19.約束の守り方










 怖がらせるような無様なサッカーはしない。
少し前にとした約束を、豪炎寺はもちろん覚えていた。
もしこの会場のどこかでが試合を観ていたら、世宇子にこてんぱんにやられて地面に叩きつけられている様子に怖いと思ってしまうのだろうか。
サッカーは怖いスポーツではない。楽しみ、協力してやるスポーツだ。
贔屓の選手が得点を入れれば喜び、逆に点を取られてしまったら奮起を促すよう暖かなエールを送る。
それがサッカーのあるべき姿だった。
人を傷つけ悲しませ、怖がらせるために存在するスポーツではなかった。
幼い頃から何やかやと理由をこじつけては各地の試合に連れ回し休日をサッカーで潰し、をサッカーしかまともに知らない子にさせてしまった原因として、
豪炎寺はに最高のプレーを見せることを常の目標としていた。
初めの頃は単に、点を入れると喜ぶ彼女の笑顔が見たくて、すごいねと褒められたかったからだと思う。
幼児期にありがちなヒーロー願望というやつだ。
今は別にの褒め言葉などいらないし彼女も何も言わないが、それでも目標を変えることはしなかった。
そんなことを考えながらプレーしているとは知らない。
思いつきもしないだろう。
どんなに長い間一緒にいても、の一番は自分ではないのだから。




「・・・や、修也!」
「・・・?」
「ねぇ聞いてる!? やだ、変なとこぶつけて耳聞こえなくなったんじゃないの? よし、これを期に悪口いっぱい言っとこう」
、」




 前半だけで相当に痛めつけられた体に束の間の休息を与えていると、目の前に見慣れた顔が現れる。
疲れすぎて遂に幻覚まで見えてしまったのか。
幻の類だろうかと思って顔に手を伸ばすと、指がふわふわとした頬を滑る。
ああ本物だ、幻ではなかった。
ほっとしてそのまま頬を撫でていると、べしりと頭を叩かれる。
この痛みも本物だ。
ただでさえ傷ついている体を更に苛めるのはくらいだった。




「もう、汚れた手で人の顔にベタベタ触らない!」
、どうしてここにいるんだ。アフロディに連れて行かれたんじゃなかったのか」
「だから逃げてきたんだって。さっきみんなに話してたの聞いてなかったでしょ」




 はよっこいしょとかけ声をかけて立ち上がると、なにやら深刻な表情を浮かべている夏未と鬼道の元へと向かった。
神のアクアの存在に気付いたらしく、今もまた神のアクアを飲んでいる世宇子イレブンたちを見つめている。
アフロディは少し苦しそうな顔をしているが当たり前だ。
あれはただの塩水なのだ。



「あれに気付いていたのか、
「うん。ほんとかどうかは自信なくて、あれに訊いたらあんなことになっちゃって」
「あの時、もっと俺がしっかり話を聞いていれば良かったんだ。すまない」
「いいのいいの、あっちの生活もそこまで酷くなかったし。それに向こうに行ったおかげで神のアクアのすり替えに成功したし」




 すごいでしょ頑張ったでしょざまあみろアフロと満面の笑みで報告するに、夏未がどういうことなのと続きを促す。
は円堂たちをぐるりと見回すと、世宇子は神じゃないと言い切った。




「世宇子のみんなが神のアクアだと思って飲んでる奴は実はただの塩水。なんかの粉末と水を混ぜてたみたいだから、粉を塩に変えてみた」
「それ本当に塩なのか・・・? って理科できたっけ・・・?」
「半田に言われたくないけど、NaClくらいはわかりますー。これぞまさに敵に塩を送る!」




 KCNってやつと迷ったんだけどさあとあっけらかんと言うに、鬼道は引きつり笑いを浮かべた。
が変に冒険心に富んでいなくて良かった。
うっかりあっさり世宇子イレブンを死に至らしめるところだった。
それにしても、なぜそこまで危険なことを。
おかしな事をやって見つかっていたら、今度こそ取り返しのつかないことになっていたかもしれないというのに。




「あと、世宇子は案外練習してなかったりするからDF突破して必殺技に必殺技をかければいけるかもしれない」
「・・・ちゃん、前半観てたの・・・?」
「ううん、前半はダンボールの中にいたよ」
「じゃあどうしてそこまでわかるんですか・・・? メガクェイクにお兄ちゃんたちが吹っ飛ばされたの、知ってるんですか?」
「んー・・・、練習の時の世宇子の雷門戦を意識したプレイスタイルは見てたんだけど、そういやDF突破された後の連続必殺技の対処はしてなかったなあって」
「・・・俺、さんが連れてかれた意味がわかった気がする」
「そうなの? すごいね一之瀬くん、私なんてどうしてだか今でもわかんない」




 理由を教えてやりたいが、教えたとしてもが理解できるとは思えない。
まさかないってなどと笑顔で拒否するに決まっている。
は他にも気になったことをすべて告白すると、ふわあと欠伸をした。
枕が変わっても眠れる体質なのか、誘拐されていた間も夜はしっかりと睡眠を摂った。
大切な試合の時に欠伸など叱責ものだが、今日は我慢していても出てきてしまう。
今にも目が閉じてしまいそうで、頬を2,3度両手で軽く叩く。
どうしてこんなに眠たいのだろう。
まさか、これが神のアクアの原液がもたらす副作用なのだろうか。
眠たくなると見せかけてそのまま死へと誘うなど、マンガやドラマでよくある薄幸のヒロインのような終末は迎えたくない。
どうせ誰かのヒロインになれるのならば、もっと楽しく明るく平和に生きていたい。





「ん? 行かなくていいの修也」
「行く。・・・あれ、やってくれ」
「あれ、ただ叩いてるだけじゃなかったの?」
は忘れてるかもしれないけど約束は守りたいから、ちゃんと観ててくれ」
「はいはい。修也が優勝トロフィー掲げられますように。・・・約束覚えてるよ。修也がいるんだもん、怖くない」




 去年の分もまとめて、いつもよりも強く願いを込めて押し出す。
いや、いつもは大して何も考えていなかった。
背中のおまじないを本当におまじないとして使ったのは今日が初めてかもしれない。
いつもやっていることなのに、改めてやってみると少し不思議な気分だ。
そうだ、優勝したら今度は頭を撫でてあげよう。
先程はついノリで叩いてしまったが、謝罪の意も込めて5回ほど撫でてあげよう。
風丸に頭を撫でられるとすごく幸せな気分になれるから、きっと自分が撫でても幼なじみは幸せな気分になれるだろう。




「あ、修也、勝ってくるついでに「アフロディは潰してくる」
「そうそう! 遂にテレパシーできるようになったのかー」




 私と私の幼なじみを怒らせたことを後悔させてやるわアフロ。
神のアクアもといただの塩水を供給した世宇子中と雷門中の、フットボールフロンティア決勝戦後半が始まった。







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