は夕香の病室でせっせと手紙を書いていた。
メールにしようかとも思ったが、なんとなく葉書で送ることにした。
連絡がないということは、してほしくないということなのだろう。
いくら絶好の意地悪の機会だとしても、得体の知れない何かと戦っているであろう彼の神経をすり減らすようなことはしたくない。
そもそも、いつも電話ばかりでメールらしいメールなどしたことがないのだ。
文面を考えるのでさえ億劫になる。
文明の利器って何だろうか。





お姉ちゃん、何書いてるの?」
「ラブレターだよ」
お姉ちゃん、だれに書いてるの? 好きな人がいるの!?」
「いるよー。私の周りはイケメンフツメン紳士騎士、たっくさんいい男がいるからねー」
「お兄ちゃんじゃないの? お兄ちゃんはお姉ちゃんのこと大好きだよ」




 妹にまで嘘をついて、そこまでして機嫌を取っておきたいのか。
あれが他人を大好きだと憚りなく言えるわけがない。
円堂や鬼道相手ならともかく、衝突しかしない幼なじみを大好きになるわけがないのだ。
以前も大好きではなく、そこそこ大切だとかわざわざご丁寧に訂正していたくらいなのだ。
鬼道と呟き、は数時間前の半田の話を思い出した。
彼の話が事実だとしたら、鬼道にはとんでもないことを言ってしまったことになる。
いったい何度鬼道に無礼を働けばいいのだ。
最近では、鬼道にばかり迷惑をかけているではないか。
どうしよう、次に話をする時何を言えばいいのだろうか。
私のこと好きなのとは訊きにくい。
違ったら自惚れているようで恥ずかしいし、第一鬼道に申し訳ない。
しかし気になる。
いつもならば半分ほど聞き流す半田の話が、今日に限ってはすべて受け入れてしまう。
さすがは親友だ、抑えるべきところはしっかりと抑えている。





「でもやっぱ訊くべきかなー・・・」
「どうしたの、お姉ちゃん」
「うーん・・・。ねぇ夕香ちゃん、もしも私に彼氏ができたらどうする?」
「かれし?」
「お付き合いしていちゃいちゃラブラブしてる人、恋人のことだよ」
「お兄ちゃんとじゃないの? お兄ちゃんとお姉ちゃんいつもラブラブしてるよ」
「修也以外の人とだったら?」
「だめ! お兄ちゃんがお姉ちゃん奪い返しに行くよ。えっと・・・、ピーチ姫みたいに!」
「うん、修也は配管工のおじさんじゃないし、鬼道くんは亀の化け物でもないんだけどね」




 誰だ、夕香におとぎ話と混ぜてマンマミーアな赤い配管工の話を聞かせたのは。
夕香も夕香だ、どんな例え方をしているのだ。
・・・ではなくて、本当に夕香は兄と兄の幼なじみの関係を何だと思っているのだろうか。
王子様お姫様のおとぎ話に憧れるのは女の子らしくて可愛らしいが、半田が言うように少し偏った教育をしすぎたのかもしれない。
は自らの教育方針に限界を感じた。
やはり、早く家政婦のふくさんを呼び戻すべきだと夕香たちの父に進言しよう。





「・・・よし、できた! あとは上手く読まれるといいんだけど・・・」
お姉ちゃん、ほんとにお兄ちゃんはお姉ちゃんのこと大好きなんだよ?」
「ありがと夕香ちゃん」




 巡回に訪れた看護師に夕香を任せ、病室を出る。
きっと日本国内にはいるだろうから、全国ネットのラジオ番組に投稿すれば可能性はある。
夜、何の番組を聴きながら腹筋やら腕立て伏せといったトレーニングをやっていたのかも知っている。
だからそこに送ればいいのだ。
大丈夫、取り上げられやすい文章にしたからきっと読み上げてくれる。
遠距離恋愛だかで悩んでいる女の子からの葉書だと誤解してくれる。
我ながら素晴らしい考えだと思う。
相手が聴いていない、もしくは気付かなかったら意味がないが。
番組で読んでくれる日が楽しみだ。
はふふふと笑うと、病院近くのポストに葉書を突っ込んだ。


































 どこにいても生活サイクルというのはあまり変わらない。
だからかもしれない、遠く離れた地にいてもすべてが見知らぬものだと思い、戸惑うことが少ないのは。
すっかり日課となっているラジオ番組にチューニングを合わせる。
BGMとして聞き流しているので内容はあまり気にしていないが、それでも聴いてしまうのは耳が寂しいからだろう。
今日もいつものように聞き流していると、ラジオパーソナリティーが投稿者からの手紙を読み始めた。





