23.テレフォン保健室










 サッカー部というか夏未というか雷門家というか、とにかく雷門中の逆らえないお偉いさん方は本気で自分をサッカー部に引き込みたいらしい。
は秘密基地のような地下の理事長室に呼び出されていた。
校長どころか理事長から直々にお叱りを受けるような悪事は働いていないはずだ。
ごくごく普通にのんびり過ごしていたはずなのだが、何が気に入らなかったのだろうか。
まさか、今になって神のアクア誤飲事件がばれたのだろうか。
神のアクアはあの時カビ頭のふざけた自称宇宙人に張り手を飛ばしたり、メイドイン宇宙のボールを受け止めたことで力を使い果たしたので、今はまったく問題ない。
幸い倒れただけで死にもしなかったし。
それもこれも日頃の行いが良かったから、天に召されず済んだのだ。
神様にも早く天国に来るように誘われていたとは、モテ期の到来なのかもしれない。




「私、なんにも悪い事やってないんですけど」
「わかっているよ。くん、君にこれを渡そうと思ってね」
「はあ」



 手渡されたのはいかにも最新ハイテクといった薄型テレビだった。
何の説明もなく渡されても困ってしまう。
壊れた校舎では授業ができないから、テレビ授業で勉強をするという新しい教育システムだろうか。
やはりこの中学校は変わっている。
あれだけの数の生徒1人1人にハイテクテレビを支給するとは、まさか授業料が高かったのはこれの伏線だったのかと思ってしまう。




「君のことは夏未から聞いている。サッカーの戦術を見極めるのに素晴らしい才能があるらしいね」
「鬼道くんと勘違いしてるんじゃないですか? 天才ゲームメーカーは鬼道くんです」
「このテレビは、マネージャーが撮影したビデオと繋がっている。宇宙人の特徴を見極める手伝いをしてほしいんだ」
「嫌です。私、あのキチガイ集団大っ嫌いなんです。特にあの緑の顔とか見たくもない」




 思い出すだけで腹が立つ緑だった。
どうせそこらへんの日本人の癖をして宇宙人を気取るとは日本の恥だ。
あんなキチガイと同じ国民だと思われたくない。
風丸や鬼道といった心も姿もイケメンな人物がいるというのに足を引っ張りやがって。
考えていると、また苛々してきた。
平手でなくて拳で殴っておけば良かった。
歯の1本や2本折るつもりで殴れば良かった。
心優しいことをしてしまったものである。
神様に好かれるのも充分に納得できる。
それで死ぬのは勘弁願いたいが。




「だが、君の大事な友人を助けるために一肌脱いではもらえないか?」
「どうしてもっていうんだったら緑の顔にモザイクかけて、イラッとする言葉にはピーって鳴るあれ! あれ入れてほしいです」
「・・・あれはライブ映像じゃできないんだよ。それに、そこまでしてしまったら彼は凶悪犯罪を犯したただの変態だ」
「建造物破壊しまくってるアホみたいな髪型した本物の変態じゃないですか。あと、私はやっぱり鬼道くんじゃないんで、そういうことは向いてないと思います」




 理事長とテレビの押しつけ攻防をしていると、テレビ画面が急に明るくなる。
がさがさというノイズ音の後に、春奈の華やかな声が聞こえてくる。
さんどこですかぁと聞こえたので、一応画面の前に立ってみる。




「はぁい春奈ちゃん」
「あ、さん! どうですか、映ってますか?」
「うんうん可愛く映ってるよ。あのね、私鬼道くんじゃないからそういうの無理なんだけど」
「無理とかやだではなくて、やるの。いいわねさん」
「いや夏未さん、私サッカー部員じゃないからやる必要もないってば。監督もいるんだから監督を頼りなよー」
「わがまま言わないで、さん」

「・・・雷門」
「あ、修也」



 画面には映らないが、声だけは聞こえてくる幼なじみの突然の仲裁にと夏未は黙り込んだ。
あまりを巻き込まないでくれと、豪炎寺が淡々とした口調で続ける。
助け舟を出してくれるのは嬉しいが、元気のない声に違和感を覚える。
どこか調子が悪いのだろうか。
いつも叱咤激励してくれる可愛い幼なじみがいないから寂しいのだろうか。
それとも、この間の顔色の悪い三つ子サングラスたちとの間で何かあったのだろうか。
優しさがこれほど人を不安にさせるとは思わなかった。
こういうことになるから、常日頃から優しくしろと言ってきたのだ。
不意の優しさは時として恐怖を呼ぶのだ。




「でも豪炎寺くん、あなたが一番わかっているでしょう、さんのこと」
「わかっているからやめろと言った。いいな、あいつらに係わるな」
「おう」




 キャラバンの中ががやがやと騒がしくなってくる。
休憩時間の合間に連絡を寄越してくれたのだろう。
無駄な時間を過ごさせてしまって申し訳ないことをした。
せめて残り短い自由時間は楽しく過ごしてもらおうと気を利かせ、は一方的に通信を切った。
渡されたテレビは大人しく理事長に返品する。
このテレビで観たい番組が観られるのならばもらっても良かったが、チャンネルが1つしかないのならば欲しいとは思わない。
嫌な思いをしてまでサッカーを観るつもりはなかった。
宇宙人がいなくなるまではサッカーとは離れた生活を送ることになりそうだ。




