せっかく人がお膳立てしてやったというのに、何をどうしたら振り出しに戻ってしまうのだ。
半田は前夜のメールでの予告どおり病室へと現れぶちぶちと文句を叩きつけているを、恨めしげな目で見やった。
色々な事に納得がいかない。
今回の事件を引き起こしたのは確かに自分だ、そこは認める。
だが、なぜ叱られなければならないのだ。
だけが曲解している鬼道の真意とやらを知って悩み事が1つなくなったのだから、感謝されこそすれ怒られることはないのだ。
性格が悪いにも程がある。
こんな奴とつるんでしまった当時の我が身が憎たらしい。




「結局、何があってもは鬼道のためになること言わないのな」
「そこは認める。何度も何度も鬼道くんに片想いの子の話させちゃって申し訳なかったなー」
、生きてて楽しいだろ」
「うんまあ結構楽しいよ。半田は楽しくないの?」
「動けるようになったらもっと楽しいな。これでも結構良くなってるんだぜ?」
「らしいねー! やっぱ可愛い女の子がほぼ毎日お見舞いに来てるからでしょ?」
「ああ、夕香ちゃん可愛いな。豪炎寺の妹とは思えない愛くるしさだ」
「は・ん・だ?」





 ふざけたことしか口にしない半田の頬をつねっていると、隣のベッドでテレビのチャンネルを弄っていたマックスがああと声を上げる。
突然サッカー中継が割り込んできたらしく、もテレビへと視線を移す。
イプシロンとかいう宇宙人チームと雷門中イレブンが試合をするらしい。
各地から助っ人を集めた結果、いずれ円堂たちのチームは雷門中サッカー部員で構成されたチームではなくなる気がする。
1人減り2人減り3人減りと元祖部員が減り続けていくのは仕方がないのかもしれないが、抜けた部員のフォローももう少しやってほしいものだ。
これでは怪我をして戦えなくなったらただ見捨てていく、使い捨て状態ではないか。




「なーんか知らない人ばっかりだな」
「ほんとほんと。雷門中の名残感じられんの鬼道くんたちがいる中盤くらい」
「吹雪は下がってんのか。どういうことだ?」
「うーん・・・。鬼道くんが言うにはすごく特訓して個人のレベル上がったらしいから、とりあえずディフェンスさせといて相手の出方見るってとこじゃない?」
「相変わらずサッカー勘だけは冴えてんだな」





 宇宙人相手に互角の戦いを繰り広げる円堂たちに声援を送ったり、ため息をついたりと賑やかに観戦する。
鬼道は吹雪とかいう選手の力が鍵を握ると言っていたが、なるほど、確かに吹雪とやらのプレイスタイルは危険だった。
ディフェンスに徹していたかと思えば急に人が変わったように勝手に前線へ上がり、猛々しく攻撃する。
1つの体の中に2つの人格がいるように感じられる。
以前ならありえない話だと鼻で笑っていたが、尾刈斗中の監督の見事な二重人格ぶりを目の前で見たことがある以上、吹雪が多重人格者である可能性も否定できなかった。
ほら、目の色まで変わっちゃってるではないか。
これはもう明らかに重度の多重人格者だ。




「前半は得点なしか・・・。後半は、
「あの女の子FWだけじゃ火力足りないから、吹雪くんを今度はまともに前線に上げるんじゃない?あちらさんサイド弱めだからそこから崩してカウンター狙えば・・・」
「でもあいつの必殺技、全部止められてたじゃん」
「そんなこと言われても知らないよ。豪雪だか雪崩だか吹雪だか、私あの子のこと多重人格者だってことしか知らないもん」
、吹雪が多重人格者って、それ本当か・・・?」
「え、染岡くんの方が詳しいんじゃないの?
 まあ世の中どこをやらせても滅茶苦茶できる万能プレイヤーもいるんだろうけどさ、あの子、ディフェンスとオフェンスの時で目の色から何から全然違うよ」
「そういやそうだったかもしれねぇな・・・」
「でもってFWしてる時の性格がすごくわがままいっぱい俺様が一番ってな感じのアグレッシブすぎる子だから、
 DFやってる時の性格に土足で踏み込んできて監督からの言いつけ破ってるとか」
、お前心理学者か」
「ううん、ただの可愛い女子中学生。でも見りゃわかるよ。むしろそれに円堂くんたち気付いてなくて、ストライカーとしての吹雪くん求めてるだけだったら吹雪くんいつか壊れちゃう」





