は雷門中体育館に勢揃いしたサッカー少年たちを見つめ、目を輝かせていた。
右を見ても左を見てもイケメンばかり、まるでパラダイスだ。
豪炎寺の忘れ物をフクから預かり、届けに来て正解だった。
は豪炎寺に忘れ物の鍵を手渡しながら、すごいねえと歓声を上げた。




「イケメンばっかじゃん! なに、これ何の集まり?」
「響木監督に呼ばれたってだけで詳しいことは俺もよくわからない。だが、みんな強豪揃いだ」
「へえ。ほんとイケメンばっ・・・かじゃないか、なぁにあのタラコ唇」
「・・・木戸川の三つ子FWの1人、武方だ。知らないのか?」
「いたっけそんな人。私、あっちじゃ修也しか見てなかったもんなあ。わ、帝国のイケメンさんもいるじゃん!」
「意外な奴も来てるんだが・・・。はヒロトを知ってるか?」
「ヒロトくん? 誰それ」
「やあ、俺のこと忘れちゃった? 忘れてそうだね」




 豪炎寺と話し込んでいると、ぽんと肩を叩かれそちらへ顔を向ける。
病人ではないだろうかと心配になってしまうほどに血色の悪い肌に赤毛の少年には見覚えがある。
確か宇宙人のグランだ。
名前を変えたのか過去を捨てたのかただのイメージチェンジか、ヒロトと改名したのなら教えてほしかった。




「グランくん! あんまりお元気じゃなさそうだね」
「いや、すごく元気だよ。グランっていうのは宇宙人の名前で、本当は基山ヒロトって言うんだ。その、どうかな? 昔とちょっと髪形変えてみたんだけどイケメンになれた?」
「へ? 基山くんは昔からイケメンだよ」
「でも君、あの時バーン・・・じゃない、晴矢を選んだじゃないか。あれ結構傷ついたんだよ」
「あ、あれ? だって基山くん今もそうだけど、顔色あんまり良くないんだもん。だからどこか具合悪いのかなあって。それに南雲くんの方が血色は良かったし!」
「そ、そうなんだ・・・」
「でも基山くん、髪型変えて性格も明るくなってもっとイケメンになったね! はあ、目移りしちゃってどうしよう」





 きょろきょろと周囲を見回し、お目当ての風丸を見つけたのかそちらへ飛んで行くを見つめる。
女の子なら誰だってイケメンは好きだろうから、の行動をとやかくは言えない。
とヒロトの間に何があったのかは気になるが、どうせのことだ。
また余計な滅茶苦茶な事を言ってヒロトを困らせたに決まっている。
の無茶振りと突拍子のない行動についていける人はそういないのだから、そこのあたりをもう少しには自覚してほしい。
滅茶苦茶で破天荒だとわかっているにブチ切れして泣かせた身が言えることではないが。





「彼女、何考えてるのかわかんないからかなり怖かったんだけど、今はそうでもないね」
が迷惑をかけたようなら俺が代わりに謝っておく。すまない」
「あ、いや、あれは元はといえば俺たちがいけなかったんだけどね。豪炎寺くんはさんと仲が良いんだね」
「幼なじみなんだ。仲良く見えているのなら俺は嬉しい」
「・・・ああ、幼なじみ・・・。俺の幼なじみとタイマン張れそうだよ、さん」





 風丸に抱きつき甘えていると、そんな彼女に戸惑うことなくよしよしと大らかに抱き締め返し頭を撫でている風丸の周りには、いつものように花畑が広がっている。
すごいです先輩のレインボーループみたいですと無邪気に感嘆の声を上げている立向居の反応が新鮮に思える。
あれを顔を合わせるたびに見せつけられていると、そのうち『ああまたか』で済ませてしまうようになるのだ。
現に、円堂や染岡たち雷門組は今日もいい花咲いてるなあと和やかに談笑している。
何がいい花だ、幻覚でも見えているんじゃなかろうか。





