猫が鼠をいたぶるようだ。
は秋たちと一緒に試合を観戦して、そう思った。
いや、これは試合とは呼べない。
試合というのはチーム同士がボールを奪い合い戦うもので、一方的にボールを蹴りつけ吹き飛ばし、地面に叩きつける行為を指すものではない。
イナズマブレイクは相手GKに片手で止められ、ドラゴントルネードに至ってはMFがごく自然にカットしてそのままシュートを打つという、まさかのアシストに利用された。
帝国学園対世宇子の試合よりもむごいものだった。
地面に倒れぴくりとも動かない選手たちが全員知り合いだったからというのもあるかもしれないが、人間の所業とは思えないむごさに、は腕の中のジャージをぎゅっと握り締めた。




「に、20対0なんて・・・・・・!」
「気持ち的には20点どころじゃないけどね。入れようと思ったら50点くらい入るんじゃない?」
さん!」
「ほんと最悪・・・・・・。マジ苛々する・・・」



 ぞわりと体の奥底から寒気がした。
世宇子監視下での不自由で退屈極まりない生活が悪くて、風邪を引いてしまったのだろうか。
は豪炎寺のジャージを勝手に羽織ると、ゴールで体が動かず、それでもなお指をボールへ這わそうとしている円堂を見つめた。
円堂の元へ悠々とやって来る名称不明の緑の頭が忌々しくてたまらない。




「ゲームセットだ」



 緑が高らかに宣言し、仲間から黒いボールを受け取る。
あれが校舎を破壊するメイドイン宇宙のボールなのか。
黙って見ているのは気に入らない。
けれども、どうすることもできない。
の視界の端で何かがもそりと動いた。
視線を移すと、傷ついてもなお立ち上がろうとしている幼なじみの姿が映る。
これ以上体痛めつけてどうすんの。
は思わず立ち上がった。
にやりと笑った緑が黒いボールを蹴る態勢に入る。
ボールの向かう先は校舎ではなく豪炎寺だ。
メイドイン地球のボールにすら手こずっていた彼に、建造物破壊レベルのボールをどうにかできるわけがない。
嫌だ、どんなにむごたらしいシーンよりも、幼なじみが傷つくその一瞬を見る方が怖い。
何を勝手に人にトラウマを植え付けようとしているのだ。
怖くないサッカーを見せてくれると約束してくれた本人が怖い思いをさせてどうするのだ。
はグラウンドへ飛び出した。
そして豪炎寺の前に立ちはだかると、真っ直ぐボールを見つめた。




「・・・どけ、
「ふっ、血迷ったのか!」
、いいからどけ!」
「んー・・・、そういや私、GKの技はあんまり知らないなー」



 飛び出してどうにかなるものではなかった。
ただ、今日のちゃんはちょっと違うのだ。
なんていってもペットボトル1本分の神のアクアを一気飲みしているのだ。
もしかしたらいけるかもしれない。
死ぬかもしれないという恐怖を味わったのだから、このまま恐怖と戦うのでは割が合わないではないか。
死への恐怖を与えたいのなら、その前にまず生への希望をもらわなくては死んでも死にきれない。
よし、なんだかいける気がしてきた。
は大して身構えることなくボールを両手で受け止めた。
あれだけ風が吹いていたら、座り込んでいる豪炎寺にスカートの中が見られたかもしれない。
今日に限ってスパッツを穿いていなかったがまあいいか、出血大サービスということで後で嫌味を言っておこう。




「なに・・・?」
・・・!?」
「ちょっとそこの緑」



 は黒いサッカーボールを脇に抱えると、必殺のシュートが必殺技もなしに止められ唖然としている緑の元へ歩み寄った。
近くで見れば見るほどに気に食わない。
ジャージを着ていることで勘違いしたのか、緑は選手交代かと呟いた。



「宇宙人だか変人だか殺人だか知らないけど。一般人潰しにかかったさっきのシーン、春奈ちゃんちゃんとビデオ撮った!?」
「は、はい!」
「よし、じゃあそれを後で報道各社にリークして、こいつらの将来潰してらっしゃい。
 サッカーで世界を支配する宇宙人? ばっかにしてんじゃないわよ、どうせ宇宙から降ってきた隕石かなんかにかこつけて宇宙人気取ってる日本人でしょ。
 あんたらの冗談はそのアホみたいな髪型だけにしなさいよ、ツッコミ入れんの面倒なんだから」




 心臓がばくばくとうるさいくらいに鼓動している。
頭がぼんやりしてきたのは、怒りで頭に血が上っているからだけではない気がする。
あと少し、あと少し頑張れ私の体。
さっきのボールだって怖いくらいにあっさり受け止めたではないか。
そのノリでもう少しだけ頑張るのだ。
の異変に気が付いたのか、緑はにやりと笑った。
の機嫌が急降下すると同時に、あと数分頑張れるだけの怒りという名のやる気が補充された。




「ドーピングだかチートだかしてんでしょ、そういうのかっこ悪いからやめた方がいいんじゃない? ・・・ま、かくいう私も今日はそんなとこだけど」
「それほどまでに我々にやられたいのか!」
「ゲームセットって言ったのあんたでしょ。
 言ったあんたがその後選手に危害加えるなんて、人間潰したいんだったらサッカーなんてまだるっこしい事やってないで大量殺戮兵器でも持ってきなさいよ。
 宇宙人なら木星の裏側に軍事要塞でも作ってんじゃないの?」
「我々を愚弄する気か!」
「バカをバカにしてんだから問題ないでしょ。天下の宇宙人がサッカー未経験者の私なんかに本気出すの? サッカーで世界滅ぼすのに?
 あんたやっぱりバカね、宇宙人のお友だちの中でも下っ端のパシリでしょ」




 図星だったのか、緑の顔から笑みが消える。
どいつもこいつも苛々する。
何が宇宙人だ、何が世界征服だ。
馬鹿馬鹿しい茶番に付き合わされ学校を壊され、ずたぼろに傷つく豪炎寺たちを思うと怒りしか湧いてこない。




「地球にはこんな言葉があるって知ってる? 目には目を、歯には歯を」




 ぱあんと乾いた音がグラウンド中に響き渡る。
頬を押さえた緑に、は吐き捨てるように言い放った。




「人の大切なもん勝手に傷つけてんじゃないわよ。二度と私の前にそのムカつく顔見せないで、このカビ頭」



 カビ頭の姿が二重にも三重にも見える。
あれ、いつの間に分身フェイントしたんだろう。
そういえばうつ伏せになってじっとこちらを見ている円堂の顔も3つほど見える。
アンパンでできたヒーローじゃあるまいに、これはどうしたことだろう。
治まっていた眠気も急にまた襲ってきたし、立っているのが辛くなる。
言いたいだけ言ってほっとしたのか、はたまた頑張りすぎて体が限界を超えてしまったのか、の体が重力に逆らうことなく地面へと崩れ落ちた。






お口が悪いにも程がある






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