36.横からも現れてしまえば










 悪魔だと評した言葉は撤回しようと思う。
アフロディはふらっと病室へ現れたとその下僕らしき少年の相手をしながら、に対する評価を改めていた。
相変わらずその可愛らしく形良い唇から迸る言葉は刺々しい。
それでもアフロディは、少しずつだがの良さに気付きつつあった。
本当に、付き合えば付き合うほどにわかりにくく扱いにくい少女だ。
今回は通訳のようなものをしてくれる少年がいるからなんとか会話は成り立っているが、彼がいなければのことを誤解したままだった。
基本的には友だち思いのいい子なのだろう。
愛情表現がおかしいだけで、根っこはただの友だちのことが大好きな女の子なのだ。
そう思いたい。そうでも思わなければやっていられない。




「あのくらいのディフェンスを破れないなんて、僕もまだまだだね」
「そうわかってんなら猪みたいに突っ込んでくのやめなさいよ。あんた神でもなんでもないただのナルシストなんだから、ちょっとは身の程弁えなさい」
「まさか君に心配される日が来るとは思わなかったよ。優しいんだね、本当は」
「本当は? 何言ってんの、私はいっつも優しいじゃない、ねぇ半田」
「怪我人にはちょーっとだけ優しいかもしんねぇけど、初見でお前を優しい女の子って思う奴はいないと思う」
「ああそう! そんなこと言うなら明日から半田の練習量だけ倍にする」
「おい、それ職権濫用だぞ!?」




 怪我人をほったらかしにしてがやがやと喧嘩を始めた2人を、アフロディはきょとんとした顔で見つめた。
何をしに来たのだろう、彼らは。
友だちの見舞いついでに来たと言っていたが、ついでにしては随分と長く居座っているものである。
一応ここは病院なのだから、もう少し静かにした方がいいのではないだろうか。
他の患者の迷惑になるとか、そういったことには気付かないのだろうか。
辛気臭い病室で騒がれると気分が落ち込む心配はしなくてもいいが、どうせ騒ぐのならばせめて自分にもついていける内容で騒いでほしい。
これでは仲間はずれだ、少し混ざりたいのに2人ともケチだ。




「そういえば・・・、君、豪炎寺くんには会ったかい?」
「へ? いや、会ってないけどなんで?」
「とても気にしていたよ。会いたがっていたようだし、会ってあげたら?」
「修也が私に? はっ、そんなわけないない、うるさいのがいなくてせいせいしてるの間違いでしょどうせ。嘘つくならもっとまともな嘘つきなさいよ」
「嘘じゃないよ。君に連絡してたんじゃないのかい? だから君は試合を観に来た、違う?」
「・・・・・・」
「・・・あー、いや、試合観たいって言ったのは俺だよ。こいつと豪炎寺相性悪い腐れ縁だから、宇宙人の戦い近いってのに顔合わせたら喧嘩ばっかで試合どころじゃなくなるっての」
「本当に? 豪炎寺くん、彼は君のこと「お、もうこんな時間か! 帰るぜ、じゃあなアフロディ!」




 何か言いかけていたアフロディの言葉を強引に遮り、を連れ出し病室を後にする。
いつも単純明快にずばりと物を言うが返答に困っていたようなので助け舟を出して切り抜けてみたが、果たしてこれで良かったのだろうか。
常人と同じフォローでの気が休まるということはまずなさそうなので、病院を出てもなお表情が曇っている彼女を見ると不安になる。
豪炎寺とのことは半田も気にはなっていた。
会えと言っても頑として会わなかったことが妙に引っかかっていた。
今までは呼びもしていないのにひょいとやって来ていたから尚更、の異変がおかしく思えた。
故意に避けているようにも思えてくる。




「なあ
「ん?」
「豪炎寺に会いたくないならそれでいいし俺も協力するけどさ、どっか無理してないか?」
「無理って何よ」
「何って訊かれたら俺も困るんだけど・・・。とにかく、のこと大切にして心配してる奴の中には一応俺も入ってんだからさ、あんま心配させんな」
「半田・・・。本当にどうしたの、こないだから急に性格イケメンになっちゃって」
「恥ずかしいの堪えて真面目に言ってんだからいちいち茶化すな!」




 真面目に言ったら言った分だけ後悔させられるお気楽さには、さすがに少し腹も立つ。
本当に言葉の意味をわかって茶化しているのかすら疑問に思えてくる。
でも、とりあえず元気にはなったみたいだし最低限のことはしてやれたのかな、俺でも。
半田はくるくる回りながら前方を歩くに、危ないから前見て歩けと声をかけた。































 ただなんとなく気まぐれでアフロディの見舞いに行ったわけがない。
打算があって会いに行った。
そうでなければあんないけ好かない男の元に、誰が率先して行くものか。
はアフロディとの会話で得た情報を頼りに雷門中を訪れていた。
今もまだ校舎は建設中だが、荒れに荒れていたグラウンドは綺麗に整備されている。
せっせと石拾いをしていたあの頃がとても懐かしい。
ここでシャドウに会わなければバックアップチームは結成できず、風丸たちにリハビリの場を提供することもできなかった。
石拾いそのものには何の意味も効果もなかったが、人生そんなものだろう。
当初予想していたものとは違う副産物の方が、価値あるものだったりするのだ。





