宇宙人の本拠地はUFOではなく、地面にどっしりと腰を下ろした巨大な建造物だった。
風丸たちは富士山麓にそびえ立つ奇怪な建物をぽかんを見上げていた。
これはもう、確実に奴らは人間だろう。
こんな山奥にどうやって建てたのかはわからないが、よほど奇抜な発想の持ち主なのだろう。
発想が宇宙人じみているというだけかもしれない。
こんな奇天烈な連中に狙われているとは、つくづくこちらもかわいそうだ。
好かれるならばもっと可愛い女の子に好かれたい。




「まさか本当に来るとはな。しかも円堂たちよりも先に」
「先に宇宙人蹴散らしとくってのも悪かねぇな」
「やる気だなぁ染岡は」
「やる気がねぇとここまで来ねぇよ。・・・で、どうやって開くんだこの扉」





 押しても引いても叩いてもびくともしない扉を前に困惑する。
指紋識別でも必要なのかと思ったが、センサーすら見つからない。
そもそもセンサーを見つけたところで侵入できるわけがない。
どうしたものか、これでは来た意味がないではないか。
せめて裏口はないだろうかと建物の周囲を歩くが、勝手口ひとつ見つからない。
住みにくい建物だ。セキュリティは万全のようだが、いちいち面倒だ。
ぐるりと一蹴して戻ってきた風丸たちは、為す術もなく地面に座り込んだ。
せっかく気合いを入れてはるばる富士山まで来たのに、中にも入れないとは酷すぎる。
ターゲットがわざわざ来てやったのだから扉くらいは開けてもらいたい。
半田は足元の石をぽーんと扉に向かって投げつけた。
がこんと機械音が響き、扉が音を立てて開く。
突然の開門に呆然としていると、染岡がばしばしと背中を叩いた。




「お手柄じゃねぇか半田! よっしゃ中行くぜ」
「お、おう・・・」




 無機質で人の気配がまったく感じられない回廊を用心深く歩く。
誘われているかのような扉の開き方が妙に引っかかる。
招かれざる客ではあるが、こちらの思惑を逆手にとって利用してやろう。
考えすぎかもしれないが、宇宙人のホームグラウンドで何が起こるかわからない以上妙な勘繰りもしたくなるというものだ。
ぼんやりと歩いていた半田は、先頭を歩いていた風丸が立ち止まったことに気付かず歩を進めた。
高速でサッカーボールが飛来し、顔面すれすれの部分を通過していく。
慌てて物陰に身を隠すと、半田は顔だけ出して襲撃犯へ目を向けた。




「げ、何だよあれ・・・。侵入者排除?」
「あいつら倒さないと先に進ませてはもらえないみたいだな。杉森のシュートポケットで威力弱めて、零れ球でマシン狙うか」
「お、風丸冴えてんじゃん。さすが裏キャプテン」
「伊達にチームまとめてたわけじゃないんだ。まあこれも、役割分担したおかげでわかるようになったんだけど。
 ってほんとにすごいよ、ちょっとした発想の転換で視野広げて負担軽くさせて」
「そんなすごい奴をあっさりぶった切って、半田お前も大きく出たな」
「もういいだろそれは! ほら、とっとと片付けようぜ!」




 風丸の指示を受け杉森が動き出す。
あちこちから飛んでくるシュート攻撃には手こずったが、概ね作戦通りにマシンの討伐に成功する。
よし、次は、次こそは宇宙人だ。
通路を抜け広間に出た風丸たちの前に現れた男3人を視界に入れ、半田は体を強張らせた。
似たような図体と顔をした、まるで三つ子のような男たちには見覚えがある。
3人のうちのどれかは区別がつかないが、が言っていたトリオの特徴は一致している。
こいつらだ、を狙いついでに俺らも欲しがってるキチガイ中のキチガイは。
こいつらがいるからこんなことになっているんだ。
殴りかかりたい衝動を必死に抑え、男たちを睨みつける。
お待ちしていましたよとどこからともなく声が聞こえ辺りを見回す。
男たちが左右に動くと、中央に痩身の男性が新たに現れる。
見たことはないが、この男からも危険な香りがする。
痩身の男はにこりと笑うと、ゆっくりと口を開いた。




「こんな所にまでご苦労様です。今日は女神様はご一緒でないんですか?」
「風丸、こいつら」
「わかってる。不審者にを見せるなんてもったいないだろ。俺たちに用があるから出てきたんだろう!」
「もったいない、ですか・・・。私に言わせてみれば、あなたたちにこそ彼女はもったいない。どうですか、彼女の才能に見合うだけの力は欲しくありませんか?」
「そんなものいらない! 俺たちは戦いに来たんだ、そこを退け」
「話が通じない方たちですが・・・まあいいでしょう、順序が変わるだけのこと。戦わせて差し上げますよ、かつてのお仲間と」
「なに・・・っ!?」





