まあなんというか、とりあえず言いたいことはひとつだけ。
お宅ら幼なじみとうちを一緒にしないでいただきたい。
秋は予想外の人物からの予想外の相談を受け、戸惑いを通り越して呆れていた。
に何か言ってやってくれと豪炎寺は簡単に言うが、何かを言ってすぐに響くではないのだ。
それは豪炎寺もわかっているだろうにあえて相談を寄せるとは、これは丸投げか。
秋はふうとため息をついた。




「こういうのってちゃんの意思が一番大切だと思うよ。嫌がるのを無理に引っ張ってくるのはちゃんがかわいそう」
「わかっている。でも、できることなら俺はを世界に連れて行きたいんだ。・・・いや、それ以前に俺はの誤解を解かなければならない」
「・・・それは私もわかるけど・・・。私も音無さんもそうだけど、誰だってみんなを平等に見ることなんかできないのに」
は変なところで頑固で、完璧主義者なんだ。でも、あそこまで頑なになったのは俺のせいだ」
「豪炎寺くんだけじゃなくて、私たちのせいでもあるわ」




 に頼りすぎて任せすぎて追い詰めてしまったあの事件は、今でも思い出すだけで辛くて申し訳ない気分になる。
が当時のことを未だに引きずっているのだとしたら、それは大問題だった。
他の面々は皆前へ進んで行こうとしているのに、よりにもよって部外者のだけが思い悩んでいて前へ進めない。
秋もの友人の1人として、何としてでもの誤解と呪縛を解いてやりたかった。
はあれで抱え込み悩みやすい子なのだ。
とても心優しい、友だち思いの素敵な女の子なのだ。




「話してはみるけど、私はやっぱりちゃんの考えが一番大事だと思うから無理強いはしないよ?」
「それでいいんだ。すまない木野」
「いいわ気にしないで。それよりも豪炎寺くん、ちゃんとちゃんにありがとうって言ってる? なんだか豪炎寺くん、謝ってばっかり」
「・・・謝ることが多いからな、俺は」
「謝るんじゃなくてお礼の言葉を言ったらどうかな? ちゃんきっと喜ぶよ。機嫌も良くなると思うし」
「・・・努力する」




 後は任せたとやはり丸投げでチームへと戻っていく豪炎寺を見送る。
本当に、とことんまでに不器用な人だと思う。
は押しに弱いからやや強引にでも話を進めればいいだろうに、そうしないとはよほどのことが大切なのだろう。
もしくは、あれが相当堪えたのか。
ずっと一緒にいるのだからお互いのことはよくわかっているはずなのに、あと一歩が踏み出せない。
見ていてこちらがやきもきしてしまう。
春奈には悪いが、ここが豪炎寺の背中をとんと押してやりたい気分だ。




「あ、もしもしちゃん? うん、あのね、ちょっとお話ししたいことがあるからお時間いいかな?」




 余計なお節介かもしれないけれど、お節介を焼かなければ先に進めないのならばいくらでも介入してやる。
それでが少しでもほっとするのならば、いくらだった話をする。
大事な友だちなのだ。
の友だちは半田だけではないのだ。
秋は練習から抜け出すと、が待つ河川敷へと向かった。




























 突然秋に呼び出された。
女の子同士の秘密のお話といえば恋バナしか思いつかないが、今回はどうも違う気がする。
は河川敷のフィールドでせっせと練習に励む染岡を眺めつつ、秋の到着を待っていた。
道中、待ち伏せをしていた冬花からスカウトしますコーチになって下さいスカウトスカウトと迫られた時はびっくりした。
いつから潜んでいたのだろうか。
なぜこの道を通るとわかっていたのだろうか。
もしかして発信機でも付けられているのでは。
今まで出会ったどの不審者よりも完成度の高い不審者には困っていた。
これがおじさんだったら問答無用で警官召喚だが、女子中学生だから迂闊なことはできない。
恐るべし父娘、これがイナズマジャパンの実力か。




「コーチねえ・・・」




 半田も豪炎寺もやればいいと言った。
家族にはまだ言っていない。
反対されることは訊くまでもなくわかっている。
不審者がそこらじゅうを闊歩しているこのご時世に、何をどう考えたら可愛い年頃の娘を一人暮らしさせるという発想に行き着くのだ。
今はコーチとかサッカーとか騒いでいる場合ではないのだ。
部屋もいい加減片付け始めなければ間に合わない。
捨てる物は捨てて、持って行く物だけ詰めなければ荷造りはいつまで経っても終わらないのだ。





ちゃん、お待たせ!」
「おー秋ちゃん、お疲れー」




 メイド服も引き取りに行くかと考えていると、秋が駆け寄ってくる。
秋はの隣に座ると、きょろきょろと辺りを見回した。




「どうしたの秋ちゃん」
「あ、うん・・・・・・。冬花さんいないかなあって・・・」
「会ったんだ? 私もね、ここ来る途中に会ったっていうか待ち伏せされてたよ。すごいよねえ、ストーカーみたい」
「みたいじゃなくて、まさしくストーカーだよ。・・・ちゃん、私もね、みんなのこと平等には見てないよ」
「へ?」
「見れるわけないもん。だって私、円堂くんのこと好きだもん」
「あ、恋バナ?」




