言いすぎてしまったのか言われすぎてしまったのか、よくわからない。
あの時は本当に、怒りやら悲しみやらで頭が混乱していたのだ。
様々な事が一度に起こりすぎて、脳内の処理が追いつかなかったのかもしれない。
そうでなければ説明がつかないのだ。
どうやってこんな所まで来たのだろう。
いつの間に電車に乗っていたのだろう。
途中経過がすっぽり抜け落ちてはいるが、今自分は確かにここにいる。
ここに膝を抱えて座っていて、ぼんやりと街を眺めている。




「こんなに小さかったかなー・・・」




 昔はもっと高くて大きかった気もするが、老朽化が進み近く解体されるらしい立ち入り禁止のオンボロ灯台は、人間と同じように背丈が縮んでしまったのだろうか。
そうかもしれない。
最近は急にフィールドに塔ができたりする世の中だから、逆があってしかるべきなのかもしれない。
まあいっか、そんなこと今更。
はほうと息を吐くと、かつて住んでいた住宅街を見下ろした。
少し前まではあそこに住んでいたはずなのに、そこでの生活がとても昔のことのように思える。
それだけ今の生活が楽しいということなのだろう。
明日からどうなのだろうか。
昨日の今日は会いにくいなあ、ぎこちなさそうだなあ。
は先程の言い争いを思い出し顔を伏せた。
確実に終わった、自らの手であっけなく幕を引いてやった。
念願の脱腐れ縁のはずなのだが、どこか寂寥感もある。
なんというか、どうせ別れるなら今までのストレスと不安と心配をさせまくった落とし前として5,6発は張り手を飛ばしたかった。
あーあ、どうせいなくなるなら平手打ちしてから出てくれば良かったなあ。
考えていると切なくなってきて、目頭が熱くなる。
あの馬鹿、人がどれだけ心配していたのか知りもしないで言いたい放題言いやがって。
次会ったらいっぱい文句言ってやる。
そう思い、次がもう来ないことに気が付く。





「ほんっと、後味最悪・・・・・・」




 もう駄目だ、我慢できない。
泣いちゃ駄目だよって言われてたけどごめんね、涙が止まらない。
止め方もわからない。
目の前に広がる光景が涙で歪み、床にぽとぽとと目尻で掬いきれなかった涙の粒が零れ落ちる。
久しく号泣していなかったから感覚を覚えていないが、幻聴も一緒に聞こえてくるものなのかカンカンと階段を上ってくる音らしきものも聞こえてくる。
これは間違いなく幻聴だ。
立ち入り禁止の錆びついた灯台に危険を顧みず突入する命知らずなんて、自分1人いれば充分だ。
は再び顔を膝に埋めた。







































 ここへ来たことが間違いではないとわかったのは、灯台の上で膝を抱えている少女を見つけた時だった。
が河川敷でも鉄塔広場でもなくここを選んだ理由はわからない。
わからなくて良かった。
わかったところでどうせ、いい気分にはなれないのだ。
ここは豪炎寺にとっては、今では苦手な場所トップ3にランクインするほどの場所だった。
昔は好きだったのだが、と知り合ってから嫌いになったと言ってもおかしくない。
そんないわくある場にがいるとは、なにやら因縁めいたものを感じてしまう。
こちらが見えていないのか、動く気配が見られないに安堵し灯台の入り口へと向かう。
危険につき立ち入り禁止と書かれた立て札とロープが張り巡らされているが、今は禁止令に従っている場合ではない。
この先に現に人がいるのだ。
危険な場所に1人で置いておいて、ボルトや鉄骨でも降ってきたらどうするのだ。
2人でいる方が守ってやれる確率がぐんと高くなるのだから、行くしかないのだ。
業者の人に行くなと言われても、彼らを振り切って行く。
豪炎寺は触れるともれなく汚れてしまいそうな錆びついた手すりに触れぬよう注意しながら上へと上がった。
いた、やっと見つけた。
豪炎寺は階段に背を向け座り込んでいるにいつものように声をかけようとして、はたと思い留まった。
顔を伏せているため、がどんな表情をしているかわからない。
顔を上げろとは言えないし、あれの後だから何を言えばいいのかわからない。
下手に言っても更にを傷つけそうで怖い。
こういう時口が上手い奴だったら気の利いたことを言えるだろうに、口下手な我が身が恨めしい。
豪炎寺はぴくりとも動かないを30秒ほど見下ろした後、ゆっくりとと少し離れた床に座り込んだ。





