豪炎寺の怒声がフィールドに響き、円堂が口を噤む。
もう黙って見ていられない。
どうしてどうしてと尋ねているが、こちらの方がにどうしてと問い詰めたい気分だった。




「いい加減にしろ! 黙っていてこうなることを見過ごしていたのなら、、風丸たちがこうなったのはのせいだ!」
「やめてくれ豪炎寺・・・」
「いつだってそうだ。大事なことは何があっても言わない。他人を巻き込むようなことになる前にどうして言わなかったんだ!」
「そんなのお互い様でしょ・・・」
・・・?」




 はフードを外すと、ひたと豪炎寺を見据えた。
何をいきなり怒り出したのかわからないが、その言い方にはカチンとくる。
は一旦豪炎寺たちに背を向けると、先程もあえて無視を貫いていた半田の元へ歩み寄った。
ぐしゃぐしゃと髪をかき乱してやると、半田がやめろよと叫ぶ。





「何すんだよ!」
「かっこつけてんのか知らないけど、寝癖は所詮寝癖なんだからちゃんとして来なさいよ。・・・わかったでしょ、私とあの人はあーんな関係。半田が思ってるほど意思疎通も図れてない」
「・・・おい、お前・・・」
「ずっと俺たちの前に姿を見せないで何をやっているかと思ったら、心配するだけ無駄だった。見損なった」
「お言葉ですけど。見損なうも何も修也、今まで私を一度でも見上げたことあったの?」
、もういいって。なんでお前があいつらとやり合うんだよ。関係ないって言っただろ!?」
「あるわよ大あり。半田、私は人の好き嫌い激しい人間なの。大事な友だちがわっけわかんないキチガイに、しかも私の身代わりにやられて苦しんでるってのにほっとくわけないでしょ」
「でもお前、豪炎寺のことも大事なんじゃ・・・」
「一方通行な時はどうしようもないの。見損なったんだったらどうぞご自由に。何なら別れやすくオプションつけたげましょうか?
 大っ嫌い、何も言わないで1人で抱え込んで、でも私が同じことするなら文句ばっかり言うわがまま修也なんか大っ嫌い!」




 今まで嫌だの汗臭いだの焦げ臭いだのは散々言ってきたが、大嫌いと言ったのは今日が初めてのような気がする。
言った瞬間ちくりと胸が痛んだが、痛みは一時的なもので言ってしまうと案外すっきりする。
以前知り合ったマイフレンド南雲は、大嫌いというフレーズだけは何があっても口にするなと言っていた。
使ってやったわよ南雲くん、でも結構すかっとした。
むしろ、あっちに言われた言葉の方にだいぶ傷ついた。
大嫌いが効いたのか、固まったままの豪炎寺から目を逸らし研崎の元へ向かう。
すべての元凶はこいつなのだ。
これが雷門中サッカー部の輪を乱し幼なじみとの関係に終止符を打たせ、あらゆる関係性を破壊しかけた悪の権化なのだ。




「あんた、私が欲しかったんじゃないの? 来てあげたんだからとっとと風丸くんたち解放しなさいよ」
「さて、何を仰っているのやら・・・。彼らは自ら望んでエイリア石を手にぐあっ」
「いちいち口答えしないで早くしろって言ったの聞こえないの? これ以上私たち滅茶苦茶にするんなら、私のアイアンロッドがその腹抉るわよ。私、今すっごく機嫌悪いの」




 この日のために用意してきた特製鉄パイプを研崎に突きつける。
本当に苛々する、地球ごと叩き割りたい気分だ。
割っていいと許可が下りれば今すぐにでも実行に移している。
そのくらい苛々していた。
風丸たちの心中を慮ってやらない円堂たちにも、好き放題言いたいだけ言った豪炎寺にも、結局守ることができなくて最悪の事態を引き起こしてしまった自分自身にも。
の自己嫌悪に気付いたのか、研崎がにやりと口元を緩める。
力が欲しいのでしょうと尋ねられ、の鉄パイプを握る手がわずかに揺れた。




「大切なお友だちをこのような目に遭わせてしまったことに責任を感じているのでしょう? 力があれば守れたはずなのにと、自分自身を責めてはいませんか?」
「だから何。元はと言えば、あんたらキチガイがいなけりゃ良かったのに」
「そうですか? 我々は初めはあなたを狙っていました。それはあなた自身が一番よくわかっているはず。あなたがいなければ、彼らはこんな目には遭わなかった。
 そうは思いませんか?」
「私がいなかったら・・・?」
「ええ」




