44.合法的な不平等条約










 ごくごく当たり前で自然なことだが、それなりに歳を食ったダンディーなおじさんには子どもがいてもおかしくはない。
たとえおじさんが不審者だったとしても、子どもはいるかもしれない。
不審者なのはおじさんだけで、子どもに罪はない。
しかし、今のこれはどうだろう。
お父さんの悪事の片棒を娘が担いでいる。
そうは見えないだろうか、いや、そうとしか見えない。
は突然の美少女出現とスカウトに驚き、そして戸惑っていた。
どうやら最近の不審者はあの手この手で口説きにかかってくるらしい。
向こうがそのつもりならばこちらにだって考えがある。
不審者の娘も不審者、そう捉えてもいいだろう。




「半田、マジでこの子不審者さん」
「いや違うだろ。この子はどう見たってをスカウトしにきたただの美少女だよ」
「やぁね半田、見た目に騙されちゃ駄目よ。滅茶苦茶可愛い子に限って頭とかお腹の中は頓珍漢って知らないの?」
「それお前が言うな! 一番言っちゃいけない奴が言ってどうすんだ!」
「あの・・・・・・」
「私はちょーっと人より可愛いだけだもん。どんな私でも好きだよって鬼道くんも風丸くんも言ってくれるもん」
「ここにきてあいつらが甘やかしたツケが回ってきた! しかもっていうか、やっぱり俺にとばっちり!」
「・・・あの!」
「「はい!」」




 冬花を間に挟みわあぎゃあと口論を繰り広げていると、大きな声で口論を遮られ半田とは思わず居住まいを正した。
冬花はこほんと小さく咳払いすると、改めてへと向き直った。
この子が父を困らせ煩わせ、恐怖とショックのどん底に叩き落としたいわくありありな女の子か。
外見はどこにも恐れる要素はなく、むしろ笑顔になってしまうくらいに可愛い。
直接訊いたことはないが、おそらくは父の好みだろう。
言ったら確実に父が刑務所送りになるので口には出さないが。
冬花は目の前でへにゃりと愛想笑いを浮かべつつも隣の少年と脇腹を小突き合っているを見つめた。




「この間、お父さんがお家にお伺いしたと思います」
「お父さんってあれでしょ。ママに見惚れてた不届き者の不審者さん」
「お父さん、若くて綺麗な人に弱いから。どうかな、さんはイナズマジャパンを支える1人になりたくない?」
「サポーターってんなら私はとっくの昔からファンだよ。たぶんレプリカユニフォームも買うと思う」
「そうじゃなくて。マ、マネージャーとかコーチとかなる気はないの?」
「なりたい以前に私には無理でしょ、そんなの。ねぇ半田」
「お、おう?」




 突然話を振られた半田は固まった。
なぜこちらに尋ねてくるのだ。
先程、あれだけキラーパスはするなと言ったのにもうこれか。
自分のことは自分が一番よくわかっているだろうに、どうして助言を乞うのだ。
いつも人の、特に親友と幼なじみの意見は無視して我が道を歩んできたが、どうして急にまともな生き方をするようになったのだ。
性格を変えたのならば、変える前に言ってほしかった。
急な変貌は無駄に心臓を苛めるだけだ。




「まあ、半田に確認するまでもなくパス、却下。ごめんね不審者の娘さん、そういうことだからおととい来やがれ」




 にっこりと満面の笑みで拒絶の言葉を口にして冬花を追いやる。
私たちは諦めていないからと不穏な言葉を残し去って行った冬花を見送ると、半田はにおいと声をかけた。




「何もあんな酷い言い方で追い返すことないだろ。申し訳ないとか思わねぇの?」
「もう、半田ってば可愛い子に甘すぎ。そんなんだから女子に足元見られていつまで経っても彼女できないのよ」
「俺がいつに甘くしたかよ! あといちいち余計なお世話だな! 俺はいいと思うけど、のコーチ就任」
「いや、無理でしょ」
「だから、なんでそうやってやる前から無理無理言うんだよ。前から言ってるけど俺、は将来絶対監督とかコーチとかできると思う。
 そのくらいすごいんだよ、お前の才能」
「褒めても何もサービスしないんだけど」
「しなくていいよ。俺、リハビリ中にが指揮執ってた時すごく気が楽だった。頼もしいって思えた。あいつらだってそうだよ、がいればきっとモチベーション上がる」
「それは半田たちだったからでしょ。とにかく無理なの、修也がいる限り私はそういった役に就けない」




