28.与党になりたい










 別に、恋愛にまったく興味がないわけではない。
下駄箱にはラブレターの類が入っていたことだってあるし、好きです付き合って下さい彼女になってくれと告白されたことだって何度もある。
友人に勝手に合コンの頭数に入れられ、挙句その情報をどこから嗅ぎつけたのか豪炎寺が勝手にキャンセルしたこともたくさんある。
よほど相手が気に食わなかったのか、人の下駄箱に入っているラブレターを取り上げ、目の前で笑顔でびりっびりに破かれたことも二度や三度ではない。
だから、人が好意を寄せてくれているということはわかっているのだ。
鈍いだとか鈍感だとか恋愛下手だとか、そんな罵詈雑言を半田ごときに浴びせられずとも。





、ほんとは鬼道のこと嫌いだろ」
「そんなわけないじゃん。鬼道くん優しくて紳士的でいい人だよ。半田は知らないだろうけど、私と鬼道くんの歴史は意外と長くてね・・・」
「長いならいい加減わかってやれよ」
「だから何を?」




 賑やかな病室だなと、新入り患者の染岡は向かいのベッドを見つめ思った。
病気ではなく怪我なので喋る分には問題ないのだろうが、それにしても賑やかすぎる。
まるで教室の片隅をそのまま持ってきたような、キャラバン生活が長かった染岡にとっては少し懐かしい温かさだった。
これもの気遣いの一環なのかもしれない。
染岡はについては豪炎寺の幼なじみで鬼道の想い人という認識しか持っていなかったが、病室での振る舞いには少しだけ信頼感を抱いた。
あの豪炎寺が手を焼くだけはある傍若無人ぶりだ。
外見詐欺とは彼女のようなことを言うのだろう。
笑顔で毒を吐く吹雪と少し似ているかもしれない。




のことここまで想ってくれてる奴なんざ鬼道くらいだよ。鬼道の何が不満なんだよ」
「不満なんて言ってないもん。もう、何なの半田さっきから。言いたい事あるなら男らしくずばっと言っちゃいなさい!」
「ああじゃあお望みどおり言ってやるよ! 鬼道の好きな子ってのはだよ。友だちとしてとかそんなのじゃなくて、恋愛感情としてお前を好きだって言ってんの!
 みんな知ってる、あの円堂だって知ってる!」

「・・・マジで言ってんの、半田・・・・・・」
「マジだよマジ。あんなわっかりやすいアプローチ何度もされてるのに、なんで気付いてやんないんだよ。あの目はマジだって言ってんだよ」
「鬼道くんの目、ゴーグルしてるからよくわかんない・・・」





 先程までの威勢の良さはどこへやら、顔を蒼ざめさせたに半田ははっと我に返った。
しまった、ダイレクトパスをしたものの加減を間違えてしまったかもしれない。
ずばっと言えと煽られたから、ついつい全部ぶちまけてしまった。
それこそ鬼道の気持ちなどお構いなしにだ。
しーんと静まり返った病室で、がゆらりと立ち上がる。
ありえないありえないと呟いているに、半田は怖々声をかけてみた。
なんとなく、叱り飛ばされるか泣かれるような気がしたのだ。




「そんなに驚くことか・・・?」
「今まで散々世の中の男子中学生の恋路を燃やし尽くしてきた修也によれば」
「おう?」
「私はものすごく男運が悪くて、ろくでもない男の人からしかモテないそうです」
「そりゃ豪炎寺の歪んだ焼き餅だ」
「鬼道くんはろくでもない男じゃないもん、いい人だもん!」





 ある意味鬼道もろくでもない男だ。
なぜなら、のような至るところに不備がある子を好きになっているからだ。
そうとはもちろん言えず、半田はそうかとだけ呟いた。
妙に静かなが怖い。
いつもうるさい人間が静かになり真剣な表情を浮かべると、こうも恐ろしく見えるのか。
半田は無言で病室を後にしたを見送ると、はあと大きくため息をついた。
の言い分を聞いていると、告白で振られるパターンでよくある『いい人なんだけど彼氏には・・・』に、もれなく鬼道が該当しそうな気がしてきた。





「半田、言ったね」
「お前どうすんだよ、鬼道になんて言うつもりだ。鬼道のこれまでの努力をたった30秒ちょっとでぶっ壊しやがって」
「知らねぇよそんなの・・・。俺だって、なんであんな事言ったのか今じゃわけわかんないんだし・・・」
「ていうか半田、わかりやすく豪炎寺派だったじゃん? 鬼道の肩持ったりしてどういう心境の変化?」
「せめて、鬼道もスタートラインくらいには立たせてやりたいじゃん。それに、豪炎寺じゃあいつを幸せにできない気がするんだよ、最近」
「まあ、可愛い幼なじみに連絡ひとつ寄越さない甲斐性なしだからね、彼。でも、だからって鬼道を薦めるんじゃ鬼道が豪炎寺の代わりみたいだよ」






