33.元かみさまとめがみさま










 は怒っていた。
河川敷のサッカーグランドに穴が開いている。
地面が抉れている。
練習の終わりはいつもせっせと整備していたにもかかわらず、よりにもよって地面をごっそり抉りやがった。
原因を見て、はますます怒りのボルテージを上げた。
悪名高きメイドイン宇宙(仮)のボールがグラウンドに埋まっている。
どこのどいつだ、こんな場所にボールを叩きつけた馬鹿は。
取り出そうと思っても、地面にしっかりとのめり込んだボールはなかなか出てこない。
土とボールの間に何かを挟んで、てこの原理とやらを駆使しなければ取り出せそうにない。
仕方がない、鉄パイプを持ってくるか。
は一度諦めると鉄パイプ置き場へと赴いた。
細めで、けれども折れることはなさそうなくらいに丈夫なパイプ。
そうだ、作業の途中に折れてまた取りに戻るのは面倒なので多めに持っていこう。
はパイプの束を花束のように紙に包むと、再び河川敷へと戻った。
隙間にパイプを突っ込みボールを押し上げるように力を込めると、少しずつボールが地上へと浮かび上がってくる。
あとちょっとだ、頑張れ私。
全体重をかけてパイプを動かすと、ごろりと音を立ててボールが地上を転がる。
よし、やっと取り出せた。
はボールをぺたぺたと触ってみた。
黒地に青のボールは普通のサッカーボールと違い重量感がある。
中に何か詰まっているのだろうか。
なんとなく手で転がしていると、指がボタンのようなものに触れる。
サッカーボールにボタンとはまた風変わりな。
まさかこれを押したら爆発でもするのだろうか。
遂に大量破壊兵器の開発に成功したのだろうか。
ボタンとは、押されるために存在するのだ。
は心の中で迷言を呟くと、ボタンを軽いタッチで押してみた。
ボールが少年の声で喋りだした。再生ボタンだったのかもしれない。
サッカーボール型ボイスレコーダーとはまた、ターゲットを絞りに絞った製品だ。
今どきのボイスレコーダーは手軽に持ち運べるのが売りだというのに、これはそこらのラジカセよりも重い。
はサッカーボール型ボイスレコーダーを手提げバッグに入れると、鉄パイプを手に取り立ち上がった。
せっかくだから久々に宇宙人の試合を生で観てみようと思う。
円堂たちの今のレベルもわかるし、宇宙人たちの情報も近く始まるリハビリ特訓のために集めておきたい。
場所はフットボールフロンティアスタジアム。
誰もが楽しくサッカーをしていた思い出の地だ。
半田と仲良くなったことに間違いはなかったと確信した場所でもある。




「ついでに実況の奴にクレーム言って、このボール宇宙人に返品しよう」




 か弱い女の子に重いだけで大した使い物にならない代物を持たせるとは、不届きな連中である。
女の子に優しくしないのは、女の子も侵略対象だからだろうか。
心が狭い、狭すぎる。
は気合いを入れると、一路フットボールフロンティアスタジアムへと向かった。
スタンドを覗くが、観客は1人もいない。
お忍びで来たので、あまり堂々としていると目立って存在がすぐにばれそうだ。
人よりも眩しいオーラを持っているとのことなので、座った直後に見つけられるかもしれない。
は荷物を下ろすと雷門側のベンチを見つめた。
やはり知らない人ばかりだ。
名前もわからないし、中学生なのか疑わしい体格の子もいる。
まったく縁もゆかりもないチームの戦いを見るような冷めた気分で観戦しそうだ。
特徴と背番号を覚えるよう1人1人じっくりと選手を見ていたの目が一点で止まった。
あの背中、あの髪型、あの10番。
修也と無意識のうちに呟いていた。
いつ帰ってきたのだろう。
ここ最近は向こうも忙しいのか、鬼道からの電話ももらっていないのでまったく状況がわからない。
いや、本当に豪炎寺修也なのだろうか。
そっくりさんかもしれない。世界にはそっくりさんが3人はいるというから、あの人は違う人かもしれない。
それにしてもよく似たそっくりさんだ、蝋人形みたいだ。
せっせとウォーミングアップをしていた豪炎寺が視線に気付いたのか、顔をこちらへと向ける。
まずい、見られたらいけない。何がまずいのかもわからずは咄嗟に身を隠した。
ちらりと豪炎寺を見ると、なにやら円堂と話しているのが見える。
こちらを指差し首を傾げている。
何と言っているのかは聞こえないが、誰かがいた気がするとかなんとか言っているのだろう。
は身を屈めたまま地面におろしていた荷物を手元に引き寄せると、移動を始めた。
隠れる理由はないし隠れなければならないようなことをした覚えもないのだが、なんとなく見つかることを拒絶していた。
気付かないうちに豪炎寺のことを嫌いになっていたのかもしれない。
ありうる。彼のことは、好きなところと同じだけ嫌いなところがある。





