無理をするなとついこの間言ったばかりだというのに、もう無理をしている。
あいつは本当に、とことんまでに俺の忠告を無視するつもりだな。
無視されることは悲しいかな、とっくの昔に慣れてしまったがそれでも半田はを案じていた。
と知り合ってそれなりの時が過ぎたが、弱気になっている彼女を見たことは一度か二度しかない。
その一度でさえ、弱気だったのかどうか疑わしい事例だ。
もしかして、他人に弱気なところを見せない生き方をしているのだろうか。
それがのスタイルならばどうのこうの言うつもりはないが、そのスタイルを貫くことでが不安を背負うことになるのであれば、
半田は何がなんでもをバックアップするつもりだった。
親友なのだから、互いを支えるくらいのことはやってもいいと思う。
難しいことはわからないし大層な事も言えないが、人は支え合って生きていく生き物だと思う。
誰だって、1人では生きられないのだ。
1人でやろうと思っていると必ず無理をして、心か身体が悲鳴を上げる。
はそれをわかっているのだろうか。
半田は不安だった。




「染岡が戻ってきたことでチームがぴりっとしたな」
「うんうん! 染岡くんがいるのといないとじゃFW陣が全然違って見えるねー」
「染岡のおかげで新しいシュート技も覚えたし」
「染岡くんも完全復活してるし、変な後遺症とか残らなくてほんと良かった」
「今なら宇宙人も軽く倒せる気がする。そろそろ円堂たちに合流しても俺たちやっていけそう?」
「あー、そのことなんだけどさ、私風丸くんたちに」




 話したいことがあるんだと言いかけると、がらがらと空が不穏な音を発する。
どんよりと曇ってきた空を風丸が見上げる。
つられて天を仰ぐと、隣の風丸が一雨きそうだなあと呟く。
確かに、いつ雨が降り出してもおかしくない空模様だ。
降り出す前に練習を切り上げると決めた風丸が、グラウンドの選手たちに声をかける。
荷物をまとめぞろぞろと帰って行く彼らを見送ると、半田だけが帰らずに残っている。
帰らないのと訊くと、これからサッカー教室だと返される。
雨が降るかもしれないから早めに切り上げたというのに、風丸の思いやりが理解できないとはこれだから半田は。
はぽーんと蹴りだされたボールを右足で止めると、先日教えられたとおり少しだけ力を込めてボールを蹴り返した。




「お、ちゃんと返ってきた」
「そりゃ返すくらいできるよ、センセイに教えてもらってんだから」
「そのセンセイって呼び方いい加減やめろよ、変な感じするだろ」
「変な気分になるのは半田がいけないんでしょ。私相手に発情したら鉄パイプの刑だからね」
相手に発情すんならこんなことに付き合ってねぇっての。そうだ、リフティングとかやってみようぜ」
「いきなりハードル高くない? センセイちょっとお手本見せてよ」




 ボールを半田に渡すと、半田が一呼吸置いてボールをとんとんと膝や頭を使って動かしていく。
一之瀬や鬼道が見せてくれるそれに比べると質から何から見劣りするが、すべてができないには半田のリフティングでさえもかっこよく見える。
そういえば、公園で飽きもせず1人でリフティングをしている姿を見て当時5歳の豪炎寺をかっこいいと思ったんだった。
彼が操るボールは生き物のように自由に軽やかに跳ねていて、見ているこちらも飽きることなく見惚れていたのだった。
大きくなるとシュート練習ばかりするようになって見ることができなくなって、少し寂しいとも思っていた。
頼めばまた見せてくれるだろうか。
久しくリフティングをしている姿を見ていないが、今でもまだできるのだろうか。
そんなことを考えながら半田を見ていると、なぜだか悲しくなってきた。
どうして悲しくなるのだろう。
頭をぶんぶんと振り、改めて半田を見つめる。
可愛げのない言葉しか口にしないが、言葉とは裏腹に半田の表情は柔かく楽しそうだ。
半田は本当に、ただ純粋に強さなど関係なくサッカーがしたいだけなのだろう。
じっと見ていると目が合い、半田がにっと笑う。
お返しとばかりにウィンク付きで笑い返すと、半田がうわっと叫びボールを地面に落とす。
何だその叫び声は。
出血大サービスで滅多にしないウィンクまでしてやったのに、叫び声とはそれほどまでに叱られたいのかこの男は。





「ちょ、お前ほんとにもう・・・」
「ちょっと、なぁんで叫ぶのよ。可愛くウィンクして笑ったげて、どうして叫び声なの」
「それ、そのウィンク! ほんとお前観賞用っていう自覚持てよ・・・」
「まーた観賞用! 最近聞かないなあって思ってたけど、消えたわけじゃなかったんだ?」
「消えねぇよ、でいる限りな。・・・ちょっとやってみろよ、ほら」
「おう」