 がしゃんと通路へ続く唯一の道が扉で塞がれ退路を断たれる。
密室となった空間に、奇妙な臭いを発するガスが充満する。
慌てて口元を覆うが、しっかりとガスは吸い込んでしまったらしく目の前が二重にも三重にも見えてくる。
ばたばたと倒れていく仲間の名を呼ぼうと口を開けば、容赦なくガスが入り込んでくる。
やっぱりあいつ連れて来なくて正解だったな。
こんな卑劣な手を使う連中に、俺の親友渡してたまるものか。
守れたのかなあ、俺なんかでもあいつのこと。
半田は最後の力を振り絞り男を力任せにぶん殴ると、そのまま床に崩れ落ち意識を手放した。































 一方的な訣別を告げられてからというもの、何をやるにしてもテンションが上がらない。
元々きゃっきゃとはしゃぐタイプではないし厄介事や面倒事も敬遠していたから、本来ならばこの緩やかまったり生活は歓迎すべきなのだ。
ウェルカムのんびり生活と諸手を挙げて歓迎したいのだが、なぜだかあまり嬉しいと思えない。
後味の悪い別れ方をしたからだろうか。
まったく、これだから半田は。
は無人の河川敷のサッカーグラウンドを鉄橋の上から見下ろし、はあと息を吐いた。
あっという間に1人になってしまうものだ。
ずっと一緒に笑っていても、別れのシーンはたったワンカットの1分足らずだ。
あの時だって、あんなに一緒に楽しく遊んでいたのに結局別れてしまった。
ちゃんまた絶対ぼくたち会えるよねと別れの最後の最後まで約束を交わし合っても、一度別れてしまうとそのままだ。
おまけに名前まで忘れてしまって、仮に再会を果たしたとしても互いに誰が誰だかわからないだろう。
わからないまますれ違い、世界人口60億人の渦に融けていく。
いっそそうだったら次に顔を合わせた時のことなど考えなくても済むのに、余計な悩みを生み出すとは本当に半田はどこまでも半田だ。





「・・・そんなに言うなら親友なんかやめてやるうー!」
「っ、!」
「はい!」




 誰もいない河川敷に向かって絶叫していると、大きな声で名前を呼ばれる。
声がした方を振り返るが、夕日が眼鏡に反射して眩しくてたまらない。
いや、あれは眼鏡ではない、ゴーグルだ。
は目を細めると、駆け寄ってくる鬼道にひらひらと手を振った。
現役運動部員が肩で息をしている。
それほどまでに全力疾走したのだろうか。
逃げやしないのだから小走り程度で良かったのに、人を待たせてはいけないと思ったのか鬼道はやはり紳士的だ。




か!?」
「うん? 私だけどどうしたの鬼道くん。大丈夫? ちょっときつそう」
「問題ない。こそ大丈夫か、特に変わったことはないか」
「へ? うん、別に何もないけど。ちょっとお久し振りだね鬼道くん、最近お電話なかったから元気かちょっと心配してた」
「すまない、少し立て込んでいてな。・・・親友をやめるってどういうことだ? 喧嘩でもしたのか?」
「そんなとこかなあ。あれきり会ってないし、こりゃもう駄目かも」




 えへへと笑ってみせるの顔は少し寂しそうで、鬼道は眉根を寄せた。
どこのどいつだ、を悲しませたドアホは。豪炎寺、お前か。
せっかく久々に会えたというのに、これでは心配でたまらない。
少し会わない間にきっと、の身に何かあったに違いない。
本来ならば過去の埋め合わせよりも未来の話をしたいところだが、今はそんな浮かれた状況ではなさそうだ。
何が会ったのか話を聞きたい。
宇宙人と会っていたことや、試合を観に来てもこちらには何のコンタクトも取らなかったこと。
そうかと思えば吹雪とは会っていたという不整合。
今のを取り巻く環境が知りたかった。




「今まで何をしていたんだ? ほら、少し前に色々と訊いてきただろう。あれは役に立ったか?」
「あ、うんうん、すっごく助かったよ! やっぱ鬼道くんに教えてもらって良かった、本よりもわかりやすくてさ!」
「だったら良かった。・・・吹雪と会ったのか?」
「いつだっけ、こないだ泣き喚いてた吹雪くんになら会ったよ。甘ったれたこと言ってたからびしっと怒ったけど、まーた泣かせちゃったかなあ。泣いてたら事後処理よろしくお願いしたい」
「少し調子が良くなっていた。・・・正直なところ吹雪が羨ましかったんだが、その思いも今日でなくなりそうだ」
「へえ?」
「何度会って話をしたいと思っても俺の前には現れないのに、吹雪やアフロディとは会っているんだ。・・・本当に会いたかった、




 真っ直ぐの瞳を見つめ、もう一度会いたかったと口にする。
そう言ってくれると照れちゃうとおどけてみせるにまた、会いたくてたまらなかったと告げる。
こちらの真剣さにようやく気付いてくれたのか、が真面目な顔つきになってごめんねと呟く。
なんだか私、たくさんの人にいっぱい心配させちゃってるみたいと続け小さく息を吐いたの手を鬼道は思わず握った。
あの時と場所もシチュエーションもまったく一緒だ。
鬼道の脳裏にかつての失敗が甦る。
鬼道は忘れたい思い出を頭から抹消すると、ゆっくりとと呼んだ。




