え、なに、ちょっと、意味がわかんない。
は目が覚めた直後から混乱していた。
かなりの時間眠っていた気がするが、そのおかげか眠る前には大いにあった気だるさは微塵も感じられない。
それにしても気分の悪い夢だった。
ふざけた髪型をした自称宇宙人に張り手を飛ばしたという怒りが、悪夢を呼び寄せてしまったのだろうか。
幽体離脱をした状態で町を彷徨っているなど、死んだも同然の夢にあわや現実かと勘違いしてしまうところだった。
それもこれも神のアクアと宇宙人のせいだ。
ああ、考えただけでまた苛々してきた。
途中で気分の良い夢に切り替わらなかったら生かしてはおけないところだった。




「・・・で、なんで修也・・・?」




 これも夢の続きなのだろうかと試しに頬をつねってみると、じーんと痛む。
夢ではない、これこそ現実だ。
しかしなぜ現実世界の自分の部屋に豪炎寺がいるのだろう。
しかもご丁寧に布団まで敷いてある。
寝顔もイケメンだなあ、わ、睫毛長いなどと観察している場合ではない気がする。




「ていうか私、もう片っぽの腕どこやったわけ・・・」




 寝相は悪くないはずなのだが、片方の腕が奇妙な方向へ伸びている。
自由が利く方の腕でもぞもぞと布団の中を探ってみると、ごつごつとした骨ばった何かにぶつかる。
そこは豪炎寺のテリトリーだ。
布団をめくって真実を確認したいが、熟睡している彼を起こしかねない行為は気が進まない。
しかし自分の腕なのだから、自分の好きなように動かしたい。
そもそもなぜ腕が向こうにあるのだ。
まったくもって意味がわからない。




「ん・・・」
「ひっ・・・」



 眠っているはずの豪炎寺が呻き声を上げもぞりと動く。
まずい、起こしてしまったか。
いや、起こしても何ら問題はないはずなのだが、事態についていけない今起きてもらっても扱いに困るだけだ。
どうしよう、どうすればいいんだろう。
ここは黙って寝たふりをしておくべきなのだろうか。
眠ろうと思えばまだまだいくらだって眠れる気がするし、よし、もう一度寝よう。
は片手イン豪炎寺の布団の存在をとりあえず忘れることにすると、再び目を閉じた。
寝よう、寝てまた起きたら、もしかしたら幼なじみはいないかもしれない。
自由が利かない方の腕がぐいと急に強く引かれ、の体が豪炎寺の布団へ引き入れられた。




「ちょ、ちょちょちょちょしししし修也・・・!?」
・・・・・・」
「どっ、どどどどどうしよママ呼ぶ!? いやでもこれ見られたらもう修也と仲良くさせてもらえないだろうし・・・」
「・・・?」
「はい! あの、ちょっと落ち着きたいからどけ「!」ちょっ、やっ、腰無理マジやめて腰触んないで・・・!」




 横になっている状態だから仕方がないのかもしれないが、腰だけは触ってほしくない。
背筋がぞくぞくして、変な声が出そうになる。
まずい、この人壊れてる。
電化製品は叩けば直るが、我が幼なじみも衝撃を与えれば治るだろうか。
は思い切り豪炎寺の顎に頭突きをかました。
拘束が緩んだ隙に腕の中から逃げ出す。
動かなかった腕もいつの間にか自由になっている。
頭を押さえむくりと起き上がった豪炎寺を見て、は自分の布団の端まで座ったまま後退した。




「ななななぁにしてんの! ほんっとびっくりした・・・・・・!」
「・・・すまない・・・。・・・が起きていたことが想像以上に嬉しくて・・・」
「え、何、もっぺん言って」
「いや、なんでもない。それよりももういいのか、どうしてあんな無茶したんだ」
「修也がやられんの嫌だったから。怖い思いさせないって約束したじゃん。修也がいなくなったら誰が怖いの除けてくれんの?」
「それは・・・。でも、それと俺を庇うのは別だろう。ああいうことはやめてくれ、俺がぞっとした」
「・・・あの、さ」