「お、も、た・・・・・・」




 荷物を抱えよろよろと歩いていると何かにぶつかる。
しまった、どうせ誰もいないと高を括って前を見ずに歩いていたから非はこちらにある。
ぶつかったのは人でなくて物でありますように。
そう願っていたの耳に、驚きの声が飛び込んできた。




「き、君は雷門のフィールドの女神・・・!?」
「げっ、アフロ!?」




 じっと互いを見つめあい、数秒の沈黙の後互いに後ずさる。
アフロディの交代にはむうと眉根を寄せた。
どうしてアフロディまで後退りするのだ。
人を誘拐しファーストキスを奪おうとした悪の権化だというのに、なぜ恐ろしいものを見るような目でこちらを見るのだ。
気に喰わない、被害者は100パーセントこちらだ。




「なぜ君がここに?」
「同じことをアフロに訊きたいんだけど。なぁんでこんなとこにいんのよ、ユニフォームなんて着ちゃって」
「・・・戦うために来たんだ。円堂くんたちと共に宇宙人を倒すために」
「散々あんな事して今更仲間に入れてもらえると思ってんの?」
「わからない・・・。けれども僕も戦いたいんだ、彼らと共に」




 アフロディの意思は固いらしい。
アフロディが入ったらまた、雷門イレブンは雷門イレブンでなくなる。
しかし事ここに至ってはもう、1人増えても変わらないのだろう。
はスタンドへと向かったアフロディに続くと再びフィールドを見下ろした。
いつの間にやら相手の宇宙人チームが到着していて、試合を始めようとしている。
行かないのと尋ねると、まずは様子を見たいと返される。
ピンチになったら颯爽と現れるつもりなのだろうか。
はふぅんと呟くと、始まった試合に視線を移した。
ああ、今日もまた実況が雷門イレブンと連呼している。
アフロを見送ったら殴り込みに行こう。




「彼ら、速いね・・・」
「宇宙人補正はかかってるんだろうけど、ああまで深く入られてちゃ守備でいっぱいいっぱい。まず前線にパス繋げらんないし」
「冴えてるんだね、さすがはフィールドの女神と称されるだけはある」
「ねえ、さっきから何なの、その勝利の女神の姉妹版みたいな呼び方。口説いてるつもりなのか知らないけど、あんただけはやだからね」
「・・・君は本当に顔は天使や女神のようだけど、中身は悪魔だね」
「はあ!? 喧嘩売ってんの、ぶつわよ」




 ぶつのはやめて下さい、じゃあ生意気な口利くのやめなさいと口論を交わしていると、円堂たちが必死の思いでカットしたボールが目の前に落ちてくる。
はボールを拾い上げると、アフロディに手渡すべくボールを突き出した。
受け取らない。
一から十まで人を苛つかせる奴だ、本当に張り手を飛ばしてやろうか。
は黙って円堂たちを見下ろしているアフロディの背中をばしりと叩いた。
何をするんだと声を荒げるアフロディにおまじないと答えると、こんな手荒なおまじないはないと返される。
駄目だ、この人とはとことんまでに趣味が合わない。
はアフロディとコミュニケーションを図ることを諦めた。