 はなおも言い募ろうとする半田の口にタオルを押し当てると、フィールド上の豪炎寺を見やった。
今日も試合前に背中を叩いてやったが、それが効いたのか試合では大活躍だ。
フィールド上の22人の選手の中で真っ先に彼の評価をしてしまうのは治らない癖だ。
幼い頃からずっと豪炎寺ばかり見ていたから、イケメンや男前が複数登場する今になっても変わらずメインカメラは豪炎寺へと向いている。
極端な話、豪炎寺専属のマネージャーやコーチにはいつでもなれる。
誰にも負けない一流の専属マネージャーとして活躍することができるだろう。
だが、だからこそイナズマジャパン全体をまとめ、見守る役には就けなかった。
特定の人物に偏った目を向けてしまうコーチなど、チームの不協和音を生み出すだけなのだ。
そうだというのにあの不審者父娘と半田は、人の気も知らずになれだのやれだのと身勝手な。
ただ単に面倒だからやりたがらないわけではないのだ。
一応理由があって辞退しているのだ。




「なんつーかお前さあ・・・・・・、豪炎寺のことやっぱ好きだろ」
「嫌いだったら今頃とっくに幼なじみやめてる」
「いい加減あいつの彼女になっちゃえば? 多少精神的DV受けるかもだけど、豪炎寺ももう懲りたから大丈夫だろ」
「半田はほんとに修也に何て言って叱ったの? あれ以来修也、変に優しくて気味悪い」
「気味悪いって、まあ自業自得っちゃそうだけど豪炎寺も報われないな・・・」




 後半開始のホイッスルが鳴り、が雑談をやめ再び試合を真面目に観始める。
半田はそっとの横顔を見つめた。
真剣な瞳で一生懸命ボールを追いかけている。
全体を隈なく見渡しているように見えるその目は、実は他のどんな優れたプレイヤーよりも豪炎寺を捉えているのだろう。
そしておそらく豪炎寺は、のそんな癖など気付いてもいない。
気付いていたら、やきもきせずどっしりと構えているはずだ。
本当は鬼道の2歩も3歩も先を歩いているというのに、不器用さもここまできたら病気だ。
周囲の他人に迷惑を撒き散らす、感染型のとてつもなく性質の悪い嫉妬病を患っているに違いない。




「誰が代表になるのかな」
「FWかなり落とされそうだな。染岡大丈夫かなー」
「FWをMFにコンバートするくらいたくさん呼んじゃってるんだから、監督さんはアグレッシブなチーム作りたいのかな。風丸くんもMFに上がってるし」
「なあ、お前ほんとにスカウトの話真面目に考えた方がいいって。豪炎寺たちも来てほしいって思ってるよ。俺が豪炎寺なら、好きな子にはいつも近くで見ててほしいって思う」
「半田が修也? はっ、まるで別人じゃん修也に言いつけてやーろうっと」
「あ、それなし! それだけはやめてくれ勘弁!」
「どーうしよっかなー」




 でも、一度試しに話だけしてみようかな。
どうせ遅かれ早かれどこかから話が洩れて伝わるのだろうし、その時どうして言わなかったと詰問されるよりは前もって話した方がいいかもしれない。
信じらんない話だよねと尋ねればきっと、ああ笑えない冗談だとでも返してくれるだろう。
むしろそう言ってほしい。
その答え以外は欲しくないし聞きたくもない。
は日本代表の座をつかむために全力のプレイを続けている選手たちをぼうっと見つめた。



























 時々、いや、割とよくあることだがは突然無理難題を押しつけてくることがある。
大抵はこれどうしてくれんのよといったどうしようもないクレームだが、ごく稀に本当に真面目な質問を受けることがある。
今日もどうやら、滅多にない真面目な質問の日らしい。
豪炎寺はふらふらひらひらとのんびり歩くの歩調に極力合わせながら、話を聞いていた。




「・・・というわけで不審者の娘さんからスカウトされたのよ。どう思う?」
「いいんじゃないか?」
「は? いいって何が」
「不審者は久遠監督で、監督一家が総出でを迎えに来たんだろう。才能を認められたんだからやればいい」
「ほんっとにそう思ってる?」
「俺も鬼道も、他の奴らもみんなが来ればいいのにと思っていた。俺は来てほしい」
「私、尽くすよりも尽くされる方が好きなんだけど」
「知ってる。、そんなに俺たちの面倒見るのが嫌なのか?」
「嫌じゃないけど」




 は足を止めると、地面に転がる石をぽーんと蹴飛ばした。
見当外れな所へ飛んでいったそれを見送り、むうと眉を潜めるを見下ろす。
やっとだ。やっと、周囲がの良さに気付き始めた。
は才能の開花を喜ぶどころか才能そのものにまだ気付いていないようだが、それでもようやくが認められた。
目金が戦術アドバイザーはスカウト中と言っていたが、その意味も今になってわかった。
久遠は何が何でもをイナズマジャパンの一員に加えるつもりなのだ。
だから無理と無駄を承知で家に赴き、当然のように返り討ちに遭ったのだ。
言葉の選び方においては過去のどの監督よりも酷い久遠だが、一応人を見る目はあるということだろう。
そうでなければをスカウトするわけがなかった。