「なぁに?」
「どうしてそんなに寂しそうにしている? 何か嫌なことがあったのか?」
「いや、別に大したことはないんだよ。ただちょーっと、ね」
「豪炎寺か、あいつと何かあったのか」
「へ? ううん全然ってかそもそも会ってな「俺じゃいけないのか。の隣を歩くのが俺じゃいけないのか」
「鬼道くん何言ってんの? 隣って、え、何の話?」
「・・・・・・す」
「す? 鬼道くん?」

「・・・す、好き、なんだ、のことが。友だちとしては見れなくなっている俺がいる。俺は、の友だちではなくてその、恋人、になりたい。
 迷惑かもしれないが、これが、俺がずっと、と初めて会って話をした時から抱いてる想いなんだ・・・!」
「えええええ、初めてってあの、鬼道くんまだ帝国にいてオニミチくんだった頃!? いやいやそれはおかしいよ鬼道くん、その頃の私のどこを!?」
「言ってが納得して満足するのなら、俺は一晩かけての好きなところを話す」
「あ、そこまでしなくてもいいけど! ・・・じゃなくて、じゃじゃじゃじゃじゃあ鬼道くん恋バナの時嘘ついてたの!?」
「嘘はついてない! あ、あれはが勝手に勘違いをしていただけだ! そういった話をする前から、本当に、ずっとずっとずっとずっと好きだったんだ・・・」




 はまだ何か言いたげな鬼道に制止を求め手を振り解くと、彼に背を向け両手で頭を抱えた。
鬼道の恋い焦がれる女子とは、可愛くて明るくて元気で鬼道の話をいつも聞いてくれて時には励ます、サッカーに詳しい天使のような子ではなかっただろうか。
数回の恋バナでは鬼道はそう熱弁していた。
確かに当方、可愛くて明るくて元気で一般女子中学生に比べるとサッカーには詳しく、何よりもマジ天使である。
あ、そうか鬼道くんほんとにずっと私にアピールしてたんだそうなんだ!
・・・と簡単に割り切れるほど、の頭はおめでたくはなかった。
さすがにあそこまでダイレクトに言われてしまえば誤解はない。
誤解する余地がない分、返事に困ってしまう。
鬼道のことは好きだ。
どこぞの幼なじみと比べてしまうのが申し訳ないくらいに優しくて紳士的だ。
彼に好かれている子や、彼女になる人が羨ましいと思うこと常である。
だが、羨ましいなあ、きっと幸せなんだろうなあと考えるだけで、まさかその光栄ある地位が自分のものだとは思わなかった。
思うはずがない、いくらなんでもそこまで自惚れてはいない。
どうすればいいのだろうか。
今まで愛を告げてくれた男子諸君にはこれといった魅力を感じることができなかったから深く悩むことなくその場で振ってきたが、今回ばかりはそうはいかない。
何度も確認するが、鬼道のことは好きだ。
脳内友人ヒエラルキーの中でも頂点に近いところにいる。
幸せになれるんだろうなと思う。薔薇色の青春時代が送れるんだろうなとも思う。
だが、それら憶測はどこか客観的なのだ。
鬼道の彼女に、いや、鬼道どころか誰かの彼女になっているという想像がまったくできない。
どうしよう、このままずっと鬼道に背を向けているのは失礼だとわかっているがしかし、前を向いても気の利いた事を言える自信がどこにもない。
ああもう、こういう時に限ってどうして甲斐性なしの幼なじみが出てくるんだ。
今はちょっと関係ないからどっか引っ込んでて邪魔なの邪魔。
テストの時にも発揮できるかどうかわからないほどに脳をフル回転させていたは、と呼ばれ反射的にはいと叫んだ。
あ、しまった、振り向いてしまった。
挙動不審になっていることがおかしかったのか、鬼道はふっと頬を緩めるとを抱き寄せた。
ハグが上手になったなあ鬼道くん。
風丸くんとは違うあったかさで、修也よりも優しいんだよなあ。





「今すぐ返事をくれなくてもいいんだ。悪かったな、思った以上に悩む・・・というか混乱させて。今日は、俺の気持ちが伝わっただけでいいんだ」
「あー・・・、なんかびっくりしちゃってこっちこそごめんね? よくわかんなくなってきた、鬼道くんのことどう思ってるのか」
「それでいい。・・・明日、富士山麓にある宇宙人の本拠地に行くんだ。全部片付けたらまた改めて何度でも言うから、覚悟しておいてくれ」
「鬼道くん今、ドSな顔してなぁい?」
「見てみるか?」
「いや、遠慮しとく」




 体を離し、いつもどおりの笑顔で鉄橋を後にするの背を見送る。
俺はやった。さあ、お前はどうする豪炎寺。
鬼道は、の進路とは逆方向の柱の陰にある時から潜んでいた豪炎寺に一瞥をくれた。






いつまでもお前だけの彼女だと思うなよ






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