「行ってもパス回してもらえないんじゃとか思ってんでしょ、やっぱり。
 あんたもわかってるだろうけど、今のあのチームは世宇子戦知らない人たちたくさんいるから、その人たちの近くにいればパスもらえるよ」
「・・・それは僕に対する餞別? それとも大事なお友だちへの声援?」
「ただの独り言。ほら、早くどっか行かないと背中の羽むしるわ、よっ!」




 ぽーんとサッカーボールを蹴り返すと、狙いを定めていたところからかなり外れた場所へと落下する。
不可解な場所にではあったが戻ってきたボールに円堂たちが戸惑っている。
隣を見ると、アフロディはもういない。
あれのことだ、きっとまた派手な演出をして皆を驚かせているのだろう。
もう少し控えめにした方が好感を得やすいともアドバイスすべきだったかもしれない。
それにしても宇宙人チームのキャプテンはイケメンだ。
カビ頭やその次のランクのキャプテンにはあまりときめかなかったが、あの銀髪の少年は宇宙人にしておくのがもったいないくらいにかっこいい。
言っている内容はシャドウ以上に悲惨だが。
なまじ顔がいいだけにもったいない。人格矯正をしたいくらいだ。
あれこそ正真正銘の鑑賞用というのだろう。




「さーて、実況はどこだ!」




 今日のお仕置き対象1人目の姿をぐるりと探す。
見つけた、お手製の実況台をぶら下げて絶叫している雷門中生が。
は再び移動を始めると、実況・解説を務める角馬の背後を急襲した。
































 いつもは角馬が1人で勝手に実況と解説をしているが、今日はゲスト解説者がいるらしい。
ちょっとそのマイク寄越しなさいよ、誰ですかあなたは、誰だっていいでしょとハーフタイム中に賑々しくマイク争奪戦を繰り広げ始めた角馬たちの声を、
マネージャーたちは呆れて聞いていた。




「誰でしょうか、いったい・・・」
「相当わがままな子みたいだけど、あの実況を超えられるものはそうないんじゃない?」
「角馬くん、やしの実の中から出てくるくらいに円堂くんたちの試合の実況してるもんね」



 争奪戦が終わったのか、急に静かになり夏未たちはほっと胸を撫で下ろした。
どうやら妥協案として、角馬がゲストに尋ねていくという形式を採用したらしい。
ここまでの雷門イレブンの戦いはどうですかと尋ねられ、クレーマーのはずがゲストへとクラスチェンジしたはずばりと雷門イレブンじゃありませんと言い切った。




「ら、雷門イレブンじゃないとは・・・?」
「手元の選手名鑑よく見てみなさいよ。雷門中学生じゃない子まで雷門イレブンで括ったらかわいそうでしょ」
「そ、それはそうですが、しかし彼らは雷門中サッカー部のユニフォームを着ているので雷門イレブンでは・・・」
「同じユニフォーム着てればいいの? じゃあユニフォームを脱がざるを得なかった人たちは雷門イレブンじゃないと。
 そうよね、ユニフォーム着てないと気持ちは1つになれないんだもんね」




 ショックだった。
途中参戦したかつての敵アフロディを仲間に迎え入れるための言葉だったとはいえ、円堂が言った『ユニフォームを着れば気持ちは1つだ』という言葉は辛かった。
ユニフォームを着ていないかつての仲間を完全にシャットダウンされた気分にさえなった。
もっと別の言い方もあったのではなかろうかと思ってしまうくらいだった。
半田たちが聞いていれば、確実にネガティブ思考になっていた。
宇宙人を名乗るキチガイ相手にお仲間サッカーでは通用しないとは、半田たちもとうにわかっている。
通用しなかったからこれなのだ。
しかし、仲間かどうか、意思の疎通が図れているかどうかをユニフォームで判別してほしくない。
ユニフォームやゼッケンは、あくまでも敵味方の区別をつけやすくするための目印にすぎないのだ。
安っぽい仲間意識は、ずっとずっと仲間だと思い信じていた人の心を深く傷つけるのだ。




