人に用件を伝える時はまず、自分が誰なのかを一番にはっきりとすべきだ。
次に、デートの申し込みをしたいのならば日時と場所をきちんと伝えること。
すべてがどこかしら欠けているではないか、この留守電メモは。
なんとか詐欺か間違い電話、最悪ただの悪戯電話だと認識してもおかしくない昨晩かかってきた電話の録音内容を、は躊躇うことなく消去した。
発信主が誰なのかはアドレス帳のおかげでわかった。
帝国スタジアムで試合をすることも、そしてそれを観に来てほしいこともわかった。
行きたいとはあまり思わなかったが。
大体試合をやるとして、いったい何時からキックオフなのだ。
肝心の時間を伝えてこないとは、宇宙人が来るまで延々と入り待ちをしておけということなのか。
冗談じゃない、相手がアイドルやイケメンならともかく、どうして抹消対象を待ち焦がれなければならないのだ。
こちらも暇ではないのだ。
今日も、練習を見てそれが終わったら半田の押しつけがましいサッカー教室に付き合い、終わり次第病院へ染岡の見舞いに行くことになっているのだ。
宇宙人とのさして楽しみもドキドキもしない試合なんぞ観ている場合ではないのだ。
ましてや入り待ちなど、絶対にありえない。
は寝巻きから服に着替えながら携帯を弄った。
不機嫌な声が聞こえてくる。
可愛い女の子が電話をかけてやったというのに、なんという不機嫌さだ。
もっと喜んでしかるべきだ。





「おはよう南雲くん」
『何だよ異邦人』
「ちょっと質問あるんだけどさあ、今日の帝国スタジアムでやる試合が何時から始まるか知ってる?」
『・・・いやいや、なんでお前が知ってんだよ』
ちゃんの情報網舐めんな」
『ああ、お前って言うのか、へえ・・・。なに、は試合観に来んの?』
「呼び捨てされるほど仲良くないんで、せめて様と呼んでね南雲っち」
『日本語の使い方間違ってんぞ。様付けは譲歩して呼ばせるもんじゃねぇ。あと変な呼び方やめろ』
「やぁん、宇宙人が日本語語ってるう。で、何時のやるのか言いなさいよ」





 渋る南雲を脅しチューリップと褒め称え、開始予定時刻をゲットする。
練習が終わって少し急げば間に合わないこともない。
半田のサッカー教室をサボタージュして行こうか。
しかしせっかくの半田の好意を初日から斬り捨てたくはない。
は用件を聞き終えた後もなお喋り続けている声を無視し電話を切ると、ノートを開き考え込んだ。
宇宙人の情報収集はしておきたいが、戦う相手が彼らとは限らない。
ふらりと抜け出すようなことをせずに、あと少しで必殺技も完成するという大事な時期なのだから腰を据えて見守りたくもある。
どうしようか、半田にそれとなく話してみようか。
よし、そうしよう。
最近の半田は以前よりもやや頼りがいのある男になったから、少しくらい相談してもいいだろう。
全部任されるな的な事を言ってくれたこともあったし。




「にしても修也、なーにを言いかけてたんだろ・・・」





 『あ』で終わった続きが今になって気になってきた。
何を言いたかったのか尋ねてみたいが、諸々の厄介事から解放されたらしい彼を改めて厄介事の世界へ引きずり込みたくはない。
もしかしたらこちらよりもメンタルが弱いのではないかという豪炎寺に、何かを話すのは嫌だった。
サッカーしかできない奴はサッカーをしていればいいのだ。
余計なことを考えることを求めてはいけない。
求めたところでどうせ返ってこないのだから、期待もしないようになった。
9年の付き合いなんてそんなものだ。
長くいるからこそ、相手が受け止められる許容範囲を熟知しているからそれ以上は求めない。
半田のように、短くてもがちゃがちゃと騒がしくしていた相手の方がよっぽど心を開きやすい。
だからいつまでも幼なじみのままで親友にも、それ以上の関係にもならないのだ。
考えれば考えるほど空しくなってきた。
いっそこのまま距離を置いていた方がいい気もする。




