37.河川敷でエンカウント










 突然泣かれたり深刻なお悩み相談を受けたりハグされたりと忙しく落ち着きのないイケメンだったが、やはりイケメンは必要最低限の情報は提供してくれるらしい。
は富士山に宇宙人の棲み処があるとぽろりと口にした吹雪の言葉を頼りに、地図と睨めっこしていた。
半田は心配させるようなことはするなと言ってくれたが、このままじっとしていてもどうせUFOに連行されるだけである。
どうせ行く場所ならばこちらから乗り込んで、操縦席だかを破壊するくらいのことはしてやりたい。
そのくらいしなければ気が済まない。
キチガイの親玉に張り手の3発くらいはお見舞いするという目標は達成したいのだ。
問題は、宇宙人のアジトはわかったとしてもどうやってそこに行くかである。
キャラバンも自家用ジェットもヘリコプターもないたちにとって富士山は遠すぎる。
サッカー練習はしてきたが、登山の練習はしてないのだ。
山を甘く見ると命を落とすというし、ここはしっかりと準備を整えて赴きたい。
どうやって行こうかな、バスとかあるのかな。
旅行会社のツアーパンフレットにも目を通しておくべきだろうか。
うーんと唸っていると、地図をひょいと取り上げられる。
まーた1人で抱え込みやがってと言われ頭をこつんと叩かれる。
は半田のために座席のスペースを開けると頬杖をついた。




「富士山? 宇宙人の基地ってここにあるのか」
「たぶん・・・。詳しい場所まではわかんないけど、吹雪くんってイケメンはそう言ってた」
「吹雪? そいつって染岡がやたら心配してた二重人格者だっけ? どこで知り合ってんだよ・・・」
「鉄橋の下。忘れ物したから取りに行ったら、泣いてるあの子がいてさあ」
「不審者出没スポットにふらふら1人で行って連れてかれたらどうすんだよ! 俺何度も言ったよな、心配させんなって」
「ごめんごめん。・・・でさ、もういっそキチガイたち殴り込みに行かない?」
「それはいい考えだと思う。隣いい、?」
「風丸くん!」




 後ろから声が聞こえ振り返ると風丸たちがいる。
と半田が席を詰めると、元祖雷門中サッカー部の面々が座っていく。
風丸は地図に目を落とすと、富士山かと呟いた。
宇宙人がどこにいようが、地の果てまで追いかけていって戦うつもりである。
たとえキャラバンには乗れなくても、現場で会えば円堂たちは絶対に迎え入れてくれる。
一緒に戦えて嬉しいと、あの人懐こい笑顔でそう言ってくれる。
キャラバン外の仲間たちを忘れないでほしい。
俺たちもいるぞと、宇宙人たちの前で鬨の声を上げるのだ。
そうやって元気に勇ましく戦うことが、ここまで鍛えてくれたに対する礼でもあった。
本当にには感謝してもしきれないくらいにお世話になってきた。
そろそろ恩返しすべき時だった。
強くしてくれて、また円堂たちと一緒に戦えるようになるくらいまで面倒を看てくれてありがとうと、全力のプレイでもって恩返しをする時だった。
たとえその場にがいなくても、だ。




の殴り込み案はすごくいいと思う。でも、を連れては行けない」
「へ? なんで、せっかくここまで来たんだから私も行くよ」
「駄目だ。・・・は俺たちのファンだろ? ファンを危険な目には遭わせられない。・・・半田から全部聞いた、気付けなくてごめん」
「半田」
「謝らないからな。風丸の言うとおりだ、俺らこれ以上を巻き込みたくない」
「ちょっと待ってよ」
「言い方きついかもしれないけど、お前は結局部外者なんだよ。確かに俺らの友だちだけど、友だちはイコール仲間じゃない。
 宇宙人との戦いは雷門中サッカー部の問題で、それにが首突っ込むことないんだよ」





 が宇宙人組織に狙われているということも、本来ならばあってはならないことだったのだ。
それもこれもすべてはに頼りすぎた結果だが、原因がわかったからこそもう、を危険な目に遭わせたくなかった。
の何が狙われたのかまではわからない。
もしかしたら豪炎寺との関係かもしれないし、ド素人とは思えない鋭すぎるサッカー戦術眼かもしれない。
何であれわかったところで今更どうしようもないので、この際それは横に置いておく。
本当に、本当の本当にのことが心配で、大切で放っておけないのだ。
彼女が考えている以上の人がのことを案じている。
がいなければ、宇宙人と戦うことになると戦術面で苦戦を強いられるかもしれない。
そのリスクを踏まえても、やはり半田はをこれ以上係わらせることを認めるわけにはいかなかった。




「・・・今まで助けてくれたことにはほんと感謝してる。のサポートあっての今だからな。でもそれとこれとは話が違うんだ」
「・・・私も使い捨てって言いたいの? 私も、みんなが強くなったからいらないって、そう言いたいの?」
「・・・・・・」
「・・・わかった、もういい。もういい!」




