31.後ろからふらっと現れて










 病室がまた手狭になった気がする。
は半田たちが入院している病室へ入った瞬間、あまりにむさ苦しく、そして雑然とした環境に一度外へ出た。
初めは5人だったここも、染岡と風丸が増えて今は7人部屋の大所帯だ。
3人と4人に分ければいいのではないかと思ったが、一般中流家庭育ちの彼らにそんな選択肢は用意されていないらしい。
夕香の広々1人部屋を見慣れているにとってここは、サッカー部の部室の次にむさ苦しい空間と化していた。
風丸の隣だけが癒しである。
彼の近くだけ特殊な空気清浄機が稼動しているように感じる。




は本当に面倒見がいいんだな。毎日来てくれて大変じゃないか?」
「ああこいつ、風丸が来るまでは2日に一度だったから」
「2日に一度でも大変だよ。自分のやりたいこととかできてるのか?」
「うん大丈夫だよ。ここ来た後は河川敷行ってバックアップコンビの練習見てるし、そもそも雨の日は外出ないから」
「バックアップコンビ?」
「ほら、こないだ円堂くんたちと帰って来た時に杉森くんたちいたでしょ? あれがバックアップチーム。2人しかいないから今はまだコンビなんだけど」
「へえ・・・。治ったら円堂たちのとこに帰る前にそこでリハビリしよっかな。染岡もみんなも」




 大怪我と聞いて一時はどうなることかと思った風丸の容態だったが、それほど酷くはなかったらしい。
さすがにすぐに退院することはできないが、治ったらまたサッカーができる。
それだけで今は充分だと言って微笑んだ風丸の表情は少し寂しそうで曇っていて、は不安な気持ちになっていた。
身体の傷は癒えても、なすすべもなく打ちのめされてしまったという絶望感はそう簡単には払拭されない気がする。
神のアクアを求めてしまうほどに追い詰められてもいたし、何かきっかけがあると再び風丸が不穏なことを口走りそうで怖い。
五体満足な時ならともかく、自由に動けない今の身の上では恐ろしいほどにあっさりと心が病気になってしまいそうだ。




「やる気だなあ風丸は。治るのまだもう少しかかるんだから、まずは体治すこと一番に考えようぜ」
「たまにはいいこと言うじゃん半田。そうそう、まずは元気にならなくちゃ!」
「・・・そうだな。元気になって特訓して、早く宇宙人倒せるくらいに強くならないと」



 だから、治ったら俺たちの特訓に付き合ってくれないかな。
風丸の申し出に、は満面の笑みで頷いた。
手伝ってどうにかなるのであれば力になりたい。
特訓して強くなるのなら練習を見ていたい。
本格的に付き合うとなったら、練習メニューとかも考えた方がいいのだろうか。
何もわからないから、今度本屋さんに行ってそれとなく調べてみようかな。
ああでも、本を見るよりも鬼道に訊く方がわかりやすいし実戦向きかもしれない。
よし、今夜は鬼道にそれを訊いてみよう。
きっと教えてくれるはずだ。
怪我をしてキャラバンから降りてしまっても、風丸も染岡も半田たちも、れっきとした雷門中サッカー部員なのだ。
まさかとは思うが、本当の本当にほったらかしということはあるまい。




「・・・あれ?」
「どうした風丸」
「髪ゴムどこやったかな・・・。どっかで落としたかも」
「お引越しする時に落としちゃった?」
「あ、そうかも」
「じゃあ見てくるよ、お隣」




 これが屋上や病院の広大な庭園内ならいくら風丸の困りごとでも耳を貸さなかったが、隣の病室くらいならまだいける。
ベッドの下かテーブルの辺りかなとごそごそと探していると、閉めていたはずの扉が開く音がする。
看護師さんだろうか。
怪しい者ではないしかくれんぼをして遊んでいるわけでもないので、許していただきたいところだ。




「すみません、ちょっと探し物してるだけなんでー」
「いいえ、こちらも人を捜していただけですからお気になさらず」
「へ?」



 看護師ではない。
誰だと思い振り返ると、目の前にはやたらと顔色の悪い痩身の男性が立っている。
嫌だこの人、なんだか気味が悪い。
これこそ正真正銘の不審者という奴ではないのか。
ごめんね不動くん、不動くん不審者レベル低かったのに殴打しようとしたりして。
どうしよう、鉄パイプ生活はもうやめたから今は丸腰だ。
ベッドを挟んで対峙していると、男がふっと口元を緩めた。




「豪炎寺・・・・・・、豪炎寺修也くんを知っていますね?」
「は・・・?」




 知らないわけがない。
必要以上に彼のことは知っている。
しかしなぜそれを訊くのだ、気味が悪い。
もしかしてこの人もいつぞや見た、三つ子もどきの仲間なのだろうか。
そうだとすれば、知らないと嘘をついた方がいいのだろうか。
黙り込んで考えていると、男が更に言葉を続けた。




「彼が今どこにいて何をしているか、知りたくありませんか?」
「・・・いや、ていうか誰ですかその人」
「おや・・・」
「知らない人の日常生活教えてもらうのも迷惑なんで、変なこと言わないで下さい」