 違う、代わりじゃない。
半田はマックスの指摘に心の中で反発すると、小さな声で違うと呟いた。
豪炎寺と鬼道はどこも似ていない。
だって2人は別の人だときちんと理解している。
鬼道にしても、豪炎寺がいなくなってできた穴を埋めたいとは思っているだろうが、彼になりたいとは考えていないはずだ。
そんなことを思うほど鬼道は愚かではない。
愚かでないから、を戸惑わせたり今の関係が壊れないように過剰といえるまでの気遣いを見せ、結果想いを遂げられないでいる。
の思惑に構うことなく自らが行きたいと思う場所へ連れて行く豪炎寺とは違うのが鬼道で、そこが優しいと称される所以だった。
どちらも半田にとっては羨ましすぎる魅力だ。
自分が女でと同じ立場にいるのなら、何日悩んでも決められない究極の選択だった。






さん、今の半田の仮説を本気にしたかな?」
「ありえないって言ってたし俺の言ったことだから、なかったことにしそうだな」
「それはありえる。親友なのにこの扱いとか超ウケるんだけど」
「勝手にウケてろ。・・・にしても、豪炎寺はあいつをどうしたいんだ」
「豪炎寺が一番ろくでもない男だよねえ。ご愁傷様、半田」





 そうだ、これを知られたらを唆すとはどういう料簡をしているんだとか因縁をつけられ、豪炎寺にまた制裁を受けかねない。
本当に、勢いに任せて余計なことを口走ってしまったものだ。
それもこれもすべて、1人で片をつけられない鬼道のせいだ。
半田は鬼道を罵ると、がばりと布団を頭から被った。






































 稲妻総合病院で何が語られているのか知る由もない鬼道は、キャラバンの中でひたすら春奈に叱られていた。
叱られるとはなんとなくわかっていたし覚悟もしていたが、現実に怒られるとなると辛いものがある。
何もキャラバンの中、しかも円堂たちの前で怒ることはないではないか。
少しはプライバシーとプライドに配慮してほしい。





「どうして付き合ってくれの一言が言えないの! ただの好きじゃ通用しないってことはお兄ちゃんもわかってるでしょ!」
「だが、80パーセントの出来は達成したから残り20パーセントは今度・・・」
「今度!? 監督、次に稲妻町に帰るのはいつですか!?」
「予定は当分ありません」
「ほら! だいたいね、告白にセーブ機能なんてついてないの! ゲームじゃないんだから選択肢のいちいちで保存とか、間違ったの選んだら即ロードとか現実じゃできないの!」
「な、何を言ってるんだ春奈・・・」





 妹の言葉が理解できない。
春奈を言語崩壊に陥らせてしまうくらいにとんでもない失態を犯してしまったのだろうか。
そうだとしたら、あの時に戻ってやり直したい。
鬼道は自らの過ちに改めてショックを受けていた、




「日本語が駄目なら英語で言えばいいんじゃない? さん英語ならきちんとわかるよ」
「おっ、いいこと言うじゃん一之瀬」
「まあ、ハンデをカバーするにはこのくらいの芸当できないとね」
「なるほど、その手もあったか・・・」





 確かに、loveという単語を使えばlikeの好きではないとわかってくれるだろう。
日本人なのに日本語ではなく英語で伝えるというのも切ないが。
大切なことだからこそきちんと日本語で伝えたいのに、どうしてこんなに難しいのだ。
どこかに魔法の言葉や薬などはないのか。
いっそ惚れ薬でも買い求めるべきなのかもしれない。




「鬼道、そういや写真もらった?」
「・・・あ」
「もう、何しにさんと会ってたんだよ。仕方ないなあ、じゃあ俺がまた新しく仕入れた膝枕してるさんを・・・」
「膝枕だと!? 風丸今度は何をした!」
「何って、いつもどおりのことしかしてないけど」
「もう一之瀬くん、懲りずにまたちゃん盗撮して! 駄目って言ったじゃない」
「でもほら、俺、一応鬼道の恋路応援してる側だし・・・」





 世界を守るために宇宙人を戦うといっても彼らは所詮中学生で、本当にお子様で、他愛のないことで盛り上がれる面白い存在だ。
鬼道が誰に横恋慕しようと構わないが、派閥間争いが激化してサッカーに支障をきたしてほしくはない。
鬼道の言動を見る限りでは、まだまだ当分は大丈夫そうだが。




「風丸くん」
「はい」
「あなたは中立でいること。わかったわね」
「そうよ風丸くん。あなたが下手にぶれたらあっという間に決着がついて面白くないわ」
「俺はの味方だから中立だけど、面白いとか言ってやるなよ雷門・・・」






 まさか、監督が気にするほどのテーマになっているとは思わなかった。
本当に人を飽きさせるということを知らない子だ。
自分がいないところでこんなにも盛り上がっているとは、まさかも思っていないだろう。
きっと今日ものんびり半田たちと過ごして、バックアップチームとゆったりしているのだろう。
半田はわかりやすく豪炎寺を応援している側だから、余計なことを言って困らせてなきゃいいけど。
それにしても一之瀬はいつの間に写真を撮っていたのだろう、全然気付かなかった。
風丸は秋の目を盗みそそくさと携帯を近づけている一之瀬と鬼道を見つめ、苦笑した。







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