「ていうか、サッカー部がそんなに心配なら半田たちのお見舞いにも行ってあげて下さい。もう、こーんな立派なテレビ買うくらいならリンゴとか持って来いっての」
「君は物怖じしない子だな!」
「いっつも怖い怖い腐れ縁が隣にいたんで、理事長全っ然優しい方ですよー」
「ははっ、そうかそうか!」



 じゃあ今度リンゴを持って行こう、できればバナナとかも欲しいですう。
ここぞとばかりに中学生にたかられているとは気付かず、懐かれているとしか思っていない理事長だった。





































 お見舞い品が急に豪華になったが、またこいつが何かしたのだろうか。
半田はもはや誰のためかも定かでないリンゴやミカンを剥いているを見つめ、日課となっているため息を吐いた。
寂しいのか、あるいは寂しいと思われているのかはわからないが、は2,3日おきに病室を訪れる。
そんなに来なくていいと言ってもやって来る。
夕香のついでらしいが、ついでにしては長い時間居座っていくものである。
これといった話をするわけではなく、ましてや大丈夫なのかとも心配せず、何が目的で来るのかがわからない。
ひょっとすると果物目当てなのかもしれない。
来ては毎日何か食べていくし。



「でも、こないだ貰ったリンゴは美味かったな」
「やっぱり? 理事長奮発したんだね、きっとお高いリンゴだったんだよ」
「は、お前、理事長にたかってんのか!? 何やってんだよ!」
「何が欲しいって訊かれたからリンゴとかバナナくれって言っただけ。半田だって食べてんじゃん、リンゴもバナナも」
「そりゃ食うよ、だって美味いもん」




 もしゃもしゃとリンゴを平らげ、腹を満たす。
入院を余儀なくされた5人と分けて食べるので夕飯の心配はない。
暇だなと半田が呟くと、も暇だねと返す。
変わったことないのかと尋ねられたので、は先日のテレビ事件について話してみた。
ド素人の意見を宇宙人との戦いにまで持ち込もうとするとは不思議なチームである。
そう言うと、半田は奇妙な顔をしてを見つめた。




、ほんとに気付いていないのか?」
「何に?」
「だから俺、前も言ったじゃん。は監督になれるって」
「やぁだ、お世辞言っても何もサービスしないよ。それに私、サッカーできないし」
「お世辞じゃねぇよ、マジで言ってんだよ」




 半田はいまいちよくわかっていないを見つめ、はあとまた大きくため息をついた。
どうして特別サッカーが得意なわけでもない自分が説明してやらなければならないのだ。
こいつの幼なじみは今まで、何を伝えていたのだ。
利用するだけ利用して、何を利用しているのかを言わないなど物臭にも程がある。
そもそも自身がそれに気付いていないから、抵抗したり手を打つ前に誰かに連れ去られたりするのだ。
無自覚は無防備だ。
五体満足ならともかく、退院の見込みも立たない今、半田にはを見張り場合によっては守るといった行為ができなかった。
風丸もいない、鬼道もいない、豪炎寺もいない。
をこのまま野放しにしておくことが半田は不安だった。
ただの友人である自分がこう思っているのだから、豪炎寺などは不安で夜も眠れていないかもしれない。
無理やりにでも連れて行った方が安全なのかもしれない。




「・・・言ってもどうせのことだから俺の話なんて聞き流すんだろうけど、一応言っとくからな」
「何なのその回りくどい言い方。それじゃまるで私が半田の話聞いてないみたいじゃん」
「そう言ったんだよ。いいか、危ないと思ったのものには近付くなよ。金属バッドでも持ち歩いてた方がいいかもしれないな、いっそ」
「金属バットかー。野球部から拝借しちゃっていいかな」
「借りとけ借りとけ。あ、もちろん見えないように持ち歩けよ」
「ふーん、例えば?」
「そうだなー・・・。あ、いつも持ってくる花束みたいに隠すとか」
「なるほど」




 守れないのならば、守らせるための指導をするべきだ。
そのくらいならできるし、逆効果にもなるまい。
金属バットは少しやりすぎかもしれないが、鬼に金棒という諺があるくらいなのだからちょうどいい。
鬼嫁候補に金属バット。
うん、ぴったりではないか。
将来こいつの旦那さんになる奴は目を離すことができなくて、とんでもなく苦労するんだろうな。
友人で本当に良かった。
いくら顔が良かろうと、宇宙人相手にあんな暴言を吐くと付き合おうとは思わない。
帰宅の時間になったのか、ひらひらと手を振って病室を後にするの背中を、半田はやはり沈んだ気分で見送った。







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