34.前からもふらっと現れて










 病室の扉を開ける前に一度、大きく深呼吸する。
不必要にぶすくれた顔になっていないか手鏡でチェックする。
よし、今日もとても可愛い。
おはようと声を上げ元気良く扉を開けたは、妙に盛り上がっている半田たちを見て立ち竦んだ。
ここは病室か、それとも教室か。
病人特有の鬱モードはどこへやったのだ。
入り口でぼうっと突っ立っていたに気付いた半田が、決まったんだよと叫びの肩をがくがくと揺さぶった。




「決まったって何が?」
「退院! 今週末退院できるんだよ俺たち!」
「マジで!? おめでと半田、風丸くん、みんなも!」
「俺はまだ居残りだけど、すぐに退院してやるぜ!」
「そうだぜ染岡! お前がいなくて誰が点取るってんだよ!」




 わいわいと盛り上がる半田たちを見ていると、こちらまで嬉しくなる。
染岡だけはまだ入院が続くらしいが、早く治ってほしい。
この病室も静かになるのかな。
あ、でも半田たちは毎日来るだろうから結局賑やかなままなのかも。
快気祝いは染岡が退院した後に一括してやるとして、まだまだやることはたくさんありそうだ。
楽しかったかどうかはともかく今の円堂たちのレベルもわかったので、それに即した練習を提案することができる。
我ながら素晴らしいファンだと思う。
もはやファンの域を超えてきた気もする。




「その・・・、ありがとな色々と」
「へ? どうしたの半田、いきなりかしこまっちゃって」
「だってお前さ、マネージャーでもなんでもないのに俺らの相手ずっとしてくれてさ。ありがたかった時もあったんだよ・・・みたいな」
「何が言いたいの半田。言いたいことあるならはっきりずばっと言っちゃいなさいって前にも言ったでしょ」
「だーかーらー! ああもう風丸、後は任せた!」
「そこまで言えたら全部言えばいいのに・・・。俺からも、ありがとう
 が毎日俺らに会いに来てくれて、退屈でどうしても塞ぎ込みがちになる気分紛らわせようとしてくれたこと、は気付いてないかもしれないけど俺たちはとっても救われた。
 がいなかったら俺たち、とんでもないことになってたかもしれない」




 『ありがとう』という言葉を、は実は言われ慣れていない。
友だちとして当然の事をやっただけでそうする以外の方法もなかったから毎日遊びに来ていたのだが、それが感謝されるようなことだとは思わなかった。
自分にとっては当たり前のことが、周囲にとっては特別なことなのかもしれない。
だからよく人から変わってるとかおかしいとか、電波だとか言われているのだろうか。
この間などは自称宇宙人から、てめえの方がよっぽど宇宙人じみてるとまで言われた。
世間の基準とずれているとは、なんと低い平均値だろうか。
もう少し頑張るべきだと思う、その他の人間たちは。




「なんだか改まってありがとうって言われると照れちゃう・・・! ありがとうとかほんと、滅多に言われないから・・・」
「じゃあたくさん言う。ありがとう、これからもよろしくな?」
「うううううん! こちらこそよろしくね風丸くん・・・! ファンになって良かった・・・!!」
「俺も、みたいないい子がファンでいてくれて嬉しいよ」




 言いだしっぺの半田の発言をすっかり忘れ去りお花畑の世界へ突入した風丸とを、半田たちは温かな目で見守っていた。





























 試合中はハイタッチなんぞして過去のわだかまりを氷解したように見せたが、実は未だにモヤモヤしていることもある。
アフロディの能力は認める。
エイリア学園マスターランクのチームと互角に戦えたのは彼の助太刀があってこそのものだったし、彼のおかげで攻撃力も格段に上がった。
だが、やはりすべてを丸く収めるというわけにはいかないのだ。
向こうもそれはわかっているようで、時折交わる視線は気まずさが多分に含まれていたりする。
言おうかどうか迷っているのだろう。
アフロディが迷うのもよくわかる。
あれは双方にとって思い出したくない忌まわしい過去だ。
できれば触れないままでいたいが、そう簡単には割り切れない厄介な出来事なのだ。
豪炎寺は覚悟を決めた。
は何も話さなかったのだから、加害者に訊くしかない。
俺の幼なじみに余計なことしなかったかと。




「アフロディ、少しいいか」
「何だい、豪炎寺くん。・・・あのさ、君ってもしかして彼女の」
「ああそうだ。連れて行ったことはこの際いい。向こうで何もしなかっただろうな」
「・・・彼女は天使・・・、いや、人間の皮を被った悪魔だった・・・」
「・・・・・・」
「僕は様々な意味で君を尊敬するよ。彼女は本当に扱いにくくてね、よくこんな子と一緒にいられるものだと彼女の友人たちの心の広さに感動した」
「俺の質問に答えるつもりはあるのか?」