 静かに立ち上がり河川敷を去っていくの背中を見送る。
の姿が視界から消えると、半田は膝を抱え顔を伏せた。




「何もあそこまで言わなくても良かったんじゃない? 今度さん泣かせたら、本気で殺られるよ」
「それでもいいよ、ああでも言わないとあいつまた無茶する」
「俺がもっとびしっと言えたらいいんだろうけど、ごめん半田やな役押し付けて・・・」
「風丸は今のままでいい。言われてただろ、俺らは練習も片付けも完全役割分担制だって。マックスが言っても冗談っぽく聞こえる。染岡だとガチで怖い。俺がちょうどいいんだよ」
「半田が言うのが一番まずい気がするのは俺の気のせいか? お前親友なくす気かよ」
「親友じゃなくなって嫌われても、俺はを守りたい。下手に馴れ合ってあいつを巻き込んだ時の方がきっと後悔する」
「半田、お前そこまで・・・」
が初めてなんだよ、これといった何の特徴もない俺のこと真正面から親友だって言ってくれた奴。
 あいつに他にどのくらいの数の親友いるのかなんてわかんないけどさ、俺にとっては初めての親友なんだ。
 嫌われるの辛いだろうけど、それで親友だった奴が無事で笑っていられるんなら俺はそれでいいよ」




 あいつのことだからきっと、言葉の真意なんてわかんないんだろうな。
全部が終わった時きっとは笑っているだろうが、その笑顔は決して自分には向けられない。
ついこの間まで馬鹿笑いしていたのが嘘で、夢で、幻だったかのように無視される。
辛いだろうが、それでもいいと思ってしまうあたりなんだかんだでのことが好きなのだろう。
初めて会った頃は、ここまでを気にかけるとは思ってもいなかった。
本当に様々な意味で魔性の女である。
何人の男の心を弄べば気が済むのだろうか。
自身の心をかき乱す存在が果たしてこの世界にいるのだろうかと思ってしまう。
やられっぱなしでは嫌だから、誰でもいいからを戸惑わせてほしい。
できれば鬼道ではなく豪炎寺がいいのだが。




「ほーんと変わったよ半田、まさに半田革命」
「ああそうかい。ここまで大見得切ったんだから俺らマジで宇宙人倒さなきゃな。でないと何のために嫌われたかわかったもんじゃねぇよ」
「あ、未練はあるんだ。そこらへんやっぱ半田だよねえ」
「うるせーマックス」




 願わくば、逆ギレしたが富士山に乗り込んでくることがありませんように。
常に人の期待と予想の遥か斜め上を歩むだから、願うだけ無駄な気もする。
それでも祈りたくなるのは、たとえどんなに性格が酷くてもが人間で、友だちだからか。
半田は頭の中からをとりあえず追いやると、富士山サッカー遠征の行程を風丸たちと組み始めた。


































 なかなか辛辣な言葉を吐き泣かせたはずの吹雪の様子がおかしい。
思ったよりも落ち込んでいないというか、むしろ以前よりも少し元気が出たようにも感じられる。
人格が破綻してから塞ぎ込みがちだったので復調の吹雪を見るのはほっとするが、何が彼を勇気づけているのかが気になる。
手の施しようのない精神状態だった吹雪をここまで回復させたセラピストは誰だろうか。
それとなく尋ねてみた円堂と鬼道は、吹雪の口から飛び出した名前に顔を見合わせた。




「今、何て言った?」
「だから、鬼道くんの好きな人のさん。彼女、鬼道くんのこと友だちって何度も言ってたけど大丈夫?」
「問題は今はそこじゃない。本当にだったのか? 証拠は」
「本人がそう言ってたよ。そうだなあ、ちょっときつい事言うけどすごく可愛かった」
「鬼道、最近電話してるのか? ここんとこ変だぞお前も豪炎寺も。と上手くいってないんじゃないか?」
「俺は今まで一度も上手くいった試しがない。・・・豪炎寺!」




 鬼道の声を聞きつけ、シュート練習をしていた豪炎寺が円堂たちの下へ駆け寄ってくる。
どうしたと尋ねられたのでがと答えると、豪炎寺の顔色が変わる。
が何だどうかしたのかと矢継ぎ早に聞いてくる豪炎寺に事情を話すと、豪炎寺の顔がくしゃりと歪んだ。




「鬼道はともかく、豪炎寺こっち帰って来てからと会ったのか? 一度くらい会っておいた方がお互いのためにいいんじゃないか?」
「会おうとは何度も思った。会えないんだ、避けられている気もするくらいに見事にすれ違っている」
「お前がキャラバンに戻ったってことは?」
「知ってる。アフロディがに会っていた。それから・・・、監督とグランにも会っていたらしい」
「ヒロトに!? なあ、やっぱり会ってこいよ。鬼道もそう思うだろ」
「ああ。まさかないとは思うが、が宇宙人側についていたら俺は戦えない」
「それはないと思うよ。・・・さん、ずっと僕のこと見ててくれたんだ。そんな人がキャプテンたちを裏切るわけない」





 円堂たちの会話に口を挟むと、豪炎寺に鋭い目で見つめられ吹雪は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
お前に何がわかると言われた錯覚に陥るが、ここはぐっと踏み止まり真っ直ぐ豪炎寺を見据える。
彼女がどんな人物で、そもそもなぜ豪炎寺が出てくるのかもわからないが、久しく会っていない彼らよりもつい先日会って話したこちらの方が現状はよく把握しているつもりだ。
吹雪はもう一度、先程よりも力強く大丈夫だよと円堂たちに宣言した。




「吹雪、俺たちは別にを責めてるわけじゃないんだ。ただはちょっとトラブル体質でさ、だから豪炎寺も鬼道も神経質になってるんだ」
「豪炎寺くんも・・・? どうして・・・」
は俺の幼なじみだ」




 大事で大切な、たった1人の幼なじみ。
だからこんなにも心配しているというのに、いったいはどこをほっつき歩いているのだ。
豪炎寺は両手をぐっと握り締めると、不安な気持ちを紛らわせるべく練習へと戻った。







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