43.突然乱入していいとも










 目覚まし時計代わりの携帯のアラームがピピピと鳴り、むくりと体を起こす。
過程は滅茶苦茶だったが、取りあえず家にお世話になって良かったと思う。
これ以上ないほどに敵愾心を抱かれているこちらには、当然友人らしい知り合いもいない。
半ば強引に家へと連れ帰ったが今日のBチームの練習場所メールを受信していなかったら、うっかり置いてけぼりを喰らっているところだった。
なぜにくるのか、誰からのメールなのかはわからなかったが。




サンち超居心地いいんだけど・・・」



 お友だちの不動くん連れて来たからお泊りしてもらっていいと何の前置きもなく母に尋ね、あらあら久し振りねえ不動くんと笑顔で迎えられた時は拍子抜けした。
娘が男を連れて来てもこうなのか、おふくろさんちょっと俺を見くびってはいませんかと余計な忠告をしたくなるくらいだった。
その後も他人の家だからと大人しくしていると、一緒にデザート食べようだのテレビ観ようだのと誘われ続け。
自分のペースなどあったものではない。
不動は布団を片づけると、すでに明かりが灯っている台所へと向かった。
せっせと朝食の支度を始めているの母におはようございます手伝いますと声をかけると、娘そっくりのにっこり笑顔でありがとうと言われる。
できれば出刃包丁をまな板に置いてから振り返ってほしかったのだが、おそらくは娘と同じ思考回路をしているであろう彼女に言ってもきょとんとされるだけだろう。
不動は一般人の常識を放棄することにした。
この家では常識は何の意味も持たないのだ。
変なプライドは捨てた方が手っ取り早い。
不動は悟りを開いた気分になった。




「おっはよーママ! あれ、不動くんもおはよう」
「おはようちゃん。不動くん、朝ご飯のお手伝いしてくれたのよ」
「へえ! すごいね不動くんの料理できるんだ!」
「いいからとっとと食え」




 家族プラス不動の4人で食卓を囲む。
あれも美味しいこれも美味しいと朝からもりもり食べているを見ていると、なにやら様々なことがどうでも良くなってくる。
の両親も幸せそうだし、我が家とは大違いだ。
不動は久々に家族特有の暖かさに触れた気がした。
こう言っては悪いが、まるで自分も家の一員になったみたいだ。





「不動くんBチームだっけ? 今日は帝国でやるってよ」
「昨日も思ったけど、なんでサンが知ってんだよ」
「鬼道くんと修也と風丸くんからメールきた。あ、不動くんのおべんとママが用意してくれてるって」
「すみません、お弁当までもらって」
「いいのいいの。だって不動くん愛媛旅行で貸したっていうかあげたつもりのお弁当箱、まさか不動くんが返してくれるとは思わなかったんだもん」
「その弁当箱をまた貸してくれるとは思わなかったけどな。・・・ところでサン、1つ質問していい?」
「なぁに不動くん」
「・・・帝国ってここからどうやって行けば着くんだ?」




 やぁだ不動くん帝国の生徒なのに忘れたなんてボケちゃったのとからかわれ、ボケてねぇよ俺は真帝国の生徒なんだよと言い返す。
本当に知らないのだ。
の家が稲妻町のどの辺りに位置しているのかもわからないのに、どうやって最寄り駅まで行くというのだ。
地図を描いてくれと頼むと、そんなのいらないじゃんと却下される。
何なのだこいつ、人を勝手に連行してきた挙句ポイ捨てするのか。
まさに悪魔、女神の影も形もない。
はみそ汁を平らげると、隣に座る不動に一緒に行こうと切り出した。





「は? いや、サンほんと俺に係わんのやめて」
「もーうそんなに照れちゃやぁよ。私も見に来てって頼まれてるから一緒に行こうよ」
「なんでサン見るんだよ。なに、サン鬼道クンの何?」
「私は鬼道くんのことお友だちって思ってるけど鬼道くんはそうじゃないらしい。いやあ、今モテ期でさ!」
「鬼道クン物好きだな! ・・・じゃなくて、だったらなおさら俺に近づくのやめてサン」
「断る! だって風丸くんにも良かったら来てねって誘われちゃったもん。ここで行かなかったらファンの名が廃る」




 風丸くんの日本代表ユニフォーム姿見たくないのと迫られ、不動はいよいよ頭を抱えた。
疲れる。
以前話をした時もまったく同じ感想を抱いたが、本当に疲れる。
眠って回復したはずの体力がごっそり削られたかのような倦怠感を覚える。
駄目だ、こいつの相手を真面目にすればするだけ無駄な気がしてきた。
とりあえず帝国まで案内してもらおう。
そして、今夜はどこか適当な宿を探してそこで一夜を明かそう。
不動は全身全霊での相手から逃れることを決意した。