「そうそう、今日はもう1人いるんだ」
「もう1人・・・?」




 ヒロトの紹介に合わせたかのように、突如として不気味なオーラを纏った少年が現れる。
じゃれ合っていた風丸ともオーラに気付き、視線をそちらへと向けている。
またイケメンがいいなあと暢気に声を上げているに、吹雪が僕じゃ足りないのなどふざけた事を尋ねる。
吹雪ではないが、これ以上の周りに男を近付けたくはない。
今でもう充分だ。
まだ足りないとは、我が幼なじみはいつの間にやら稀代の男タラシになってしまったのか。
どこからともなく現れた少年の姿が徐々に露わになる。
新緑の長い髪を1つに結った、きりりとした目元が印象的な彼を見た瞬間、豪炎寺はざわりとした胸騒ぎを感じた。
これはには見せてはいけない人物のような気がする。
地球にはこんな言葉があると宣言し、ぐるりと円堂たちを見渡した少年の顔がの前で止まる。
自信満々だった顔がぴしりと引きつり固まる。
間違いない、あいつはあれだ。
が気付く前になんとかしなければ。
豪炎寺はの元に歩み寄ると、黙ってと少年の間に割って入った。





「どうしたの修也」
「どうもしない。顔が見たくなっただけなんだが嫌か?」
「顔? さっきもじっくり見てたじゃん。あんまり見るなら鑑賞料取るよ」
「ち、ちちち地球にはこんな言葉がある・・・! 男子、3日会わざれば刮目せよってね・・・!」
「・・・むーん、なぁんかあの喋り方すっごく苛々するんだよねー・・・。髪も緑だしまさか!」




 が豪炎寺を押しのけ、少年をじっと見つめる。
うーんと唸りながらじっくりと、前も後ろも頭のてっぺんからつま先まで観察する。
突然検問を受け始めた少年といえば、彫像のように固まったきり動かない。
やばいやばいまずいよまたたぶん殴られるあれほんと痛いんだよ、あれのおかげで虫歯あることばれたんだよと、
には聞こえないようにぶつぶつぼそぼそと呪文のように呟いている。




「むーん、やぁっぱどっかで見たことあるんだよねえ・・・。ねぇねぇ、昔私に会ったことある?」
「えっ、いや、どうだったかなあ・・・!?」
「私って結構人の記憶に存在刻みつけるタイプらしいから、会ったことあるなら覚えてると思うんだけどなあ・・・」
「えっ、ああえっと、お、・・・思い出したくな、い・・・」
「え、なぁに何か言った?」
「ていうかお前、学校壊しやが「あああああああ! とりあえず空気読んでくれるかなそこのタラコ唇。確かにそれは謝る、悪かったけどさあ!」




 彼女のことはそれはもう、今でも鮮明に覚えている。
宇宙人としてのお仕事2件目で生まれて初めて人に、しかも大して歳の変わらない可愛い女の子にばちんと張り手を飛ばされボロクソに言われたのだ。
忘れられるわけがない。
あの日は家に帰ってしくしくと、痛みと悲しさで泣いたのだ。
訳のわからない地球征服計画を企てている父に無理強いされ一生懸命宇宙人のキャラを作って間もない頃に、おそらくは実の親よりも手厳しくこっぴどく叱られ、あれはトラウマだ。
女の子を怒らせると怖いと知った瞬間だった。
見た目に騙されるなという教訓が心と体に叩き込まれたのがあの日だった。





「うーん、気のせいかな? ごめんね、なんかお宅がえっらい私が全世界で一番嫌いなキチガイカビ頭に似ててさあ。
 でも世の中似てる顔の人3人はいるっていうしきっと別人だね、ごめんね?」
「あ、うん・・・。こっちこそ、なんかほんとにごめんなさい・・・」




