39.四面楚歌のできあがり










 この世には、直視したくない現実というものがいくつか存在する。
例えば、エイリア学園。
奴らによる校舎破壊と戦いの日々は、様々なものを失ってしまった辛い戦いだった。
仲間を傷つけられ貶され、戦えなかった彼らの分も合わせて戦ったのが宇宙人との戦いだった。
やっとすべてを終えて晴れて雷門中に凱旋したというのに、これはどういうことだろう。
笑顔で出迎えてくれるはずの彼らはどこにもいない。
総理大臣にも感謝されるようなことを成し遂げたのに、誰一人として笑ってくれない。
それどころか、敵意に満ちた目で睨まれている。
俺が、俺たちが風丸たちに何をしたというのだろう。
心当たりがまったくない円堂たちは久々の再会に喜ぶ間もなく、いつの間にやらエイリア石の虜となっていた風丸たちを呆然と見つめていた。 




「風丸・・・? お前ら・・・、何やってんだよ! エイリア石なんてどうして持ってんだ!」
「・・・・・・」
「彼らは真の、究極のハイソルジャー。私が作った最強のハイソルジャーなのです! 彼らなら、君たち雷門イレブンを完膚なきまでに叩きのめします」
「叩きのめす・・・? 何言ってんだよ、風丸たちがそんなことするわけない! なあ、そうだろ風丸、染岡!」
「・・・俺たちの気持ちなんか何も知らないくせに・・・」
「え?」





 気持ちを知っていたら、こうはならなかった?
きちんと伝えていれば、心の弱い部分に付け込まれることもなかった?
言ったところで、前しか向いていなかった円堂には伝わっていた?
エイリア学園との戦いで負傷して、それでもまだ諦められなくて、また一緒に戦って役に立ちたかったからリハビリと特訓を重ねてきた。
宇宙人やキャラバン組にも引けを取らない強さを手に入れたのに、門前払いしたのはどこのどいつだ?
一度リタイアしたからといって、それから一度も顔を見に来なかったのは忙しかったから? それとも戦力外だと思ったからか?
飼い殺しの仲間状態なんて嫌だ。
仲間なんだから一緒に戦いたいと願っても、キャラバンにすら誘ってくれなかったのはなぜだ?
怠慢、放置、・・・それとも廃棄?
元気な時と比べると、心が蝕まれやすいとはわかっていた。
心をいつまでも強く保っていられなかった己にも非はあるのだと思う。
だが、すべての責任を心の弱さにしてほしくはなかった。
心が折れていなかったから富士山に行ってマシンと戦い、そして捕らわれたのだ。
過程も知らずにただ糾弾するのはやめてくれ。
お前のそういう無頓着なところが、俺たちを一番苦しめるんだ!




「なあ風丸、嘘だろ? お前たちは騙されてるんだろ!?」
「・・・触るな! ・・・円堂、サッカーやろうぜ?」




 傷ついた表情を浮かべることは簡単だ。
本当に難しくて厄介なのは、顔には出さずに心から血と涙を流すことだ。
自分が浮かべたい表情を自由にすることができる円堂が羨ましい。
俺が知ってるあの子なんて、誰にも何も言わずに1人で全部抱え込もうとして、人に話した結果こうなったことにもっと心を痛めて、けれどもその痛みすら誰にも告げられないでいるのに!
風丸は差し伸べられた円堂の手をぱしりと払いのけると、踵を返した。
リハビリを続けていた頃からチームをまとめていたが、まさか試合でもキャプテンを務めることになるとは思わなかった。
当たり前だ、合流するつもりで結成したチームにすぎず、円堂たちと戦うことになるとは考えてもいなかったのだ。
今でも、侵食され尽くした心のどこかでは助けてくれと悲鳴が上がっている。
その悲鳴すら円堂たちには届いていないのだろう。
救いを求めることが愚かなことに思え、空しくなってくる。
このままずっと、底なし沼にはまったままなのかもしれない。
それは正真正銘、仲間に見放されたということだ。
もう誰からも見てもらえない、捨て去られたただの人形。




「さあ、あなたたちの力を存分に見せ、そして叩き潰すのです! あなたたちにはそれができるだけの力がある。エイリア石は願いを叶えるのです!」



 研崎の檄に見送られフィールドへ向かう。
戦ってしまったら本当に、今度こそ心が修復不可能なほどにまでに壊れる。
けれども、戦いを回避することができないのはエイリア石の思考操作のせいだ。
誰か、助けてくれ。
風丸の願いは届くことなく、キックオフのホイッスルがフィールドに鳴り響いた。






































