25.見習いかぐや姫










 いないから仕方がないとはいえ、これでは丸投げだ。
幼少期の人格形成のもっとも大切な時期に親も兄もほとんどほったらかしとは、育児放棄といってもいいのではないだろうか。
夕香はちゃんに懐いているからよろしく頼むよとは、とても父親の発言だとは思えない。
いくら仕事で忙しいとはいっても、息子の幼なじみに情操教育を任せるとはいかがなものか。
夕香は兄に似ず可愛くて素直で明るくて大好きだが、それでも少しだけ癪に障る。
そうだ、せっかくだから半田も巻き込んでやろう。
病室間の移動もリハビリだと言えばきっと、嫌々ながらも従ってくれる。
半田は他人に隠れて忘れられがちだが、平均的にはいい男なのだ。




「・・・で、その本の山は何だよ」
「シンデレラ、白雪姫、眠れる森の美女、かぐや姫エトセトラ」
「お姫様が出てくる絵本ばっかじゃねぇか。思考が偏ったらどうすんだよ」
「だって夕香ちゃんがきらきらしてるお話がいいって」
「せめてヘンゼルとグレーテルくらい入れとけよ。知ってるか、白雪姫の王子様って実は異常性癖者なんだって」
「そういうこと夕香ちゃんの前で言ったら金属バットだからね」




 夕香の病室の扉を開けると、ベッドの上の夕香がぱあっと顔を輝かせる。
枕元にはきちんと熊のぬいぐるみが置かれている。
ピンクはどうだろうかと不安だったが夕香はとても気に入っているらしく、夜は布団の中に一緒に入れて眠っているらしい。
いくら兄代わりとはいえ、生身の兄でもまずやってもらえない同衾をしてもらうとはなかなか侮れない熊である。
下手に熊なんて渡すからこうなるのだ。
熊のぬいぐるみと同じタイミングでもらったネックレスは柄も気に入っているし本人たっての希望から毎日つけているが、さすがに夜は机の上に放置だ。
一緒に寝るなど気味が悪い。
あの日は本当にびっくりした、思い出すだけでも顔が熱くなる。





お姉ちゃん、今日は何読んでくれるの?」
「今日はじゃあまずはシンデレラから・・・。半田、王子様の声の担当よろしく」
「はあ? やだよ、そんなことのために俺呼んだのかよ」
「ちなみに白雪姫だと、狩人と継母と魔女と小人と王子様が半田になる」
「狩人はいいとして、継母と魔女はだろ。なんで女役まで俺がすんだよ」
「半田お兄ちゃん、だめ?」
「・・・やります、やらせていただきます」




 純真無垢な夕香に頼まれれば、嫌だと言えるわけがない。
小さい子は特別好きでもないが、嫌いでもないのだ。
下らない諍いで夕香が悲しみ、困惑するのは豪炎寺でなくても見たくはない。
悲しませて泣かせでもしたら命を奪われそうだ。
を泣かせてあれだったのだから、あれ以上の怒りをモロに受けると、たとえ豪炎寺に殺意はなくてもこちらの体が保たない。




「良かったねー夕香ちゃん。明日からこのお兄ちゃんも一緒に遊んでくれるって」
「やったぁ! よろしくね半田お兄ちゃん」
「半田、お兄ちゃん・・・・・・。なんかいいかも」
「でしょ。おとぎ話の世界だけでも王子様になれるんだからありがたく読んでよね」
「ほんっとお前滅茶苦茶な事しか言わねぇな!」




 むかしむかし、あるところにとても綺麗な娘さんがいました。
読み慣れているのかすらすらと読んでいくに合わせ、シンデレラに辛く当たる継母と異母姉たちの台詞を言っていく。
我ながらそこそこよくできた演技だと思う。
よりも明らかに台詞が多いのは気になるが、夕香が楽しそうにしているのでこれでいいのだろう。
王子の甘ったるい台詞を言うのはさすがにげんなりしたが。
何が悲しくてにこんな気障な台詞を囁かねばならないのだ。
心にもないことを言うと、こんなにも心が痛むのか。
拷問を受けている気分に近いかもしれない。
読み終わって夕香が嬉しそうにぱちぱちと拍手を送ってくれたので痛みは幾分か和らいだが、やはり慣れないことはするものではない。
傷ついた体に朗読劇は堪えることがよくわかった。




「さ、ずっと起きててちょっと疲れちゃったでしょ。しばらくお昼寝したら、夕香ちゃん」
「うん、そうする・・・。ありがとうお姉ちゃん、半田お兄ちゃん」




 うとうととし始めた夕香を寝かしつけ、そっと病室を後にする。
半田もお疲れ様と珍しくも労いの言葉をかけられ、半田は思わず吹き出した。
なんで笑うの笑うとこじゃないでしょと詰問されるので、これは苦笑だと言い返す。




はかぐや姫になり損ねたな」
「かぐや姫? アジアンビューティーには負けてないけど」
「かぐや姫は月の住人だから、あいつらも宇宙人なんだぜ。・・・じゃなくて! ほら、はこっち来る前も豪炎寺といたんだろ」
「うん」
「転校と引越しで慣れ親しんだ豪炎寺の下を離れ雷門に来た・・・と思いきや、豪炎寺も追っかけてきた」
「あの時はびっくりしたなー、やっと腐れ縁やめられると思ってたのにあれだもん」
「だからは月に帰るかぐや姫になり損ねただろ」
「つまり修也のせいってことか」
「まあそう言っちゃそうなんだろうけどさ、それで良かったと思うよ俺は。夕香ちゃんはあんなにに懐いてるし、こんなことになるなら尚更お前の存在って大事だよ」





 でも、なんだかそれって不安な気もする。
懐かれていても頼られていてもは1人だけで、多くの人に頼られているからといってがその分だけ増えるわけではない。
今はまだいいが、もしもこのまま頼られる日が続けばどうなるのだろう。
良くも悪くものストレスを抜いてきた豪炎寺がいなくて、どうやって息抜きをするのだろう。
考えてどうにかなるものではなかったが、そう思わずにはいられなかった。
息抜きとストレス発散に利用されるのは勘弁願いたいが。




「ま、はお姫様より継母だよな! 今度継母役やってみろよ、きっとぴったりだよ」
「いや、継母役は案外マックスくんとかいけるかもしれない・・・」
「じゃあ次はマックスたちも誘おうぜ。それで役柄決めてさ、夕香ちゃんきっと喜ぶよ」
「なるほど」




 だからお姫様王子様ものばっかじゃなくて、ヘンゼルとグレーテルとか鶴の恩返しとかも入れようぜ。
鶴の恩返しするなら翼の張りぼているかな、いっそ世宇子のアフロから毟ってくる?
金属バットを煌かせ不敵に笑うを見て、やはり心配するだけ無駄だったかもしれないと思い直した半田だった。








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