「・・・よし、行こう」




 どこまでも甲斐性なしで心配と不満しか与えない幼なじみの事を考えるのはもうやめた。
は準備を終えると自宅を飛び出した。
































 遂にできたぜ必殺技と誰かが叫ぶと、その度にメンバーが練習の手を止め拍手を送る。
チームワークはばっちりだ。
完成した必殺技の精度と威力を確かめるためにも一度どこかと練習試合をしたいが、相手が見つからないのでミニゲームで見るしかない。
よろしくない練習環境を改善してやりたいが、人脈も何もないにはどうしてやることもできない。
キャラバン組と合流したらどうかなと提案もしてみたが、今はまだその時ではないと返された。
つくづく向上心の高い人々である。
妥協という言葉を知らないのかもしれない。




「上からドーンってやった方が色々弾けて衝撃波強そうじゃない?」
「えっと・・・」
「ほら、膝の高さから植木鉢落とすより、2階から落とした方が植木鉢粉々になるじゃない。そんな感じでドーンって」
「あぁ、そっか! ありがとうございます!」




 ブロック技を習得したいと相談に来ていた1年生にアドバイスにもならないようなアドバイスをし、再び全体へと目を向ける。
GKとDFの連携技でゴールを阻止するというのはなかなか画期的な方法だった。
ゴールを守るのは1人ではなくて全員だということを気付かされる必殺技だった。
いかにも頭が固くて頑固そうな杉森にそんな閃き力があるなど思わなかった。




「よし、今日はこの辺で上がろう!」
「「おう!」」




 初めこそがチームをまとめていたが、今は元来の面倒見の良さから風丸がやってくれている。
ますます負担が減って嬉しい限りだ。
練習を終え帰って行く風丸たちを見送ると、は1人残っていた半田に歩み寄った。
ハードな練習で疲れているだろうにその上サッカー教室を主宰しようとは、半田は実はMだったのだろうか。




「せーんせ」
「何だよその呼び方」
「それっぽくて良くない? 半田センセイって。ねぇセンセイ、課外授業とかやらない?」
「は!? いや、初日から何言ってんだよ・・・。しかも課外授業でセンセイって何その変なプレイ・・・」
「やだ、半田やらしい! ・・・あのさ、半田、宇宙人と円堂くんたちの試合って生で観てみたかったりする?」
「どっかでやってんのか?」
「うん、あと20分で試合始まる」
「なんでそういうこともっと早く言わねぇんだ! ほら早く荷物持て、どこだよ今すぐ観に行くぞ!」




 帝国スタジアムへと猛然と走り出した半田の後を慌てて追う。
全力疾走できるほどに回復したことを見せつけてくれるのは嬉しいが、連れの存在を忘れないでもらいたい。
前方を走る半田の鞄からぽろりとタオルが落ちる。
はそれを拾い上げると半田めがけてぶんと放り投げた。
汗臭い物体をフローラルな香りしか発しない女の子に押しつけてくれるな。
見事に後頭部にタオルをぶち当てられた半田は、立ち止まると何すんだよと怒鳴り声を上げた。




「ほんっとお前滅茶苦茶だな!」
「私を置いて走る半田が悪い。あと汗臭い」
「・・・まあ、それは悪かった。なあ、ちょっと昔話していいか?」
「うん?」




 帝国スタジアムまで走ることをやめたのか、半田がの隣に並んで歩くようになる。
どのくらい昔の話だろうか。
昔を語るほど長くは生きていない中学生だが、よほど人に話したいエピソードがあるのだろう。
どんな話だろう、もしかして初恋の話とかいった恋バナ系だろうか。
ドキドキしていると、半田が去年さと切り出した。




「・・・去年?」
「去年も昔だろ。・・・あいつらはやっぱり宇宙人倒したいんだろうけどさ、実は俺はそうでもないんだよ」
「んー・・・?」
「うちのサッカー部、円堂が復活させるまでは廃部状態でさ。俺と染岡は1年の時に、円堂と木野がちまちまやってたサッカー部に入ったんだよ」
「お、元祖ってやつだ」
「そ。1年の頃はまだやる気あってさー、グラウンドはどこからも貸してもらえなかったけど夏も冬も練習してたんだ、4人で」
「楽しそう、そういうの。アットホームで家族みたい」
「楽しかったよ。春になって1年が入って来た時はすごく嬉しかった。が転校してきたのは、とっくにやる気なくしてた頃だったけど」




