27.ハートブレイク!クラッシュ鬼道くん










 はのんびりと自転車を走らせていた。
病院と河川敷のサッカーグラウンドにほとんど毎日通うようになってから、自転車は欠かせない乗り物になった。
雷門中は工事で完全に立ち入り禁止を言い渡されたが、代わりに河川敷に行くようになった。
闇野とかいうサッカー少年はどうやら本気で御影専農中に行ったらしい。
見覚えのある奇妙な髪型のGKを河川敷で見た時は、彼のサッカー馬鹿ぶりに呆れてしまった。
豪炎寺を遥かに超えた口下手で無愛想な彼が、どうやってGKを口説き落としたのだろうか。
まさか、『サッカーやろうぜ!』だろうか。
そんなはずはないと思うが、はシャドウと杉森との間で交わされたであろう言葉が気になってならなかった。




「闇野くん、さっきのもうちょっと回転利かせた方が良かったよ」
「シャドウだ。・・・さっき雷門中サッカー部が来た」
「うっそマジで!? どこどこ、円堂くんたちどこ」
「雷門中へ行くと言っていた」
「よし、私ちょっと雷門中行ってくる」




 河川敷の滞在時間わずか5分で再び自転車に跨ったの後姿を、シャドウはじっと見つめた。
いつまで経ってもシャドウと呼ばない。
何度訂正してもずっと闇野と呼び続ける。
人の話を聞いていないのだろうか。
聞く価値もないと思っているのだろうか。
こちらは言われたとおりに御影専農へ行きバックアップチームとやらに逆スカウトされ、さらには日々のアドバイスまで実践しているというのに。
サッカー未経験者のアドバイスでダークトルネードの精度が増したというのも、なかなかおかしな話だった。
自分を通して誰かを見られているような気分にもなる。
そういえば以前、色違いの技を知っていると口にしていたし。
一度口にしただけでそれきり、その人の話をしないことも気になる。
喧嘩をしたというわけではなさそうだ。
そもそも、こんなに掴みどころのない子と喧嘩などできるわけがない。
普段も会話が破綻していて、杉森に苦笑されてばかりなのだから。




「もう一度打つ!」




 今度はもう少し回転に鋭さを加えてみよう。
渦巻く闇の炎を纏ったシュートがゴールネットに突き刺さった。




































 雷門中に行ったのに円堂たちはいない。
せっかく来たのにと呟いていると、それを文句と受け取ったのか夏未が眉根を寄せた。




「出迎えたのが私だけで悪かったわね」
「いや、夏未さんと会えて嬉しいんだけどさ、円堂くんたちもいると思って急いで来たのにこれだから落差が・・・」
「まあ、わからないでもないわ。円堂くんたちなら一旦家に帰ったんじゃないかしら」
「そっかー・・・。ま、しばらくいてくれるみたいだから今日じゃなくてもいっか!」




 ひらひらと手を振り夏未と別れると、は再び河川敷へと向かうことにした。
杉森の話によれば、これは対エイリア学園のバックアップチームというものらしい。
メンバーが2人しかいないのにチームと呼べるものなのかどうかは甚だ疑問だったが、とやかく言って士気を下げさせるのも良くはないので、へぇそうなんだで済ませている。
半田たちも怪我が治ったらサッカーがしたいと言っていたし、この際バックアップチームとやらに加えてもらったらどうだろうか。
マネージャー業はできないしやるつもりもないが、半田たちのリハビリを兼ねた練習くらいには付き合ってやってもいい。
彼らには夕香のためのおとぎ話劇場でお世話になっている。
少しは恩も返しておくべきだろう、借りたままというのは嫌いだし。
それに、本来ならば豪炎寺が返すところを腐れ縁オプションとして肩代わりしてやっているのだ。
彼が帰還したら3倍返しで何かしてもらおう。





「あ」
・・・か?」




 鉄橋を渡っていると、手すりに手を置きグラウンドを見下ろしているジャージ姿のサッカー部員を見つける。
マントをたなびかせ思案顔を浮かべている人物をは1人しか知らない。
表情はともかく、マントとゴーグルを装備している人物などこの世に1人しかいるはずがない。
2人も3人もいてはたまらない。
鬼道くんと名を呼ぶと、鬼道は久し振りだなと答え微笑んだ。




