29.セルフすれ違い通信機能搭載ガール










 可愛いもの好きも、いきすぎるとただの病気だ。
相手は風丸がもっぱら甘やかしていると同じ人間の女の子だというのに、こうまで扱いが違うとは思わなかった。




「風丸くん、何抜かれてるんです。相手が女子だからって手を抜いたら困るじゃないですか」
「別にそういうわけじゃ・・・」
「だいたい風丸くん、あなたがこの中では一番女子に慣れてるでしょう。さんとのスキンシップに比べたら、たかが手を繋ぐくらいどうということないでしょう!」
「だから、の可愛さで慣れてるから駄目なんだ・・・」
「おいおいまさか、ほどは可愛いと思えないからドン引きしてあれってか?」




 無言で頷く風丸に、尋ねた張本人である土門がマジかと呟いた。
どれだけ贅沢な審美眼だ。
普通の男子中学生ならばフォークダンスで女子と手を繋ぐことにすらときめきを隠せないというのに、風丸の悩みはもはや常人では考えつかないところに達しているらしい。
羨ましいとか妬みよりもまず先に呆れる。
観賞用でしかないに入れ揚げる風丸を、鬼道とは違う意味で心配してしまう。




「確かに、彼女たちはの足元にも及ばないな」
「やっぱ鬼道もそう思うだろ?」
「ああ。だが俺はそれで良かった。なぜなら、が相手だと戦えない」
「そんなに可愛いならやっぱり僕も挨拶しておくべきだったなあ」
「やめろ吹雪、これ以上話をややこしくするな。円堂、こいつらなんとかしてくれ」
「え? あ、うーん・・・。よくわかんないけど、緊張する時は相手をカボチャかジャガイモだと思えって昔先生が言ってた!」




 円堂に事態の収拾を求めた自分が馬鹿だった。
土門はカボチャ作戦に納得し悩みを無事解決したらしい風丸を見つめ、天を仰いだ。

































 は基本的にうじうじと湿っぽく悩むのは苦手だった。
過去には重たい悩みを抱えたこともあったが、そのおかげで自分に悩み事は似合わないと身をもって知ることができた。
悩みの内容が何であろうと、結論を出さずに放っておくのは嫌いだ。
先日一方的にラジオに投稿してみて、実際に読んでもらえたことで自信と覚悟はできた。
さすがにこちらから電話をかけるというのはできないが、かかってきたらきちんと尋ねてみるだけの度胸はつけた。
本人に訊いて、違えばそれでいいのだ。
事実なら事実でまた困ってしまうが、何にしても鬼道をこのままにしておくわけにはいかない。
染岡が抜けFWの補充もせずに再び旅に出た雷門中サッカー部プラスアルファのメンバーの特性を理解し、ゲームメークをしなければならない鬼道に、
余計な精神的負担をかけたくはなかった。
悩み事や厄介事を背負うのは嫌だが、自身がその人の日常に支障をきたしてしまう存在になるのはもっと嫌なのだ。
尽くされるというのは、心配されるということではないのだ。




「・・・・・・う」




 携帯電話が着信を知らせるコールを発する。
発信者は鬼道だ、間違いない。
はいつもの3割増し緊張した面持ちで通話ボタンを押した。
もしもしと言うと、鬼道がかと声をかけてくる。




「こんばんは鬼道くん、今日も練習お疲れ様でした」
『ああ・・・。・・・、声がおかしいが風邪でも引いたのか?』
「う、ううん元気だよ! 誰かにお裾分けしたいくらいに元気!」
『だったらいいが・・・。夜は冷えるから暖かくしておいた方がいい』
「ありがと!」




 やはり鬼道は優しい。
緊張していて声がおかしいだけなのにそれを察知して心配してくれるとは、何を食べたらこんなに優しく育つのだろうか。
鬼道くんは優しいなあと呟くと、電話の向こうで鬼道が優しいだけじゃなと寂しそうに言う。
には優しいだけで充分なのだが、鬼道はきっとそれだけでは満足できないのだろう。
向上心の高い人だと思う。
世の中には優しさすら持ち合わせていない人もごまんといるのに。




『今は大阪で特訓してるんだ』
「遊園地の地下になんかすごいのあったって言ってたよね。一之瀬くんに一目惚れした女の子が教えてくれたんだっけ?」
『そうだ。イプシロンとの戦いまであと3日だし、最後の追い込みをしている』
「へえ! じゃあ今が一番大切で大変な時なんだ」