 一緒にサッカーしたいだけなんだと呟き、半田はふっと口元を緩めた。
日本一になりたいとは、フットボールフロンティアに出場するまで考えてもいなかった。
中学校の部活らしく楽しく和気藹々とボールを追いかけ回し、たまの試合で成長を確認できればそれで良かった。
高望みはしないというか目標が低いというか、地に足のついた至極まっとうな夢しか持っていなかった。
こいつにはわかんないだろうな、何せ一緒にいた連れが中学サッカー界に伝説を作ったエースストライカーだし。
おかしいだろと隣を歩くに向かって言うと、はぶんぶんと首を横に振りそんなことないよと答えた。




「半田が言ってることおかしくもなんともないよ。中学の部活サッカーのてっぺんなんて日本一で充分だよ。
 そうだよねえ、強くなりたいっていう思いも結局は一緒にサッカーしたいってとこからきてるんだもんね」
「えー、まさかここにきてが全理解しやがった・・・」
「わかるよちゃんと! 半田も風丸くんも他の子たちもみーんなただ一緒にサッカーしたいだけなのに、宇宙一になれるレベルじゃないと門前払いってやっぱおかしい」
「いや、円堂たちはおかしくはねぇよ、宇宙人倒すのに怪我人連れ回すわけにはいかないだろ。そりゃちょっと傷ついた時期もあったけどさ。
 俺がにサッカーやろうって誘ったのも、昔のそんな楽しかった頃を思い出したかったからなんだ」
「半田、今やってる練習もしかして嫌い?」
「そんなことないよ、今のはすごく楽しい。楽しいって思えるのもたぶんのおかげだ。ほんとお前すげぇよ。俺、のファンになっちゃいそう」
「ファンクラブ会員ナンバー0にしたげよっか? 特典はねぇ・・・」




 余計な特典ならいらない、まだ何も言ってないのにと笑いながら歩いていると、帝国スタジアムへと到着する。
目立たない場所に座り、既に始まっていた試合を眺める。
0対10とはまた、大量に点を入れられたものである。
なぜ10点もの大量失点を許したのかは見ていないからわからないが、おそらくは円堂の代わりに入ったGKの技量が宇宙人に追いついていないのだろう。
前回なんとなくの勘で円堂がリベロになると言ったが、ぴたりと当たってしまうとはとんだ塩を送ってしまったものだ。
よく見れば、カオスとかいう奇抜なユニフォームに身を包んだチームの10番はマイフレンド南雲だ。
試合に出るなら出ると教えてほしかった、水臭い。




「やっぱ宇宙人って強いな・・・。円堂たち全然攻撃できてない」
「円堂くんだけじゃなくてディフェンスラインそのものを下げてるから中盤が手薄になっちゃって、だからFWにパス繋げらんないんじゃない?」
「確かに、これ以上点はやれないもんな・・・」
「宇宙人の11番。あれを突けば流れは一気に宇宙人バスターズのものになるんだけど、鬼道くん気付いてるかな?」
「なあ、宇宙人バスターズって何だ?」
「円堂くんたちのこと。雷門中って呼び方おかしいから私は勝手にそう呼んでる。あと、実況の子も頼めばそう呼んでくれる」




 前半が終わったら一度実況席に行って、呼び方を変えるように指導しに行こう。
以前あったことがあるから今日はもう揉めないはずだ。
もしかしたらまたスペシャルゲストとして扱ってくれるかもしれない。
これは半田以外のファンを増やす絶好のチャンスだ。
チャンスなだけに、最近よく出る不審者が忌々しくてたまらない。
あいつらがいなければとっくに全国デビューくらいは果たしているはずだというのに。




「今日は豪炎寺に会いに行かないのか?」
「うん、パス。あんまり会おうと思わない」
「喧嘩でもしたのか? してるよな、喧嘩は日課だし」
「喧嘩なんてしないよ、こっち出てってからいっぺんも会ってないんだもん」
「マジで? なんでだよ、帰って来てんだから会えよ、幼なじみだろ」
「幼なじみでも会いたくない時ってあるんですー。それにアフロに会いたくない」
「あぁ・・・、まあそうだな」




