豪炎寺は、もう何度目かもわからないすれ違い状態に困惑していた。
らしき少女が、宇宙人のスパイと疑われている瞳子とコンタクトを取っていたという。
ついでに、グランとかいう宇宙人とも言葉を交わしていたという。
事態が妙な方向に厄介になることを案じた秋から個別に話を聞いて、豪炎寺はすぐにでも真相を確かめたい衝動に駆られていた。
それは本当にだったのかと尋ねても、暗くて断言はできないとの返答しかもらえない。
目撃者の証言が曖昧ならば、本人に直接会って確かめるまでだ。
そう思い雷門中を出た豪炎寺だったが、相変わらずの行動パターンがわからないので行く当てがない。
一応家を訪ねてみたが、両親も出かけているのかインターホンを押してもまったく反応がなかった。
携帯電話に連絡しても、マナーモードにしているのか何度コールを鳴らしても応答しない。
いつからこんなにすれ違うようになってしまったのだろうか。
こんなことになるのなら、キャラバンに乗せておくべきだった。
豪炎寺はを探しあちこち歩き回っていた。
まさか河川敷のグラウンドにはいないだろうと思いつつ訪ねると、ではなく吹雪を見つける。
ボールが怖くて、色々あってサッカーができない身となっていた吹雪がボールを蹴り練習をしている。
興味があり見つめていると、吹雪が必殺技を無人のゴールに向かってぶつける。
しかし途中で威力がなくなり、ボールはゴールポストに弾かれ地面に転がる。
豪炎寺は足元に転がってきたボールを取り上げた。
のことは気になるが、吹雪のことも気になる。
時間を潰していれば、そのうちも帰宅しているだろう。
豪炎寺はそう考え、吹雪に声をかけた。




「富士山に行く前にウォーミングアップか?」
「・・・うん」




 シュートの精度こそないが、吹雪の技術には目を見張るものがあり豪炎寺も夢中でボールを追いかける。
一緒に練習している姿を見る限りではサッカーに対して何の問題も抱えていないように見えるが、吹雪の心はきっと表面を見てもわからないくらい深い部分が傷ついているのだろう。
なんとかしてやりたいとは思うが、そうする方法がわからないからこうしてボールを追いかけることしかできない。
しばらく練習を続けていると、ぽつりと雨が降ってくる。
これ以上の練習は無理だと判断し、鉄橋の下で雨宿りをする。
雷に怯えたり雪崩の音と勘違いしたりと何かと繊細な吹雪を見守っていると、吹雪が少しずつ悩みを話し始める。
悩み事など相談されたことはあまりないが、上手くフォローすることはできるだろうか。
自らのフォロー能力に不安を抱きながらも吹雪の話を聞いていた豪炎寺は相談開始10分後、立ち上がって吹雪に説教していた。




「俺は、完璧じゃなくてもサッカー楽しいぜ」
「え・・・?」
「練習なら1人でやれ。完璧になりたいなら必要なものを間違えるな!」
「豪炎寺くん、待って・・・! 1人は、1人はやだよぅ・・・!」




 訳もわからないままにいつの間にやら豪炎寺に叱られ、見捨てられた吹雪はたちまちのうちに混乱した。
何がきっかけで豪炎寺が怒ったのかもわからない。
もう、何もかもがわからない。
わからないのは僕が完璧じゃないから?
吹雪は自身を残し去って行った豪炎寺の足跡を見つめ、ぽろぽろと涙を流した。
こうやってみんないなくなるんだ。
アツヤも家族も染岡くんもみんな、目の前から僕だけ置いていなくなる!
うわあああんと人目も憚らず泣いていると、すっと傘を差しかけられる。
突然のことに驚き顔を上げると、赤い傘を差した女の子がことりと首を傾げこちらを見下ろしている。




「・・・どしたの、こんなとこで泣き喚いて顔ぐっしゃぐしゃ」
「・・・う」
「う?」
「うわああぁぁぁん!」
「え、泣くの!? やだ、泣いた子どうやってええっと、よしよし?」




 わたわたと慌て始めた少女が、傘を持っていない方の手で頭を優しく撫で始める。
あ、なんだかすごくほっとする、心が温かくなる撫で方だ。
大人しく撫でられていると、止まることなく溢れていた涙もぴたりと止む。
僕ったら、見ず知らずの女の子の前でわんわん泣いちゃって恥ずかしいや。
そうだ、とりあえずお礼言わなくちゃ。
あのと声をかけると、少女はなぁにと応えゆっくりと顔をこちらへ向けた。
わ、すごく可愛い女の子だ。
あちこちで仲良くなった女の子なんか目じゃないくらいに、抜群に可愛い。
吹雪の中で何かのスイッチが入った。