 知らないと言った瞬間心のどこかがちくりと痛んだが、今はそんなことに構っている場合ではない。
うっかり親しくしているなんて口走ってしまったら、今度は豪炎寺がどんな目に遭うかわかったものではない。
ここは嘘をついてでも他人のふりをしておくべきなのだ。
嘘をついたって豪炎寺本人はいないのだからばれやしない。
一緒にいても嘘には気付かないくらいなのだ。




「そうですか。これは私の人違いだったようです」




 まだ何か言うかと思いきや、あっさりと退散していった男には拍子抜けした。
もっと強引に何か言われるかと思っていたが、本当に人違いだったのかもしれない。
ははあと大きくため息をつくと、窓から空を見上げた。
まったく、どこで何をやっているのか知らないが、どれだけ厄介な人に狙われているのだ、我が幼なじみは。
こっちにまでうっかりとばっちりが回ってきそうだったが、どうしてくれるのだ。
帰ってきたらそのあたりもしっかりばっちり文句を言って、謝ってもらわなければ。




「・・・帰って来たら・・・?」




 知らない人と呼ばわった人物がいざ帰って来て、親しげに話ができる?
人違いだと信じたいが妙な男に絡まれたというのに、何事もなかったように話してもいい?
少なくとも宇宙人がいなくなるまでは、会わない方がいい?
いやまさか、そんなことはないだろう。
彼が帰って来られる状態になったそれ即ち厄介事が片付いたということなのだから、そこまで神経質にならなくてもいいはずだ。
いいはずだと思いたいのになぜだろう、妙な胸騒ぎしかしない。
これが最近冴えに冴えている乙女の勘というやつだろうか。
宇宙人についてはびっくりするほどに勘が冴えすぎてお前危ないと元不審者の不動に忠告を受けたくらいなのだから、胸騒ぎも危険の前兆だと受け止めた方がいいのかもしれない。





、お前いつまで探してんだよ。なかったらなかったでいいってよ、風丸」
「あ、半田」
「・・・げ、何、どうしたのお前その顔」
「顔?」




 怖くて寂しそうで泣きそうな顔してたと半田に言われ、初めて自分がどんな表情をしていたか気付く。
なんでもないと言い張るが、なんでもなくてそんな顔するわけないだろとばっさり斬り捨てられる。
半田はパイプ椅子に腰掛けると、傍に立つの背中を使える方の手でぽんぽんと叩いた。
突然のスキンシップに驚いて半田を見下ろすと、いつもやってただろと返される。




「これされたら気分良くなって頑張ろうって思えるようになるんだろ。背中のおまじない・・・だっけ?」
「私がやるからおまじないなの。半田がやったらただの背中叩く行為」
「そりゃそうだよ。俺はあいつらのお姫様じゃねぇもん」
「何それ」
「教えてもどうせわかんないんだから言わない。、これやってるけどされたことはないだろ」
「ないねぇ、半田が初めてかも」
「じゃあいくらでもやってやる。ったく、俺もそうだけど、あいつら全部に任せやがって」




 円堂たちが稲妻町に帰って来た時、なんとなく、ほんの少しだが、もうとっくに戦力としては当てにされていないのではないかなと思った。
入院したての頃と比べるとかなり身体は回復していたが、まだ本調子ではなかったからどうしても気に病みやすくて、それゆえの劣等感だったのかもしれない。
見舞いに来てくれたのも一応キャプテンだからという通過儀礼に過ぎず、本当はこんな辛気臭い所にいるのではなくて早く特訓したいと思っているのでは。
そんなことを考え落ち込んでいるとちょうどがやって来て、重い雰囲気をぶち壊す。
本人はそんなつもりはないのだろうが、にこにこ笑顔でくだらない(時に鬼道にとっては今度の人生に係わる非常に重要な)話をして、怪我人に心配をさせる。
良くも悪くもは夢から現実へと引きずり戻してくれる存在だった。
だから知らず知らずのうちに頼ってしまうのだろう、頼られているとが気付いていないことをいいことに誰もが。




「俺らってまだ、円堂たちに仲間だって思われてるのかな」
「私が好きになった雷門イレブンは、泥まみれになってたくさん壁にぶち当たってもみんなでぶち破ってきたみんなだよ。
 私の中では半田もマックスくんも風丸くんもみーんな、大事なイナズマイレブン」

「・・・豪炎寺がお前を手放したくないわけが少しわかったかも」
「えっ、私は手放したくても離れられないから仕方なく一緒にい続けて早9年かと思ってた」
「ばーか、んなわけないだろ」




 本当に人間関係においては鈍すぎる。
今までよく事件や事故が起こらなかったものだと感心したくなるくらいに、破滅的に酷いコミュニケーション力だ。
こんな奴に救われておまけに宇宙人も現れて、世も末だというのはあながちデマではないのかもしれない、
半田はようやく見つけたらしい髪ゴムを拾い上げているの背を見つめ、ぼんやりと思った。







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