「私、サッカー好きだよ。修也のサッカーずーっとちっちゃい頃から見てた」
「一緒に観戦もあちこち行ったな」
「うん。でもさ、それって部外者だから気楽にできたわけ。サッカー部とか、そういう枠の中には入れない」
「確かに、マネージャーをやっているは想像できない」
「でしょ。私さあ、人の好き嫌い激しいのよ。みーんな同じように接するのとかマジで無理だから、やっぱコーチとか向かないと思うんだよねえ」
「・・・、俺たちは誰もに平等に扱ってほしいとは思っていない。考えすぎだ」
「・・・平等に扱わなかったから風丸くんたちああなったのに」
「それは、」
「仲間うちで仲間外れとかしたくないの。でも、私はやっぱりどうしても修也と余所の学校の子を平たく並べて見ることなんかできないから嫌なの。
 コーチになれる器があるんなら、いっそ別の国でやる」
「駄目だ!」





 何も考えていないように見えて、実はとてつもなく難しい事を難しく考えて、そして意地になるのがだ。
サッカーをただ単に娯楽の対象、趣味の1つとしてしか捉えていなかったにとって、3ヶ月前のエイリア事件はよほど衝撃が大きかったらしい。
あの事件では少し変わった。
基本的にはいつもと変わらずへらへらにこにこしているが、サッカー部に必要以上に係わらなくなった。
他校との試合がある時も、応援には来てもベンチまでは入ってこなくなった。
いつも1人で黙って試合を観戦していて、試合が終わって解散になるとようやくこちらへやって来るのだ。
鬼道に遠慮してか戦術アドバイスもしなくなったし、長年あれこれとお小言という名の叱咤激励を受けていた豪炎寺には物足りないくらいだった。
これが本来の部外者の在り方だと割り切ってしまえばそうなのだが、良くも悪くも依存期間が長かった豪炎寺には耐えがたい空虚さだった。
遠くへ行ってしまったと勘違いしそうにもなる。
ましてや余所の国でコーチになるなど、辞令があるなら破り捨てたいくらいだ。




「監督さんたち私のことなーんにも知らずに来たと思うんだ。そもそも知ってたら来ないだろうし」
「監督は、今のが良かったからスカウトに来たんだ。変わってしまったらそれはじゃない。俺も、がこれ以上離れていくのは嫌だ」
「離れるも何も今隣にいるじゃん。修也、ほんとどんだけ私のこと好きなの」
が思っている以上に好きだ。俺のモチベーション上げるっていう軽い感覚でいいから頼む、スカウト受けてくれ」
「軽ーく受けられるわけないでしょ。ったく、今の修也は日本代表なんだからそんなこと言わないの!」
「日本代表の前に俺はの幼なじみだ。の前ではただの俺でいたい」
「あのねえ・・・。そうやって泣き言と弱音ばっかじゃ勝てる試合も勝てないでしょ! エースストライカーがそんなんでどうすんの! メンタル強くするって約束どこやったの、ああ!?」





 ぶっちーんと切れたが豪炎寺の背中をばしりと叩く。
痛い。おまじないの時とは違って手加減なしに叩かれたからかなり痛い。
これが日本代表に対する仕打ちか。
思わずそう抗議の声を上げると、ただの幼なじみって言ったのはどこの幼なじみよと返される。
本当に逞しい少女だ。
修也くんあそぼと可愛くおねだりしていた子と同一人物だとは思えない。
時の流れは残酷だ。
いつからこんな子になってしまったのか、思い出すだけで切なくなる。




「初めて会った頃はこんなに小さくてお姫様みたいで大人しかったのに、いつからこうなったんだ!」
「修也に会ってからだよ。だって私、あっちじゃマジでお姫様みたいに可愛がってもらってたもん。あのままあっちいたらさあ、たぶん超お淑やかで可愛いマジ天使だった」
「・・・・・・」
「砂場で泥引っ掛けられたこともなかったし、手洗う時はいつもハンカチ用意してくれてたし。はっ、やぁだあの人超男前じゃん。
 きっと今頃、風丸くんとタイマン張れるきらきらイケメン男前!」
「俺は今この瞬間、そいつのことが世界で一番嫌いになった。あと風丸を舐めるな、風丸の潜在能力を見くびるな。風丸が本気を出せばそんな男なんか塵芥だ」
「その塵芥にも及ばない修也は何になるの?」
「・・・・・・」




 やっぱりの元祖幼なじみは大嫌いだ。
豪炎寺は勝ち誇った笑みを浮かべるの腕を無言で引いた。








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