30.稲妻町まで飛バシルーラ










 誰かに必要とされるというのは嬉しいことだ。
求められているのがアツヤではなく士郎だというのがもっと気分を沸き立たせる。
ストライカーでFWでない、DFの僕も必要なんだ。
それってなんだか、思っていた以上に嬉しいや。
吹雪は風丸と共に守備の練習をしていたつい先程までの時間を思い出し、ふふっと笑った。




「どうしたんだよ急に笑ったりして」
「なんだか嬉しいなあって」
「嬉しい?」
「風丸くんとの練習すごく楽しかった。僕たち、あの時絶対風になれてたよね!」
「そ、そうだな。身体がいつもより軽かった。吹雪のおかげだよ、ありがとな」




 これで次また宇宙人が出て来ても上手くパスカットして前へ繋げられそうだと、風丸が気合いを込めた瞳で話す。
急にコツを教えてくれと頼み込んできた時はびっくりして戸惑いもしたが、風丸の熱意に負けて付き合った特訓は予想以上に楽しかった。
やっぱり吹雪のディフェンス技はすごいなと褒められた時など、嬉しすぎてマフラーで顔をぐるぐる覆ってしまった。
覆った顔は少し息苦しかったが、顔の火照りは暑さや苦しさからくるものではなかったと思う。
これはまさしく、風丸に褒められて純粋に照れたからだ。




「風丸くんは褒め上手なんだね」
「それ、にも言われた。自覚はないんだけどそうなのかな」
・・・?」
「ああ、ほら、鬼道が片想いしてる女の子。すごく可愛くて明るくて元気いっぱいで、ちょっと変わってるけど俺たちにできた初めてのファンなんだ」
「へぇ・・・?」
「俺が悩んでた時も吹雪にコツを習えばってアドバイスしてくれたんだ。あと、面白いこと言ってたな・・・」
「面白いこと?」
「えっとなー・・・。そうそう、DFの吹雪がFWの吹雪にもちょっと自信持てるようになると思うって」




 風丸から伝え聞いた言葉に吹雪ははっとした。
見ず知らずの女の子はきちんと見ている。
何を見て気付いたのかはわからないが、不安定な精神状態をフォローしようとしてくれている。
身近な人に気付かれず知らない人に心配されているというのも奇妙な現象だが、風丸や鬼道が信頼を寄せる子に見てもらっているというのは少し安心できた。
キャプテンなんて、わざわざ僕って変じゃないと尋ねても何も気付いてくれなかったのに。




さんってすごく洞察力があるんだね」
「相手チームの弱点とか攻略法も見てるだけでずばっと当てちゃうからな。・・・まあ、鬼道のことは全然気付いてないみたいだけど」
「ふふ、鬼道くん大変そう」
「まぁな。・・・吹雪、俺はほどは鋭くないけど、吹雪の調子が最近あんまり良くないってことくらいはわかる。
 吹雪のおかげで強くなれたし、調子悪い時は俺がフォローするからそんなに思い詰めるなよ?」
「風丸くん・・・・・・、ありがとう」




 会ったことも見たこともないけれど、さんもどうもありがとう。
稲妻町へまた行った時は、是非会って直接お礼を言って、ついでにお近付きになりたい。
言っては悪いがライバルは弱すぎて話にならない。
略奪愛を働こうとしている隣で略奪行為をやってみるなど面白そうだ。
そういえば、鬼道はそもそも誰から彼女を奪おうとしているのだろうか。
風丸ではないだろう。
彼はもう好きとかそういった薄っぺらい次元を超越したところにいる気がする。
まあ誰でもいいだろう、魅力的な女の子はいつだってお姫様なのだ。




「あー、の話してたらぎゅってしたくなってきた! 可愛いんだぞー、絶対吹雪も気に入る!」
「じゃあ僕もぎゅってしたいな! 風丸くんその時はちゃんと譲ってね」
「それは断る。のハグと膝枕は俺の特権だから、吹雪もまずは自己紹介から。俺は自己紹介なんてしたことないけど」
「吹雪士郎です。地元では熊殺しの吹雪とか呼ばれてました! 趣味はスキースケートもちろんサッカーも! よろしくね、えっと・・・」
「あ、下の名前呼ぶ特権は豪炎寺のだからさんで」
「えー・・・・・・」




 早く宇宙人倒してみんなに会いたいな、そうだねえ。
のほほんと福岡の地で語らっていた風丸が吹雪よりも一足も二足も早く稲妻町へと緊急搬送されたのは、それからわずか2日後のことだった。


































 の携帯電話がけたたましいコールを鳴らしたのは、未だにコンビ状態でも一人前にチームと名乗っているバックアップチームのシャドウの練習を見守り始めて
3分経ったか経たないかという時だった。
どんなタイミングでの電話だ。
両親からのコール音ではない。
こんな朝っぱらから鬼道が電話をかけてくるわけもない。
苛々しながら画面を見ると、『半田』と表示されている。
メールしかしない半田が電話。
メールと間違ったのかとも思ったが、コールは鳴り続けている。
まったく、ここのところ半田は空気を読めていない。
苛立ちを隠さない声で電話に出て何よと呟くと、今すぐ来いと怒鳴り返される。
何を急に怒っているのだ。ストレス発散なら他の人でやってもらいたい。
だいたい何なのだ、いつもは来ても嬉しい顔ひとつしないのに都合のいい時だけ呼び出すとは。




「なんで半田に指図されなきゃなんないの。半田、いつから私より偉くなったのよ、ええ?」
「いいから早く来い!」
「だからなんで「風丸が大怪我して帰って来て入院するんだよ! 風丸だ風丸! とにかく今すぐ来い!」
「・・・・・・う、そ」
「嘘じゃねぇって! おい、おい! !?」