 ああどうしよう、やっぱり間に合わなかった。
一番恐れていた事態が起こってしまった。
は風に煽られ飛んできた風丸が着用していた黒フードマントを胸に抱き、校舎の陰から始まってしまった試合を見つめていた。
本当に円堂たちと戦うつもりらしく、特訓で習得した必殺技を多用して試合を有利に運んでいる。
実力は最後に見た時と変わっていないあたり、神のアクア系のドーピングをしたわけではなさそうだ。
ということは、催眠術にでもかけられて意思がぐちゃぐちゃになっているのだろうか。
は風丸たちを注意深く眺めた。
間違いない、癖からスピードからすべて同じだ。
肉体ではなく、精神がやられている。
見たことのない胸元のアクセサリーが怪しいが、もしかしてあれが宇宙から降ってきた隕石か何かなのだろうか。
あの三つ子と骨男め、風丸たちを操り人形にするとは許せない。
きっと今頃、風丸たちは苦しくてたまらないはずだ。
意に沿わないことを強要され、円堂たちからは元に戻れと催促され、それができるなら苦労はしないと言ってやりたい。
元はといえば、誰のおかげでこうなったと思っているのだ。
はぎゅうと花束を握り締めた。




「風丸くんを助ける、キチガイを倒す。うーん、催眠術ってどうやって解くんだろ・・・」



 戦っている円堂たちに風丸たちの救出を期待しても無駄だということは、見ていてよくわかった。
誰もやろうとしないのならば、こちらがやるしかないではないか。
そもそもこちらが狙われていたのだ。
この際交換条件でもいい。
1人と11人じゃ割が合わないにも程がある。
は一度花束を地面に置くと、黒フードをすっぽりと頭から被った。
飛んできたのが染岡や杉森といった背丈のある者のでなくて良かった。
サイズも大体合っている。
顔が見えないように深く被り、ふと思いつき髪を解いて2つ結びからポニーテールに結び直す。
よし、これで髪ゴムのストックもできた。
は花束をマントの中に忍ばせると、再び試合へと視線を戻した。
特訓を経て強くなったなあと思っていたが、まさか実働部隊を凌駕するほどに強くなっているとは思わなかった。
半田も言っていたように、もしかしたら監督やコーチの才能もあるのかもしれないと自惚れてしまいそうだ。




「後半もやるなら鬼道くんのことだ、きっと風丸くんたちが知らないピンク髪のイケメンをメインに据えるだろうな・・・」




 前半終了のホイッスルが鳴り、風丸たちがベンチに戻っていく。
やっぱりお前らとは戦えないと、円堂が風丸たちに向かって叫ぶ。
あ、駄目だ、それだけはやっちゃ駄目だ。
は研崎が染岡に宇宙人ボールを手渡し、染岡がそれを校舎へ向かって蹴ろうとしているのを見て思わず飛び出した。
突然12番目の黒マントが現れたことにざわつく周囲をとりあえず無視して、染岡の手からボールをひったくる。




「なっ、お前・・・!」
「染岡くん、ちょっと苛々してるからって物に当たるのは良くないでしょ。あと、ちょっと1人で突っ走りすぎ。もっとサイドを意識して」




 はボールを地面に置くと、くるりとマックスの方へ向き直った。
どんなやんちゃをしたのか、お気に入りの帽子の先が破けている。
マックスの制止も聞かず帽子を取り上げると、応急処置とばかりにピンで破けた部分を修繕して再び被せてやる。




「破けてたよマックスくん。自分で縫えないなら、後で縫ったげるから持っておいでよ。次、風丸くん」
「え・・・? ・・・どうしてここにいるんだ・・・」
「ファンはね、風丸くんがいるとこならどこにだって来るんだよ? 髪ゴム失くしちゃったの? 結んでいい?」




 は風丸の髪をそっと持ち上げると、いつも彼がしているように1つにきりりと結い上げた。
赤いゴムではなくて茶色だが、お揃いと言えば喜んでくれるかもしれない。
そうだ、ついでにアクセサリーも没収しておこう。
髪を結ぶ時にそっとエイリア石を外すと、風丸の体が一度大きく揺れた。
びっくりさせてしまったのかもしれない。
だが、これがあるのとないのとでは精神状態にやや違いがあるかもしれないから、取らざるを得ないのだ。
手にしたエイリア石のやり場に困りとりあえずポケットに突っ込んでいると、円堂がおいと声をかけてくる。