 人の幼なじみを悪魔だとか扱いにくいだとか、よくもまあそんなに悪口が言えるものである。
それらの表現を否定することはしないが、と大して親しくもない輩に言われると腹が立つ。
確かには見てくれで判断すると大火傷を負う、歩くパンドラボックスだ。
悪魔だとアフロディが言いたくなるものよくわかる。
はそう言われても仕方がないようなことしか口にしない子だ。
だからとてつもなく扱いにくい。
長年付き合っても未だにの取扱説明書が完成しないくらいに、掴みどころのない子だ。
目の前にいるのに手を伸ばしても届かないという鬼道の言葉が、悪口に聞こえないに対する最高の表現だと思っている。
だが、人に何と言われようとは一応大切にしてきた幼なじみなのだ。
悪魔だからといって連れ去っていいわけではない。
何をしてもいいわけではないのだ。
豪炎寺の気迫に触れたアフロディはふっと笑うと空を見上げた。




「半径1メートル以内に入ってくるなと言われVIPルームに引き籠っていた彼女に何をしろと? 僕は美しいものは好きだけどね、やっぱり味も大切だと思うんだ」
「味・・・? 何を言ってるんだ、は食べ物じゃない」
「彼女はとても可愛らしくて美味しそうだ。それは豪炎寺くんの方がよく知ってると思う。でもね、ちょっと齧っただけで卒倒するのは嫌なんだ。
 この間もぶつわよと言われ実際に背中を強く叩かれた。翼を毟るとも言われた」
「この間・・・? に会ったのか? いつ、どこで」
「フットボールフロンティアスタジアムだよ。相変わらず冴えた戦術眼を持っていて、さすがはフィールドの女神と呼ばれるだけはあるなと思った」




 もう少し言葉遣いを良くするように言ってくれないかと頼まれ、豪炎寺は適当に相槌を打った。
スタジアムにがいたことを初めて知った。
スタンドから視線を感じてそちらを見ても誰も見つけることができなかったが、あの時感じた視線はからのものだったのだろうか。
しかし、いたのであればどうして会いに来なかった。
以前ならば、ひらひらと能天気に手を振りながら現れていたというのに。
何かの気に障るようなことをしただろうか。
連絡をしなかったのは少し悪かったかなと思っているが、何も言わなくても頓着しないが連絡を受けなかったことくらいで腹を立てることはないはずだ。




「アフロディ、その時に変わった様子はなかったか?」
「逆に訊くけど、彼女のどこが普通なんだい? 僕には彼女の言動すべてが変わっているように見える」
「こう、どこかあるだろう。寂しそうな顔をしていたとか、消極的な発言をしていたとか」
「・・・自分で会って確かめた方がいいよ。僕の目はもう、彼女を堕天使か悪魔としか認識しない」




 だから、そう何度ものことを悪魔呼ばわりしないでほしい。
そりゃあ天使よりも悪魔に近いとは思うが、はれっきとした人間なのだ。
豪炎寺は練習へと戻ったアフロディの背を見送ると、ぼんやりとの事を考えた。
せっかく帰って来たのだから、の近況を確かめるためにも一度顔を見ておくべきかもしれない。
何も考えておらず日々惰性で生きているように思いがちなだが、意外と問題を抱え込みやすい性質なのだ。
隠し事はうっかり口を滑らせない限り言わないし、主に勘違いによるものだが思い込むも激しかったりする。
半田は怪我人だからもいくらか手加減をせざるを得なかっただろうし、そろそろガス抜きをしてやらなければ。
不当な怒りを買わされたりぶつけられるのは嫌いだが、八つ当たりを受け止めてやるのも幼なじみの務めだと思う。
これも腐れ縁オプションの1つだと思えば、理不尽さも少しは減る。
そうと決まればまずは電話だ。
最後に電話した時の会話があれだったからそれを蒸し返されそうな気もするが、あれのおかげで元気になれたのでやはりもう一度礼を言っておくべきだろう。
ありがとうの言葉を初めて言ったらしいから、もっと今度は真面目に、面と向かって言おうと思う。
どんな表情をするのだろうか。
驚いた顔、嬉しそうな顔、それとも照れた顔?
笑ってくれるととても嬉しいが、その線は極めて薄いと思われる。
の笑顔は人をほっとさせ幸せにさせる、が持つ数少ない長所の1つだ。
笑顔に騙され未だに悪夢から目覚めない鬼道もいるくらいに強力な必殺技でもある。
鬼道も随分と長い夢を見ているものだ。
聞けば毎日と連絡を取っていたという。
ゴーグルは幻覚を見せる魔法の道具なのだろうか。
それをかければたちまちのうちにが外見だけでなく中身も可愛らしいいい子に見えるようになるのならば、一度でいいからゴーグルを貸してもらいたい。




「豪炎寺、皇帝ペンギン2号いくぞ!」
「わかった、今行く」




 頭から巨大な拳が出てくるほど、円堂の脳味噌は大きかっただろうか。
豪炎寺はフィールドプレーヤーのプレイにようやく慣れ始めた円堂に向かって皇帝ペンギン2号を放った。







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