 はほうと小さく息を吐くと豪炎寺ににじり寄った。
言おうかどうか迷っているのか、目の前まで来てうーんと悩んでいる。
それでも言うと決めたのか、は豪炎寺の額にデコピンを1つ落とすとぽそんと呟いた。




「あの時何が一番怖かったかって、あの緑が修也にボールぶつけて修也が大怪我するのが一番怖かったんだよねー・・・。
 付き合い無駄に長いからかもしれないけど、あのまま黙って修也やられるの見てたら私、一生トラウマ背負いそうだったんだよね」



 これも一種の防衛本能なのかもと締めくくると、は豪炎寺をやや強引に部屋の外へ押し出した。
何をするんだと声を荒げると、着替えるから入ってこないでと鋭い声で返ってくる。
居場所がなくなり呆然としていると、朝食の支度をしていたらしいの母が声をかけてくる。




「昨日はよく眠れた?」
「はい、よく眠れました。色々とありがとうございました」
「朝からちゃんとドタバタ賑やかだったみたいねぇ。ふふ、ちゃん元気だったでしょ」
「心配して損するほど元気でした」
「ほらね、言ったとおりでしょ。修也くんったら私とパパよりも心配するんだもの、本当にちゃんが大好きなのね」
「修也くんといえど、を恋人にしたいなら容赦しないぞー」
「大丈夫ですおじさん、そういう好きじゃないです」




 洗ってくれていたユニフォームとジャージを受け取り、洗面所で着替える。
リビングへ戻ると、の母が電話口でなにやら応対している。
あらあらご丁寧にどうもとか、ええもう大丈夫みたいなどと答えているあたり、話している内容はどうやらのことのようだ。




「ええ、ええ、骨折? 入院? いえいえ、そんな大層な怪我なんてしてないのよ、本当にただ疲れちゃってただけみたい。・・・ふふ、鬼道くんも修也くんと同じくらい心配性ねぇ」

「修也くん? そう、昨日娘を運んできてくれてね、修也くんも元気よ。きっとちゃんと一緒に寝たか「おばさん!」・・・え、なぁに修也くん、それは言っちゃ駄目?
 ええ、とにかく2人ともとっても元気ですよ」





 うっかり鬼道の息の根を止めそうな発言をしかけた母を、豪炎寺は咄嗟に窘めた。
何を言い出すかと思ったらまったく。
発言で振り回すところもそっくりだ。
この人がもっときちんとを躾けていたら、こんなに苦労することもなかったのに。
豪炎寺はほんの少しだけ、の母親を恨めしく思った。




「どこからだったんだ?」
「鬼道くんっていうちゃんのお友だち。・・・ほら、あの人の・・・」
「・・・ああ・・・、彼があの・・・」




 歯切れの悪い会話を続ける夫妻を見つめる。
鬼道がどうかしたのだろうか。
やはりマントとゴーグルをつけたドレッドヘアーの一見変態だと認識しているのだろうか。
確かに自分も初めて見た時はどんな自己主張だと若干気味悪くも思ったが、慣れてしまえばどうということはないのだ。
お宅のお嬢さんなんて、変だとかおかしいといった感覚をすっ飛ばして仲良くなっていたのだし。
鬼道について誤解をしているようなら、友人として訂正すべきだった。
少なくとも鬼道はに害を加えるような人物ではない。
を大切にしたいと思っている1人だろう。
大切にしたかったから強烈なシュートをにお見舞いしたりするのだ。
未だにあの光景は忘れられない。
昨日のあれで幾分か薄れたが。




