半田は、3日ぶりに現れたを叱り飛ばしていた。
いたらいたでうるさく落ち着きのない面倒な奴だが、いなかったらいなかったでまた面倒な人間である。
金属バットを本当に武器として使用してしまうくらいに明白なる不審者と一緒に愛媛まで行ったとは、いったい何をどうしたらそうなってしまうのだろうか。
何がきっかけで意気投合してしまったのだ。
向こうに行ったということは即ち、相手の罠に嵌ったということではないのか。
こいつ、不審者っていう言葉の意味わかってんのか。
なんでそんなにバカなんだよと叫ぶと、バカじゃないもんと当然の如く言い返される。
ああ、こいつはバカの定義もわかっていないらしい。





「鉄パイプの在り処を普通に知ってる中学生なんざろくな奴じゃねぇって! 何やってんだ
「だって、金属バットを武器として使うのは野球部に失礼だって言われたら、何か代わりがいるのかなって思うじゃない」
「そうだけど! それでもなんで一緒に愛媛まで行ってんだよ!」
「・・・あ、もしかして半田、私が来なくて寂しかったの? もう、それならそうと早く言いなよ照れ屋さんなんだから」




 どこも照れていないし、もちろん寂しくもない。
が来ないことで夕香は寂しがっていたが、半田自身は寂しくなるわけがなかった。
元々は赤の他人なのだ。
家族レベルの頻度で訪ねてくる方が不自然だったのだ。
半田はお土産のミカンをのんびり剥いているを見つめ、彼女には知られないようにため息をついた。
今更ながら豪炎寺の心の広さと偉大さには感心させられる。
こんな滅茶苦茶の事を近くで言われ続け、よくノイローゼにならなかったものだ。
しかも教室内での半田が知る限りでの2人の会話では、豪炎寺はきちんとの話に耳を傾け、そして何らかの返答をしていた。
聞き流していたわけではないというのがますます素晴らしいことのように思えてくる。
よほどのことを理解し、好きでないとまずできない芸当だ。
豪炎寺のに対する感情は7割ほどが愛でできているのだろう。




「半田、ミカン渋皮取る?」
「いや、適当でいい」
「早く治るといいね。治ったら何したい?」
「・・・やっぱサッカー?」
「ほう」




 やっぱりサッカー部員なんだなあ。
怖い目に遭って痛い思いもたくさんしたのにそれでもまだサッカーがしたいと言うあたり、本当にサッカーが好きなんだなあ。
私も今からサッカーやってみようかなあ。
ぽそりと呟くと、半田が妙に乗り気でやってみればと言ってくる。
てっきりやめろと言われると思っていただけに意外だ。




ならポジションどこだろ、指示飛ばすからMF? でも性格は超攻撃的だからFWでもいけるかもな」
「私、DFになって風丸くんと一緒に連携技編み出すんだ!」
「DFはまずないだろ。・・・そういや、今の雷門ってどうなってんだろ」
「大変そうだけど頑張ってるって鬼道くん言ってたよ」





 昨日の電話ではそろそろ帰ると言っていたが、そろそろとはいつなのだろうか。
京都からの帰還だからそれなりに時間はかかるはずだ。
きっとしばらくはこちらにいてくれるのだろう。
久し振りに風丸に抱きつきたい気分だ。
温もりが足りないのかもしれない。





「ねえねえ半田、鬼道くんって好きな人とかいると思う?」
「・・・さ、さあ? いるんじゃねぇの、あいつも男だし」
「だよね! ほら、鬼道くんってすごく優しい人じゃん?
 鬼道くんの彼女さんになる人はもれなく幸せになれるだろうから私、今度鬼道くん帰ってきたら好きな子いるか訊いてみようと思って!」
「・・・だって言われたらどうする?」
「ないない! だって鬼道くんは友だちだよ?」




 その一言をうっかり鬼道の前で言ってしまったら、鬼道はどうなってしまうのだろう。
鬼道に対しては、豪炎寺とは別ベクトルで不幸のどん底に突き落とす少女だ。
恋焦がれている子に好きな人の有無を訊かれ、挙句ただの友だち宣言をされた時のショックはいかばかりのものだろうか。
想像しただけでもぞっとしてきた。




「お前、鉄パイプとかなくても充分心に響く鈍器持ってるよ・・・」
「何それ。あ、半田は親友だよ。元不審者の不動くんにもそう紹介した」
「・・・うん、そっか・・・。鬼道はまだ俺以下なのか・・・」





 様々な意味で鬼道が哀れだ。
親友にもなりきれていない友だちとは、彼に何が足りないのかまったくもってわからない。
わからない方がいいのかもしれない。
わかってしまったら鬼道は、それを見つけるまで果てなき旅に出そうな気がする。
どうしてこんな奴を好きになったんだろう、鬼道は。
半田は鬼道の女性の好みを改めて疑った。



































