外はまだ薄暗いというのに、ばさりと布団を捲られ電気を点けられた。
早く起きないと学校間に合わないよーと声をかけられ、ゆっくりと目を開ける。
ああ、そういえば昨夜はどういう経緯か頭がちょっとおかしい女の家に泊めさせてもらったんだった。
せっかくだから鉄パイプの在り処教えてよとせがまれ連れて行った帰り道、やたらとド派手な自転車に乗った正真正銘の不良中学生に俺の愛チャリに傷つけやがってと因縁をつけられ、
何をとち狂ったのかが、いつの間にやら拝借していたらしい鉄パイプを不良に笑顔で差し出したのにはぞっとした。
私これがたくさんある場所知ってるからこのパイプ溶接してチャリの傷でも直したらなど、言う相手を間違えたら乱闘ものだった。
怖いもの知らずというか、何が怖いものかをそもそも理解していないというか、一緒にいるこちらがドキドキしてしまった。
鉄パイプや金属バットという使い道によっては凶器になる鈍器をたくさん持てるという発言に、相手が気圧されて良かった。
惨めだったな、あのチャリ不良。
をこの辺りをまとめ上げている番長か何かと勘違いしていたようだし、これは抗争に巻き込まれる前に彼女との縁を切るべきだ。
不動は、とこれ以上深く係わることを自分に禁じた。




「今何時だと思ってんだよ、まだ4時だぞ4時!」
「ぶっぶー、4時15分でーす。ほら、早く準備しなくちゃ始発が出ちゃうよ」
「始発って何時だよ・・・」
「東京駅を6時発。岡山で乗り換えてー、いざ温泉!」
「・・・いや、俺の学校はどっちかっていうと海の中・・・」
「なぁに言ってんの。帝国には行かないけど温泉には行くの! 一緒に愛媛まで行ってあげるって言ってんだからちゃんとしてよね」




 不動はむくりと起き上がるとを見つめた。
服装から荷物から準備は万端だ。
お弁当も作ったんだよすごいでしょと尋ねられたので素直にすごいと答えると、にっこりと微笑まれる。
早朝4時20分で弁当の準備までできているとは、実は意外とよくできた子なのか。
そうだとしたらますますややこしい子と知り合いになってしまったものである。
可愛くて料理もできる、けれども喋る内容は意味不明で頭も弱い。
これほどまでに扱いに困る少女を、不動は今まで知らなかった。





「ママにはちゃんと了解もらってるから大丈夫だよ。それもこれも不動くんが理科の宿題手伝ってくれたおかげ。ほんとありがとね」




 今更愛媛について来ると言われても、もはや帝国学園に連れて行こうとは思えない。
こんな女いてもいなくてもどうでもいいだろう、サッカーなんて知らなさそうだし。
急かされるままに準備をさせられ駅へと向かう。
お昼ご飯とおやつは別なのと大量にお菓子を買い込んでいる姿を見て、細身の少女の胃袋を案じる。
食生活くらいはまともにした方がいいと忠告すると、衣食住全部きちんとしてると反論される。
なんだろう、人間ではない生き物と話している気分になってきた。
彼女こそ巷で話題の宇宙人なのかもしれない。





「帝国っていったらサッカー部しか知らないなー。不動くんは?」
「俺、サッカー部員。あと、帝国じゃなくて真帝国だ」
「ペンギンさん可愛いよね! 私、一番右のペンギンさんが好きだなあ」
「試合観たことあんのか?」
「うん。えっと1,2・・・、3回くらい?」




 昼用のおにぎりをもしゃもしゃと食べながらなんとなく携帯テレビをつけてみる。
何か面白いローカル番組はやっていないものかと思っていたが、東京にいても関西地方にいてもニュースは宇宙人ばかりだ。
今度は京都の学校なんだろと不動が話し始めると、ちょうど画面も京都の漫遊寺とかいう和風な学校に切り替わる。
建物の一部が破壊されていて痛々しい。




「宇宙人だとか言っててあの人たち、結局はちょっと頭おかしい日本人でしょ」
「だろうな」
「宇宙人サッカーって言ってる割にはやってることは普通のことだし、部分的に体力増強したくらい?」
「・・・」
「私は宇宙から降ってきた隕石あたりにかこつけて宇宙人気取ってるって思うんだけど、不動くんはどう思う?」

「・・・おい」
「ん?」
「それ、他人に言うなよ。他人っていうか親友と腐れ縁にも言うな。いいか絶対だぞ」
「お、おう」




 急に真剣な表情になった不動に言われ、は調子につられこくこくと頷いた。
何かまずい事を口走ってしまったのだろうか。
どのあたりがまずいのかと尋ねると、さっきの発言すべてだと即答される。
勘が事実だったりするのだろうか。
なんと素晴らしい勘だ、乙女の勘が当たるというのは本当だったのか。
次はこの勘をテストの時に発揮してみよう。





「そろそろ愛媛着くね。んー、早く温泉入りたい!」
「長風呂しすぎて上せんなよ。あと、帰りはどうすんだ」
「日帰りの飛行機で帰るよ。大丈夫、金属探知機でビーって鳴るようなやつ持ってきてない!」
「金属バットとおさらばできて良かったな」