 もしもこの場に、この世界に自分がいなかったら。
考えたこともないが、今回のことだけを見るともしかしたらと思ってしまう。
心臓がざわざわと、気持ち悪いくらいに鼓動が早くなる。
駄目だ、ネガティブ思考に陥ることが一番いけないのだ。
心に隙を見せたらあっという間に闇に飲み込まれてしまう。
わかっているのに、ずぶずぶと沼にはまりそうだ。
しまった、こんなことなら風丸から取り上げたエイリア石を地面に捨てておけば良かった。
嫌だ、このままミイラ取りがミイラになってしまうのは嫌だ。
怖くなって目を閉じる。
からんと鉄パイプが音を立て地面に転がる。
鉄の冷たさでも恐怖の寒さでもない、柔らかな温もりがの体を包み込んだ。





「大丈夫だのせいじゃない。俺たちはのおかげで強くなれたし、元気になれた。がいないと駄目なんだ」
「か、ぜ、丸くん・・・?」
「怖い思いたくさんさせてごめん。髪結んでくれてありがとう。助けに来てくれてありがとう。悪夢から覚ましてくれてありがとう。エイリア石から解放してくれてありがとう。
 俺たちの代わりに、円堂たちを叱ってくれて本当にありがとう」
「あ、あ、操られてたんじゃないの・・・!? なんでなんで、どうしていつもの風丸くん・・・?」
がエイリア石外してくれただろ? そうじゃなくても、俺たちの気持ち全部言ってくれて、危ないのに研崎と戦ってくれて、これで正気に戻らない奴は人間じゃない」





 風丸はを抱き締めたまま、顔だけ周囲に向けた。
つられるように風丸の視線の先を見ると、自らの意思でエイリア石を投げ捨てている染岡たちが視界に入る。
何がきっかけで元に戻ったのかわからないが、苦しそうだった表情は今はただの怖い顔になっている。
ああ本当に怖い、これはかなり怒っているようだ。
風丸は一度を離すと、急速に力を失い輝きを失くしたエイリア石を見て唖然としている研崎の前に仁王立ちになった。




「・・・俺たちがあの時を富士山に連れて来なかったのは、危険な目に遭わせたくなかったからじゃない。
 たとえ何があっても、なら絶対に俺たちを見捨てないってわかってたんだ」
「あと、人質交換みたいな言い方すんじゃねぇよ。ちょっとドキッとしてそれで目が覚めただろうが」
「ほんとにびっくりしたんだよー。後で破けちゃった帽子、縫い直してね」
「えっと、その・・・・・・。ごめん、実は俺、お前が乱入してきた瞬間に解けてた」
「道理で半田、さんに頭ぐしゃぐしゃされてるときから普通の対応だったもんねぇ」
「普通って言うな!」




 次々に言葉をかけられ、は無言でぶんぶんと首を縦に振り続けた。
ともすれば涙が溢れ出てきそうで、無理をして笑顔を作ると風丸にまたぎゅうと抱き締められる。
幼子をあやすようにぽんぽんと背中を叩かれてしまっては、いよいよどうかなってしまいそうだ。




「・・・円堂、みんな、心配かけて悪かった。でも俺たちはみんな、お前たちとまた一緒に戦うことを望んでリハビリと特訓をしてきた。知ってたか?」
「・・・いいや。・・・もっとたくさん、みんなと会って話すべきだったと思う。・・・本当に俺馬鹿だ、に言われなきゃ気付かなかったくらいに風丸たちをほったらかしにしてた」
「傘美野でやられてすぐに入院した俺たちは毎日不安だった。
 俺らはまだ仲間と思われてて雷門中サッカー部員なのかって、俺らが着てたユニフォーム着てる連中見るたびに捨てられたみたいに感じてた」
「そんなことない! お前たちは今でも仲間なんだ。俺が仲間だってことに勝手に安心してて、お前らの気持ちも考えないで俺は・・・!」
「宇宙人倒しに行こうと思って富士山行ったら、あいつらに捕まったけどね」
「富士山!? そんなとこまで行ってたのか!? 行くんなら教えてくれよ、一緒に行ったのに!」
「瞳子監督にが頼みに行ったけど門前払いされたって聞いたぞ。俺はやっぱあの監督好きになれねぇ」
「ああ瞳子監督何やってんだあの人! ごめん、本当にごめん、すみませんでした・・・」