 今日の鬼道はどこかおかしい。
はいつものように電話をかけてきた鬼道の様子を案じていた。
何かあったのか、声に張りがなく全体的に元気がない。
具合が悪いなら無理せず休んだらと尋ねると、悪いのは俺じゃないと猛然と返答される。
おかしい、やはり何かあったのだ。
しかし何かあったとして、それは訊いていいものなのだろうか。
他人の悩みは考えは本人が語るのをとりあえず黙って聞くというスタイルを取っているは、今日の異変を尋ねることを躊躇っていた。
鬼道の不調は気になるし心配だが、もしかしたらそれは鬼道が自分で解決すべき問題なのかもしれない。
部外者が口を挟んではいけないことも世の中にはたくさんあるのだ。
うっかり口を挟んで忌々しいアフロに連れ去られたのはいい教訓だ。





『・・・
「なぁに?」
『・・・今日は真帝国学園と戦ったんだ・・・』
「・・・うん?」
『影山が佐久間と源田を再び操って、2人は禁断の技を使い続け、二度とサッカーができないかもしれないような怪我を負った・・・』
「うん」
『まただ・・・。また、俺は2人を助けられなかった。同じフィールドに立っていたのに、目の前で2人が傷つくのを見ていた・・・・・・!』





 真帝国学園とか影山とか、なにやら気になる単語がいくつか聞こえたが、これはいったいどういうことだろうか。
確かこの間知り合った不動とかいう少年も真帝国の生徒だったはずだ。
しきりに愛媛に来るよう誘っていたが、これはもしかしなくてもまた厄介事に首を突っ込みかけていたのだろうか。
何はともあれ、こちらの事情は鬼道に伝えるべきではないことだけはわかった。
今の鬼道に余計な刺激を与えてはならない。





『俺はまだ影山の作品なのか・・・?』
「作品って、あのグラサンロリコン親父そんなこと鬼道くんに言ったの!?」
『最高のチーム、最高の作品。影山が求める最高の手駒にしか俺はなれないのか・・・?』
「そんなわけないじゃん! 鬼道くんは生身の人間で作品なんかじゃないよ。作品は他人に心を動かさない人形だけど、鬼道くんはそうじゃないでしょ?」






 鬼道が作品など、影山も酷いことを言うものだ。
世の中は鬼道に厳しすぎる。
溢れんばかりの優しさと才能を持った彼に対しての妬みだろうか。
そうだとしても、度を越えた暴言に他ならない。
ずっと手元に置いておきたかった大切な子ならば、もっと言い方を変えるべきだ。
どこをどう間違ったら作品呼ばわりになるのだろうか。
もう少し優しく、例えば、離れてほしくないからずっと一緒にいてくれだとか、そうやって人をときめかせる発言をすればいいのだ。
相手にもよるが、仮にそれを言われればは充分躊躇い、悩む自信があった。
ついでにアクションとして両肩に手なんぞ置かれて熱っぽく言われたら、効果は2倍にも3倍にもなる。
かぐや姫だって月に帰るのを諦めるかもしれない。
あれ、なんだか鬼道くんの悩みからかけ離れてきた。
はときめき妄想劇場の幕を強引に下ろすと、鬼道に語りかけた。





「悪口かもしれないけど、鬼道くんはいろんな人の言葉を真に受けすぎだと思うよ。影山だっけ? あんな変態親父の言うことなんかいちいち気にしてちゃ駄目だよ」
『それができれば苦労はしない』
「そうだよね、だって鬼道くんは私のものすごく適当な嘘も本気にしちゃってたくらいに素直な人だもんね。
 でもでも鬼道くん、もしも私が鬼道くんのこと大っ嫌いって言ったら、それも信じる?」
『・・・信じたくない。幻聴だと思いたい』
「でしょ。だから影山の言うことも幻聴にしちゃいなよ。ちなみに私も半田の苦情は聞き流してる」
『・・・半田の話も少しは聞いてやってくれ。そうだな、の言う通りかもしれないな・・・。さっきのの大っ嫌いも聞かなかったことにする』
「そうそうそんな感じ! あ、心配しないでね。私、鬼道くんのこともちろん大好きだから!」
『あ、ありがとう・・・』





 大好きと、そんなに軽々しく言ってほしくない。
大好きの4文字を言うのにどれだけ苦労し、苦悶し、タイミングを図っている人がいるかということをは知らないのか。
恋人でもなんでもない風丸に何の躊躇いもなく抱きつくくらいなのだから、羞恥心とか恋患いとかそういったまだるっこしい感情には疎いのだろう。
羨ましい性格をしているものだ。
の大らかさがほんの少しでもあれば、おそらく雷門対戦国伊賀島戦での試合観戦くらいで想いを告げられていた。
ずるずると引きずったものである。
やっぱり向こうに帰ったらすぐに決着をつけよう。
鬼道は改めてそう心に決めた。






全国の不動さんファンごめんなさい、後悔してない






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