 の大丈夫の基準はどこなのだろうか。
電車を降り改札で別れたのふらふらとした背中を見送り、不動はため息をついた。
































 キャラバンが急に賑やかに、そして騒がしくなった。
その場限りの助っ人だとばかり思っていた小暮が同道するようになり、キャラバン内は悪戯をされ上がる悲鳴と小暮を叱りつける春奈の怒声が絶え間なく響くようになっていた。
いつ終わるとも知れない宇宙人との戦いで塞ぎ込みがちな気分を紛らわせるのならば、このくらいがちょうどいい。
春奈が奪われたようで少し寂しくもあるが。
寂しいといえば、そろそろの顔が見たくなってきた。
声を聞くだけでも元気は出るが、ずっと声ばかりなので顔も見たくなる。
あの明るい笑顔を見れば、ちょっとの悩み事も吹き飛ぶ気がする。
こんなことならば出て行く前に写真でも撮っていれば良かった。
稲妻町へ戻ったらすぐにに会おう。
そのくらいの時間や自由は与えてくれるはずだ。
の事を考えているうちに楽しくなって勝手に口元が緩んでいたのか、隣席の塔子が不思議そうな顔をした。





「なあ、どうして鬼道は嬉しそうなんだ?」
「ああ、こういう顔してる時の鬼道はのこと考えてるんだ」
? 誰だそれ」
「俺らの友だちで豪炎寺の幼なじみなんだ。ちょっと変わってるけどすっごく可愛くて元気な女の子なんだ」
「へえ! でもその子の事考えてどうして楽しいんだ?」
「どうしてって、そりゃなあ鬼道?」
「・・・・・・」




 風丸につつかれ鬼道が黙り込む。
会ってみたいなあ、って子に。
塔子が呟くと、一之瀬が携帯手にはいはいと声を上げた。
俺写メ持ってるよと言うと、塔子が顔を輝かせる。




「お前どうしての写メなんて持ってんだ? てかいつ撮ったんだ・・・」
「いやあ、あんまり俺の知り合いが言ってた子が気になったから、そいつに写メ送ろうと思ってこっそり撮ってたんだ。風丸と一緒にいる時のがおすすめ。アングルもばっちり」
「染岡くん、さんって鬼道くんの好きな人なの?」
「そんなとこだ」
「あ、誰かの幼なじみさんって言ってたし、もしかして略奪愛ってやつ? 大丈夫だよ、僕そういうの好きだし、混ざるのドキドキするんだ」
「「混ざるのか!?」」





 聞き捨てならない吹雪の発言を耳にして、鬼道と染岡は思わず吹雪を振り返った。
にこにこと笑っている邪気のない笑みが怖い。
漫遊寺中での吹雪の女子ハンターぶりを目の当たりにしてしまった以上、混ざるとなれば侮れない敵となる。
の一見誤解されがちな性格を見事に誤解してくれればいいが、吹雪の対女子戦績を見ると、そういったことお構いなしにくっつかれそうな気がする。
なんということをぶちまけてくれたのだ一之瀬。
写真があるならどうしてそれを今まで教えてくれなかった。
後で赤外線してもらおう。
本人に写真をくれとは言いにくいし。





「見た目は抜群だけど性格はすごいから油断するなよ2人とも」
「怖いのか・・・? こんなに笑ってる子なのに強烈だな・・・」
「ざっくばらんにいうと、監督の口を悪くして口数増やした感じ」
「・・・それはぜひ会ってみたいわね」
「げ、聞こえてたんですか監督」
「安心して下さい監督。今のは土門の妄言で、本当は監督にはどこも似ていない明るくて元気な子ですから」
「鬼道くん、それは私へのフォローにはなっていないわ」
「それに一之瀬くん、その写真ってちゃんを盗撮したってことでしょ。もう、駄目じゃないそんなことしちゃ」




 帰ったらちゃんとちゃんに謝って写真は削除することと秋に叱られ、一之瀬がわかったよと両手を上げ降参するようなポーズを見せる。
確かにこれがに、というよりも彼女の幼なじみに知れると非常にまずい。
良くてメモリー、悪くて電話ごと破壊されかねない。
2人揃えば敵知らずの無敵状態だからなあ、あの2人。
秋がのような成長をしていなくて良かった。
久々に再会してあれだったらさすがにきつかった。
そう思って知り合いに写真を送るのもやめたのだ。
出会って早々こちらが日本人だとわかるや延々と3時間『ちゃん』の話を続けた彼によると、『ちゃん』は大層可愛らしい、お姫様のような優しい女の子だったそうだ。
一之瀬の知るも優しいには優しいのだろうが、優しいよりも先に怖いという印象を与えることが多い。
下手に勘繰って余計な恋敵を生成しなくてもいいだろう。
今の鬼道のもやもやを見ているだけでも充分楽しいのだし。





「盛り上がっているところ悪いけど。影山が脱走し、愛媛に真帝国学園を設立したと響木さんから情報がきたわ」
「影山が・・・!?」




 稲妻町へはまだ帰れない。
影山の蛮行を黙って見過ごすわけにはいかない。
今度はは無事なのだろうか。
急遽愛媛へと走り出したキャラバンの中で鬼道は、やたらと帝国と影山に係わってしまっているの身を案じた。







目次に戻る