ものすごく居心地が悪い。
怪我の完治を待たずに退院したい。
自宅でしっかりと療養するから、とりあえずこの場から消え去りたい。
半田はベッド脇の椅子に腰掛け好き勝手喋り倒しているにげんなりしていた。
お見舞いに来てくれた初日は嬉しかった。
中身はどうであれ可愛い女の子が心配してくれるのだ、怪我もすぐに治る気がした。
そしてそれは錯覚だとすぐにわかった。
鬱陶しいとは思わないが、特別嬉しくもなくなった。
そう思うようになったのは、入院してからわずか2日後のことだった。




「でー、学校は潰れちゃったから自宅学習ね。あ、宿題ここ置いとくから」
「俺、腕使えねぇんだけど」
「右手使えるでしょ。そこそこ勉強できてるから半田なのに、そこそこもできなくなったら駄目田になっちゃうじゃん」
「誰だよ駄目田って。看護師さーん、早くこいつ追い出して下さい」
「あらあら。そういえば、さっき彼氏さんとすれ違ったけど・・・?」
「彼氏さんじゃないって私もあっちも否定して早1年なんですけどー。そうですか、じゃあそっち行こっかな。じゃあね半田お大事に」




 喋っているだけではなく、実は手も動かしていたらしい。
皿の上にはきちんと切られ置かれているお見舞い品のリンゴがある。
もう少し大人しくしていればまだ詐欺じゃないのに、本当に人生損してるな
口を開けば憎まれ口しか吐かない女王様によく彼氏はついていけるものだ。
・・・ん、彼氏?
彼氏って誰ですか、彼氏心労死するんじゃないですかと看護師に質問を猛烈に浴びせ始めた半田を、入院組は生暖かい瞳で見守っていた。





























 すやすやと眠っている夕香の枕元に安置されているピンク色のクマのぬいぐるみを見て、はけらけらと笑っていた。
何がおかしいと問い詰められたので、色がおかしいと笑いながら返す。
クマは茶色か白だろう。
いくら小さな女の子がピンク好きだからといって、毛並みをピンクに染める必要はない。
それともあれだろうか。
このクマは毛皮を剥ぎ取られてピンク色の肉を剥き出しにしているとか。
そう考えるとピンク色が血まみれのようにも見えてきた。
グロテスクな発想をしてしまったことを少し後悔する。
それもこれも、ピンク色のクマのぬいぐるみをチョイスした幼なじみが悪い。




「しばらく来ることができなくなりそうだから、これを俺だと思ってもらおうと」
「だからってピンクのクマはないでしょー」
「夕香はピンクが好きなんだ。・・・ああ、それからにも」
「げ、私にもクマ・・・? いいよ気持ちだけもらっとく」
「クマじゃない。手を出すか首を出せ」
「ん」




 突き出された手を前に、豪炎寺はジャージのポケットの中を探った。
渡すタイミングを完全になくしていた。
忘れていたわけではない、早く渡して処理したかったのだ。
このタイミングで渡すのもどうしたものかと思ったが、これを逃すと次いつ渡せばいいのかまたわからなくなる。
豪炎寺はの手の上にそっとネックレスを置いた。
きょとんとしているに、持っていてくれと念を押すように言う。




「どうしたのこれ」
「ずっと渡そうと思っていたんだが渡せなくて今日になった。近いうちに宇宙人を倒すため雷門を出て日本中を回る旅に出るんだ。これを俺だと思ってくれ・・・?」
「首につけるものを修也だと思えと? 首絞められそうで怖いよ」
「リアルに考えるな」
「冗談冗談。ありがとね、大切にする。しっかしいつの間にこんなの用意してたんだねー」
「髪留めを風丸と一緒に選びに行った時に買ったんだ。風丸が髪留めを買ったから、俺はそっちを買う羽目になった」
「ううわ、それってかなり前のことじゃん。ていうか私に渡すの嫌なら夕香ちゃんにあげなよ。赤いの夕香ちゃんに似合うと思うよ?」
「それはに買ったんだ。以外の人に渡すと意味がなくなるだろう」
「そういうもんなの? まあいいや、可愛いねこれ!」