「・・・俺、実はここあまり好きじゃないんだ。嫌いって言った方が正しい。知ってたか?」
「・・・・・・」
「昔は好きだった。だからを誘ってここに連れて来たんだ。でもそれから俺、あんまりここに誘わなくなっただろう。自分から案内したくせに」
「・・・・・・」
「ここが嫌いというか、ここから見える景色が嫌いなんだ。・・・ここに連れて来たらは俺じゃなくて景色を見るだろう? それが嫌だったんだ。
 実はがいない時に1人でここに来て、景色に向かってお前なんか大嫌いだって喧嘩売ったこともある」
「・・・・・・」
「幼心にも、焼き餅を妬いていたんだろうな。いつでもずっとには俺だけを見てほしくて、・・・たぶんそれは今でも変わらない。
 俺だけを見ていたはずがいつの間にか鬼道や半田、風丸ばっかり見るようになって、俺の醜い嫉妬なんだ」




 口を利きたくないのか、無言を貫いているをちらりと見つめる。
耳を塞いではいないので聞こえてはいるのだろう。
何をいきなり話しているんだこいつはとでも思っているのかもしれない。
そう思ってくれていて一向に構わない。
なぜならこちらも、自分が何を話しているのかいまいちよくわかっていないのだ。
それでも豪炎寺は必死だった。
とにかく、どんなものでもいいから話を聞いていてほしかった。
そうすることしか、今のと時間を共有する術を知らなかった。




「雷門を出て俺たちは奈良に行ったんだ。奈良で俺は一度、円堂たちと別れた。ほら、一度電話しただろう。あれは円堂たちと別れた直後だったんだ。
 ・・・あの時は本当に嬉しかった、がいて良かったと思った」
「・・・・・・」
「それから俺は、エイリア学園の監視から逃れるために沖縄に行った。沖縄では土方という男の家で匿ってもらってたんだが、そこはたくさん兄弟がいたんだ。
 ・・・でも寂しかったのはがいないからだったと思う。だから、ラジオで聴こえてきた時はびっくりしたし嬉しかった」
「・・・・・・」
「円堂たちとは沖縄で再会して合流した。エイリア学園からも逃れて、夕香の安全も確保されたんだ。
 は気付いてたかどうかわからないが、一之瀬に猛アタックする女子選手がいて、あいつのことをダーリンと呼んでいたから
 俺も雷門に帰ったら一度にそう呼ばせようとか思っていた。・・・もちろん、呼んでくれなくていいからな。それから、雷門に帰った後は・・・」
「・・・っふ」
?」




