道也のスカウト大作戦は先日、考えもしなかったぶっ飛んだ勘違いによって失敗に終わってしまった。
今日は、まさかのテイク2である。
おじさんが怖いのならば、今度は同じ年格好の女の子で攻めてみよう。
久遠は愛娘に作戦を伝授すると、実行に移すべくが陣取る観客席へと向かった娘の背中を見つめ頬を緩めた。
響木に世界と戦うには外せない逸材がいると教えられ、意気揚々とスカウトに向かった先であんな目に遭うとは思わなかった。
美しい人妻に見惚れ笑顔に魂を飛ばしながらターゲットの帰宅を待っていたら、彼女が帰宅した途端に状況が一変したのだ。
ダンディーなお客様からただの不審者に成り下がったことに混乱し、訳がわからなくなった。
親父ギャグも下ネタもナンパも何もしていないのに、突然の不審者である。
警察だか友人だか知らないがターゲットのは慌てて電話をかけ始めるし、再び応対し始めた彼女の母親は妙に殺気立っていたし。
あのままこの場に留まっていると、確実に逮捕されるか正当防衛が適用され撲殺されていた。
1メートル物差しに恐怖を覚えたのは生まれて初めてだった。
響木に1人で行くなと言われた理由がよくわかった。
だから今日は新たな手を打ったのだ。
女子中学生にはさすがのも不審者認定しないはずだ。
それどころか気を許して、日本代表のマネージャーじゃないけどそれに近いようなどちらかといえばコーチ職に就いてくれるかなの問いに、
いいともとふたつ返事で返してくれるかもしれない。
思い込みが激しい子には、それを逆手に取った手を打つまでである。
女の子1人スカウトできなくて日本代表の監督などやっていられないのだ。
久遠は選考試合とたちの動きの両方を観察し始めた。




































 見晴らし抜群の席を陣取ってくれた半田をよくやったと褒めて遣わし、どっこらせと腰を下ろす。
もうちょっと俺に感謝しろとありがとうの催促をする半田の頭を仕方なく撫でてやると、そうじゃねぇよと叱られる。
今日も朝から騒々しい奴だ。
カルシウムはきちんと摂ってるのと尋ねると、お前こそもっと食えとまた叱られる。
これでも毎日3食と2回のおやつは欠かさずしっかりと食べているのだが、半田はまだ太れと言いたいのだろうか。
半田がぽっちゃり系が好きだとは思わなかった。





「私が半田好みのぽっちゃり系になったところで、半田は一生親友だからね」
「いや、俺別にぽっちゃり系好きとは言ってないけど。なんかさあ、って食っても変わんないのな」
「見た目? ただでさえ可愛いからもうこれ以上可愛くなんないのよ。ゲージが満タン」
「ほんっと滅茶苦茶なことしか言わないな!」
「半田が無茶ぶりするからでしょー。悔しかったら日本代表になってみなさいよ」
「候補にすらなれなかったから今ここにいんだよ!」





 叫んだ後でぼそりと、別にそんな大層なもんになれなくてもサッカーできればそれでいいんだけどさと呟くと、が半田らしいと笑い背中をぽんと叩く。
俺らしいとは何だ。
中途半端に諦めがいいとか、そんなことでも言いたいのか。
あと、いちいち背中を叩くな。
豪炎寺や鬼道、風丸にとっては背中のおまじないかもしれないけど、俺にとっちゃ何の意味もないただの柔らかな暴力だから。
半田はの頭をこつんと叩くとグラウンドへと視線を移した。





「でも豪華な試合だよなあ、そう思わね?」
「そうだねぇ、こーんなオールスターゲーム二度と見られないよ」
「おいおい、これから世界規模のオールスター始まるってんのにもうお腹いっぱいなのか? 世界って相当広いんだぜきっと。好みのイケメンもたくさんいるかも」
「イケメンじゃなくても私、半田のこと好きだよ」
「好きって言葉はあいつらに言ってやれ。でも、俺ものこと好きだ」
「半田が私のこと大好きなのはとっくの昔に知ってますう―。・・・ねぇ半田、今度快気祝いしよっか」
「俺の? それともの? まあどっちでもいいけど何するんだ?」
「デートと大事なお話」
「それは、俺の命を保証してくれるやつなのか?」





 たかだかデートでどうして命懸けるの、お前とつるむの割と命懸けなんだよ。
半田はいつものように軽口を叩いてはいるが、どこかの表情が冴えないことに気が付いた。
確かは自分には正直な表情しか見せないと風丸が言っていたから、今のは何か問題を抱えているということになる。
またとんでもない厄介事だろうか。
自称神や自称宇宙人たちとのあれこれはとっくに片付いたからもう終わったと思っていたのだが、今度は何だろうか。
助けになってやりたいしできれば解決してやりたいが、が抱え込む厄介事は下手に手を出すと逆にの手を煩わせたりするので介入が難しい。
あれは辛い思い出だった。
結果的に豪炎寺にすべての責任をひっ被せたが、こちらに非がまったくないとも思えなかった。
良くも悪くもの鈍感さと単純さに胸を撫で下ろすばかりだ。