「ということで準備できたら帝国へゴー!」
「・・・ゴー」




 帝国に行って油を売る前に、家のあちこちに転がっている段ボール箱を片づけた方が良いのではなかろうか。
不動は食後のお茶を飲み干すと、深く長くため息をついた。






































 の隣に正体不明のモヒカン頭がいる。
あれは確か、昨晩の強引さと誘惑に勝てず家に泊まることになった不動という男だ。
に懐かれているから半田や風丸のような人畜無害な奴かと思いきや、鬼道の様子を見る限りどうもそうではないらしい。
豪炎寺は不動を呪い殺そうかとでもいうように憎しみの籠もった瞳で睨みつけている鬼道に声をかけた。





「不動を知っているのか、鬼道」
「不動は真帝国学園の生徒だ。影山と共に源田や佐久間を操り苦しませ、染岡が入院する原因を作った奴だ」
「なぜそんな奴がと親しい?」
「俺が訊きたい。俺はのことが好きだが、時々彼女の考えていることがわからなくなる、今日だってそうだ。はなぜあいつと仲良くする」
「・・・昔からは変わった奴と親睦を深めるからな。帝国時代のお前との仲がいい例だ」
「そうだとしてもだ! 不動は危険な男だ、に何をするともわからん」
「鬼道・・・。それは俺も同感だ」




 鬼道はのことが好きだ。
の笑顔が好きで、いつもには幸せでいてほしいから彼女を悲しませ困らせるようなことはしたくない。
だが、鬼道は不動のことが嫌いだ。
と親しくしていることで、ただでさえ高い敵対心をより高めているように思える。
鬼道は、今すぐにでもに不動には近づくな、係わるなと言いたいはずだ。
しかしそれをしないのは、そう言ってしまうとが困るとわかっているからだ。
難しい立ち位置だと思う。
Bチームのキャプテンとしては公平に選手と接しなくてはならないが、個人的な感情でいうと不動の顔も見たくない。
ましてや、恋焦がれる女子と仲睦まじく語らっている場面など斬って捨てたいくらいだろう。
豪炎寺は鬼道の心中が少しだけわかった。
なぜなら、自身もが他の男と仲良くしているのを見ていい気分にはならないからだ。





「あっ、鬼道くん!」
。今日は無理を言って来てもらって悪かった」
「いいのいいの、どうせ不動くんエスコートしなきゃなんなかったし。でもやっぱ日本代表って言うだけあるよね、みんな気合い入ってるし超強い」
「何か気になるところはなかったか? なんでもいい、思いついたことがあったらどんどん言ってくれ」
「うーん・・・・・・。あ、修也の近くにいるちっちゃな子、ちょっとおかしくない?」
「俺の近くの・・・? 虎丸のことか?」
「そうそうたぶんその子。なぁんか変なんだよねー。変なとこで消極的っていうかさあ。苛めたりしてないよね?」
「昨日初めて会った奴をどう苛めるんだ。何もするわけないだろう」
「だよねぇ。じゃあ何なんだろあの子、代表選舐め腐ってんじゃないわよ」





 手厳しい言葉を吐き風丸の元へと向かうの背中を黙って見送る。
相変わらず言い方は酷いが、きちんと見ているところは見ているあたりさすがと言うべきなのだろう。
日本代表になれば今までのようにもベンチに遊びには来れないだろうし、会って話をする時間も減ってしまう。
の才能が捨て置かれるのはもったいないが、だからといってどうにかできるわけでもない。
せいぜい、世界を相手に戦う姿を見せてやるくらいだ。
そうすることが、ずっとサッカーに付き合ってくれたに対する精一杯の恩返しだった。





「響木監督はを放っておくつもりなんだろうか・・・。マネージャーですら春奈たちでいいのに」
「仮に頼まれたとしても、は力にならないと思う」
「・・・誰も、に平等に見てほしいとは思ってないんだがな」
「ああ。俺も鬼道も、には誰よりも多く見ていてほしいと思っている。無理をする必要はないんだが、は妙に頑固だからな」
「頑固者になったのは豪炎寺のせいだろう」
「多少わがままで頑固者でも、俺はが好きだ。好きでないと今日まで付き合ってこられなかった」
「言葉どおり今日まででいいぞ。明日からは俺がその役目を引き受けよう」





 風丸くんすっごく足速くなってかぁっこいいだ―い好き!
俺も可愛くて元気で優しいが大好きだ!
ぎゅうううっと抱き合い帝国に庭園を生み出している風丸とを、を怖がり、あるいは敬遠しようとしている緑川と不動がぎょっとした目で見つめていた。







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