「雷門イレブンって言い慣れてる職業病なのかもしれないけど、今日くらいは宇宙人バスターズとかにしなさい。
 エイリアン撲滅チームとかエイリアデストロイヤーとかフマキラーとかバルサンとか、色々あるでしょ」
「最後の方はもはや殺虫剤ですが・・・、わかりました! では今日は宇宙人バスターズにしましょう! それでいいですか?」
「おう」




 面倒な注文の多いゲストを迎え入れてしまったものだ。
サッカー素人なのかどうかもわからないため扱いに困る。
そもそも彼女は雷門・・・ではなかった、宇宙人バスターズの支援者なのだろうか。
過激なチーム名ばかり発表して、宇宙人を逆上させはしなかっただろうか。
虫けら扱いされれば誰だって怒る、それが殺虫剤の商品名だとわかっていれば。
それとも宇宙人だからわかるまいと思っているのか。
角馬は後半は始まり無言で試合を眺めているに、今後の試合展開を尋ねてみることにした。




「後半開始早々ダイヤモンドダストに勝ち越されてしまいましたが、この後はどういった展開になるでしょう?」
「まず、宇宙人にシュートチャンス与えないように攻め上がる。FW2人のコンビネーションも良くなってきたんで、どっちかがシュートいけるんじゃない?」




 の予想と同じくして、鬼道がチームに攻め上がるよう指令を出す。
鬼道も同じことを考えていたようでほっとする。
アフロディか豪炎寺、どちらがゴールを襲うのだろう。
は初試合とは思えないコンビネーションの良さで攻め上がる2人を見つめた。
豪炎寺が必殺技の体勢に入る。
いつものファイアトルネードではなく、マジンが出てくる。
何だあの必殺技は、いつの間に開発していたのだ。
ファイアトルネードよりも明らかにボールが纏う炎の量が多いシュートがゴールに突き刺さる。
初めて見たシュートだったから驚いた。
マジン・ザ・ハンドでおなじみのマジンが出てきたから驚いた。
本人も満足のいくシュートだったらしいので、そろそろ応援もいらないということなのかもしれない。
そう思うと急に気分が冷めてきた。
元々高いテンションで観ていたわけではないし今日の目的も半分は果たせたので、試合を観るのをやめたくなってきた。
なぜだろう、昔はあんなに楽しい思いで観戦していたのに、今はあまり楽しいと思えない。
円堂たちだけでなく豪炎寺までもが違う、知らない人のように思えてきた。




「先程は見事な解説でしたが、この後はどうなると思いますか?」
「思ったことそのまま言っていい?」
「はい!」
「ああやってGKが前線に上がってるけど、元々速攻得意で本気出す前からパスカットしまくってたあちらさんに勝てるわけないって話。
 まあそれでも上げさせてんのは、時間ないからなんだろうけど。見てなさい、何度かやってたらGKが深く入り込んだとこでインターセプトされて、ゴールがら空きになるから」

「ゲストさんすごく冴えてますねえ・・・。お兄ちゃんに負けないゲームメーカーですよ」
「誰かを彷彿とさせるような・・・。まるで予言者ね」
「まさか、ちゃん・・・?」




 秋は実況席を顧みた。
誰もいない、角馬がいつものように1人で実況を行なっている。
しかしでないとしたら、他に誰があそこまで的確な指示をぞんざいな言葉で飛ばせるというのだろう。
ゲストの予言どおり、ザ・フェニックスをしようと円堂が飛び出した後、敵のインターセプトに遭う。
慌てて円堂が戻るが、必殺技は既に放たれ間に合わない。
すんでのところでヘディングで防いだが、ぞっとする瞬間だった。
ゴール外に出てほしくないと思った。




「じゃあ私もう行くから」
「はっ、あ、素晴らしい解説どうもありがとうございました! あの、あなたはいったい・・・?」
「通りすがりの一般人です」




 は実況席を去ると宇宙人側の控え室へと向かった。
やることはまだもう1つ残っている。
このただただ重いだけのサッカーボール型ボイスレコーダーを返品し、ぼこりと開いた穴を修復してもらわなければ。
こっそりと控え室の通路の影で宇宙人の登場を待っていたの前に、先程までの試合のキャプテンと見知らぬ2人が姿を現した。







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