仲違いをしても一方的にもうサッカー観るなと通告されても、結局は行ってしまうのだ。
は木戸川時代の友人からサッカー観戦の誘いを受け、重い足取りでスタジアムへと向かっていた。
サッカーにはほとんど興味がないはずの友人だったが、少し見ない間に人は変わるらしい。
そりゃあサッカー部員の彼氏がいたら観に行くでしょと熱弁されると、ああそうですかとしか言えない。
サッカー部員の彼氏がいるならルールくらい覚えておけというものだ。
こちとら彼氏もいないのに10年以上サッカーファンだ。




「今年の木戸川も強いのよー。なんてったって3トップの武方3兄弟! 知ってる?」
「ううん。どれ?」
「ほらあれ。・・・ってやだ、豪炎寺くんじゃない!」




 いやぁん相変わらずクールでかっこいいと見惚れている友人につられ、もなんとなく豪炎寺を見つめた。
最近ほとんど口を利いていない。
試合のナビゲーターとしても必要とされなくなったから捨てられたのだ。
一人寝が寂しいのかついこの間までは夜10時頃から毎日のように電話も鳴っていたが、それもなくなった。
本当に変なところだけクールを気取りやがってあの男。
考えていると沸々と怒りが湧いてきて、は鬼道たちへと視線を移した。




はやっぱり雷門応援するの?」
「うん、サッカー部に知り合いいるし」
「豪炎寺くんでしょ。の後追いかけるように転校しちゃったもんなぁ」
「クラスメイトにサッカー部員いてね。席も近いからよく話してるんだ」
「へえー。どんな子? イケメン?」
「どこもかしこもぱっとしない子だよ。今日はベンチスタートみたい」




 半田も遂にスタメン落ちか。
一之瀬に敵うわけがないし、これといった個性もなかったから仕方ないといってしまえばそうだ。
妥当な判断だったと、このくらいはでも理解できた。
鬼道と一之瀬が入り中盤も安定してきたし、今日は前回以上に白熱した試合が観られそうな気がする。
友人が取ってくれた座席はやや見にくいが、お忍びで来ているのだからこのくらいがちょうどいいのだろう。
は椅子にゆったりともたれかかり、雷門対木戸川清修の試合を観戦し始めた。































 友人一押しの木戸川清修の3トップのシュートを見た瞬間、は3兄弟の豪炎寺への執念を感じ取った。
ファイアトルネードに憧れたのかどうかはわからないが、必殺技をそれと逆回転のシュートにするとはよほど我が幼なじみは3人から嫌われているらしい。
無理もない、あんな形でいなくなってしまっては恨まない方がおかしいというものだ。
木戸川にいた頃の豪炎寺は英雄で救世主で、チームの柱だった。
当時の木戸川は豪炎寺の力に頼りすぎていたから尚更、彼が抜けてしまった時の絶望感に打ちのめされたに違いない。
かくいうも、木戸川にはこれといったイケメンもいなかったので仕方なく豪炎寺しか見ておらず、従って武方3兄弟の存在も知らなかったのだが。




「ねぇ、さっきから彼氏さん、3兄弟に叱られてばっかじゃん。仲悪いの?」
「3人が3人とも俺が俺がって前に出たがる人なんだって。もう、もっとダーリン頼ってよ!」
「そうだよねぇ。あんなに突っ走ってると雷門の天才ゲームメーカーに隙突かれちゃうぞー」
「誰それ?」
「あのマントの人。すごく優しくて紳士的な人なんだよ」
「えー、マントはアウトでしょ。あの格好マジありえないもん」




 には王子様か騎士のように見えるマントも、友人から見たらセンスのないファッションになってしまうらしい。
かっこいいではないか、マント。
そう言ってもおそらく聞いてもらえないだろう。
マント姿の鬼道を見慣れているにとってみれば、マントのない鬼道こそありえないものだった。




「おー、トライペガサス成功したー! さっすがフィールドの魔術師」
「誰それ?」
「あのいかにも好青年って感じの人。アメリカ育ちの天才プレーヤーなんだよ」
「わっ、かっこいいじゃん! いいなー、雷門イケメン多くない?」
「多いですよー。どう? 雷門応援する気になった?」
「いやいや、あたしにはダーリンいるし」



 恋は盲目なんだなあと友人には聞こえないようにぼそりと呟き、はがたりと立ち上がった。
どこに行くのと尋ねられ、はっと我に返る。
そうだ、今日からはもうハーフタイムの間にこそこそと動き回らなくてよくなったのだ。
癖というのは恐ろしい。
声をかけてもらわなければ非常に気まずい状態に突入するところだった。
は曖昧に笑って誤魔化すと、背伸びをしてすぐに席についた。
惚気話を適当に聞き流し相槌を打つ。
恋する乙女という生き物はとにかく自分の幸せを人にお裾分けしたがるらしく、馴れ初め話から初めてのデート、観覧車のてっぺんでどうとかとやたらと幸せオーラを押しつけてくる。
そして人の恋バナも話したがるようで、誰々は野球部のあの人と付き合い始めただの、この間誰かが告白されていただの、知りたくもない情報を教えてくる。
久々に会えてよほど嬉しかったのだろうか。
後半が始まっても構わず話を続ける友人に、はへえとしか返事をしていなかった。
自身は恋バナにはちっとも興味が湧かない。
今知りたいのは野球部のエースの好きな人ではなくて、素晴らしい守備を見せている木戸川の選手のことだ。




も向こうで彼氏とかできた? 告白とかこっちでも結構されてたし、やっぱ雷門でもされてる?」
「まあぼちぼち。あの人のディフェンス技すごいねー、あれ誰?」
「じゃあ誰かいい人いた? もしかしてもう付き合ってるとか!?」
「お付き合いはしてないですねー。ねえ、だからあの人誰?」
「わかんないよ、あたしダーリンしか興味ないもん。もー、ももうちょっと恋愛に目を配りなよ。どんな人が好みなの? 紹介していい?」



 ああ、ファイアトルネード見逃した。
は友人に結構ですと返すと、ちらりと時計を見やった。
時間はもうわずかしか残っていないし、このまま延長戦へ突入してしまうのだろうか。
サッカーに関してはとことん無知な友人も知っているトライアングルZをまた決められたら負けてしまう。
こればかりは鬼道のゲームメーク力でどうにかなるものではないし、円堂に耐えてもらうしかない。
トライアングルZが再び放たれ、隣の友人が一足早く勝ったと歓声を上げる。
まだだ、まだ終わっていない。
壁山と栗松の協力もあり3人がかりでシュートを止め、雷門イレブンが最後の攻勢に打って出る。
フリーになっていた豪炎寺がシュートを打つと見せかけ一之瀬にパスを回す。
それでこそ豪炎寺だと思った。
頼れる仲間がいるのなら、彼らに希望を託せばいい。
木戸川にいた頃の彼ならば迷わず自分でシュートを打っていただろうが、雷門にいる彼ならばそうすると思っていた。
ペガサスが不死鳥へと姿を変え天を舞う。
風見鶏も綺麗だったけど、不死鳥もかっこいいなあ。
勝利と決勝進出を喜び輪を作っているイレブンを離れ豪炎寺が1人武方3兄弟の元へと向かうのを、はぼんやりと見つめていた。







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