『突然いなくなってそれきり音信不通となった幼なじみへのお手紙だそうです。
 “あなたがいなくなって色々な事があった・・・と思いきや、実はそれほど変わりありません。不審者に愛媛旅行を持ちかけられたりもしたけど、
 そこはちゃんと丁寧に対応して、一緒に愛媛まで行ってきました。温泉はとっても気持ち良かったので、もっと美人になったと思うんだ”』
「・・・・・・」
『“あなたが心配してる小さなお姫様はとっても元気です。病棟仲間の親友たちがベタベタに甘やかしてるんで、兄離れできてるかもしれません” ・・・ふふっ、面白いお手紙ですね』





 なんだかよくわからない手紙だ。
きっと普段も意味不明な会話をしているのだろう。
まるでみたいだ。
温泉が好きなところも似ているし、そういえば病棟とか妹の話とか、似ているところが他にもある。
他人のような気がしなくて、トレーニングの手を休めラジオの音に耳を済ませる。
追伸がありましたと付け加えられ、再び手紙が読まれ始めた。




『“追伸、あなたのお友だちのペンギンさんから告白されたかもしれないそうです。彼はろくでもない男ではないのでまずありえないとは思うんだけど、
 マジな話だったら断る理由がないんで、すごく悩んでます。帰って来た時ネックレスつけてなかったら彼氏できたと思え”』
・・・?」





 間違いない、だ。
ペンギンが出てきたあたりでそんな予感はしていたが、ネックレスで確信した。
こんな滅茶苦茶な事を言う人なんて日本でそういるはずがない。
そうか、なのか。
別れてから考えなかったことは一度たりともなかったが、まさかこんな形で言葉を聞くとは思わなかった。
メールをされたら返信くらいはしたかもしれないのに、そういった個人の通信手段をすっ飛ばして公共の電波を堂々と利用してくるとは思わなかった。
さすがはだ、予想の常に斜め上を独走する性格は変わっていない。
あいつは携帯電話の使い方をわかっているのだろうか。
とりあえずは一応元気にやっているようで、思った以上にほっとした。
危惧していた事態にもなっていないようだし、彼女を守ることはできているようだ。
当のは守られているなど思いもしていないのだろうが。





「鬼道か・・・」




 告白されたかもしれないらしいというなんとも曖昧な表現は気になったが、そう思ってしまうような事を言われたのだろう。
もしかしたら自分ではそれが告白だと気付いていなくて、話を聞いた半田あたりがカミングアウトしてしまったのかもしれない。
その可能性しかない気がしてきた。
に余計なことを吹き込んで唆してどういう料簡をしているのだ、半田は。
リアルに帰って来た時にの隣が鬼道になっていたらどうしてくれるのだ。
ものすごく嫌ではないか、の一番近くに自分でない他の男がいるなんて。
今までめぼしい男どもをぶった切ってきた苦労が水の泡ではないか。
そこまで考え、ふと思う。
どうして嫌だと思い、必死に排除してきたのだろうかと。
の人生はだけのもので、選ぶ権利ももちろんにあるのだから過干渉は無用だというのに、なぜ、から出会いを奪うようなことをしているのだろう。
鬼道へも、彼が雷門に来るまでは相当と親しくなることを嫌がって困っていた。





(目が離せないからとか・・・)




 少しでも目を離すと、ふらふらとどこかをうろついていて心配させる。
少しでも手を離すと、突然いなくなって気も狂わんばかりの不安を与える。
だからいつも視界に入れていたいし、文句を言われても嫌な顔をされても手を引いている。
は自分がしっかり見ていないといけない、そうでなければどこかへ行ってしまうと思い込んでいるからなのだろう。
まったくもって幼なじみ離れできていない。
むしろここにきて悪化した気もする。
のことをいつもよりもまともにたくさん考えていたら、会いたくなってきた。
駄目だ、禁断症状めいたものが出てきそうだ。




「ネックレスは首輪だと思え・・・とか言ったら人間性が疑われるか・・・。いや、そもそも読んでもらえないだろうな・・・」




 向こうがラジオを使ったのならば、こちらも同じ手で返してやる。
豪炎寺は円堂たちと別れてから久々に頬を緩めると、投稿文章を考え始めた。






ピーチ姫とマリオにするか、ローラ姫と勇者にするかですごく迷った






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