「会いたかった、
「うん、私も。・・・もう大丈夫?」
「ああ。心配をかけて悪かった。だがもう大丈夫だ、これものおかげだな」
「そう? だったら良かった! へへ、なっつかしいなー、こうやってみんなのサッカー見るの」




 みんなと言ったが、知らない人が3人ほどいる。
宇宙人バスターの旅を続けていくうちに強力な助っ人と出会ったとは電話で聞いていたが、実際に見ると本当に変わったように思える。
やっぱりいないんだなと、現実を突きつけられた気もした。
もしかしたら調子が悪くて試合に出ていないだけかもしれないという都合の良い希望が、音を立てて崩れた瞬間でもあった。
今は夕香の元にいるからいないんだとは、もはや思えなかった。




「鬼道くんは茨姫の王子様みたい」
「茨姫?」
「茨姫は魔女に呪いをかけられて永い眠りに就いちゃったでしょ。眠ってる間にお城は茨まみれになって、でも、王子様はそれをかい潜ってお姫様助けるんだ。
 だから鬼道くんは、影山に操られてボスのお城にいた源田くんたちを助けた王子様」
「面白いことを言うな、は」




 この不思議な言動と笑顔に今まで、どれだけ励まされ安らいできただろうか。
サッカーに興じる選手たちの動きいちいちに反応し、感嘆の声を上げるの横顔を鬼道は見つめた。
触りたい、こちらを見てほしい、誰よりも大切な存在だと思ってほしい。
気付かないうちにの手を取っていたらしい。
雷門対御影専農の試合の時は手を握られただけで硬直していたというのに、本当にこういうところは成長したと思う。
抱きつかれて驚きと嬉しさで息を止めていたあの頃が懐かしい。
今では、自ら手を差し伸べ触れることができるのだ。
確実に手が早い男になっている気もする。
どんな話の流れで手を握られたのか理解していないのか、ことりと首を傾げこちらを見つめてくるに鬼道は見惚れた。
好きとか付き合ってくれとか言える場合ではない。
しかし、言わなければ先には進めないのだ。
あれだけ練習したではないか、一之瀬から赤外線送信してもらったの写メを相手に。






「うん? あ、そういえば鬼道くんに訊きたいことあったんだっけ」
「俺に? 何だ」
「いや、鬼道くんも私に電話じゃ言えない何か言いたい事あるって前言ってたでしょ? いいよ先に言って鬼道くん」
が先に言ってくれ。気になるだろう」
「いいの? じゃあじゃあ、鬼道くんって好きな女の子とかいないの?」




 今、何と言った。
鬼道はの手を握ったまま久々に硬直した。
なんという絶妙かつ凶悪なパスだろうか。
アシストしてやるからシュートは自分で決めろという、これまた風変わりな励まし方なのだろうか。
どうしよう、こんな事を言われるとは思ってもみなかった。
きっかけは与えてくれたのだろうが、ここでびしっと『だ』だなんて言えるほど強心臓ではない。
なぜならばこちらは、親も認める実は繊細な子なのだ。





「鬼道くん? おーい鬼道くん」
「・・・あ、ああすまない。しかし急な質問だな・・・、どうしたんだいきなり」
「ほら、鬼道くんって優しくて紳士的なすっごくいい人でしょ? 私も鬼道くんにたくさんお世話になってるし、ここはひとつ、鬼道くんの恋路があるなら応援しようかと」
「そうか・・・。いる、とても大好きな人が1人」
「へえ!」
「可愛くて明るくて元気で、俺の話をいつもきちんと聞いてくれる。落ち込んでいる時は励ましてくれてサッカーにも詳しい、とても素敵な人だ」