 気付かないということはないと思う、画面越しでも見たら明らかなのだし。
円堂は鈍感で単純で典型的なサッカー馬鹿だが、仲間を思いやる気持ちは誰よりも持っている。
万事に目聡い鬼道や風丸も気付いているはずだ。
仮に彼らが気付かなくても、監督は確実にわかっているだろう。
わかっていてどうしているのかは知らないし今の様子だとわかっているかどうかも疑わしいが、選手の肉体・精神面を熟知し時にフォローするのが監督の役目なので、
まさかほったらかしということはないだろう。
放置プレイだとしたら、監督の責任能力と素質を疑ってしまう。




「ほーら、現にFWになった吹雪くんちょっと様子変じゃん。気合い入ってるのはいいけど、ああやってたらますますDFの吹雪くんの立場がきつくなる」





 1点を奪われ更に発奮したのか、何度も何度も必殺技を繰り出し続ける吹雪をは見つめた。
鬼道から聞いた話を改めて整理してみると、今の雷門イレブンがいかに吹雪に依存しているかがよくわかってきた。
豪炎寺がいなくなり染岡が離脱してと、FWが足りていないのは理解できる。
新入りFWの女の子の力量についてはなんとも言えないが、いずれにしても得点は吹雪に期待するしかない状況にあるらしい。
大丈夫かなあ、本当に気付いているのかなあ円堂くんたち。
一度それとなく言ってみた方がいいのかなぁ。
でも、キャラバンに同行してもいないサッカード素人で医者でもなんでもない部外者の言うことには耳を傾けてくれないだろうしなぁ。
そもそも、吹雪にしたらなんて誰それ状態だし。
見ず知らずの人にとやかく言われるのは誰だっていい気分にはならない。
下手に言って症状を悪化させるのも怖いし。




「1対1の同点か・・・。宇宙人ってまだいるのかな」
「さあ・・・。ま、半田たちは治ったらとりあえず宇宙人バスターのバックアップチームに混ざってリハビリしなよ。私も付き合ってあげるからさ」
「昔から思ってたけど、の交友関係ってほんとわっけわかんねぇ奴ばっかだな」
「基本的にみんないい人なんだよ! ちなみの最近のいい人マイベストランキングトップ3は鬼道くん風丸くん不動くん」
「最後の奴は不審者だろうが」




 あれ、不動って確か真帝国学園サッカー部のキャプテンもそんな名前じゃなかっただろうか。
たまたま同じ名字というだけの赤の他人だろうか。
そうだ、そうに決まっている。
まさかが影山たちに狙われていたなんて、そんなはずはあるまい。
悪い方に考えすぎだと心に念じた染岡の視界に、愛媛産みかんの空き箱が飛び込んできた。
































 いつもとは違う名前を携帯の画面が表示して、は思わず悲鳴を上げた。
『鬼道くん』でも『修也』でもなく、『風丸くん』と表示されている。
どうして、え、なに、夢!?
試しに頬をつねってみたがじんわりと痛くて、まだ夢の世界へはダイブしていないと確認する。
ドキドキしながら電話に出ると、風丸がもしもしと声を上げた。




「風丸、くん・・・?」
『うん俺俺。びっくりした?』
「うん、すっごくびっくりした! どうしたの、何かあったの?」
『大したことじゃないんだけど、ちょっと悩み事聞いてほしくてさ』
「悩み事? 私でいいなら聞くよ?」




 風丸の悩み事相談とは、これは責任重大だ。
ちゃんとしたことを言えるだろうか。
悩みを解決する手伝いができるだろうか。
なんとなく布団の上に正座すると、はどうぞと風丸を促した。




は吹雪の事は知ってるか?』
「うん、鬼道くんの話にもちょくちょく出るから名前くらいは知ってるよ」
『じゃあ話は早い。・・・俺、吹雪がちょっと羨ましいんだ。
 ディフェンスの時のあのスピードが俺にもあれば、もっと早くカウンター攻撃も仕掛けられて、ボールを吹雪やリカたちに繋げられると思うんだ』
「まあ、スピーディーにボール回せればそれが素敵だろうね」
『だろ? ・・・でも、俺は吹雪ほどのスピードを出せなくて、それで今日の試合でも惜しいミスしたりして・・・』




