ものを言わない、およそ監督らしい監督業務のほとんどを放棄している新監督の意図を懸命に読み取り解釈しようとする。
土門あたりはあの性格のきつさは10年後のそのものだと嘯くが、そんなわけがない。
鬼道が知るは、さらりぽろりずばっと言いたいことは素直に言う女の子だった。
間違っても、わかっているのに誰かに伝えようとしない口数省エネ人間ではなかった。
だから思う。こういう時にがいればいいのにと。
サッカー部員でもなんでもなく、病み上がりのを旅に同行させるのは確かに難しい。
けれども、少なくともこの監督よりはコミュニケーションを図ることができる。
誰かに確認せずゲームメークすることはいつものことだったが、相手が宇宙人である以上、使える人は使っておきたい。
メールでゲームの内容を説明するのには無理があるのだ。
返事が返ってくるのも待ち遠しいし。




「じゃあ電話すればいいだろ」
「しかし電話はかけたことがない。この間も本人に電話しにくかったから自宅に電話した」
「親御さんと話す方が緊張するもんじゃないのか?」
「外堀を・・・、ご両親と仲良くなっておいた方が後々付き合いやすいだろう」
「鬼道、そういう回りくどいことしないでに直接言った方が、も嬉しいんじゃないかな。俺がの家族だったら、そういう策略めいたことやってる奴には渡せない」
「俺は、特に何もしなくてもに抱きつかれ頭を撫でることができるお前が羨ましい」




 鬼道は作成途中のメール文面を見つめた。
文章でサッカーの解説をするのがこれほど難しいとは思わなかった。
これではさすがのもシステムを想像できないだろう。
DF陣もすべて前線に上げて攻撃するなどという滅茶苦茶なスタイルを、メールで説明できるわけがなかった。
実際に見ても正解と思しき考えに行き着くまでそれなりの時間がかかったのだ。
仕方がない、電話で話してみよう。
話して彼女の考えを聞いてから、ぶつくさと文句を言っている一之瀬たちに監督の真意を伝えよう。
鬼道はアドレス帳からの携帯の電話番号を探すと、ゆっくりと発信ボタンを押した。
これで留守電だったらどうしよう。
留守電どころか出もしてくれなかったらどうしよう。
5回ほどコール音を聞いていると、突然もしもしと澄んだ声が聞こえてきた。




・・・!!」
『鬼道くん? 珍しいね、いつもメールくれるのに今日は電話なんて』
「あ、ああ。元気か?」
『うん! あ、こないだはすっごく心配かけちゃったみたいでごめんね? もう元気だから安心してね』
「そ、そうか。・・・、今日、また宇宙人と戦ったんだ」
『へえ! どうだった?』
「レーゼ・・・・・・、緑色のふざけた髪型のキャプテンだが、頬がやけに腫れていた」
『へえ! それは確実に私のせいだなー』




 他愛ない会話をしていると、初めは緊張しドキドキしていた心臓も落ち着いてくる。
そろそろ本題に入ってもいいだろう。
ああ、豪炎寺の不調については言わない方がいいかもしれない。
良くも悪くも彼をサッカー部の中心に据えて考えているには、少々刺激が強い話に違いない。
それに、自分と話している時にわざわざ恋敵の話を持ち出したくはない。
本音はおそらくこちらだ。




「相変わらず宇宙人のスピードに俺たちはついていけなかった。前半の時点で相手の攻撃パターンは見つけることができたが」
『パターンってのを見つけたのは鬼道くんでしょー。すごいね鬼道くん、さっすが天才ゲームメーカー!』
「・・・ありがとう。だが、監督は後半はこちらのDFをすべて前線に上げて攻撃するように指揮した」
『ん? それじゃ守備は円堂くんだけになっちゃったってこと?』
「そうだ。攻撃だけでゲームを組み立てることは不可能だろう? どういうことだと思うかの意見が聞きたい」




 電話口からうーんと唸るの声が聞こえてくる。
選手を教えてと尋ねられたので、試合開始時のポジションなどを伝える。
新しく女子のDFが入ったんだと言うと、はかっこいいねえと言って声を弾ませた。




『新しいDFさんはどうして入ったの?』
「午前中に財前総理のSPたちとサッカーの試合をしたんだ。初めは俺たちは10人で戦ったんだが、途中で染岡たち3人が抜けて7人で11人の相手をした」
『ふむふむ。で、そのSPチームの1人が仲間になったんだ。でも午前中7人でやったら相当疲れちゃったでしょ、大丈夫?』
「問題ない」
『午前中の試合見る限りじゃ中盤の鬼道くんたちは走りまくり、栗頭の子は手薄になった守備で動きまくり。
 風丸くんたちは怪我して万全じゃないし、この調子じゃたぶん修也も割と下がってただろうし・・・』
「何かわかったのか?」
『試合観てないからなんとも言えないんだけどさ。こないだ傘美野中でやった試合でもみんな、スピードについてってなかったじゃん?
 午前中にそんなに走り回った後でスピード勝負されて前後半同じシステムでやったら、鬼道くんたち危なかったんじゃない?』
「つまり、監督は俺たちを病院送りにせず守るために、あえて戦いに適さないシステムを指示したということか」
『そうそれ! 鬼道くんの考えと一緒?』
「ああ。ありがとう、おかげで自信が持てた」
『鬼道くんは誰もが認める天才ゲームメーカーなんだから、もっともっと自分のゲームメークに自信持っていいんだよ!』




