キチガイの本拠地に忍び込もうが1人で出歩こうが、もう人にとやかく心配されてたまるものか。
心配性な人々はふらふらと吸い寄せられるように富士山に行ってしまったが、彼らが不在の間にやられるわけにはいかない。
どこに行くとは風丸も半田も何も言わなかったが、稲妻町からぱったりと消えた彼らはおそらく富士山にいるのだろう。
現地で円堂たちと合流できていればいいのだが、風丸たちを見たらあちらの監督はどう思うだろうか。
本人たちを前にして要らない発言はしないと思うが、100パーセントの安心ができるわけではない。
人の感情を逆撫でするプロなのだ、何を言い出すかわかったものではない。
一度キャラバンを離脱してしまった彼らの心は脆くて繊細なガラスのハートなのだ。
常人にとってはなんてことはない言葉も、悪いように解釈してしまう恐れがあるのだ。
そのあたりをきちんと踏まえた上でものを言ってほしいのだが、果たしてあの監督にそこの加減がわかるだろうか。
至らない部分は円堂たちが上手くフォローしてほしい。
仲間なのだからフォローは得意だろう。
仲間は歳末でも年始でも、年がら年中助け合い運動を励行中のはずだ。
は買ってもらったばかりの有刺鉄線をぐるぐると鉄パイプの先端に巻きつけると、位置がずれないようにきつくペンチで鉄線を締めつけた。
ただのつるつるの鉄パイプだと相手に掴まれた時にどうしようもないので、触ることができないように棘を付けてみた。
着色もしたので、見ようによっては鮮やかな花束にも見える。
これさえあればキチガイが来ても戦える。
髪がないスキンヘッド三つ子の頭にこれを思い切りぶちかましてやる日が楽しみだ。
傷害罪なんて知らない、正当防衛だと主張してやる。
こうでもしなければ我が身を守れない世の中にした国家に責任と問題があるのだと言ってやる。
この国の治安は一体どうなっているのだ。
住みにくい国だと、父が時折ぼやく理由がなんとなくわかった気がする。





「あの馬鹿、仲間じゃないからこそできるやつがあるってこと知らないんだからもう・・・」




 仲間じゃなくて結構、一生仲間にしてもらわなくて結構。
なってくれと頼まれたって絶対になるものか。
すべての人を平等に見つめ接することができない者に仲間なんていらない。
そんな安易な気持ちで仲間入りしても、仲間を傷つけるだけだ。
は特製鉄パイプもとい金棒を手に取り、以前のように紙に包むと家を出た。
キチガイの駆除に成功したのか風丸たちが注意を引いてくれているおかげか、最近は不審者と出くわさない。
せっかく金棒を作ったのに無駄になってしまうのか。
何のために有刺鉄線を買ってもらったのだ。
これの代わりに服とケーキをおねだりすれば良かった。
は無人の河川敷のグラウンドに来ると、おもむろにボールを蹴りだした。
自称先生が途中退任をしたため、リフティングも上手くできないままだ。
帰ってきたらまた教えてもらおうか。
いや、だが今度はもう少し教えるのが上手い人に習うべきかもしれない。
鬼道とか良さそうだ、暇な時春奈と一緒に頼んでみようか。
そこまで考え、はうわあと呟きしゃがみ込んだ。
次、どんな顔をして鬼道に会えばいいのかわからない。
帰ってきた時に合わせて、返事の1つくらい用意しておくべきなのだろうか。
しかし、意外と長く想ってくれていた鬼道に釣り合うだけの愛をまだ蓄えていない。
覚悟しておいてくれとも言われたが、何を覚悟すればいいのかもわからない。
鬼道と付き合うのあたってのサンプルがほしい。
試供品でも試さなければ、いつまで経っても結論に至らない。




「・・・ていうか私、プロポーズとっくの昔にされてる点においては既に彼氏持ち・・・? いやいやでも、あの人のことは名前も思い出せないわけだし・・・」




 わからない、もう何もかもがわからない。
仕方がない、ここはひとつ今度恋多き木戸川フレンドに相談してみよう。
根掘り葉掘り訊かれるだろうが、事情のあらかたを知っているであろう秋には話しにくい。
むしろ、逆に相談されそうだ。
間を取って土門くんにしたらなど言えない言えない、フィールドの魔術師に呪い殺される。
冗談ではなさそうだと思いふふっと笑うと、は立ち上がりベンチへと向かった。
帰る支度をしていると、携帯電話が着信音を鳴らす。
発信元は鬼道だ。
何を言われるんだろうかとドキドキしながらもしもしと言うと、鬼道ではない声が聞こえてきた。




