35.3人セットでさんきゅっぱ










 昔から少し変わった子だとは思っていたが、ここまですごい子だとは思わなかった。
風丸は練習前のバックアップメンバーを前にてきぱきと今日の内容と必殺技についての説明を始めたを、頼もしげな目で見守っていた。
本当に細かなところまで試合や練習を見ていたらしい。
パスを出す時の癖や左右で違う動き方など、指摘されて初めて気付くことも多い。
ただただ風丸くんかっこいい大好きと言って抱きついていたわけではないのだ。
なんというかもう、本物の監督みたいだ。




「ドリブル技とシュート技メインに覚えてもらうとしてー・・・。あ、私必殺技の名前とかつけないし、教えるとかも無理だからね」
「わかってるよ。だーれもにレクチャー受けようなんて思ってねぇよ」
「わかってればよろしい。宇宙人はスピードも速いから、短めのモーションでクイックリーにできるやつがいいと思う」
「じゃあ連携技はやめた方がいいってことか?」
「いや、連携技がいつでも出せるってことはこっちのチームワークいいってことだから、そこは関係ないと思うよ。はあ、私も風丸くんと連携技とかやってみたいなー」
「ははは、じゃあ今度一緒に何かしよっか」
「マジで!? よっし、じゃあ早くその日が来るように練習開始!」




 グラウンドに散らばった風丸たちを見送りはベンチに腰かけた。
スピードを出してくるということは、チャージされた時も吹き飛ばされる可能性が高い。
マッチョになれとは言わないが、多少のラフプレーにも耐えられる筋力トレーニングはしておくべきだろう。
もう二度と入院なんて憂き目には遭いたくないと思っている半田たちならばきっと頷く。
何をすればいいのかは例によってわかっていないが、やれと言えばやる。
これからはただのランニングだけではなくて、ボールを使った軽いゲーム方式のウォーミングアップも加えるべきだ。
リハビリの進行具合にも差があるようだし、個別のプログラムを組むように言ってみよう。
もちろんメニューを組み立てるのはではなく半田たちだが。
練習中は座っているだけでいいとは、なんとも楽なお仕事である。
タオルもドリンクも自前にさせ、たまに差し入れで何か持って行ってやるだけなのでお財布も痛くない。
サッカーと係わりを持つ人生を歩むようになってこの方、選手に差し入れを持って行くなんて初めての経験である。
求められていなかったとはいえ、今まで何をしていたのだろうと不思議に思うようにもなってきた。





「おー! 、ちょっとそのボールこっちくれー!」
「おう! いっくよー!」
「蹴るのか!? やめろお前スカー「ほっ!」どこ蹴ってんだ!?」




 足元へ転がってきたボールを拾い上げると、グラウンドで半田が両手を上げている。
せっかくのパスだ、ここはひとつ蹴ってみるか。
は半田の制止も聞かず足を振り上げた。
半田へ向けて蹴ったボールが大きく弧を描いて川へと落ちる。
やってしまった。いつかやるとは思っていたが、遂にやってしまった。
失態を誤魔化すためにえへへと笑って首を傾げ可愛い子ぶってみると、半田がえへへじゃねぇよと声を荒げる。
靴を脱ぎ靴下を脱ぎ川へと入っていく半田の元へタオルを持って駆け寄ると、連携技の前に蹴り方覚えろと叱られる。
半田にしてはまっとうなツッコミだ、えへへと笑い返すしかない。
確かに半田の言うとおりだ。
蹴り方くらいは覚えなければ、風丸に相手にしてもらえない。
観る専門のサッカーだが、蹴り方くらいは覚えるべきなのかもしれない。





「ごめん半田、はいタオル」
「ん。ったくお前ってほーんと観るだけの才能だな」
「それって褒めてるの、貶してるの?」
「半分ずつだよ。・・・俺でいいなら蹴り方教えるけど?」
「半田が? えーいいよ、だってそんな時間ないじゃん。マックスくんといい感じにできてんでしょ、必殺技」
「まあそうだけど。チームの練習終わった後付き合うよ、俺もたまにはお前の優位に立ちたいしな!」
「そんな理由なら結構ですうー。半田を私よりも偉くさせるもんか」
「認めたな? 今、俺を子分扱いしてるって認めたな!?」
「子分じゃないもん親友だもん」
「じゃあ親友の好意くらい大人しく受け取れ! いいか、明日だからな!」