 まずは足だけでとアドバイスを受け、ゆっくりとボールを蹴る。
真っ直ぐ上げるのがなかなか難しく、体がふらふらと揺れる。
反対の足に変えてみろと言われやってみると、思ったよりも蹴りが強かったらしくボールが見当違いの場所へと飛んでいく。
最初は誰でもそんなもんだよと笑われながら言われ、むうと眉根を寄せる。
ボールを取りに行った半田を見送り、はベンチへと向かった。
運動などしない身には結構堪えるサッカー教室だ。
特別ハードなことをしているわけでもないのに疲れてしまうのは運動不足のせいだろう。
これをきっかけに少しは体育が得意になるといいんだけどな。
ふうと息をついていると、半田のお前誰だよと叫ぶ声が河川敷に響き渡った。
ボールを取りに行っただけだというのに、不良にでも絡まれたのだろうか。
面倒な奴だなあ、仕方がないここはひとつ颯爽と助けてやろう。
慌てて半田の元へと向かったは、半田の前に立ちはだかる男を見て慄然とした。
また出てきやがったあいつら。
しかも今度は半田だと?
ふざけるな、そうやって誰でも彼でもほいほいとターゲットを変えるような尻軽男は大嫌いだ。




「半田!」
「ばっ、来るな!」
「ちょっと、用は私にあるんでしょ。用件言う相手間違ってんじゃないわよ」
・・・? お前、何言って「半田は黙ってて。今日は何の用なの。まあ、何言われても答えはNoだけど」




 半田と男の間に割って入り、男をぐっと睨みつける。
にやりと笑みを浮かべる男から逃げ出したくなるのを必死に堪える。
協力してもらおう。
その言葉と共に腕を無造作につかまれた直後、後ろにいたはずの半田が男を突き飛ばした。
よろめいた男の手からをもぎ取りそのまま背に庇うと、半田は俺らに近付くなと怒声を上げた。




「半田、ちょっと「黙ってろ。こいつに近付くな、触るな、どっか行けよ!」
「・・・ふっ、我々の誘いに応じなかったこと、後悔させてやる」
「こんな気持ち悪い誘いに乗るほど馬鹿じゃねぇよ、こいつも」




 意味ありげな言葉を残し男が去って行ったことを確認すると、半田はくるりとへと向き直った。
顔が怖い。今まで見たどの半田よりも怖い。
恐る恐る半田と名を呼ぶと、ぐいと腕を引っ張られベンチに座らされる。
変なことに巻き込みやがってとか言って怒るつもりなのかもしれない。
そうに決まっている、誰だって不審者とは係わり合いになりたくないものだ。




、俺言ったよな、心配させんなって」
「言ってた気が・・・」
「言った。無理してないかとも訊いた。なあ、あいつ何なんだ? 何に狙われてんだよ」
「ごめん、あんまり心配させないようにするね」
「もう心配させてるんだよ! あいつがやばい系の奴だってことはわかった。お前がそれを俺らに黙ってて、ついでに庇ってるってことも。
 ・・・俺、親友なんだよ。の友だちなの! なんで俺にも言わない? 俺ってそんなに頼りない?」
「うーん・・・。最近はちょっと頼りがいある子になったかなあ・・・。・・・聞いてもいいことなんにもないよ」
「そんなのわかってる。悪い事しかないんなら、今が持ってる悪い事の半分俺がもらってやる」




 もう、これ以上に任せきりにしてはいけない。
ずっと前から、彼女に頼りすぎるのは危険だとわかっていた。
わかっていてもを頼り続けたのは、ならば多少の負担も持ち前の鈍感さで気付かないだろうと高を括っていたからだった。
いつから妙な連中に狙われていたのだろうか。
半田はベンチの膝を抱えて座り込み、ぽそぽそと独り言を呟いているを見下ろした。
事ここに至った以上はもう、だんまりは許さない。
良い事はもちろん、悪い事も受け止めるのが友だちだ。
仲間は平等な関係だが友だちはそうでない。
支え合うことも大事だが、一方的に依存することも許されるのが友だちなのだ。




「あの人たち、実は3人組なのよ。私には1人ずつしか来てないけど、ほんとはトリオ組んでんの」
「1人ずつでしか来ないのに、なんで3人組って知ってんだよ」
「会ったことあるの。カビ頭と出くわした後に夕香ちゃんのお見舞い行った時、修也に用があったトリオに」
「豪炎寺に? なんであっちに用があった連中が狙ってんだよ。幼なじみってそんなに危ないポジションなのか?」
「さあ・・・、あちらさんの最初の狙いは夕香ちゃんだったんだろうけど、途中でターゲット変えたんじゃない?」