「あ、パパママおはよー!」
「おはようちゃん。ほら、修也くん待ってるから早く座って」
「はーい。もう、自分で使った布団くらい自分で片付けてってよ」
「片付ける前に追い出したのはだろう」
「乙女の部屋にずっと入り浸っていいはずがないでしょ! だいたいなぁんで修也が私の部屋にいたの」
「ママがアドバイスしたの。修也くん、ちゃんをおんぶして帰ってきた時すっごく心配しててね。
 ちゃんのことママたちよりも心配してたから、だったら手でも握って寝たらどうかなって」




 そうよね修也くんと振られ、豪炎寺は返答に窮した。
心配していたのは事実だが、だからといってはいそうですと素直に答えるのは躊躇われる。
本当に何から何まで口が軽い女性だ。
心配しているというのは一言も言っていないし、そういう素振りを見せたつもりもないのにあっさりと心中を見破るとは侮れない。
これが母親の力なのだろうか。
だとしたらとんでもない恐ろしさだ。




「なんだ、そうだったらもっと早くきちっと言ってよ。ありがとね修也、さぞかしよーく眠れたでしょ」
「隣であれだけぐっすり寝てたら眠気も移る」
「寝る子は育つっていうもん!」
「へえ・・・?」




 がちゃがちゃと賑やかに朝食をとっていると、両親がふふふと笑う。
どうしたのかと顔を見合わせ両親へと視線を移す。
母は笑顔で豪炎寺との顔を交互に眺め、口を開いた。




「2人とも本当に仲良しなのね」
「「いや全然」」
「そーう? ・・・あ、そうそう、さっき鬼道くんからお電話あったわよ」
「鬼道くん!? 言ってくれたら電話出たのにー・・・」
「でも修也くんに焼き餅妬かせちゃいけないでしょ。さんによろしくお伝え下さいって」
「はー鬼道くんほんとに優しいなー・・・」
「優しくなくて悪かったな」
「昨日の修也はここまで私を連れて来てくれたから、昨日限定で優しかったと認めてあげよう」




 だから、どうしてそんなに偉そうなんだ。
迷惑だとは微塵も思っていないが心配ばかりかけて、あの一件でどれだけ気に病んだかわかっていないのか。
豪炎寺はぱくぱくと朝食を口にしているを横目で見て、小さくため息をついた。
寝たら寝た分だけ育つのならばもっと立派に育ってほしいものだ、主に脳とか。
体は別に今のままでいいと思う。
抱き心地は良かった。奇しくもの弱い部分を知ることもできたので、今度からうるささが耐えられなくなったらそこをつつこうと思う。





「ごちそうさまでした。修也この後どうすんの?」
「雷門中を見てくる。も行くか?」
「パス。私、病院行ってくるわ」
「どこか悪いのか? 実はどこか痛めてるのか? 大丈夫なのか?」
「いや、違うけど」
「相手は宇宙人を名乗るキチガイだ。どこか気になるところがあるなら診てもらった方がいい」

「修也くん、本っ当にちゃんしか見えてないのねぇ。なんだか聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃうわ」




 しまった、またいつもの調子でやってしまった。
放っておくと何をしでかすかわからない子だから目は離さないように、少しでも違和感を感じたらうやむやにせずその場で解決するようにと決めていたから、
そうしなくてもいい場所でもやってしまった。
またはむすりとした顔になってしまったし、いったい何をやっているのだろう。
豪炎寺は今すぐ家を飛び出したい衝動に襲われた。




「夕香ちゃんと半田のお見舞いに行ってくるだけ。ほんとムカつくよねーあのキチガイ。ああいうの社会のゴミにしかならないから、とっとと焼却処分しちゃってよ」
「わかった、そうする」




 キチガイだとかゴミだとかカビだとか、とても人に向ける言葉ではない。
よくもまあこんなにぺらぺらと罵詈雑言が飛び出してくるものだ。
この家の教育はどうなっているのだろう。
女の子なのだから、もう少し綺麗な言葉遣いをしてほしい。
夕香に伝染してしまったらどうしてくれるのだ。
豪炎寺は口の悪さだけはめきめきと成長している幼なじみの未来を案じた。







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