 突っ伏したままだったが声を上げたことに気付き、豪炎寺は慌ててににじり寄った。
どこで反応してくれたのだろうか。
一方的にとにかくこれでもかというくらいに話していたから、何が受けたのかよくわからない。
だが何にしても、が反応してくれたことが嬉しくてたまらない。
初めてここにを連れて来て、初めて笑ってくれた時と同じくらい嬉しい。
次は何を言ってくれるんだろう、この際罵詈雑言でも喜んで聞きたい。
そう意気込みに顔を近づけた豪炎寺は硬直した。
泣かせた。を泣かせた。泣かせた泣かせた泣かせた。
喜びがすぐさま消え、さあっと顔から血の気が引く。
いつから泣いていたのだろうか。
また何か、意識せずを傷つけるようなことを口走っていたのだろうか。
豪炎寺の頭の中でめまぐるしく先程からの言葉が再生される。
もしかしてあれか、『嫌い』とか『醜い』とかいった単語だけを捉えてそれで傷ついてしまったのか。
ありうる、ならば何だってありうる。
どうしよう、今更どうでもいい話をしていたらそれでまたを傷つけてしまって、本当にどこまで馬鹿なのだろう。
・・・いや、自分を責めることはいつでもできる。
今は、この危機的状況を一刻も早く打開することを第一に考えるべきだ。
半田が言いたかったこともそんな感じだった気がする。
だがしかし、現状の打開策がまったく見つからない。
泣かせたへの対処法など知らない。
泣き止んでほしい。
これでは風丸が言っていた笑顔が可愛い云々以前の問題だ。
豪炎寺はの前に移動すると、そろりと手を伸ばした。
いつも圧死行為だとか言ってくるから極力優しく、傷つけないようにそっと。
恐る恐る伸ばした手がの背中に到達し、豪炎寺は膝立ちになったままを抱きしめた。





「・・・ごめん、本当にごめん、悪かった。俺は今も昔もずっと、がいないと駄目なんだ。
 に見てもらっていないと不安で心配で、俺がわがままなだけなのにの都合も考えないで八つ当たりするんだ。
 いけないと思う、俺も、こういう俺は好きじゃない。でも、そんな俺でもには見ていてほしいんだ」
「・・・・・・」
「研崎に狙われてたことは初めて知った。抱え込ませてばかりで聞き役になれなくてごめん。ちゃんと克服する、が俺にも話せるようになるくらい強くなるから、だから、だから・・・」




 嫌いにならないでくれ。
そう呟いた瞬間、豪炎寺の胸にどんと衝撃が走った。
胸を何度も叩きながら、腕の中のが泣きじゃくっている。
物理的な痛みはないが、精神的にはかなり追い込まれる泣かれ方だった。
を追い込んだのは自分で、きっと自分がいなければはここまで思い詰めはしなかった。
しかし、それでもなお傍にいてほしいと願ってしまうのだ。
涙と共に怒りをぶつけられるのも当然のことだった。





「わた、わ、私いっぱい考えていっぱい心配したのに、全然何のアクションもないんだもん・・・!
 もっ、忘れられたのかなとかっ、信頼されてないのかなとかっ、いっぱいいっぱい不安で・・・っ!」
「忘れるわけないだろう! を忘れるんなら他の連中のことなんかとっくに記憶の彼方だ。心配かけてごめん、不安な思いにさせてごめん」
「骨男に修也の事知りたくないですかって病院で訊かれた時もほんと怖くて、怖いけどでもそんな事言ったら迷惑かけちゃうから言えないし・・・!
 みみみ三つ子にだって何回も襲われてるし、は、半田いなかったらマジ私キチガイ・・・!」
「怖い思いもさせてごめん。言わせられないような奴でごめん。ちゃんと守ってやれなくてごめん。今度から俺のせいならそう言ってくれ、ちゃんと対処するようになるから。
 ・・・でも無事で本当に良かった。に何かあったら俺は・・・」
「さっきだって、さっき、だっ、て・・・・・・。ううううう・・・」
「嫌だったんだ。他の奴らには会っているのに俺とは会おうとしないで、こっちを見てくれないことに嫉妬してたんだ。ごめん、本当にごめん、俺の考えばっかり押しつけて傷つけてごめん」





 何年分の涙なのか、わああんと泣き続けるの背中を何度もさする。
それでも泣き止む気配は微塵も感じられない。
まさかとは思うが、抱きしめていることが逆効果なのだろうか。
また傷つけているのだろうか。
胸を叩いているのは離せという合図なのか。
一度考えるとそうとしか思えなくなってきて、名残惜しくはあるがから体を離そうとする。
ぎゅっと弱々しい力ではあったが胸元の布を掴まれ、豪炎寺の動きが止まった。