「俺、女子とデートとかしたことないからたぶんしっちゃかめっちゃかだけど俺でいいのか?」
「半田がいいの。昔言ったでしょ、私は半田だったら何だっていいって」
「だから、どうしてそういうこと豪炎寺たちに言わないわけ・・・」
「私が言わなくても、修也や鬼道くんはあっちから傍にいてほしいだの隣にいたいだの言ってくるもん」
「はあー、ほんとあいつら恋は盲目状態になってんなー。俺はやだよ、の隣は3日と保たねぇよ」
「別にダーリンになれって言ってるわけじゃないからいいよ。それに、そんな毎日もすぐ終わるって」
? 何言ってんだお前、ちょっとおかし「いって言われるのは慣れてるけど、イラッとするから言っちゃやぁよ。よっしゃ、風丸くん今こそ特訓の成果を円堂くんにぶちつけてやれ!」





 の声援が聞こえたのか、風丸がくるりと振り返り片手を上げる。
この距離で意思の疎通が図れるとは、風丸の耳は地獄耳だろうか。
同じくの声に反応した豪炎寺と鬼道、そして見知らぬモヒカン頭がを顧みる。
何だあのモヒカン、あいつも恋は盲目サッカーバカなのか。
どいつもこいつもを至上の女神のようにベタ可愛がり、世の中女はだけではないのだからもう少し他にも目を向ければいいのに、
・・・まあ、そんなことぼやいてるこちらも充分ファンに染まっているのだが。
半田は改めての横顔を見つめた。
相変わらず無言で観戦しているが彼女のことだ、きっと頭の中はゲームメークでいっぱいだ。
もったいない才能だと思う。
どこか、余所の国にでもを売り込んでやろうか。





「あらやだ、不動くんって意外と策士」
「不動って誰だよ」
「ほら、さっきタラコ唇をオフサイドさせたBチームの子。うちに下宿してるんだけどね、とっても頭良くて!」
「へえ・・・」
「前に私愛媛に行ったことあったじゃん。不動くんと行ったんだよ」
「不審者だろそれ! なんで不審者家に上げてんだ、お前馬鹿か!?」
「人に馬鹿って言っちゃ駄目! いい人だよ不動くん。この試合の意味もわかってるみたいだしさすが不動くん、ちょっとは勉強したのかあ」
「お前もちょっとは勉強しろよ! ・・・でも、そんなにすごいのかあいつ」
「うーん、鬼道くんみたいなゲームメーカーっぽいけど鬼道くんとはちょっと違うかも」
「どういうことだよ」
「生かすも殺すもなんとか次第って言うでしょ。そんな感じ?」
「わっかんねー・・・」





 動き回る選手たちを指差しコメントを残していくに適当に相槌を打つ。
に指摘されないと気付かないことはサッカープレイヤーとしては寂しいものもあるが、もとよりの思考についていこうとは思っていないので気にしないことにする。
いちいち気にしていたら負けなのだ。
ここは、さらりと流しつつ受け止めるべきところだけ受け止めるのがベストなのだ。
半田はここにきてようやく、の扱いに慣れてきていた。
慣れというのは恐ろしく、初めの頃は規格外だとばかり思っていたような事象も今では日常茶飯事だと思えてくるのだ。





「前半から激しいな。これが後半も続くのか」
「後半の方がもっとすごそう。ていうかやっぱあの子ちょっと変」
「あ、それは俺にもわかる。FWの奴だろ、ゴール前で意味不明のバックパスした」
「そうそう、やっぱ半田が見ても変って思うよね。あの子、昨日の練習でもなーんか消極的だったんだよね」
「具体的にはどういうことですか?」
「「へ?」」





 ハーフタイムになり前半の評価をしていると、突然見知らぬ少女が話に割り込んできて、半田とはぽかんとした表情を浮かべ顔を上げた。
隣いいですかと尋ね許可を得る前にすとんとベンチに腰を下ろした少女は、へ顔を向けるとにこりと笑いかけた。





「えーっと・・・、お知り合いでしたっけ?」
「ううん、はじめまして。あなたのお話が聞きたいの、聞かせて?」
「えええええちょっと半田、私こういうこの相手の仕方わかんないパス」
「キラーパス禁止! 俺だって以外の女子と係わんないから知るわけないって!」
さん・・・だよね?」
「名乗ってもないのに私の名前を・・・!? も、もしかしてお宅はエスパーもしくは不審者さん!?」
「あっ、ごめんなさい! 私は久遠冬花、あなたをお父さんの代わりにスカウトしに来ました」
「スカウトってあれか、タレント事務所か。そっかそっかあ、私もようやく正真正銘のアイドルかあ。目指せRMN48の一番人気!」





 いや、そんなはずがないだろう。
この場でスカウトといったらもう、サッカー関係のスカウトしかないだろう。
半田のごくごく当たり前の予想を裏切ることなく、少女がにコーチになって下さいと告げる。
いいよとも嫌だとも言わず、ただの顔が困ったようにくしゃりと歪んだ。






雷門48の略だって察していただきたい






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