 新しいフォーメーションを開発したとか動きにキレが出てきたなどと、その後もしばらくサッカーの話を聞く。
言っていることはあまりわからないが、人に話していくうちに鬼道の中で戦略が確立されていくのかもしれない。
戦術なんてちっともわからないが、それでも鬼道のためになるのなら何時間だって話を聞くつもりだった。
役不足なのは許してほしい。





に話していると安心してきた。やっぱり実戦で試さなければな』
「そうだねー。その吹雪くんって子のテンションで試合運びすごく変わってきそうだし」




 サッカーの話はひととおり終わったのか、会話に沈黙が生まれる。
今だ、今から言おう、言わなければ。
はあの、と鬼道に切り出した。
何を言われるのか知らない鬼道が、柔らかな声音で何だと返してくる。
いけない、また緊張してきた。
黙ったままでいることを不審に思ったのか、鬼道がどうしたと心配げな声を上げる。




『言いにくいことか?』
「まあそうっちゃそうなんだけど・・・」
『言いたくないなら無理をしないでくれ。でも、俺がを困らせているのならはっきり言ってほしい』
「・・・いや、言う。あのですね、鬼道くんこないだこっち帰って来た時、私に好きな女の子の話してくれたでしょ?」
『ああ・・・・・・』
「その子についてお尋ねなんだけど!
 ・・・そ、その子って、明るくて可愛いんだけどある特定の人からは性格きついとか鬼嫁候補とか言われてて、なんか、わがままいっぱい言ってるって思われてる子?」
『・・・随分と具体的だな・・・』
「あ、いや、その、ね? 心当たりがあるようなないような・・・」




 言った。言ってしまった。
鬼道が何と答えるのかものすごく気になる。
心臓が飛び出るのではないかというくらいにドキドキする。
どうなのだろうか。
とりあえず豪炎寺と半田からよく言われているマイナスイメージワードを連ねてみたが、ビンゴだったりするのだろうか。
ビンゴだったらどうしよう。
鬼道にそのとおりだなんて言われたら即ち、彼にもわがままで性格きつい子だと思われていることが確定してしまってそちらの方が辛い。
自身は特別わがままだとも性格に難があるとも思っていないのだが、鬼道にまで言われると認めざるを得なくなる。




『・・・悪いが、俺が好きな人はその人ではないようだ』
「え、そうなの・・・?」
『ああ。俺が好きな人は確かに元気いっぱいだが、友人や仲間をいつも大切に思い励ましてくれる立派な人だ。彼女は間違っても鬼嫁なんかにはならないし、もちろんわがままでもない』
「そっか・・・。そうだよね、鬼道くんがそんな子好きになるわけないもんね!」
『だがなが言う彼女には俺も心当たりがあるが、彼女も素晴らしい人だ。もっと自分に自信を持っていいし、わがままだとは思われていないと伝えてくれ』
「うんうん、わかった!」




 様々な意味で良かった、鬼道に迷惑と無礼に積み重ねをしてはいなかった。
さりげなくこちらのフォローもしてくれるとはさすがは鬼道だ、抜かりはない。
彼の手にかかれば、どんな女の子も素敵なレディーになれる気がする。
は鬼道との電話を切ると、すぐさまメール作成画面を開いた。
半田の思い違いだったよ人をびっくりさせやがってと入力し、半田へと送信する。
まったく、今回は半田のおかげで酷い目に遭ってしまった。
明日半田を怒りに行こう。
ガラスのように繊細で壊れやすい乙女心を無意味に弄ぶとは、いくら親友でもやっていいことと悪いことがあるのだ。
明日はそこのあたりをきちんと叩き込まなければ。




「・・・となると、鬼道くんの好きな人って誰になるんだろ・・・」




 誰だかわからない以上彼の恋路を応援することはできないが、鬼道のことだ。
たとえ今は片想いでも、すぐに想いを遂げられるだろう。
そうに決まっている。
は夜空を見上げると、遥か大阪の空の下にいる鬼道にエールを送った。

