 みんなの体のこと考えてくれてるなんて、新しい監督さんは優しい人なんだね。
何も知らないはのほほんと新監督を思い浮かべると、またかっこいいなぁと呟いた。
宇宙人を名乗るただのキチガイ相手に全力で戦う鬼道たちもかっこいい。
女の子のDFというのもかっこいい。
こんなかっこいい人々をボコボコにするキチガイたちがますます許せなくなってきた。
何がスピードだ、変な走り方しやがって。




「・・・また、電話してもいいか?」
『うん! あんまり1人で抱え込まないでね? 私で良かったらいつでも鬼道くんのお話聞くよ』




 ぷつりと電話が切れ、鬼道は電話をじっと見つめた。
電話をして良かった。
思った以上の答えを出してくれた。
試合の映像などちっとも見ていないのに、ずばり的確に教えてくれた。
の導き出した答えを自分の考えがぴたりと一致していたことが嬉しくてたまらない。
やはり彼女はフィールドの女神と称されるに値する才能の持ち主だ。
大いに自信が持てた持論を他のメンバーたちに伝えるべく、鬼道は豪炎寺たちの元へと戻っていった。
試合が終わったからずっと浮かない表情を浮かべている豪炎寺や、自分たちを守るために一人傷ついた円堂のことが気になるが、
今、自分にできることと課せられたことは監督の意図を間違いなく伝えることである。
悔しいが、豪炎寺もの声を聞けば少しは元気になるだろう。
頑張れという言葉を使わずとも人を励まし温かな気持ちにさせるのは、の必殺技と言って良かった。
背中のおまじないといい、彼女は歩く充電器だ。




「どうだった、鬼道」
「ああ、ばっちりだった。みんな、いい監督かどうかは結論を知ってからでも遅くない」




 先程と話した内容とほとんど同じことを風丸たちに伝える。
監督の真意を知り納得した表情をそれぞれが浮かべていると、監督が颯爽と現れる。
瞳子監督が告げた言葉に、円堂たちの間に衝撃が走る。
がやがやと騒ぎ出す円堂たちに背を向けると、豪炎寺は静かにキャラバンから離れた。
こう言われるとはわかっていた気がする。
ただ、漠然とわかっていても言われた時の衝撃は大きくて、円堂たちの前にいることが辛くなった。
慌てて追いかけてきた円堂にも、一緒に戦えないとしか言えない。
涙が零れてくる。
サッカーがまたできなくなるかもしれない。
そうしなければ、また大切なものを守れなくなる。
大切な人を見守り可愛がってくれている、自分でも意外なほどに大切だと思っている人を傷つけてしまうのは本望ではなかった。





「・・・・・・」




 辛いのが耐えきれなくて、気が付いたらへ電話をかけていた。
旅に出てから初めてかける電話が、まさかこんな形になるとは思いもしなかった。
何も知らないのいつもの明るい声が、とても懐かしく聞こえてくる。
無言でいるのが不満だったのか、電話の向こうのが鋭い声で名前を呼んだ。




「・・・
『・・・やだ、ちょっと、どうしたの修也。寂しくなりすぎて泣いちゃってんの!?』
「何か、言ってくれ」
『何かって例えば?』
「俺がずっと忘れなくていいようなやつがいい」
『えー、あー、うーん・・・。改めて言われると緊張するなー・・・』
、」




 とにかくなんでもいいから早く言ってほしくてを急かす。
上手い事を言おうと考えているのか、沈黙が苦しい。
言ってもらえれば本当は何だっていいのだ。
何を言われてもどうせ忘れやしないのだ。
都合良くできている頭だと思う。
特に覚える必要などないであろう些細な言葉も、勝手に脳にインプットされていく。




『あの、さ、何があったのかはよくわかんないけど、私はいつでも修也の味方だからね。
 応援してるよ。どんなことやってても・・・、まあ、犯罪に手を染めちゃうとか以外のことなら何やってても修也のこと応援してるから、だからそんなに泣かないで。
 なんかこっちまで悲しくなって泣きそう』
は泣くな」
『じゃあ修也も涙はもうおしまい! ほら、泣いてちゃ前が見えないでしょ。ちゃんと前見て歩かないと道踏み外しちゃうよ』




 ゼウススタジアムから病院へと向かっている時にとんでもない勘違いをした挙句口走った言葉を、もしかしては意識してくれたのだろうか。
それとも、ずっと一緒にいたから思考回路も似てきたのだろうか。
はたまたただのの気まぐれか。
何にしても、の言葉は心を温かくするには充分すぎるものだった。
優しすぎて更に泣いてしまいそうなくらいだった。
こんなに優しいとは思わなかった。
たまには藁にも縋ってみるものだ。





『ん? 元気出た?』

「・・・・・・ありがとう」
『・・・えええぇぇぇぇえ修也、今何てった!? 修也がありがとうって初めて私に言った!!』




 どうしてファーストありがとうが面と向かって言わずに電話越しなのと訳のわからない怒りをぶちまけ始めたに苦笑すると、豪炎寺は名残惜しくも電話を切った。






豪炎寺さん、ログアウトのおしらせ






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