 とアフロディを会わせるなど、同じ檻の中に犬と猿を放つようなものだ。
ひとたび顔を合わせればきっとの機嫌が急降下するだろうから、何としてでも鉢合わせの場面の見届け人にはなりたくない。
半田はハーフタイムになったと同時に実況席へ殴りこみをかけに行ったを見つめ、はあと小さく息を吐いた。
あまり楽しそうに観戦しているようには見えなかった。
大差で負けているからかもしれないが、どこか投げやりなようにも見えた。
点を入れてもきゃっきゃと喜ぶわけでもなく、応援というよりも観察している風合いの方が強かった。
あいつ、今サッカー楽しいと思ってんのかな。
ぽそりと呟くと、好きだよと背中越しに声が返ってくる。
実況席から戻ってきたらしい。
雷門中から宇宙人バスターズに呼称も変わっているし、なんというかもう、この世界でに勝てる奴はいない気がしてきた。





「そういや、あれの名前考えた?」
「あれってあれか。レボリューションVだってさ」
「レボリューションV?」
「マックスの奴、これやった俺見て中途半端だった俺に革命が起こったとか言い出したんだよ。だからレボリューションV」
「マックスくん面白いこと言うねえ。いいじゃんレボリューションV、半田革命」
「そうかあ?」




 前半の苦戦が嘘のようにどんどんシュートを決めていく宇宙人バスターズを見つめる。
カオスの逆を突くようになったのはいいが、相手も馬鹿ではないので修正をしてくるはずだ。
反撃のシュート祭りもそろそろ飽きてきたな。
そろそろ南雲くんスイッチ入らないかな。
宇宙人チームの情報も集めたいんだけど、さすがにそこまでのサービスはしてくれないのかな。
サービスタイムをじっくりと待っていると、カオスの連携必殺技ファイアブリザードが宇宙人バスターズのゴールを破る。
流れが変わった、これでようやくサッカーらしいサッカーになる。
ほんの少し楽しくなってきたは、前線へと視線を移し眉を潜めた。
なにやら嫌な予感がする。
あのアフロ、無茶なことをする気ではないだろうか。
1人で鉄壁のディフェンス2人を突破しようとするなんていう、危険極まりないプレイする気ではないだろうか。




「すげぇな、あのディフェンス。豪炎寺でも突破できない」
「2人それぞれの必殺技の間には一瞬だけど間があるみたい。アフロはたぶんそこを突こうとしてるんだけど無理、今のアフロにそこまでのスピードはない・・・」
「あいつにばっかボール集めてるけど、まさか・・・」
「このままだとアフロ潰れちゃう」
「潰れるっておい、それでいいのか!? だってあいつ、アフロディだって円堂たちの仲間なんだろ!?
 なあ、監督ってのは、お前みたいに選手の体一番に考えるのが仕事なんじゃねぇの!?」
「私、あの監督がどんな人か知らないんだよねー・・・」
「俺やだよ、ああいう監督怖くてついてけねぇよ。どうせ宇宙人倒すんならお前の指示で動きたいよ・・・」
「半田・・・、あんたどんだけ私のこと好きなの」
「ばっ、そういう意味じゃなくて・・・!?」





 空からサッカーボールが降ってきて、ドーンという音に半田の声がかき消される。
別の宇宙人が現れたらしく、は庇うように覆い被さっていた半田を退けちらりとグラウンドを見やった。
宇宙人を名乗る連中は本当に、髪型に対するセンスが欠片もないらしい。
あんなに髪を逆立てて、若い頃から頭皮を苛めると将来禿げるということを知らないのだろうか。
禿げ散らかった赤毛は惨めだと思う。
赤毛のカツラもそう簡単には見つからないだろうし。




「びっくりしたー・・・。大丈夫か、
「うん。なんか庇ってくれてたみたいでありがとね半田。私はそっちのがびっくりした」
「お前はもう少し俺を見直せ」




 カオスよりもワンランク格上らしい宇宙人が試合を没収したのを見届けると、と半田は帝国スタジアムを後にした。






乙女ゲームだと、半田は2周目か3週目で攻略ルートが解禁されます






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