・・・?」
「や、あの・・・・・・、泣いて顔ぐちゃぐちゃになって可愛くないから、もちょっと・・・」
「・・・・・・」
「駄目ならいい・・・」




 駄目なわけがない。
駄目と言う男がいるのなら、そいつを殴り飛ばしてやりたい。
何なのだこの子、急に泣き出して人を慌てさせたかと思ったら今度はデレ期に突入か。
胸でも背中でも顔でもどこでも貸してやる。
元はといえばこちらが100パーセント悪いのだから、通常貸せない部位であっても無料貸与だ。
豪炎寺は再びの背中に腕を回すと、先程と同じようにゆっくりと撫で始めた。
座り込んでいるからかもしれないが、腕の中のは思った以上に小さい。
こんなに細くて折れそうな体で一生懸命大人とキチガイ相手に戦い、更に円堂や自分たちとも対峙したのかと思うと驚きと共に尊敬の念すら抱く。
サッカー部員でもなんでもないただの一般人が背負うには重すぎる役目だった。
必要以上の重荷を背負わせてしまったのもこちらのせいなのだが。
何もかも自分のせいにするなと言われたが、話を聞いた上で改めて考えるとやはり自分のせいとしか思えない。
半田が言ったように、のためにもこれからは近付かない方がいいのかもしれない。
もう、これ以上大切な存在を傷つけ、困らせるようなことはしたくなかった。




「・・・あの、ね」
「うん?」
「修也のせいじゃないからね。いろいろあったけど、私がサッカー好きになったのは修也じゃなくて別の人のおかげだから、自分のせいにしないで」
・・・。慰めてくれてるのか?」
「ううん、ほんとのこと言ってるだけ。なんでもかんでも俺のせいだって思うほど私修也に依存してないから、自惚れてほしくない」
「・・・・・・俺の方がに依存してるみたいだ、じゃあ」
「そういうこと。修也、実は私のこと大好きでしょ」
「ああ、大好きだ。鬼道はやめて俺にしないか?」
「は・・・!?」




 ようやく泣き止みかけたが顔を上げ、ぽかんとした表情でこちらを見つめてくる。
多少涙で濡れてはいるが、ベースが良いので可愛いことには変わらない。
目も充血していて、泣かせた張本人がかわいそうだと思ってしまう。
呆気に取られている様子がおかしくて、もう一度大好きだと言ってみる、
いやいや意味わかんないからと反論するの喉がひくりと引きつった。




「て、いうか、なんで鬼道くんの、こと!?」
「しゃっくりか?」
「・・・泣きすぎたせいかも・・・」
「だろうな」




 胸元を押さえ呼吸を整えようとしているを見下ろす。
ああ、また興味を俺から逸らしている。
今、の目の前には自分しかいないのだからちゃんとこちらを見てほしい。
豪炎寺はと名を呼んだ。
なぁにと答え顔を上げたの顎に手をかけ、ぐっと自分の顔を寄せる。
今なら確実に、の視界には自分しか映っていないはずだ。
ついでにしゃっくりも止まってくれていると一石二鳥だ。
豪炎寺は唇を離すと、わなわなと震えているに囁いた。




「止まったか?」
「止まった・・・けど」
「じゃあこれは唇のおまじないだ」
「な、ななななぁにが唇のおまじない!? セクハラ変態うわぁん私のファーストキス喰らえ「のタックルはもう効かないぞ」ノン! 喰らえアイアンロッド!」




 何だその殺傷力のありそうなトゲトゲとした凶器は。
ただの花束じゃなかったのか。
こんな物を持ち歩くほど、の周囲は物騒だったのか。
は鉄パイプ制裁を腹に受け身悶えている豪炎寺を、真っ赤な顔で見つめた。






夫婦円満の秘訣は定期的な会話ですが、何話してもいいわけじゃありません






目次に戻る