16.ときめ木戸川メモリアル










 付き合い方を変えるべきなのかもしれない。
豪炎寺は今日も勝手に家に上がりこんできたを見つめ、ぼんやりと考えていた。
先日鬼道から聞いた話は、あまりに衝撃的すぎた。
知らないところでそんな事件に巻き込まれていたのか、この子は。
誰にも言っていないようだから俺から聞いたことは言わないでくれ。
鬼道の頼みを反故にするつもりはない。話してくれたことに感謝すらしていた。
へらへらにこにこ笑っている裏で、いったい何をされていたというのだ。
なぜ話してくれないのだ。
話して自分のせいだと思わせたくないからだろうか。
長く付き合ってきて今更それはないだろう。
豪炎寺は鼻歌交じりにえんどう豆を剥いているの名前を呼んだ。
なあにと手を休めることなく返事をされ眉を潜めるが、一応尋ねてみる。




「何か俺に隠し事をしていないか?」
「そりゃ隠し事の1つや2つや3つはあるでしょー。修也だって部屋にエロ本の1冊や2冊や3冊隠してるでしょー?」
「話を茶化すな。身の危険に晒されたことはないかと訊いている」
「そんなのあるわけないじゃん。強いて言うなら鉄骨事件くらい?」
「鉄骨の前には何もなかったのか? 何か隠していないか、例えば誰かに捕まったり連れ去られたり」

「・・・やぁだ、修也そういうアブノーマルな妄想するようになっちゃったの? 健全な男子中学生って言ったらそうなんだろうけど、趣味は最低だよ」
「・・・、ふざけたことばかり言っていると俺も怒るぞ」




 が顔を上げ、ようやくまともに目が合う。
何を訊かれているのかよくわかっていないらしく、不思議そうな顔をしてこちらを見つめてくる。
人に言うようなものではないという認識はあるようだが、それを危険だとは思っていないのかもしれない。
は剥き終わったえんどう豆を台所へ持っていくと、そのまま鍋へ突っ込んだ。
食品棚に誰のためだか買い置きしてあるクッキーと紅茶を手に取り戻ってくると、今日の修也くんはしつこいですねぇと幼子をあやすように笑いながら言う。




「ほんとに大丈夫だから、修也は目の前の試合に集中しなよ。何かあったらちゃんと言うと思うよ、腐れ縁オプションとして」
「何かあってからじゃ遅いから言ってるんだ。・・・試合を観に来ない方が安全かもしれない」
「何それ」
「帝国でも世宇子戦でも、サッカーを観てもろくな事がないだろう、最近は。だったらいっそ来ない方がいい」
「・・・あのねぇ、今の私を作ったの修也だよ。前日の夜いきなり電話きたかと思ったら、どこの試合に行くから明日迎えに行く。今更ライフスタイル変えられるかっての」
「じゃあ来ないでくれ。鬼道が入ったからのアドバイスはもういらない」
「・・・っ!」




 いつものようにむっと睨みつけられて罵詈雑言を浴びせられるとばかり思っていたが、何の言葉も返ってこない。
少し言いすぎただろうか。
何も言い返さず俯いてしまったが心配になってしたから顔を覗き込むと、ぱっと顔を逸らされる。
手早く荷物をまとめ玄関へ直行するに慌てて声をかけると、がくるりと振り返る。
怒りでも悲しみでもなく柔かく微笑んでいるに、豪炎寺は息を呑んだ。
あの怒りっぽいがただただ普通に、自分以外の他人にしか見せないような笑顔を向けている。
泣かれているよりもいいはずなのだが、今の豪炎寺にはの笑顔が痛々しく見えた。