さん僕、僕だよ僕!』
「・・・僕僕詐欺?」
『違うよ、酷いなぁ忘れちゃったの、僕だよ吹雪! この間はどうもありがとう! あのね、僕『吹雪、そろそろ俺に変われ』やだよぉぉぉ。で、あのね!』
「うん、人格統合にでも成功したの?」
『えー、どうしてわかったの!? 僕、完璧の意味わかったんだ。仲間と一緒に戦ってひとつになること、さんが言ってたとおりだった!』
「それ以外にどの答えがあるのって話だったけどね。で、何?」
さん、鬼道くんやめて僕と『吹雪、いい加減にしろ。・・・もしもし、俺だ』
「ああ鬼道くん。吹雪くん元気になって良かったね」




 吹雪の滅茶苦茶な話で緊張感が程良く抜け、鬼道の話を落ち着いて聞き始める。
キチガイを見なくなったのは、宇宙人との最後の戦いに勝利したかららしい。
新しい必殺技も編み出し全員で全力を尽くして戦った末の勝利だと聞き、はそっかあと呟いた。
全員ということはつまり、風丸たちも無事に合流できたということなのだろう。
まずないとは思っていたが、足を引っ張らなくて良かった。
複雑な気持ちで宇宙人との試合観戦をしてまで、レベルアップを図った甲斐があった。
しかし、こうなるとますます特製金棒がいらなくなってしまった。
無駄遣いさせてごめんなさいと後で母に謝っておこう。




『雷門中にも明日には着く』
「へえ! うっわー、キャラバンの中人ばっかでごちゃごちゃしてるんだろうなー、シートベルトはちゃんとしてね!」
『あ、ああ。心配してくれるのは嬉しいが、キャラバンは俺たちだけだから窮屈じゃない』
「へ? だって単純に考えて人が2倍になってるんじゃ・・・」
『2倍?』




 何かおかしい。話が噛み合っていない。
先行部隊の風丸たちと合流して、元祖プラス助っ人組で宇宙人と戦ったのではなかったのか。
は鬼道からの電話を切ると、ベンチに腰かけ首を傾げた。
あの日の話の流れから察して富士山に向かったとばかり思っていたが、実はただの秘密の強化合宿だったのだろうか。
富士山の宇宙人のアジトの形態などわからないが、行けば遅かれ早かれ合流していたはずだ。
仲が悪くなって別チームを結成したわけでも、功名を争っているわけでもないので、再会すれば手に手を取り合って協力していたはずだ。
それができていないというのは、どういうことだろうか。
風丸たちがただの強化合宿に赴いたとして、そんなタイミングで訣別宣言するだろうか。
しないだろう、言われてもせいぜいお前女の子だから寝るとこ別とか、そういった倫理的指導のみで済ませるはずである。




「風丸くんたち、どこ行ったの・・・?」




 もしも、もしもだ。
もしも風丸たちがきちんと富士山のアジトへ行って、その場でやんごとなき事情によってとんでもない目に遭っていたら。
本来ならば自分が真っ先に蒙るべきだった厄介事を、身代わり地蔵のごとく彼らが受けていたら。
連れて行かれる時は一緒だよと約束したのに。
責任が取れない子どもだとわかっていても信頼を寄せてくれていたのに、何ひとつ守れていなかったら。
守られてばかりで、結局どうすることもできなかったら。
嫌だ、もう間に合わないかもしれないし手遅れかもしれないが、たとえそうであっても何もしないのは嫌だ。
地獄にいるなら、魔王を倒して助けに行かなければ。
目の前で人が苦しむのはもう見たくない。
あれはトラウマになりやすいのだ。
傘美野中には今でも怖くて近づけない。




「待っててね、たぶん近いうちに助けに行くからね風丸くん!」




 風丸の顔に傷でもつけてみろ、3万倍返ししてやる。
は花束の持ち手をぐっと握り締めると、気合いを入れ直した。






ど根性バット? いいえ、アイアンロッドG3です






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