世界中のマスコミ各社からテレビカメラを向けられ、インタビューを求められる。
試合を終えたばかりで息は上がっているが、何を言えばいいのか、どんなパフォーマンスをすればいいのかは数年前からずっとわかっているから迷わない。
これから先も、彼女を見つけるまではずっとこうするはずだ。



「これ、世界中に中継される?」
「はい!」
「そっか。・・・待っててねちゃん、俺、ちゃんとの約束果たすために世界に行くよ!」



 カメラに向かって笑みを浮かべ、ネックレスのペンダントトップへと姿を変えた元キーホルダーの根付をぐっと突き出す。
ねぇちゃん、俺はあの約束忘れたこと一度もないけどちゃんも覚えてる?
海も国境も何もかも越えて君に逢いに行くから、もう少しだけ待っててね。










     42.その顔に、ピンときた人みな不審者










 長かった病院通院生活もようやく終わりか。
は綺麗さっぱり片付いた夕香の病室だった部屋を見回し、ゆっくりと扉を閉めた。
前を向くと、兄に手を引かれ笑顔で歩く夕香の後姿が視界に入る。
寝たきりで点滴生活を強いられていた夕香が、今こうして自力で立って歩いている。
奇跡みたいだと考え、これは奇跡でもなんでもなくただ当たり前のことなのだと思い直す。
そう、夕香の具合が良くなるのは当然なのだ。
人は努力して大きくなるのだ。
天才と呼ばれる人だって、実は人が見ていないところで血の滲むような努力をしている。
私はどうなのだろう、何か努力してることってあるのかな。
人には努力を強いて奮起を促しているが、かくいう自分自身は取り立てて何か特別なことをやってはいない気がする。
ずっとこれでいいのだろうかと今後の身の振り方をぼんやりと考えていると、くいくいと手を引っ張られる。




お姉ちゃんどうしたの? ちょっと元気ないよ」
「へ? あ、いや別に何もないよ。良かったねぇ夕香ちゃん、今日から修也とずーっと一緒じゃん」
「うん! お姉ちゃんもいっぱい遊びに来てね! これからもいっぱい遊んでくれる?」
「もっちろん! あ、何なら半田たちも連れて来る?」




 お姉ちゃんだけでいいよと嬉しいことを言ってくれる夕香をぎゅうと抱き締め、頭を撫でる。
本当に兄とは似ても似つかない愛苦しさだ。
兄妹でどうしてこうも変わってしまったのだろう。
性別や年齢の違いだけでは説明できない決定的な何かがあるに違いない。
修也ももう少し可愛げあって優しかったらなあとぼやいていると、いつの間にやら隣にいた豪炎寺が顔を寄せてきた。




「俺はそんなに優しくないのか?」
「逆に訊くけど、私に優しくしてる自覚あるの?」
「・・・努力する。だけど、ももう少し俺に優しくなってもいいと思う」
「これ以上どう優しくなれと? ほんとさあ、修也私にもーっと感謝すべきだよ、毎日が様感謝デー」
「今度母の日にカーネーションでも贈ろうか」
「やめてそういう嫌がらせ。カーネーションはフクさんにあげなよ。フクさんも戻って来て、やっと豪炎寺家は元に戻った感じだね」
「ああ。フクさんがいるから部活で疲れて帰った後で夕食作らなくて良くなったんだ。もまた食べに来てくれ、フクさんの肉じゃが」
「おう」




 タクシーに乗り込み自宅へと帰る豪炎寺たちを見送ると、はのんびりと歩き始めた。
平和だなあと思う。
ついこの間まで宇宙人を名乗るキチガイがいたとは思えないほどに平和だ。
これが普通のはずなのに、どこかつまらない。
刺激的な生活に慣れると感覚が麻痺してしまうらしい。
これはいけない。
刺激を求めてしまうと際限がなくなり、より強い刺激を欲してしまう。
将来不良になったり朝帰りをしたりする前兆かもしれない。
普通でいよう、いつもどおりの毎日を目指そう。
そういえば今日は父が大事な話があると言っていた。
何だろうか、やけに嬉しそうにしていたから昇進とかそういったイベントかもしれない。
偉くなったのならば、先日可愛いワンピースを見つけたからぜひそれを買ってほしい。
はへにゃりを笑みを浮かべると、家のインターホンを鳴らした。
出迎えてくれた母と共に家の中に入ると、見知らぬ男性の靴を見つける。



「あれ、お客さん来てるの?」
「そうなの。ちゃんにお客さんなんだけど、ちゃんいつの間にあんなダンディーなお友だち作ったの?」
「ダンディーさん? ううんそんな人知らないよ、だぁれその人」
「あらあら。じゃあちゃんに何のご用なのかしらあの人。もしかして」
「「不審者さん?」」




 母と顔を見合わせ、応接間に座っている男性を部屋の外から覗き込む。
どこからどう見ても知らない人、不審者予備軍だ。
まったく、いったい何と言って家に乗り込んできたのだ。
お宅のお嬢さんの知り合いですとかなんとか適当にほざいて母への接近を図ったのだろうか。
確かに母はとても若い。若い上に美人だ。
しかし、人妻狙いとはますますもって許せない。
父が出張で不在時をあえて狙ってくるとは、奴は正真正銘ただの不審者だ。