 追求することをやめたがにっこりと微笑む。
別人といえばまあ別人だが、結果的に彼女を騙してしまったようで非常に居た堪れない。
次に知れたら、嘘をついていたという罪も相まって更なる制裁を受けそうだ。
あれ以上ぶたれたら虫歯どころか永久歯までおかしくなりそうだ。




「俺、緑川リュージって言うんだ。だからそう呼んでほしいなあ・・・とか」
「へえ、緑川か、よろしくな! あと、豪炎寺たちがすごく心配そうな顔してるし、俺も傷害事件の目撃者にはなりたくないから風丸のとこに戻ってくれるかな」
「ん? 円堂くん何か隠し事してる?」
「してないしてない!」
「そ? ならいいけど・・・」




 が離れ明らかにほっとした表情を浮かべている緑川に目配せすると、円堂は改めて響木に集められた人々を見つめた。
いったい何があるというのだろう。
見たことがない顔もちらほらあるし、いい加減何か事を起こす前に事前報告をするということを学んでいただきたい。
今朝は寝坊をして朝食もそこそこで飛び出してきたから、実は空腹なのだ。
試合をするならすると言ってほしい。
試合前の験担ぎのメニューとか一応あるのだ。
ただの特大おにぎりだが。




「鬼道、あれが例の彼女か。噂どおりの不思議な子だな」
「そうだ。可愛いだろう、元気だろう。知ったからには佐久間にも協力してもらいたい」
「当たり前じゃないか! ・・・と言いたいとこだけど、具体的にはどんなことすればいいんだ?」
「豪炎寺を引き剥がし風丸を敵に回さず、俺のアピールをしてくれればそれでいいと春奈は言っていた」
「わかった。鬼道がフットボールフロンティア地区予選決勝の時にさん庇ったのはこのせいだったんだな。・・・長いな、片想い期間」
「笑っていいぞ、俺は泣きたい」





 佐久間と包囲網作戦の確認をしていると、不意に強烈なシュートが鬼道めがけて飛んでくる。
襲来に気付いた鬼道が咄嗟にボールを蹴り返す。
何事かとざわつき、ボールの向かった先を円堂たちが見やる。
事情を知る者すべての顔が凍りついた。
ぱあっと顔を輝かせたのは1人である。




「不動・・・、何の真似だ!」
「挨拶だよ挨拶、シャレのわかんねぇ奴」
「響木さん、まさかあいつも!?」
「きゃあ不動くんじゃん! 来るなら来るって教えてくれれば良かったのに!」
!?」




 不動を召集した響木に詰め寄る佐久間とは反対に、嬉しそうに不動に駆け寄るを見た鬼道の顔がくしゃりと歪む。
先程鬼道たちに向けていた不敵な笑みを引っ込めた不動は、ぎょっとした顔つきでを見つめている。
なんでここにサンいんだよと吠える不動に、鬼道はなぜだと叫んだ。




「不動、なぜお前がを知っている! に何をした!」
「はあ!? 何もしねぇよこんな奴! サン帰ってほんと今すぐ帰れ」
「えーどうして? 一緒にお泊まりして旅行行って温泉にも行ったじゃん。楽しかったよねえあの時」
「お泊まり!? 旅行!? 温泉!? その3つで何もないわけがないだろう!」
「・・・、その話詳しく聞かせてくれないか?」
サン、頼むからこれ以上口開くな!」
「あっ、そうだ思い出した。私響木さんに言いたいことあったんだ」
「俺・・・!?」
サン俺の話を無視する癖やめて」




 帝国組の修羅場に急に巻き込まれたことに、響木は思わず後退りした。
大の男の言い方としてはみっともないことこの上ないが、響木はが正直なところ怖かった。
彼女を怖くさせたのは紛れもなく大人たちのせいだが、怒ると手がつけられないくらいに切れるが怖かった。
しかし、怖くても彼女の才能は確かだったから今回こそ彼女に助力を乞おうと思った。
不動との因縁があったなど知らなかったが。
響木はむうと眉根を寄せているを見下ろした。
今度は何を言うつもりだ。
彼女の考えが読めないから、対処のしようもない。