「えっと、その、ありがとう・・・。ごめんね、急に驚かせちゃって」
「人の顔見て泣きだすもんだから、私そんなにおっかない顔してたかと思ったじゃない」
「ほんとにごめんね! 君すっごく可愛いよ、君みたいに可愛い女の子見たことないや!」
「・・・と、鼻水ぐしゃぐしゃの顔で言われてもねぇ・・・。はいティッシュどうぞ。・・・宇宙人バスター・・・じゃない、雷門中の人?」




 はうずくまりティッシュで鼻水の処理をしている雷門中ジャージの少年を見下ろした。
泣き止んだかと思うと今度はナンパまがいのことをしてきやがって、ナンパするならまずは自分の顔を見ろと言ってやりたい。
は少年が落ち着いたことを確認すると、帰途に就くべく少年に背を向けた。
半田と話をした後一旦家に帰ったが、忘れ物に気付いて再び家を出たらこれだ。
雨の中の散歩は好きではないし、とっとと家に帰りたい。
そう思い背を向けたのだが、待ってと呼び止められ渋々振り返る。
顔面の処理を終えた少年はなかなかのイケメンだが、イケメンでもやっていいことと悪いことはある。
何よと尋ねると、ちょっとだけ一緒にいてと頼まれる。
ちょっととはどのくらいだ、1分10分30分。
ちょっとなどという曖昧な表現ではなくて、きちんと時間で言ってもらいたい。
そもそも、よく出会ったばかりの赤の他人と一緒に時間を過ごせるものだ。
出会いがしらにナンパしてくるくらいなので、案外図太い神経の持ち主なのだろうか。
は仕方なく傘を閉じ、少年の隣にしゃがみ込んだ。




「こんなとこでぼさっとしてないで、とっととキャラバン戻りなよ」
「・・・ちょっと戻りにくいんだ」
「あ、喧嘩でもしたとか? もう、ちょーっと苛められたくらいで泣いててどうすんの」
「喧嘩じゃなくて、叱られたんだ。・・・豪炎寺くんって知ってる?」
「修也?」
「え?」
「あ、いやなんでもない。豪炎寺くんだっけ? そりゃ知ってるよ、雷門中じゃ有名じゃん。ていうかお宅は誰」
「僕は吹雪士郎っていうんだ。白恋中っていう北海道の学校でサッカーしてたんだけど、イナズマキャラバンにスカウトされて」




 ああ、こいつが吹雪か。
そういえば、怪我を隠していた染岡と2人でサッカーしていた少年に似ている気がする。
しかしあいつはもう少しアグレッシブな、少なくとも人前でわあわあ泣き喚くような弱虫ではなかったはずだ。
ということは、今の彼はDFの吹雪なのだろうか。
二重人格者とは本当に難しい。
表と裏でこんなに人格が乖離していたら、たった1つしかない頭が壊れてしまうのも時間の問題だ。




「今、私の目の前にいる吹雪くんはDFの吹雪くん?」
「どうして知って・・・。君、誰?」
「私? うーん、キャラバンの人で言うと・・・・・・鬼道くんのお友だち? 風丸くんのこと覚えてるなら、風丸くんの友だちにしてファンでもある」
「鬼道くんの・・・。・・・じゃあ彼から聞いたんだ、僕のこと」
「ううん、吹雪くんのことはえっと・・・、大阪だっけ、あの時のテレビ中継で知ったよ。シュート技打ってたのはFWの吹雪くんだよね」
「そっちはアツヤっていうんだ。僕が守ってアツヤが攻める。それが僕らのプレイスタイルだったんだ」




 これまでの会話のどこに親近感を覚えたのか、吹雪がぺらぺらと個人情報をぶちまけ始める。
精神科医でも心理カウンセラーでもないただの通りすがりの中学生に、そこまで喋ってもいいのだろうか。
自己紹介もろくにしていないというのに、よほど気に入られたようだ。
これは、『ちょっと』が『だいぶ』になりそうな気がしてきた。
本格的なお悩み相談コーナーに突入してしまったら、途中で切り上げることもしにくくなる。
だが、下手に言って吹雪の精神状態を悪化させるのは嫌だ。
それが怖くて今まで、吹雪の異変に気付いていても放っておいたのだ。
そうだというのに今になって相談されるとは、これは避けられない運命なのかもしれない。
こんなにときめかない運命の出会いなど、果たしたくなかった。





「独りぼっちが寂しくてたまらなくて、強くなりたかったんだ。だからアツヤと2人になればもっと強くなって、弱い自分を変えられると思った。
 そうこうしてたらある時、アツヤが目覚めたんだ」
「はあ・・・」
「アツヤに委ねると心の底から力が満たされるようになってきたけど、だんだん怖くなってきた・・・。アツヤと一緒にいることが完璧だと思ってたのに・・・」
「吹雪くんは今でも完璧になりたいの?」
「だって、完璧ならみんなに必要としてもらえて、役に立つじゃないか!」
「あの人、吹雪くんに何て言って怒ったの?」
「あの人? 豪炎寺くん?」
「そう」
「俺は完璧じゃなくてもサッカー楽しいって。あと、完璧になりたいなら必要なものを間違えるなって・・・。そう言っていなくなっちゃったんだけど・・・」