 土下座をする勢いで猛烈に頭を下げる円堂を見ていると、おかしくなってくる。
今もまだ怒りはある。
俺たちの今までの努力をどうしてくれるんだと詰りたい。
だが、そんなことよりも今はサッカーがしたい。
強くなりたかったのも役に立ちたかったのも、すべては皆とまた一緒にサッカーがしたかったからだ。
風丸たちは顔を見合わせると互いに頷き合った。
片手を円堂に差し出し、試合の続きしようぜと呼びかける。
前半は終わったが、後半はまだ残っている。
今度は、何にも囚われていないありのままの心で円堂たちとぶつかりたい。
今度こそ、ここまで強くして面倒を見てくれたに元気になった姿を見せたかった。
見ていてほしい、楽しくサッカーをしている姿を。
久しく見せていなかった、心から楽しく応援しようという気分になれるサッカーを。




「・・・よし、わかった! みんないいよな!」
「「おう!」」




 後半が始まると同時に、両チームが元気良くフィールドを走り出す。
チーム名も宇宙人バスターズ対雷門中プラス助っ人に書き換えられている。
ここだけ見ていると、地獄も修羅場も嘘のように感じられる。
楽しそうだな、みんな。
どんなに辛い目に遭ってもサッカーに戻ってこれるみんなは強いな。
私はそんなに強くはなれない。





「・・・あ」




 ラインを出たボールが足元に転がってくる。
拾い上げスローインをする選手に渡すべく顔を上げると、ボールを拾いに来た豪炎寺と目が合いすうっと心が冷める。
何か言いかけた豪炎寺にすぐさま背を向け、聞こえなかったことにする。
もう駄目だ、できれば近付いてほしくない。




・・・・・・」




 ふいと避けられた行為が予想以上に心に突き刺さる。
大嫌いと2回も立て続けに言われた時はショック死するかと思った。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべプレイする豪炎寺を見て、半田はぐっと両手を握り締めた。
いくら感情的になっていたとは言え、あれは言いすぎだ。
の気も知らないでよくもあれだけ言えたものだ。
の心を壊す気だったのかと思ってしまうほどに酷かった言い方に、半田は怒りを覚えていた。




「豪炎寺。俺、お前だけは絶対に許さない」
「半田・・・?」



 すれ違いざまに憎悪に満ちた言葉を吐かれ、豪炎寺の足が止まる。
半田に何かしただろうかと過去の言動を反芻するが、これと言ったことはない気がする。
いったい何を半田は怒っているのだろう。
あれほどまでに敵意を剥き出しにされると、こちらとしてもどんな態度を取ればいいのか戸惑ってしまう。
戸惑うと言えばだ。
これからどんな顔をして会えばいいのかまったくわからない。
本当に、今度の今度こそ終わりなのだろうか。
今まで9年もの長い間ずっと大切にしてきたのに、たった1時間足らずの喧嘩ですべてが終わってしまうのだろうか。
誰にも奪われないようにさりげなく囲ってきた枠が音を立てて崩れ、ぽっと出の鬼道に掻っ攫われてしまうのだろうか。
嫌だ、そんなのは絶対に嫌だと豪炎寺の心が叫ぶ。
今更他人にあっさりと渡してしまうほど心が広い人間ではない。
試合が終わったらもう一度、は嫌がるかもしれないがきちんと落ち着いて話をしよう。
誤解があったところは真実を話して納得させ、気になった部分は全部吐かせよう。
そうでもしなければ、もう二度とはこちらを振り向いてくれなくなる。
豪炎寺がシュートを決めたと同時に、試合終了を告げる笛が鳴る。
何がどうなったのかノリで円堂を胴上げしている際に、先程までが座っていたベンチへ視線を移す。
いない、マントだけを置き捨てて本人はどこにもいない。
慌てて辺りを見回すが、存在そのものがなくなってしまったかのように消えてしまっている。




・・・?」
「豪炎寺」
「半田か。を見てないか? さっきまでこの辺りにいたんだが・・・」
「豪炎寺」
「半田、用があるなら後にし「お前さ、もうに近付くのやめてくれる?」




 さらりと、けれども有無を言わさぬ気迫の籠もった半田の発言に、豪炎寺の頭が真っ白になった。






黒マントのポニテは実は鬼道さんの2Pカラーである






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