 との間にはタイムラグが存在するらしい。
鬼道は通話が切れた携帯電話を見つめ、ほうと息を吐いた。
急にかしこまって何を言われるかと思えば、まさか恋愛トークとは。
あれは確実に伝わっていた。
伝わっていて、確認のための質問だった。
向こうで告白した時は打っても叩いても抱き締めても、おそらく殴っても響かなかったのに、今になって急に伝わっていた。
誰かがに口添えをしたとしか思えない。
誰だろうか。
染岡は色恋沙汰はからきしだし、そもそも彼はやや豪炎寺派寄りなのでありえない。
マックスは同じMFで試合にも一緒に出ていたからとの仲を応援してくれているが、彼は応援するよりも傍観して成り行きを楽しむ方に主眼を置いているので加勢は期待できない。
1年生はまず、と親しくなる理由がない。
そうなれば、まさかの半田だろうか。
豪炎寺やと同じクラスで席も近いという羨ましすぎる環境下で日々とつるんでいる半田は、諸々の都合からかとてもわかりやすく豪炎寺派だ。
どこもかしこもぱっとせず何をやってもやらせても真ん中にしかならない半田が、唯一どちらかに偏っている要素がこれなのだ。
豪炎寺派筆頭ともいえる半田が、果たしてこちらの利になるようなことを言うだろうか。
言うかもしれない、豪炎寺云々は置いておいても、のためを考えている友としてなら。
今回ばかりは半田に感謝するしかなかった。





「お兄ちゃん、さんに電話してたの?」
「ああ」
さんどうだった?」
「告白は伝わっていた」
「え、ほんとに!? やったじゃんお兄ちゃん! なんで今更って感じもするけどねぇねぇ、返事は!?」
「返事・・・?」
「そう、返事! 伝わってたんならさんYesかNoくらい言うでしょ? まぁ、保留ってのもあるけど・・・」





 返事と言われ、鬼道はとの会話を思い出した。
が尋ねてきたによるのイメージには違うと答え、改めて鬼道自身が抱いているのイメージを伝えた。
ただ、それだけだと50パーセント以上の確率では『鬼道くんの好きな人≠私』と誤解するだろうから、の言う好きな人というのにも一応フォローは入れておいた。
どこの誰がを鬼嫁候補やらわがまま放題だと思うというのだ。
もじもじしない竹を割ったような素直な性格なだけだというのに、なぜを卑下するような評価を与えるのだ。
仮にあの時の質問にそうだと答えていたら、こちらもを悪いように見ていると思われてしまうではないか。
それだけは避けたかったからわざわざ訂正したのだ。
この気遣いをは気付いてくれるのだろうか。




「ねぇお兄ちゃん、返事もらったの?」
「春奈、少し訊きたいことがあるんだが」
「何、お兄ちゃん」
が、俺の好きな人ってこんな人ですかと訊いてきたんだ。が考えた好きな人はまさしくそのもので、だがあまりにも自身のことを悪く言っていたから俺は違うと言ったんだ。
 そして、俺は改めてのいいところを挙げてそんな人が好きだと言った。どのタイミングで返事をもらうべきだった・・・?」

「お兄ちゃん・・・、それ、間接的にさん振ってる」
「なんだと・・・!?」
「だってお兄ちゃん、さんの『私のこと好きなの?』っていうすごく間接的な質問をそうじゃないって斬り捨てたんでしょ?
 でもって自分の好きな人の話また始めるんじゃ、さん確実にまた勘違いしたよ」




 お兄ちゃん最悪、ほんとに英語で伝えたら?
春奈の怒涛のダメ出しに鬼道は眩暈がした。
やってしまった。
絶好のチャンスを、ちょっと気を遣いすぎたばかりにふいにしてしまった。
ゼロどころではない、マイナスに突入してしまった感も否めない。
なんということをしてしまったのだろう。
告白が伝わったどころか、恋焦がれている相手を一方的に振ってしまうなど。
振られたとが気付いていないようだったのがせめてもの救いだ。
これで振られたと認識されていたら、明日からと連絡が取れなくなる。




「俺はどうすれば・・・」
「もう・・・。ほんとに手のかかるお兄ちゃんなんだから・・・」




 完全無欠の無敵の兄でも、敵わない人ってやっぱりいるんだな。
そういうとこなんだか子どもっぽくて可愛かったりもするんだけど、いくらなんでもこれじゃ酷すぎだな。
春奈はずーんと落ち込み膝を抱えた兄の背中を、ぽんぽんとあやすように叩いた。







目次に戻る