「誰だ・・?」
「バックアップチームの監督です。ちょっとそこの実況、ダークエンペラーズなんてチーム名やめて雷門中にしなさい、雷門中プラス助っ人に! 今すぐ!」
「監督・・・? 研崎の仲間で、お前も風丸たちを操ってたのか・・・?」
「仲間じゃないけど、まあ見方によっちゃ監督なんだから風丸くん動かしてはいたかも。ねえ?」
「か、監督ならどうして風丸たちをちゃんと見てなかったんだよ! どうして、風丸たちがこんな目に遭うまでほったらかしにしてたんだよ!」
「・・・円堂くん、なんで円堂くんが私にそれ言って怒るの? 円堂くんたちこそ、なんで風丸くんたちがこんなになっちゃうまで放置してたの?
 見捨ててたの? 怪我して試合じゃ使えないからって、だからこっち帰って来てもお見舞いにも来なかったの?」
「やめてくれ、いいんだ、これは俺らの問題なんだ・・・!」




 今日ばかりは風丸の頼みを聞き入れるわけにはいかない。
確かにこれはサッカー部の問題で、部員でもマネージャーでもなんでもない自分がしゃしゃり出ていい場ではない。
だが、現に巻き込まれているのだ。
他人事では済まされないくらいにゴタゴタの中に居座ってしまったのだから、だったら巻き込まれたなりに何か言うしかないではないか。
は好き勝手言って責任転嫁を図ろうとしている円堂を睨みつけた。




「円堂くん、仲間と友だちの違いってわかる?」
「ない! 一緒だ、仲間は友だちで、友だちは仲間だ!」
「ぶっぶー外れ。友だちにはランクがあるけど仲間にはない、これが正解」
「・・・どういうことだ?」
「知り合い・顔見知り・親友っていうふうに、友だちは仲の良さによって呼び方変わるでしょ。でも仲間は? ちょっぴり仲間・普通の仲間・すっごく仲間って具合にランク分けされてる?」
「仲間は仲間だ・・・」
「そう。仲間はみんな一緒。スタメンもベンチもマネージャーもみーんな横一列。もちろん怪我人と元気な人も同じ。
 同じように接してなんぼの仲間なんだけど、円堂くんは入院してるみんなに何した?」
「・・・何も、してない。何もしてないのになんで・・・!」
「言ったよね、今、何もしてないって。何もしてないってことはつまり、仲間なのにほったらかしにしてたってこと。
 ・・・ねえ、どうしてみんな同じように接することができないのに簡単に仲間呼ばわりするの?
 キャプテンってのは、鬼道くんも吹雪くんも風丸くんも染岡くんも半田も、みんな分け隔てなく接することがお仕事じゃないの?
 それを、自分がちょっとやらなかったからって私のせいにされても困るんだけど」





 だから、マネージャーにならないのだ。
部員一人一人を平等に見るなんてことができないから、どう頑張っても我が幼なじみを見てしまうから、仲間という組織に入らないのだ。
入る資格さえ持たないのだ。
キチガイとの戦いはお友だちサッカーでは通じなくて、それで各地から仲間を集めたのはわかる。
彼らはまさしく仲間だ。
だが、仲間に序列はないのだ。
入院をして戦えない半田たちもれっきとした雷門中サッカー部員で仲間で、そうだというのに蔑ろにされて。
仲間扱いができないのならば、そうカミングアウトしてから仲間外れ宣言をすればいいだけの話なのだ。
仲間を失うことが怖くて仲間外れにするという一言が言えないばかりに、じめじめとした風通しの悪い飼い殺し状態を強いてしまうのだ。
仲間の中心にいることに慣れているから、外へ弾き出されようとしている人々の気持ちがわからないのかもしれない。
それは、チームを率いるものとしては致命的な欠陥だ。
無償の優しさに見せかけた、残酷な『仲間』という名の座敷牢。
はもう一度、どうしてと呟いた。




「どうしてわかんないの? どうして、仲間なのに見向きもされなくて、でも仲間だってことを信じて富士山まで行った風丸くんたちのこと悪く言うの?
 どうして、自分が悪いって思えないの?」
「それは・・・・・・」
「いい加減にしろ!」




 円堂の声を遮って、怒号がフィールドに響き渡る。
マントをつけていようがフードを被っていようがすぐにわかる。
好き勝手にしゃしゃり出て何がしたいんだ、あいつは。
豪炎寺はと名を呼ぶと、もう一度いい加減にしろと声を張り上げた。







目次に戻る