「ねぇママ、どうして日本に行かなくちゃいけないの? ずっとここでいっしょにあそんでたいよう」
「それはね、パパのとっても大切なお友だちが遠いお空のもっと上、天国に召されてしまったからなの・・・。
 でもね、日本に行ってもお友だちは絶対にできるわ。それから・・・、兄妹も」
「ほんと!? やさしくてかっこいいお兄ちゃんがいいなぁ・・・」



 結局、両親が言っていた兄妹ができることはなかった。
代わりにできたのは、かっこいいけど優しくはない豪炎寺修也という幼なじみ。
どんな人だったんだろう、幻の兄妹。
我が家の両親に負けないくらい、素敵な家族と出会ってればいいんだけど。










     21.行き当たりばったん










 よほど眠たかったのか、電車の中で眠りこけてしまったを豪炎寺は柔らかな表情で見つめた。
ゆらゆらと危なっかしく揺れている頭が気になる。
乗客が少ないから他人の邪魔になることはないが、目覚めた時に首が痛くなるのではないかと不安だ。
凭れかかられても一向に構わないのにそうしてこないのは、も多少は女性として成長した証だろうか。
肩の負担が減るのは嬉しいが、少し寂しくもある。
どさりと片方の肩に重みが加わり、豪炎寺は先程までの考えを打ち消した。
やはりはこうでなくてはでない。
頭が落ち着いたのが良かったのか、の寝顔はとても幸せそうだ。
いい枕を見つけたとでも思っているのかもしれない。
だが、そろそろ起こしてやらなくては。
眠ったを起こすのが躊躇われて挙句乗り過ごしたという失態は、過去の3度で充分だ。
豪炎寺はの名を呼んだ。




、そろそろ着くぞ」
「・・・・・・」
、起きるぞ」



 声だけでは起きないの体を揺さぶる。
ぼんやりと覚醒したは、それでもまだ寝足りないのかふわあと大きく欠伸をした。
意識がはっきりしていないの手を引いて電車を降り、駅を出る。
歩いているうちにようやく目が覚めたのか、はうーんと伸びをするとはあと息を吐いた。



「あー気持ち悪い」
「酔ったのか?」
「いや、このまま死ぬんじゃないかってくらいぐっすり寝てた。やっぱあれは人が飲むもんじゃないわ」
「あれ?」
「ったくあのアフロ、ろくな奴じゃないったらありゃしない。変なの飲ませやがって。・・・いや、飲み込んだのは私だけど」
「何の話をしてるんだ、何を飲んだんだ」
「あー・・・、人に言えるような代物じゃないから秘密。私も思い出したくないし、修也もいい思いはしないし」



 病院着いたらまずはうがいしよう。
喉の奥まで届くくらいにしっかりうがいしとこう。
ぶつぶつと呟き1人で確認しているに、豪炎寺は眉を潜めた。
連れ去られている間に何かあったのだろうか。
また隠し事だろうか。
が思い出したくなくて、人にも言えないような変なもの。
ちらりと脳裏に嫌な予感がよぎった。
確かにあれは間違っても人が飲むものではないし、万が一飲んでしまったらうがいも徹底的にやりたくなるだろう。
欠伸を連発するほど眠たいのも、それの相手をさせられて寝かせてもらえなかったから?
豪炎寺の頭の中が大混乱をきたしているとは知らないは、再び文句を垂れ始めた。



「アクアだかケフィアだか知らないけど、あーんなにまずいとは思わなかったー・・・。私、今ならどんなお薬も美味しく飲めそうな気がする」
「・・・
「ん? ・・・どうしたの、そんな怖い顔していやぁん」
「俺はに何があってもの味方だし、・・・その・・・・・・。汚れたとか思ってないからな・・・」
「確かに監禁はされてたけどちゃんとお風呂には毎日入ってました。修也の方がよっぽど汚れてるよ、汗臭い」
「・・・俺・・・といて、怖いとか近付いてほしくないとか思わないのか?」
「そんなこと言ったら修也傷つくでしょ」



 そもそも怖かったらついてきてないからねと続けると、はもう一度大きく伸びをした。
ダンボールの中に縮こまっていたから、体の節々が痛い。
かくれんぼなんて中学生になってからは一度もやっていなかったから、久々のかくれんぼで体が悲鳴を上げたのだろう。
慣れないことはやるものではない。
は身をもってその言葉の意味を理解した。



「・・・、後で警察に行こう。思い出すのも辛いかもしれないが、あれは立派な犯罪だ」
「うっそあれってヤバイ飲み物だったわけ!? だ、だだだ大丈夫、ちょっとしか・・・、たぶんペットボトル1本分くらい・・・」
「そんなに飲まされたのか!?」
「私、犯罪者になっちゃうの!? うわーうわーどうしよ修也・・・」
「いや、は被害者でアフロディその他大勢が加害者・・・・・・。・・・、何を飲んだんだ?」
「修也こそ、なんかさっきから言ってることが微妙にずれてるんだけど・・・。何飲んだと思ってんの?」