 丁寧な手つきでネックレスを鞄に仕舞うと、はうーんと唸り首を傾げた。
しかしすぐに携帯電話を取り出すと、それについていたストラップを取り外し豪炎寺の手に握らせた。




「もらってばっかじゃ不公平だから、それ貸したげる。貸すだけだからね、帰ったらちゃんと返してね」




 手渡されたストラップは、豪炎寺にはあまりいい思い入れがない代物だった。
が自分と出会う前からずっと肌身離さず持っていて、確か初めはキーホルダーだった。
お揃いなんだよと嬉しそうに話していたのを、幼い頃の自分は面白くない気分で聞いていたものだった。
時が経って劣化したのか、キーホルダーはストラップへと形を変えたが、赤い縁取りがされたサッカーボールと星の根付は今も昔も変わらずきらきらと輝いている。
よほど大切にしているのだろう。
数年前には、きゃー裏面に傷がついてるどうしよう、いつついちゃったんだろうと1人で慌てていた。
それほど大切なものをあっさりと貸与してくるの気が知れない。




の大切な物だろう、受け取れない」
「大事な物だから修也に貸すんでしょ。修也以外に貸せるかっての」
「でも、これはがずっと持ってたものだ」
「だからそれイコール私みたいなもんじゃん。ほら、修也が私から離れるの実は初めてでしょ。寂しくならない?」
「馬鹿にしているのか」
「してないってば。これ、結構ご利益あるから修也にもご利益のお裾分けしてあげる」




 豪炎寺は手の中のストラップをじっと見つめた。
の本心が知りたかった。
なぜ俺に貸すんだ。
大切な人からもらったものじゃないのか。
疑問をそのまま声に出していたらしく、がまたもや不満そうにむうと眉根を寄せている。
不意に、の両腕が顔に向かって伸びてきた。
頬をふわりと包み込まれた・・・と思いきや、ぎゅうとつねられ頬をぐにぐにと引っ張られる。
痛い、地味に痛い。
非難の声を上げようと思っても言葉にならない。
それが狙いだったのかもしれない。
そうだとしても、頬をつねることはないではないか。




「確かにそれは大切な人からもらったけど、修也のせいでそれくれた人の顔どころか名前も忘れちゃったの。修也もそれ持って、俺のせいですみませんって謝って責任取んなさいよ」
「もへらぼいつばびらいだ(俺はそいつが嫌いだ)」
「はあ?」




 豪炎寺はの手をつかんで頬への攻撃をやめさせると、もう一度嫌いだと口にした。
なぜ今更になってそいつの話を聞かされなければならない。
出会って数ヶ月でその話を聞くのは終わったはずなのに、また気に入らない話をするとは。




「俺はそいつが昔っから嫌いなんだ。だから謝りたくない」
「なぁんで会ったこともない人嫌いになっちゃの! サッカーしてたから趣味は合うと思うんだけどなー・・・」
「そのサッカーをやってるとか、そういうところが嫌いなんだ。もう何年前の話だと思ってる、9年だぞ? 相手だって忘れてるだろうから尚更俺は悪くない」
「そんなのわっかんないじゃん! とにかく、修也にそれ貸すから絶対に失くさないでね! 失くしたら絶交だからね!」
「そんなに失くしてほしくないなら俺に渡すな! これ見るたびにの顔が思い浮かぶだろう!」
「浮かんじゃ駄目なの? 人には俺だと思えって物渡すのに、私の顔は思い浮かべる価値もないの?」




 どさくさに紛れて酷い事言うねと言うと、は自嘲するような笑みを浮かべた。
どこか投げやりなの笑みは見ていて辛い。
また妙な勘繰りを始めたのかもしれない。
何がきっかけで傷つくのか未だにわからないの扱いは本当に難しい。
置いていくのがとても不安だ。
連れて行きたくなるくらいに心配でたまらない。




「いいよやっぱりそれ返して。修也がいなくなるから入れ替わりでその人のこと思い出せるかもしれない。うん、なんだかいけそうな気がする。記憶力は悪くないんだし、私頑張る」
「駄目だやっぱり持って行く」
「さっきいらないって言ってたのどこの誰よ」
「嫌いな奴思い出されて俺を忘れられると困るから、そうならないように預かっておく。ちょっとの悩み事はの顔思い浮かべるとどうでもよく思えそうだしな」
「何それ」




 今度はまともな笑顔になったと顔を見合わせ笑い合う。
病室を出るため椅子から立ち上がると、がすすすと背後に立つ。
何試合分かやってくれと頼むと、オッケーと短く返事が返ってくる。
怪我しませんように、楽しいサッカーができますように、早く帰ってきますようにと呟き、背中をぽんと押される。
ほんとに早く帰ってこないと忘れてるかもよと悪戯っぽく笑うに、忘れられるもんなら忘れてみろと脅してみる。
そう簡単に忘れられてたまるか。
忘れられるわけがない。
ずっとずっと、本当にずっとと一緒にいたのだから。




