬼道と互角、いや、それ以上に渡り合えるとは!」
「秋ちゃんの幼なじみだっけ? いやー、偉大な幼なじみだよね。さすが秋ちゃん、男見る目あるー」
と豪炎寺だって幼なじみだろ? それに豪炎寺もすごいプレーヤーだ! も負けてないぞ!」
「だってよ。良かったね修也、私に感謝してよね」
「なんでそうなるんだ。円堂、お前までを甘やかすな」




 鬼道との勝負が終わり、今度は円堂がPK勝負をしようと一之瀬に持ちかける。
さすがは筋肉バカの集団だ、何時間やっているのだろう。
きっと彼らは筋肉痛などとは無縁だから、極限まで体を動かすことができるのだ。
羨ましいことこの上ない。
今度豪炎寺に簡単なトレーニングを教えてもらおうと、は決めた。




「そういや、なんで今日ここにいんだよ」
「今更それ? 呼び出しもらったから来たの、はるばる」
「・・・何だよ、遂に先生にも暴言吐いたのか?」
「半田は私を何だと思ってんの。隣の隣のクラスらしい子からのお手紙が引き出しに入ってたから、書いてあったとおり会いに行ってただけ」
「・・・それってまさか」
「好きだから付き合って下さいって言われたんだけど、趣味も性格も合わなさそうだったからごめんねって言ってきた。困るよね、私全然知らない人なのにさ」




 どこで見られてるかわかったもんじゃないよねと続けるに、半田は言いようのない恐怖を覚えた。
の姿がなかったのはわずか10分足らずである。
その短い時間の間に相手の男はおそらく一世一代の告白をし、そしてあっさり振られたのだ。
男がの何を好ましいと思ったのか半田はわからないが、どうせ顔しか見ていなかったのだろう。
こんなどうしようもない子と付き合っても身が保たないだけだというのに、失恋してしまった男が哀れだった。
ただ、告白をした勇気だけは褒めてあげたい。




「・・・まあ、そいつもちょっとした出来心だったんだよ。ほら、は良くも悪くも観賞用だから、それに騙される奴もたまにいるんだよ」
「ねぇ、こないだから人のこと観賞用観賞用って何? なーんかすっごく不名誉な響きするんだけど」



 私を馬鹿にしてんじゃないと問い詰められ、半田は慌てて頭を振った。
断じて貶めているわけではないのだ。
防音ガラス越しに見れば、本当に可愛らしい少女にしか見えないのだ。
が転校してきた時に、最初の数十秒だけ見惚れてしまったのも無理がないくらいに。
それに、土門などは自分よりも遥かにはっきりとを観賞用だと呼ばわっていたし、自分だけ叱られる意味がわからない。
どうなのよはっきり言いなさいよ、場合によっては怒るからと脅され肩を揺さぶられている半田は、泣きたくなってきた。




「ひ、平たく言えばか、可愛いってことだ!」
「・・・ほんと? その割には不快なんだけど」
「気のせいだよ、そうそう気のせい!」




 未だに疑いの眼差しを向けてくるの興味を、半田はわたわたとトライペガサスへと向けさせた。



































 羨ましいと純粋に心の底から思った。
はようやく完成し空を飛んだペガサスを見上げ、小さくいいなあと呟いていた。
長い間どんなに離れていても息がぴたりと合っている一之瀬や土門、秋たちの姿がには眩しく見える。
こちとら8,9年ずっとろくに離れず一緒にいるというのに、息どころかサッカー以外では話すら合ったことがない。
おまけに今日は乙女の祈りときた。
何あれ反則だよ秋ちゃんさすがめちゃくちゃ可愛い。
はもう一度、いいなあとため息混じりに呟いた。




「何がいいんだ」
「やっぱ秋ちゃんには敵わないなーって」
「何の話だ」
「大好きな幼なじみのために我が身を投げ打って乙女の祈りだよ? 同じ幼なじみでも私には無理無理」
「『大好きな』の前提から違うからな」
「修也は『大好きな』っていうか、『まあそれなりに結構大切な』幼なじみだもんねぇ」
「奇遇だな、俺ものことは『自分でも意外なほどに大切だと思っている』幼なじみだ」
「だよねー。そもそも修也が私のこと大好きだったら、もーっと私に優しいはずだもん」




 乙女の祈りって必殺技なのかなどと、また訳のわからないことを言い出したに豪炎寺は閉口した。
対抗心を持っているわけではなさそうだが、同じサッカープレーヤーを幼なじみに持つ身として、何か触発されたのかもしれない。
確かに、秋や一之瀬たちのような和気藹々とした関係とは程遠い。
大抵平行線で、たまに交わってもそれは衝突という形が多かった。




「ねえねえ風丸くん、私も乙女の祈りできるかな」
「もうあるじゃないか、には背中のおまじないが」
「あれ? でもあれ、何の意味もないよー」
「そんなことはない。ああやって背中を押し出されると気持ちが向上する」
「お、鬼道も経験者か! いいよな背中のおまじない、なぁ豪炎寺」
「科学的根拠はないがな。しかもこの間まで、俺は意味も理解されずただ叩かれていた」
「あーっ、そうやってまた私を苛める! もうやだ風丸くん!」
「よしよし。じゃあ今度から豪炎寺じゃなくて俺にしような?」
「うん!」



 風丸の背に隠れむうと睨みつけるに、豪炎寺は勝手にしろと言い放った。






一之瀬くんの知り合いは誰だ!






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