 言えない。
が何を飲まされたと思っていたかなど、口が裂けても言えない。
脅されても言えない。
言ってがそれを理解するかといったらそれはそれで疑問だが、知らないかもしれない純粋で綺麗なを汚すようなことはしたくない。
汚れていたのは本当にこちらの方だったのか。
豪炎寺は勝手に想像を膨らませ想像の中ででも大切な幼なじみを汚してしまったことを恥じ、に小さくすまなかったと謝った。




「まあ、修也も疲れてるんだね、仕方ないよ相手があれだったんだし。でも、夕香ちゃんの前じゃ笑ってなきゃ駄目だよ」
「わかっている。、本当にすまない」
「何に対して謝られてるのかさっぱりなんだけど」



 そういえば私の鞄どうしてくれたと尋ねると、弁当箱は洗っておいたと返ってくる。
さすがは我が幼なじみだ、そういうところは気が利く。
昔から最大限優しくするようにと躾けておいて良かった。
普段はちっとも優しくないので、これからもまだまだびしばし躾けていくつもりだが。
病院に到着し、夕香の病室へと急ぐ。
途中で買い求めた花を花瓶に活けている間に、豪炎寺が夕香に優勝報告をする。
相変わらず妹にはべらぼうに甘いんだよなあ。
夕香が目覚めたら、いかにお兄ちゃんが夕香のことを可愛がり、案じていたかを聞かせてやろう。
余計なことを言うなとはよもや言われないだろう。
いいぞもっと言えくらい催促してくるかもしれない。
夕香絡みになると簡単に人格を崩壊させる彼ならば言いかねない。




「お兄ちゃん」
「・・・!」



 静かな病室にぽつりと女の子の声が響き渡る。
恐る恐るベッドの方を顧みる。
夕香が目を開けている。
あまりの驚きで手にしていた花瓶をかしゃんと床に落としてしまうと、その音に反応したように豪炎寺が夕香と名を呼ぶ。
あ、夕香ちゃん起きたんだ。だったら私はお邪魔だよね。
は落とした花瓶をそっと拾い上げると、静かに病室を後にした。
































 花瓶に花を活け直し、時間を見計らい病室へと戻る。
久々の兄妹水入らずの会話は楽しめただろうか。
大会も優勝して夕香も目覚めて、幸せの乱発で豪炎寺の顔はきっと緩みきっているだろう。
私のこと覚えてるかな夕香ちゃん。
ふんふんと鼻歌を歌いながら扉の前に立つと、扉が勝手に開いた。




「あれ、気が利くね」
、大変だ」
「へ? あ、夕香ちゃん起きて良かったね、ほんとに大変だね」
「違う、雷門中が破壊されたらしい。詳しくはわからないが、円堂たちは傘美野中にいる」
「は・・・? いや、ちょっと意味わかんな「とにかく傘美野に行ってくる」
「待って、私も行く」



 自ら行くと志願したことがよほど珍しかったのか、豪炎寺が驚いたような顔になる。
しかしすぐに真剣な表情に戻ると、慌しく病院を飛び出した。
道中何があったのかを聞いていたは、あまりに理解不能な話にはぁと答えた。



「サッカーで世界征服・・・? 宇宙人・・・? キチガイの集まりじゃないの?」
「ああ、キチガイだ。だがそのキチガイがイナズマイレブンを破って雷門中を破壊したらしい」
「イナズマイレブン?」
「円堂のおじいさんが監督をやっていた頃の、伝説の雷門中サッカー部員だ」



 信じらんないなあ、集団幻覚でも見たんじゃないのと訝るに豪炎寺は俺もそう思いたいと返した。
本当に、性質の悪い冗談だと思いたい。
下手にを怖がらせたり不安にさせたくなかったから故意に隠したが、世宇子のシュートとは比べ物にならないくらいパワーもスピードも桁外れの相手だという。
マジン・ザ・ハンドを出す間も与えられなかったとはどういうことか。
実際に見てみなければなんとも言えなかったが、驚異であることに変わりはなかった。




「・・・あ、マジだ、マジで学校潰れてる・・・」
「どうした」
「今、木戸川の友だちから写メきて・・・」



 見せられた携帯電話の画面には、懐かしい校舎の無残な姿が映し出されている。
を留守番させるべきだったかもしれない。
豪炎寺は隣でメイドイン宇宙のサッカーボールすごい破壊力だねえと、訳のわからない感想を述べているを見つめ思った。
何が起こるのかは予言者ではないので知らないが、何が起こってもろくな事にはならない気がする。
にとっても自分にとっても、悪夢のような時間が訪れる気がする。
よりも一足早く傘美野中のグラウンドに到着する。
自陣ゴール付近に倒れる宍戸を見つけ、思わず選手交代だと叫んだ。




「豪炎寺、来てくれたんだな!」
「ああ。立てるか宍戸」
「はい!」



 ああしまった、大事な試合の前だというのに背中を押してもらうのを忘れた。
仕方がない、ハーフタイムにでもやってもらおう。
ばさりと脱ぎ投げたジャージの上着を、遅れて駆けつけたがあたふたとキャッチした。







目次に戻る