「夕香ちゃんのことも任せて。ついでに半田にも会いたいし。同じ小児科病棟だから楽だよねー」
「ああ、頼ん・・・!?」




 並んで病室を出ると、いきなり見ず知らずの男3人に囲まれる。
見るからに怪しい3人組の1人が豪炎寺とを見下ろす。
豪炎寺は咄嗟にを背に庇うと、鋭く3人を睨みつけた。




「豪炎寺修也くん、少しお話が」
「お前たちは・・・!」
「我々はエイリア学園の志に賛同する者。君にあなたの妹さんのことでお願いしたいことがありましてね」
「修也、この三つ子? 知り合いじゃないよね、見るからにキチガイ・・・」
「おや、可愛らしい恋人をお持ちのようで。食べたくなるような可愛らしさだ」
「え、ちょ・・・っ「彼女に触るな!」




 へ無遠慮に伸ばされた男の腕を豪炎寺が叩き落す。
豪炎寺はへと向き直ると、先に行くよう促した。
当然のように首を横に振るに、豪炎寺はもう一度先に行けと告げる。
大丈夫なの、警察呼ぼうかと不安顔にに、極力安心させるように大丈夫だと力強く答える。
の事を知られたらいけないと本能が告げていた。
足早に立ち去ったの後ろ姿を見送ると、豪炎寺は改めて男たちへと視線を移した。








































 瓦礫の山と化した校舎。
ぐちゃぐちゃに荒らされたサッカーグラウンド。
は雷門中のグラウンドでせっせと片付けをしていた。
円堂たちが再び雷門中に帰って来る時には綺麗なグラウンドを見せてやりたい。
いつ出発するのかもわからなかったが、善は急げ、早速始めよう。
地面にしゃがみ込み飛び散った校舎の残骸を拾い集めていたは、ふと、先程の出来事を思い出し胸に手を当てた。
豪炎寺の前に立ちはだかった男たちからは、嫌な予感しかしなかった。
大丈夫だろうか。
1人で抱え込む人間だから、また1人で思い悩んでいるのではないだろうか。
また、サッカーから遠ざかってしまうのではないだろうか。
不安でたまらなかった。





「修也、大丈夫かな・・・」




 ごごごごごごごと地面が相槌を打ってくれる。
最近のグラウンドは人の問いかけに地鳴りで返事をするようになったらしい。
それにしても凄まじい地鳴りだ、地面がぱっくり真っ二つに割れているではないか。




「うわ、なんか、下から突風・・・! へ、秘密基地!?」




 割れた大地の底から何かがせり上がってくる。
どこからともなく道路も現れる。
いつの間にこんな大層なものを作っていたのだ、雷門中。
恐るべし私立中学、どこにお金を使っているのかわかったものではない。
こういうところにかけるお金があるのなら、もう少し授業料を安くしてくれてもいいではないか。
はっ、施設費が木戸川よりも高かったのはこのせいか。
は突風とともに地上へ姿を現したキャラバンに目を丸くした。
出発日が今日だなんて、そんなの聞いていない。




「あ・・・、あ! 修也、修也!!」




 聞こえるのか、そもそも気付かれているのかもわからないが大声を張り上げる。
窓をぼんやりと見ていた鬼道と目が合う。
鬼道が驚いた表情を浮かべたように見え、はぶんぶんと手を振った。




か・・・・・・。・・・!?」
「あ、ほんとだ。見送りに来てくれたのかー、鬼道が言ったのか?」
「いや、俺じゃない」
・・・?」



 窓が開けられたので、は今度こそ大声で叫ぶことにした。
しかし、何を言えばいいのだろう。
既に頑張っている人にとに頑張れとは言いにくい。
悩んでいるうちにもキャラバンは行ってしまう。




「えっと、みんな、いってらっしゃい! 怪我しないでね! ・・・ほんとはすっごく寂しいから、早く帰ってきてね!」
「ありがとな! 宇宙一になって俺たち帰ってくるからな!」
「あいつら宇宙人って言ってるだけでただの日本人だろうけどね! 円堂くん、修也をよろし・・・!!」




 キャラバンが校門の外へと飛び出す。
ほんとのほんとに早く帰ってきてね。
は遠ざかるキャラバンが見えなくなるまで見送っていた。






イケメンだから許される行為の数々をピックアップしてみた






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