 ほんの数日前はあんなに元気そうな声を聞かせてくれていたのに、どうして。
意味がわからない、何もかもわからない。
いつの間にか手から零れ落ちた電話をシャドウが拾い、なにやら半田と話している。
電話を切ったシャドウは、に一言病院に行くと告げた。




「・・・いや、いいよ・・・。1人で行くから・・・」
「シャドウ、連れて行ってやれ。そんな状態じゃ危険だ」
「わかっている。行くぞ」




 シャドウに付き添われ稲妻総合病院へと向かう。
ロビーに半田が待ち構えており、シャドウと何か言葉を交わす。
シャドウが去ったのを見送ると、半田はへと向き直った。




「話はわかったか?」
「おう」
「俺らの病室の隣だから」




 風丸の病室の扉の前でぱたりと立ち止まる。
いつもならすぐに駆け寄りじゃれつくが、今日はそんな気分になれない。
俯いていると目頭が熱くなる。
駄目だ、こっちが悲しそうな顔をしてはいけない。
痛くて苦しい思いをしているのは大怪我を負った風丸の方なのに、怪我人を困らせてはいけない。
半田たちが入院した時だって我慢できたじゃないか。
泣いてはいけない。
女の子の涙は宝石だから、そんな大切なものをほいほいと人に見せたらいけないと昔言われたではないか。
今はおそらく豪炎寺がそれはもう大切に保管しているであろう、ストラップの贈答主が。




「笑顔・・・は無理だけど、いつもの調子でいつもの・・・」




 自慢の笑顔を一度作ると、扉をそろそろと開ける。
ベッドに横たわって外を眺めていた風丸が、くるりと顔をこちらに向ける。
名前を呼ばれにこりと笑いかけられたので、もへにゃりと笑い返した。




「・・・に会いたいって思ってたら、予想以上の早さで会えちゃった」
「・・・・・・」
「そんな顔しないでくれ。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?」
「いつも可愛いわけじゃないもん・・・」
「いいや、はいつも可愛い。怒った顔もむすってしてる顔も全部大好きだ。だから、無理して笑ってなくていいんだ」




 作り笑いはしないでくれということなのだろう。
は言われたとおりずーんと落ち込んだ表情になると、ベッドの隣に置かれている椅子に腰を下ろした。
何があったのと尋ねると、また新しい宇宙人が出てきたんだと風丸が呟いた。




「ジェネシスっていう奴らで、イプシロンとは桁外れに強かったんだ。マジン・ザ・ハンドはあっさり破られちゃうし・・・」
「まだいたんだ、あのキチガイ集団」
「残念なことに。・・・にアドバイスしてもらったとおりDFの吹雪にコツ教えてもらったら、自分でもびっくりするくらいに相手の動きがよく見えたんだ。
 だから吹雪の調子が悪くてフォローしようと思ったら、それが良くなかったのか寄ってたかってボコボコにされちゃったんだ・・・」
「そんな、酷い・・・!」
「酷いとは思うけど・・・・・・。学校も平気で壊すくらいの連中だから、自分たちに歯向かう人間なんてゴミくず同然なんだろうな・・・」





 宇宙人に叩かれたことで精神的にも相当傷ついてしまったらしい。
はぼんやりと天井を見上げている風丸の横顔を見つめ、また俯いた。
この間までは、宇宙人が憎くてたまらないという怒りしかなかった。
憎いからとっとと倒してもらおうと、その程度しか考えていなかった。
けれども、傷ついた風丸を見ていると怒りよりも悲しみの方が大きくなってきた。
諦めてはいけないとわかっているが、こんなに傷ついてでも倒さなければならない相手なのだろうか。
サッカー人口をとりあえず恐怖で制圧した後は、野球派の人々を黙らせるために野球でも試合を始めそうな気がする。
野球も終わったら次は水泳、体操、ゴルフ、各国の伝統競技。
やはり宇宙人を名乗る人々は、キチガイの馬鹿集団だと思う。
そんなに喚く地球人が嫌いなら、大量破壊兵器でどかんと丸ごと吹き飛ばせばいいのに。
今度自称宇宙人に出会ったら、このプランを提案してみようか。
ジェネシスとやらはカビ頭よりもだいぶ格上のチームらしいので、交渉次第によっては上手くいくかもしれない。
ついでにその時に3発、いや、5発ほど張り手もしておこう。
そうすればきっと心もすっとする。





「風丸くんはずっとこの病室にいるの?」
「いや、ここじゃ寂しいから隣に入れてもらう。今日だけは、まだあっちの準備ができてないからここ」
「そっか。早く治るといいけど・・・」
「身体は元々丈夫だしすぐに治るよ。まあ、治ったからってすぐに円堂たちのとこには戻れないだろうけど」
「やっぱり戻りたい?」
「ああ。吹雪のことも心配だし、サッカーしたいから。陸上やってた奴の言葉とは思えないだろ?」
「ちょっとだけね」
「でも、陸上かサッカーかで悩んでた時もが傍にいたんだよなあ・・・。なんだかは俺の守護霊みたいだ」





 お化けはやだよ。じゃあ守護霊じゃなくて女神様だ。
いつだったか、アフロに女神呼ばわりされた時はこの上なくイラッとしたが、風丸に言われるとこんなにまで嬉しいとは思わなかった。
だが、これからは風丸にただただ甘えていいわけではない。
少し自立して、やや落ち込みやすく傷つきやすくなっている彼のフォローをして、早くサッカーボールを蹴れるようになるように応援しなければ。
は風丸と見下ろすと、今度は作り物ではない本物の微笑を浮かべた。






たぶんみんな同じ会社の携帯電話使ってる






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