 どうせ狙うなら可愛い女の子の方がいいのかもねえと話すに、茶化すなと一喝する。
そんな適当な理由でを狙うはずがないだろう。
こいつ、この期に及んでまだしらばっくれる気なのだろうか。
はぐらかせば折れてくれると思っているのなら、それは大間違いだ。




「いつだったかな、半田たちのお見舞いに行った時に超不審者に会ったんだ。修也が今何してるのか知りたくないかって訊かれて、明らかにやばい感じだから赤の他人のふりした」
「・・・まさかお前、豪炎寺に会いたがらないのって」
「そ。修也がキチガイに弱味握られてるってことはなんとなく知ってた。こっち帰って来てチームに修也が合流してるの見て、厄介事から解放されたんだなって思った。
 せっかくフリーになった修也を別の、しかも他人の厄介事に巻き込みたくないでしょ」
「え・・・っと、幼なじみって何だ? 大事な事とか悩み事の1つも言えないような薄っぺらい仲なのか?」
「どうなんだろ、余所は知らないけどうちはそうかも。・・・何かをカミングアウトするには修也のメンタル弱すぎる」




 あっさりとカミングアウトできるのならば、とっくに言っていた。
修也のせいでキチガイに狙われてんだけどどうにかしなさいとよ、クレームを即行で言っていた。
それができないから今なのだ。
うっかり神のアクアを飲んでしまったことも、キチガイに会ったことも、三つ子トリオに狙われていることも、それを知らせることで豪炎寺に余計な負担をさせたくないから言わないのだ。
ちょっと鉄骨が降ってきたくらいで、サッカー漬けにした自身を責めようとしていたのだ。
そんな些細なことにまで心を砕く彼に何を言うというのだ。
何も言えないではないか、何を言ってもきっと自分を責めてしまうのだから。




「キチガイども、たぶん最初は純粋に私だけ欲しかったのよ。でも今はたぶん違う。あいつら、欲張りだから自分たちのサッカーチーム欲しがってる」
「俺たちバックアップチームをごと取り込もうって魂胆か」
「たぶん・・・。なーんか、せいぜい強くしろとかほざいてたし今日もこの辺いたんだし、ったく、だから黙っててって言ったのに半田ってば空気読みなよ」
「目の前で友だち襲われるの黙って見てる奴がどこにいるんだよ! ・・・よくわかった、つまり俺らは、キチガイの目に付く程度には脅威になったってことか」
「ひっくり返せばそんなとこ? ・・・だから、こないだも宇宙人バスターズの監督さんに合流させて下さいって頼みに行ったんだけど・・・」
「何だよそれ、聞いてないぞそんなこと」
「さっき言いかけたら雷ゴロゴロ鳴ったもん。・・・ごめん、全然相手にしてくれなかった」




 子どもの限界感じたと呟くと、ははあとため息をついた。
だから、どうしてが辛そうな顔をするのだ。
はただ、風丸や自分たちのわがままじみたお願いに付き合っているだけだというのに、どうしてが苦労の矢面に立たなければならないのだ。
向こうの監督との話し合いも本当は自分たちでしなければならないというのに、練習にかまけてそういった交渉事を疎かにしていたからがやらなければならなかったのだ。
本当に何もかも頼りすぎていたのか、俺たちは。
半田は改めて突きつけられた現実に驚愕した。
しがらみや面倒ごとが嫌だからサッカー部員という仲間意識に与せず、あくまでも友だちという位置に徹していたのに結局は何も変わらない。
半田はに向かってがばりと頭を下げた。
どうしたのやめなよそういうのと慌てるに促され顔を上げると、半田はごめんと言っての隣に腰を下ろした。




「ほんとにごめん、俺らもっとの手伝いすべきだった。こんなことになるまで気付かなくてほんと俺、何やってたんだろ・・・」
「やぁだ、初めから半田には期待してなかったし言うつもりもなかったからそんなに謝らないの!」
「でも、このままだとお前宇宙人の連中に連れてかれて・・・」
「それは半田も一緒じゃない? さっき自分で言ってたじゃん、チームごと持ってかれるって。だからUFOツアー行く時は一緒だよ」
「お前なあ・・・。・・・豪炎寺にはやっぱり言わないのか?」
「どっちかって言うとますます言えなくなった感じ? 半田も修也に会っても言っちゃ駄目よ、これ約束!」




 強引に手を取られ指切りをさせられる。
わだかまりも何もないような見事な夫婦ぶりを見せつけてくれるが、その実態はこんなに酷かったのか。
奇妙なところで洞察力はあるので、豪炎寺のように長く一緒にいる者の心中など手に取るようにわかるのかもしれない。
わかりすぎるというのも厄介だ。
これではいつまで経ってもが報われない。
半田はとりあえず立ち直っていつものようににこにこと笑っているを、複雑な思いで見つめた。







目次に戻る