「何だね?」
「こないだ、響木さんの知り合いを名乗る不審者が私に会いに家来たんです」
「ああ・・・。・・・不審者・・・?」
「すっごく無愛想な人で何考えてるのかわかんないダンディーなおじさんだったんですけど、私その人のこと見たことなかったんですよ。あの人絶対に不審者、超不審者」
「ああ、空き巣か強盗だったらしいな。無事で良かった。に何かあれば俺はミサイルを発射するところだった」
「そうそうそれそれ! ありがとね鬼道くん、ミサイル級のお守りなんて私初めて! で、響木さんまさかとは思うけど、そういった人と知り合いじゃないですよね?」




 うわあこの子、本当に常人の予想の遥か斜め上を突っ走って遂にグラフを突き破った。
彼はまさしく知り合いだ。
今回の戦いにあたって彼女の力が絶対に必要になると話して聞かせたらスカウトに行くと張り切っていたが、まさかの不審者扱いをされるとは。
響木さんの知り合い詐欺に気をつけてねみんなと、で誤解を広めているし。
俺も一緒に行った方が絶対にいいと進言したのに、聞き入れなかったからこんなことになるのだ。
無口でポーカーフェイスでに免疫のない人物が、彼女に勘違いさせることなく任務を遂行することなどできるわけがないのだ。
あっさりと首を縦に振らないのがなのだ。
甘く見たあいつが悪いとしか言いようがなかった。
もはや、事ここに及んでは何を言っても弁解の『べ』の役目も果たせない。
ミサイルまで出てきてはもうおしまいだ。
指名手配犯扱いされる日も近いかもしれない。




「大丈夫なのか? 鬼瓦さんなら俺たちの知り合いだしそうだ! 鬼道、お前んとこのSPに貸してやれば?」
「そうだな・・・。一度狙われるとああいった犯罪者は繰り返し訪れるというし・・・」
「ねぇ不動くん、ちょっとお尋ねなんだけど」
「何だよ」
「不動くん、今日どこに泊まるの?」
「・・・・・・」
「うち来ない? 今ならお風呂とご飯と可愛い女の子とお家のSPの役目がついてくる」
「不動に頼むくらいなら俺が行く。それいいだろう
「でも鬼道くんはお家あるじゃん。それに私、これ以上鬼道くんにご迷惑かけらんないよ」
「俺に対しては迷惑とか思ってないわけサン」
「じゃあ不動くん今日どこに泊まるの? 今からお宿探すの大変だよー」
「・・・またこないだみたいにいきなり行ったら、おふくろさんたちびっくりするだろ」
「びっくりしてなかったじゃん、あらあらまあまあで」
「そうだな、俺がびっくりするくらいにあっさり出迎えてくれたなお前のおふくろさん!」




 駄目だ、こうなったらには逆らえない。
鬼道からの視線は射殺されるのではないかというくらいに痛く刺々しいが、護衛という名目ならばまだいいだろう。
正直、少ない手持ちから今日の宿が見つかるかどうかも不安だったし。
ただ寝ができるのならば、多少の厄介事も甘受すべきなんだろう。
と知り合ってしまったこと自体が既に厄介事なのだから、今更ぐだぐだ言ったところで何も変わらない。




、空き巣でなくてもそこの不動に何かされたらすぐに俺と警察に通報するんだ。いいな?」
「そーんなに心配なら鬼道クンも来ればいいんじゃねぇの?」
「こら不動くん! 不動くんも知ってるでしょ、うちに人を2人泊める余裕はありません!」




 不動と、どちらを叱ればいいのかわからない。
鬼道たちは周囲の不動への温度とは明らかに違う暖かさで接するを見つめ、これからの世界へ向けての戦いに一抹の不安を抱くのだった。






新旧不審者、夢の競演である






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