「監督ってどんな人だろ、怖い人だったらやだなあ・・・」




 見ず知らずの大人に会うのはとても緊張する。
会ったとしても、相手にしてくれないかもしれない。
一介の女子中学生が天下の雷門中の監督にお目通りを願うこと自体が無謀なのかもしれない。
だが、少なくともの方は監督に会う必要があった。
一部を除き、バックアップチームの最終目標は宇宙人討伐なのだ。
立派な練習環境の1つも与えてやれなかったありとあらゆる面で劣っている若葉マークの監督だが、風丸たちの夢くらいは叶えてやりたかった。
宇宙人とも互角に渡り合えるだけの実力はついた。必殺技も完成した。
そろそろ合流させてもおかしくないほどの力をつけたメンバーに成長した。
だから、監督に会ったらこう頼むのだ。
みんなを実働部隊に加えてあげて下さいと。
は木の陰に隠れ、監督らしき人物が現れるのをじっと待った。
キャラバンから1人の女性が降りてくる。
あの人は見たことがない、ということはあれが監督だ。
は木陰から出ると、監督の前へと飛び出した。




「宇宙人バスターズ・・・じゃない、雷門中の今の監督さんですか?」
「あなたは?」
「怪我して離脱してた風丸くんや染岡くんのリハビリと練習見てたバックアップチームの責任者です」
「私に何か」
「バックアップチームのメンバーも充分に強くなりました。実働部隊の円堂くんたちとそう変わりません。キャラバンに合流させて下さい」
「それはできないわ」
「どうして、戦況に合わせて選手を柔軟に変えてくもんじゃないんですか?」
「監督は私です。そして、バックアップチームというのもあなたたちが勝手に名乗っているだけのもの。あなたの頼みを聞くわけにはいきません」
「そりゃそうだろうけど、でも・・・!」




 確かにバックアップチームは誰かからのお墨付きがあるわけでも、公認チームでもない。
チームの全権を握っている監督がそれを理由にキャラバン参加を拒否することもおかしくない。
だが、文句や拒絶の言葉は彼らの実力を見てから言ってほしかった。
本当に、本当の本当に彼らは宇宙人を倒すために特訓を重ね必殺技を編み出してきたのだ。
退院して早々、早く吹雪と一緒に風とかいうものになるためにリハビリと練習に励んだ染岡の努力を監督は知っているのか。
スピードだけではやっていけないと考え、技術にも磨きをかけた風丸の進化を知っているのか。
一度は入院の憂き目に遭ったが、テレビの中で戦う円堂たちと一緒に早く戦いたくて、痛みを堪え苦しさを乗り越えて復活を果たした半田たちの歴史を知っているのか。
すべて目の前で見てきたから、あっさりと斬り捨てられるのが悲しくてたまらなかった。
やっぱり使い捨てなのか。
信じたくはなかったが、監督の口からそれを聞かされたような気分になり、やるせなかった。
何よりも、自分を信じて特訓を続けてきた風丸たちに申し訳が立たなかった。




「そもそもあなたは誰なの。どうして試合のことを知ってるの」
「なんでだっていいじゃない、そんなの・・・」
「良くありません。あなたが雷門中に危害を及ぼす人間なら、私は選手たちを守らなければなりません」
「そういう時だけ監督面したってもう遅いってのよ。本当にみんなを守らなきゃいけない時に守らなかったからみんなたくさん怪我して、病院送りにして、心ぶっ壊してきたんでしょ!」
「・・・っ!」

「姉さん、あまり彼女を怒らせない方がいい。彼女、いろんな意味ですごく怖いから」





 突如聞こえてきた第三者の声に、と瞳子は声がした方を振り返った。
グランくんとが呟くと、瞳子がはっとしてを見つめる。
グランはと瞳子双方に微笑むと、2人の間に割って入った。




「姉さん、俺が言うのもなんだけど彼女を見くびっちゃいけないよ。なんてったって、ダイヤモンドダストの試合直後に円堂くんがリベロに転向するって予言した子だからね」
「そういやそんなこと話してたっけ?」
「うん、あんまり強烈だったんでしっかり覚えてるよ。・・・姉さんと話がしたいんだ、いいかな」




 有無を言わさぬ口調で告げられ瞳子の元を去る。
これ以上話しても埒が明かないことは明らかだった。
話すだけ無駄なようにも思えた。
こちらが大人で、もっとちゃんとした人物だったらまだ話くらいは聞いてもらえたのかもしれない。
風丸たちの様子を見るくらいはしてくれたかもしれない。
誰だと問われてきちんと名乗っていても、結果は同じだっただろう。
なぜなら自分はまだ子どもで、誰かを率いることなどできるはずもない存在なのだから。
ショックだった。
円堂も豪炎寺も風丸も半田もみんな同じ中学生でサッカー部員なのに、越えようとすることすら許されない壁があることが悲しかった。
壁を壊すつるはしにもなれなかった我が身の無力さが悔しかった。
世界だか地球だかの存亡が懸かっているというのに、サッカー素人というだけで門前払いをされることが辛くて堪らなかった。
玄人になろうと思っても、思っただけで勝手に断念したのはこちらだが。




「みんなに何て言おっかなー・・・」




 黙ったままでいるつもりはない。
多少の脚色は入れるだろうが、瞳子と出会って話をしたことはとりあえず話しておきたい。
は自宅までの夜道を欠伸を噛み殺しながら歩くのだった。







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