 言いっぱなしのほったらかしはあまり感心しないが、口下手の豪炎寺にしてはよく言った方だと評価すべきなのだろうか。
まったく、事後処理を間接的にではあるが全部こちらに押しつけやがって。
これも嫌がらせの1つだろうか。
そうかもしれない、彼は何かと手厳しく意地悪だ。
はふうと息を吐くと、吹雪の名を呼び彼を見つめた。
弱虫は嫌いだとか言ったら、確実にまた泣くんだろうな。
人を泣かせるようなことは言いたくないが、結果としてそうなってしまうかもしれない。
今の吹雪は、何で傷つくのかわからない。
身内のフォローすらまともにできない監督に半田たちを預けるのが正しいことなのかどうか迷ってしまう。
カオス戦を観戦している時に半田が零した言葉は、あながち間違いではないのかもしれない。




「私は別に、完璧を目指すこと自体は悪いことじゃないと思うよ。サッカー選手にしても他のスポーツ選手にしても、目指すのはてっぺんだろうし。
 でもさあ、サッカーってチームでやるもんでしょ。だったらアツヤくんとの2人きりじゃなくて、チームで完璧目指せば?」
「アツヤはいらないの? でも僕は、アツヤがいないとシュートも打てない!」
「じゃあ逆に訊くけど。私はシュートどころかサッカーボールもろくに蹴れない一般人だよ。宇宙人相手に戦うこともできない私はもちろん完璧じゃないし、役に立たないから必要ない人?」
「そんなことないよ・・・! 君には君の、必要としてくれる人がいるよ! 鬼道くんの友だちなら鬼道くんは必要としてるよ?」
「そう、私は完璧じゃないけど誰かは必要としてくれてる。修也だって、シュートバカでディフェンスなんて滅多にしないけど必要とされてる。
 吹雪くんもそうじゃない? 完璧じゃなくてもできることあるでしょ。完璧じゃない部分は他の人に譲ってあげなよ」




 チームにいるだけまだ吹雪は幸せだ。
必要とされているからキャラバンから降ろされていないということに、早く気付くべきである。
半田や風丸たちは、キャラバンに合流することすら叶わない必要外の人物扱いされているのだ。
贅沢な悩みを打ち明けるなと思わず呟くと、吹雪がしゅんとなってごめんねと謝る。
まったく、先程強引に引き止めた図太さはどこへやったのだ。
ついでとばかりにもうちょっと神経図太くなりなさいと注文すると、今度は努力すると返ってくる。
まずは気分転換からさせるべきなのだろう。
弱気でいると、治る病気も治らない。
テンションだけでも上げておけば、案外その勢いでどうにかなったりするのだ。
はとどめとばかりに吹雪の背中をぽんと叩いた。
背中を叩くのは久し振りだ。
今日もそうだったが、最近は半田に叩かれてばかりだったのでその行為が新鮮に思えてくる。
新鮮だと思ってしまうほどに長く豪炎寺と離れているということか。
独立できる日も近そうだ。




「これね、背中のおまじないっていって割と好評だったりするのよ。私の言いたいことが伝わったかどうかわかんないけど、吹雪くんが楽しいサッカーできますように」
「・・・ありがとう。ふふ、ちょっと元気出てきたかも」
「ちょっと?」
「すごく出てきたよ、ありがとう。あの、今更だけど名前教えてくれる?」
「言ってなかったっけ? 私、っていうの」
、さん・・・? ・・・あれ、君ってもしかして鬼道くんの」
「うん、お友だち。もしかして名前だけは知ってた感じ? いっやー、私も結構有名人だったり?」




 吹雪の脳内メモリーが怒涛の勢いで陽花戸中へと巻き戻される。
風丸との練習の時に交わした会話の中にちょくちょく出てきた、会ったことも見たこともないのにやたらと自分を心配してくれていた鬼道の想い人。
確かあの時風丸は、にぎゅっとしたいとか言っていた。
今日会ったこの子も、一方的にこちらの状態を把握していた。
まさかこの子が噂のさん?



さん、風丸くんとよくハグしてる?」
「え、そんなことまで知ってるの!? う、わっ!」
「僕はずっと前から君に救われてたんだね・・・。本当にありがとう、さん」
「図太くなれってこういう意味じゃないんだけど!?」
「うん、知ってる」




 鬼道が彼女に惹かれる理由がよくわかった。
これだけの洞察力とリカバリー能力があるのなら、多少の口の悪さなど気にならないというものだ。
何度も鬼道のことを友だちと言っていたあたり恋愛感情には疎いようだが、そのくらいの方がちょうどいい。
吹雪は抱き締めていたの体をそっと離すと、もう一度ありがとうと囁き河川敷を後にした。






ヒール役とヒーラーのドリームマッチ。監督ごめんね






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