「もう行かないから。サッカー頑張ってね豪炎寺くん」
・・・!?」




 にこっと笑ってひらひらと手を振り家を出る。
何なんだあの他人行儀な振る舞いは。
それよりも、初めて豪炎寺くんと名字で呼ばれた気がする。
これはもしかしなくても、幼なじみの腐れ縁関係から遂に脱却できたのだろうか。
念願の脱・腐れ縁だというのにものすごく苦しい。
まずい、やりすぎた。
幼なじみどころか赤の他人レベルにまで自らの地位が低下したと悟った豪炎寺は、取り返しのつかない事態に頭を抱えた。





























 豪炎寺の異変はすぐさまサッカー部に知れ渡った。
原因は先日の木戸川清修中サッカー部の三つ子FWかと思われたが、どうもそれだけではないらしい。
加えて、半田からも苦情が寄せられた。
おそらくは豪炎寺と何かがあったせいで、が観賞用から本物の美少女になってしまったらしい。
以前を知っているから気持ち悪すぎて俺どうかなりそう。
サッカー部員でもないのに何かと世話になりっぱなしのを放ってはおけない。
円堂たちは、豪炎寺を囲み原因究明会議を開いた。




「どうせまた豪炎寺がを苛めたんだろ。今度は何言ったんだよ・・・」
「・・・・・・試合に来るなと言った。鬼道がいるからもうのアドバイスはいらないと言った」
「・・・俺を原因の一端のように挙げて、俺までに嫌われたらどうしてくれるんだ豪炎寺」
「んー、俺、お前とが実際どのくらい仲いいかわかんないけどさ、さすがにそれは言いすぎなんじゃないかな? そりゃも怒るよ」
「・・・怒らなかったんだ。風丸や鬼道たちに向けるあの笑顔を俺にも振りまいて、『豪炎寺くん』と呼ばれた」




 呆れて言葉も出てこない。
風丸と鬼道は豪炎寺の言葉を聞き顔を見合わせた。
これはもうあれだ、幼なじみではなくただのサッカー部員だと認識されたのだ。
言いすぎたとわかっているのなら謝ればいいものを、よほどショックだったのだろう。
もう少し優しくしろと言っているのに言いつけを守らないからこうなるのだ。
半田は豪炎寺に泣きついた。




「お前のせいでがマジでおかしいんだって! なんだかんだでやっぱは観賞用だからなんだよ!」
「よし! 豪炎寺とりあえずに謝ってこい!」
「あと、名字で呼ばれたくらいでそんなに落ち込むなよ。豪炎寺が今まで特別だっただけなんだからさ」
「そうだ。別に豪炎寺の呼び方が変わったからといって名前呼び枠が俺にシフトするわけではないんだ。贅沢な悩みを打ち明けるな豪炎寺。
 それから、俺はいつでもと話していたいから謝る時にそれも加えて言え」
「鬼道、本音出てる本音出てる」




 どいつもこいつも好き勝手言いやがって。
謝れ謝れと簡単に言うが、今のにコンタクトを取るのは非常に難しいのだ。
5歳くらいの頃からずっと名前で呼ばれていると、名字呼びが思った以上に身にこたえる。
なんと言って謝ればいいのかもわからないし、謝ったところで言った言葉がリセットされるわけでもない。
笑顔も辛いが、泣かれてしまった時は本当にお手上げだ。
この間の帝国対世宇子戦ショックの時のにも苦戦したというのに、泣かれたらどうしようもなくなる。
夕香には泣かせるようなことは絶対にしなかったし、泣いた女の子の扱い方など知らなかった。




「俺、雷門に初めて来た時さんに不審者と間違えられてて、俺もその設定に乗っかっちゃって彼女の背後襲ったんだけどさー。
 咄嗟の悲鳴に『修也』って入ってたんだよ。そのくらい信頼してる人に酷い事言われてよっぽどショックだったんだろうね」
「いいねー、愛を感じるよなーそこに。秋だったら俺らの名前呼んでくれるかな」
「呼ばせる前に危険な目には遭わせないよ」



 いつでもどこでも絆を確認し合える一之瀬たちが、今日ばかりは羨ましかった。







目次に戻る