 何も知らないがすごい人だねと無邪気に相槌を打つ。
鬼道はふっと笑うと、その人のことが本当に好きなんだと続けた。
たとえ間違った名前で認識され、呼ばれ続けていたとしても。
にこにこと笑って話を聞いていたの顔が少しだけ引きつる。
思い出したくない恥ずかしい過去に触れたのだろうが、それで気付いてくれれば嬉しい。
気付いてくれて、それでも恥ずかしいのならば慰めて気にしていないとまた言えばいいだけだ。
鬼道は握ったままのの手を引くと、そのままそっと抱き寄せた。
あと少しがどうして言えないのだろう。
間接的な表現でが理解するわけがないというのに、どこまで意気地なしなのだろう。
腕の中でが、鬼道くんと小さな声で尋ねてくる。
ああ、わかっていない。
急にどうしちゃったんだろうくらいしか考えていない。
そこもまた可愛くて純粋で愛おしく思えるのだが、今回ばかりはそれが仇となった。
かくなる上は言葉ではなく行動で示した方がいいのかもしれない。
今も充分行動しているはずなのだが、にとってハグは大した意味ではないのだろう。
誰だ、をハグ魔にさせたのは。豪炎寺お前か。





「びっくりしちゃった、まさか鬼道くんの好きな人が私なのかと思って」
「伝わった・・・・・・のか?」
「うん、鬼道くんがその子のこと大好きな気持ちよーく伝わった。鬼道くんって大人っぽくて頭もいいけど、実は恋愛下手だったりする?」




 にだけは言われたくない。
鬼道はその言葉が口から洩れ出るのを必死に押さえ込むと、楽しそうに笑うの言葉に耳を傾けることにした。
今日も失敗したことはよくわかった。
失敗は次の勝利へ繋がる最高の材料だ。
春奈にお兄ちゃんまーた駄目だったのもうびしっと決めてきちゃいなよと叱られ、ただただひたすら落ち込む時代はもう終わったのだ。





「私ね、ほんとはお兄ちゃんと妹ができるはずだったんだ」
は一人っ子だろう?」
「そうなんだけど。ちっちゃい頃パパのお友だち夫妻が飛行機事故で死んじゃって、それで、その人たちが遺した兄妹をうちで引き取ろうって話があったらしいの」
「・・・・・・」
「パパたちは兄妹2人とも引き取りたくてそのために日本に越してきたんだけど、間に合わなくて結局私にはお兄ちゃんたちできなくて」
「その兄妹は今は?」
「さあ、私は会ったことないし。でもお兄ちゃんの方は綺麗な赤い目してたって。
 鬼道くんは大切なお友だちだけど、春奈ちゃんがいるせいか私のことも優しく面倒見てくれるし、なんだかお兄ちゃんみたい」





 言うに事欠いてお兄ちゃん呼ばわりされた。
これはもう完全に脈なしということだろうか。
いや、そんなことよりも今、すごい話を聞かされた気がする。
何なんだそのドキドキする話は。
綺麗かどうかはさておいて、赤い目なのは同じなのだが。
事故云々も残念なことに一緒だし、そういえば影山や父が養子として引き取りに来る前、別の話があるとかないとか海外は駄目だとか揉めていた気もする。
あれ、ちょっと待て。幻の兄妹ってもしかして。
駄目だ、諦めきれない。
せっかく赤の他人でいられたのだからやっぱり欲しい。




、今でも妹が欲しくないか?」
「今から? うーんでも妹みたいな夕香ちゃんいるしなあ・・・。パパたちにおねだりするのもなあ・・・」
「春奈はどうだ、春奈にお姉ちゃんと呼ばれたくないか」
「どうしたの鬼道くん、ちょっと苦しい」
「あ、すまない!」




 鬼道は腕の中に閉じ込めたままだったを慌てて解放すると、相変わらずいまいちよくわかっていない表情を浮かべているを見つめた。
抱き締める長さは過去最長を記録した。
これは風丸でもそうそう抜けない記録だと思う。
告白も100パーセントはできなかったが、80パーセントばかりはできた気がする。
100でないと意味がない、とどめの一言が足りないと頭の片隅でダメ出しをされた気もするが、初心者がいきなり100を達成するのは難しいのだ。
残りは今度言うことにする。




、悪いが俺はのことは妹とは見れないから、も俺のことは兄とは見ないでくれ」
「うん、ごめんね? そうだよね、鬼道くんは友だちだもんね!」



 兄とは思われたくないが、そう何度も友だちを強調してほしくもない。
鬼道はを伴うと、サッカーグラウンドへと向かった。








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