 スカートで来るんなら下にレギンス履いてこい絶対だからなと念を押し、練習へと戻る半田の背中を見つめる。
いつからあんなに強引な男になったのだろうか。
出会ったばかりの頃は大して口答えもしない、扱いやすい男だったのに。
彼なりに付き合い方というものを学習してきたのだろうか。
頼んでもいないことをやってやると上から目線で押しつけてくるなど、かつての半田からは考えられない変貌ぶりだ。
もしかしたら、強く出られるとそのまま流されてしまいやすいというこちらの弱点を見抜かれたのかもしれない。
それは困る、大いに困る。
ずるずると河口近くまで押し流されてきての今なのだ。
半田にまで押し切られるようになると、今度はどうなってしまうのだろう。
まったく予想がつかない分だけ困惑する。




、見て見て」
「ん? うっわぁ風丸くんが3人!? やだやだどうしよう!?」
「戦国伊賀島の分身フェイントを思い出してやってみた、分身ディフェンス。これなら一気にボール弾いて拾ってキープできるんだけどどうかな」
「うわわわわわわ風丸くんが3人もいるよすごいよ風丸くん・・・! わ、私1人欲しいかもしれない・・・!」
「じゃあ俺も持って帰りたいからこれ覚えようぜ。俺専用、オリジナル、あと1人は・・・半田いる?」
「いらねぇよ! こいつが3人もいたら宇宙人来なくても地球滅ぶぞ!?」
「そっか・・・。じゃあ3人ともまとめて俺と一緒だ!」
「きゃあそれ素敵!」




 どこも素敵ではないし、風丸も余計なことをに吹き込まないでほしい。
1人でも充分相手にするのに疲れるが3人に増えたらどうするのだ。
誰が面倒を見るのだ。
可愛い可愛いと可愛がった挙句、わがままいっぱいやりたい放題の部分は3人まとめてこちらに回してくるのだろうに、どうせ。
半田は早速分身ディフェンスの手ほどきを風丸から受け始めたを、定位置のベンチ前へと引きずり戻した。


































 明日のカオス戦に来てほしい。
豪炎寺は期待と不安が半分ずつ混じった複雑な気持ちで電話の発信ボタンを押していた。
トラウマ満載の帝国スタジアムでやる試合になんて行くもんかと駄々を捏ねられるかもしれない。
その時はストラップを返すと言って無理にでも来てもらおう。
がいるのといないとでは気分が少し違う。
同じいるでも、前回のダイヤモンドダスト戦のように後から存在を知らされる状態よりも、初めからそこにがいると知っておきたい。
なんでもいいからとにかく無事な顔を見たかった。
別れた時と変わらない、くるくるとよく変わる明るい顔が見たかった。





『はい、です』
か?」
『今少し手が話せないかとにかく電話には出られないんで、用件あるなら発信音の後にどうぞ』
「・・・・・・俺だ。・・・明日帝国スタジアムで宇宙人と試合をする。・・・来てくれ、にあ」




 用件を言い終える前に電話がぷつりと切れる。
留守電に声を吹き込むなんて初めてのことだったから、少し戸惑ってしまった。
いつもは軽く30分は話していたから、30秒がいかに短いかよくわかった。
それにしてもこの時間に留守電とは、生活サイクルを少し変えたのだろうか。
誰がいようといなかろうと、基本的にゆるゆるのんびり生きているだ。
ぐったり疲れて眠っているとは考えられない。
では、ただでさえ長い入浴時間を更に引き延ばしているのだろうか。
いつだったかテレビで長風呂のしすぎは良くないと言っていたが、今度それを教えてやらなければ。
このまま入浴時間が長引けば、風呂場でそのまま上せてしまいかねない。





「豪炎寺、外は冷えるからキャラバンへ戻った方がいい」
「もう戻る」
「・・・のこと、聞いたか」
「ああ。アフロディに散々な言われようだった。悪魔と言われた、のこと」
「怒らなかったのか? そこは怒るべきだろう」
「怒る云々よりもショックの方が大きかった。誘拐犯とは会ったのに俺とは会おうとしなかったんだ」
「・・・と少しずれが生じているようだな、俺たちは。価値観の違いとも言うべきか・・・」
「価値観が合わない男女は早く別れるらしいぞ。鬼道、いい加減に目を覚ませ」
「豪炎寺こそそろそろ幼なじみ離れしたらどうだ。以前よりも悪化しているように見えるが」




 俺の方がましだと言ったあの言葉を忘れたのか。
ましはましで、良いという意味じゃない。
不毛な言い争いをしているうちにおかしくなってきて、顔を見合わせ同時に吹き出す。
会えもしないのことごときで激論を交わすなど、宇宙人との戦い前日だとは思えない。
緊張感は程良く抜けたが、あまりのことで固執しているようでもいけない。
明日試合を観に来て会って話をすればそれでいいのだ。
会えなかったらこちらから会いに行けばいい。
会ってはいけない理由などどこにもないのだ。
豪炎寺は鬼道と共にキャラバンへ戻りながら、もう一度強く願いが叶うことを祈った。







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