 今日の試合を言われ、は昼間病室で半田たちと観た試合を思い起こした。
風丸が言う惜しいミスを探してみるが、これといったものは出てこない。
だが、プレイヤーにとっては納得いかないプレイがあったのだろう。
はミスのことはとりあえず横に置き、風丸の話の続きを聞くことにした。




『なあ、どうやったらもっと速くなれるのかな・・・。神のアクアがあれば強くなれるのかな・・・?』
「ああああんなもの飲んじゃ駄目だよ! 不味いし気分悪くなるし眠たくなるし、最終的には死にかけるってよ、あれ!」
『えっ? 、どうしたんだ急に。・・・もしかして飲んだことあったり・・・』
「し、ししししないよ!? あんな不味くて気持ち悪いやつうっかり原液で飲んでバターンとかするわけない・・・あ、今のなし、聞かなかったことにしてね?」
『うっかり飲んでバターン!? それって傘美野中でのことじゃないのか!?
 ・・・、俺もその1人だけど、本当にのこと大切に思ってる人すごくたくさんいるんだから、もう少し自分を大事にしてくれ・・・』
「・・・すみません・・・・・・。でも、ああいうのに頼っちゃ駄目だよ風丸くん。吹雪くんみたいに速くなりたいなら、吹雪くんにコツを訊いてみたら?」




 いけない、神のアクアなんて忌々しくも懐かしい単語に、ついつい誰にも言ってはいけない黒歴史を暴露してしまった。
影山に拉致監禁されていたことを鬼道に洩らしたことといい、どうしてこうもあっさりと口を割ってしまうのだろう。
拷問も何もされていないのに口を滑らせるとは、風丸や鬼道は人から情報を聞き出す術に長けているのだろうか。
もしくは、こちらの口が破滅的に軽いのか。
このままだと尋ねられるがままにぽろぽろと個人情報を口走りそうで怖い。




『吹雪にか・・・』
「うん。パスカットして繋げるコツをDFの吹雪くんに習ったらどうだろ。足の速さだけじゃなくて、もしかしたら他に小技みたいなのがあるのかも」
『小技?』
「あ、私はサッカーの技術わかんないから小技ってのは適当に言ってみたんだけど、なんていうのかな・・・。ほら、相手の動きの一歩先を読む方法とか?
 そういうのあったら、風丸くんのスピードプラスで先手打ちやすくなるんじゃない?」
『動体視力を鍛えるってことか。ああ、それならDFやってる時の吹雪もそれっぽいかも』




 何か思い当たる節があったのか、風丸が電話の向こうでうんうんと頷いている。
良かった、悩みの解決に少しは貢献できたらしい。
せっかく吹雪の話が出たのだから、この際彼の性格についてもそれとなく言っておこう。
は風丸にあのねと言って付け加えた。




「風丸くんは褒めて伸ばすタイプだよね?」
『え? う、うん、どっちかっていったらそうかな。と一緒で飴と鞭は使い分けてるつもりだけど、結局1年たちのこと褒めてる』
「じゃあじゃあ、吹雪くんに教えてもらった時に、それとなく吹雪くんも褒めてあげてね。DFの吹雪くんもすごいねって。
 そしたらきっと吹雪くん、FWの吹雪くん相手にもちょっと自信持てるようになると思うから」
『FWの吹雪・・・? とにかくのアドバイスどおりやってみるよ。ありがとな
「ううん! 風丸くんもあんまり気負わないでね? あと、もう変なこと言っちゃ駄目だよ!」
『わかったわかった。を心配させちゃうなんて俺もまだまだだなー』





 電話をかけてきた時に比べると、風丸の声も柔かく穏やかになっている。
度重なる宇宙人との終わりなき戦いのおかげで、精神的に参っていたのだろう。
精神科医でも保健室の先生でも心理カウンセラーでもないのだが、風丸の力になれたのならば本望だ。
鬼道との会話とはまた別の意味で楽しかった。




「風丸くんなら吹雪くんのこと、ちゃんとフォローできるよね・・・」




 どんな苦境に置かれていても、たった1人でも理解してくれる人がいるととても心強いとかつて豪炎寺は話していた。
そのたった1人って私のことでしょ感謝しなさいと言うと、は数に入らないとなんとも不愉快な返答を受けてしまったが、風丸はそんなことにはならないだろう。
は鏡台の上に置いている髪留めを見つめ、にこりと笑った。







との電話が繋がらなかったんだが・・・」「あ、俺がずっと喋ってたんだ。今日はもう遅いから寝かせてやってくれ」「・・・・・・」






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