「ママ、絶対あの人変な人だよ! 私アイアンロッド持ってくる! 確かお庭に鳥除けで突き刺してたよねっ」
「駄目よちゃん、お家の中であれは振り回しちゃ駄目。でもどうしましょ、ママも今更ちょっと怖くなってきたわ」
「はっ、そうだ半田呼ぼう! 半田ならきっとなんとかしてくれるよ、だって半田だもん!」




 はポケットの中の携帯を取り出すと、半田の電話番号を探し出した。
よし、今すぐ電話して用件は後で言うからとりあえず家に来てと頼もう。
半田なら来てくれるはずだ。
半田だからこそ、文句は言いつつも来てくれるはずだ。
発信ボタンを押した直後、応接間の男がくるりとこちらを向きあのと声をかけた。
無愛想な表情をした男だ。
何を考えているのかわからず、ますます不信感が増していく。




「は、はい!」
「あ、ママ!」
「大丈夫よちゃん。ママもね、若い頃は木刀担いで東地区制覇していつもパパに叱られてたから、そんじょそこらの不審者さんには負けないわ!」
「わあママかぁっこいい! パパからうっすら聞いてたけど、ママほんと滅茶苦茶だったんだね!」




 きらんと瞳をきらめかせ不審者へ向き直る母を見送ると、はようやく電話に出た半田と話し始めた。
とりあえず家来てと言うと、なんでだよと不満たらたらの声で返される。
お家に得体の知れない不審者さんがいてママとやり合ってると状況を説明すると、なんでそういう大事な事先に言わないんだよと叱られる。
呆れたり怒ったりと半田も忙しい男だ。
カルシウムが足りていないのではないだろうか。




『いいか、不審者に見つかんないように押し入れの中とか家の外とかとにかく隠れとけ! あとあれだ、鉄パイプも一応持っとけ。警察は呼んだのか!?』
「ううんまだ。で、でもママ置いて逃げらんないよ。早く半田、不審者さん私に用あるって」
『また宇宙人か!?』
「宇宙人もキチガイもみーんなまとめて不審者だからそんなのわっかんないよ!」
『逆ギレるな! あ? 何だよ鬼道。へ? そう、の家に空き巣だか強盗だかが入り込んでんだよ!』
「ねぇ半田」
『ミサイル!? ばっ、おまっ、そんなもんぶっ放したらごと木っ端微塵だろ! 待ってろ、今すぐ行くからな!』




 一方的に通話を切られ、は改めて母と不審者を見つめた。
きちんとインターホンを鳴らして現れたので空き巣でも強盗でもない気がするが、不審者だから何だっていいのかもしれない。
ミサイルなんて恐ろしい単語も聞こえてきたが、仮に発射されてもこちらに非はないので問題はないだろう。
ミサイルで守りたくなるほどに愛されていて、つくづく自分は幸せ者だ。
誰がミサイルを提供してくれるのかはわからないが。
大人しく座って母と話していた男がゆっくりと立ち上がる。
また改めて参りますとは、また来る予定があるのか。
不審者には入り浸ってほしくないのだが、無言の出て行けオーラが通用しなかったのだろうか。
なんというスルー能力だ。もう少し人の感情に機敏になるべきだ。




「・・・君がさんか」
「はあ・・・? あのー、お宅はどちら様で・・・?」
「・・・突然訪ねてきてすまなかった。響木さんに勧められて来たのだが、予想以上の反応だった」
「響木さんの? ラーメン屋のお友だち・・・にしてはメタボじゃないけど、てことはサッカー?」
「そ「んなわけないか。だって今更ねぇ。行くんなら修也のとこ行くだろうし」・・・」




 響木の名前を出したからといってすぐに安心するほどお気楽者ではないのだ。
様々な出来事を経てきたのだから、はいそうですかとあっさりと心を許すはずがない。
響木の名を使うとは、この不審者は知能犯の素質を秘めているらしい。
今度響木に伝えて、半田たちにも響木さんのお友だち詐欺に気を付けてねと忠告しておかねば。
結局何をしに来たのかわからないまま帰って行った不審者を見送っていたは、背後から荒い息で名前を呼ばれゆっくりと振り返った。
全力疾走で来たのか、汗だくで走ってきた半田が近付いてくる。




「大丈夫か! 空き巣か強盗どこ行った!」
「ああ、ついさっき帰ったよ。半田も気を付けてね、あの人響木さんの知り合いって言ってた」
「響木監督の!? ・・・それ、ほんとに不審者か?」
「響木さんの知り合いが私に用あるわけないじゃん。だって私だよ?」
「まあそう言われちゃそうだけど・・・。おばさんも大丈夫なのか?」
「うん、ママも平気。なんかごめんねー、びっくりさせちゃって」
「いや、気にすんな。じゃあ俺練習戻るから」
「ん」




 一息ついてまた雷門中へと戻っていく半田の背中をじっと見つめる。
本当にいい親友だ。
これから先何人友人ができようと、半田以上に気を許せる親友はできないだろう。
半田になら何だって話せる。
豪炎寺や鬼道、風丸に言えないことも半田にならばさらりと言えそうな気がする。
試しに今度、豪炎寺と鬼道のどちらを選べばいいか訊いてみようか。
呆れながらも真剣に考えてくれそうだ。




「半田も努力してるんだなあ・・・。私も何かしよっかなあ・・・」




 何かといっても、何をすればいいのだろう。
はおそらくはすべて父宛てであろう郵便物をポストから引き出すと、不審者が去り平穏を取り戻した自宅へと引き返した。







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