 秋は小さく笑うと、染岡が去り無人となった河川敷のフィールドへと降りた。
転がっていたボールを操り、軽々とリフティングを始める秋に感嘆の声を上げる。
すっごく上手かっこいいねと褒めると、秋は照れくさそうにやはりまた微笑んだ。




「一之瀬くんと土門くんと西垣くんと、小さな頃4人で一緒にサッカーしてたの。ほら、一之瀬くんってちょっと強引でわがままでしょ?
 だからいつも俺を一番に見ててねって駄々捏ねてて、それで一之瀬くんと似ちゃった」
「そういや土門くんとはちょっと違うね。軽いタッチは一之瀬くんだ」
「やっぱり? 俺を見ててって言われてたらどうしても意識しちゃう。ちゃんもそうじゃない? 豪炎寺くんにそんなこと言われたでしょ?」
「つい先日も言われました。言われなくても見てるっての」
「ふふっ、そうだよね。男の子ってすごく勝手。私たちちゃんと見てるのに」




 ああ、恋バナではなくて幼なじみトークなのか。
これならばまだ話についていけそうだ。
秋たちとこちらとでは何から何までまるきり違うが、幼なじみ特有のあるあるトークくらいはこなせる気がする。
同じ人間なのだ、それほど高いハードルではあるまい。
人間離れしたイベントはやったことがないし。




「ほんと勝手勝手。これ以上どう見ろって言うわけ、視線に気付きなよって話」
「そうそう。・・・だからね、私たちも勝手していいと思うんだ」
「ん? どういうこと?」
「自分のことを一番に見てくれとか向こうが言ってくるんなら、私たちだって見たい人を見ておけばいいの。だから私、もちろんみんなのことも見てるけど円堂くんが一番」
「・・・・・・」
ちゃんの考えも正しいと思うよ。それができたら一番だと思う。でも、私たちには心があるから無理みたい」
「秋ちゃんはすごいや。私、そんなこと全然思いつかない」
ちゃんは人のいいところを見つけるのがとっても上手。きっと、豪炎寺くんのことも褒めて伸ばしてたんだろうなってわかるよ。
 人のいいところを見つけることができるのは、人をよく見てる人だけ。ちゃんは自分が思ってる以上に他の人のこと、たくさん見てるよ」
「ほんと?」
「うん。大丈夫だよ、みんなちゃんの事ちゃんと知ってる。みんなちゃんのこと大好きだよ。コーチとかそういうの初めてで不安なら、私がサポートしてあげる!」




 だからもう一度考えてみてと言われ、は小さく頷いた。
マネージャーの鑑のような存在である秋ですら、すべての人を平等に見ていない。
だが秋はそれでも構わないと言った。
豪炎寺も、平等に扱ってほしくないと言った。
半田も背中を押してくれた。
もしかしたら自分は、コーチやマネージャー職というものをあまりにも重く考えすぎていたのか。
本当はそれほど気負うことなく、海外旅行気分で参加しても良かったのではないか。
どうせいなくなってしまうのなら、ギリギリまで一緒にいてあげた方がいいのではないか。
やってみようかな、こんな私でも必要としてくれるんならコーチとやらを。
どうせ大した事はできないだろうけど、クーリングオフは受け付けているので大丈夫だろう。
コーチとして置いてみて初めて、監督たちもいかに一介の女子中学生を買い被っていたかわかるだろうし。





「ねぇ秋ちゃん」
「なぁにちゃん」
「私たちってさあ、そりゃもうすっごく幼なじみに愛されてるんだねぇ」
「ほんとだね。お互い大変だね」
「ねー。・・・考えてみよっかな、イナズマジャパンの女神様役。やるやらないはともかく、白黒はっきりつけとかないとマジであの監督父娘ウザイ」
「・・・私、冬花さんといろんな意味で上手くやれるか心配・・・。円堂くん、冬花さんのこと知ってるみたいだし・・・」
「幼なじみだったら大変だよね。幼なじみ王道補正ってぶち壊すの大変だって前に春奈ちゃん言ってた」
「壊されないように頑張って、ちゃん!」
「へ?」




 練習に戻ると言う秋を見送り、はのんびりと家へ帰り始めた。
何言ってるのちゃんそんなの駄目ですと母は言いそうだ。
言われたら言い返してやろう。
ママだって1人で家出して国外逃亡したくせに、と。
家出した先でパパに会ったくせに、娘のイケメンとの出会いを奪うなと言ってやろう。
全面戦争を覚悟の上で帰宅し、リビングで寛いでいた両親の前で正座する。
正座は足が痺れるから崩していいのよと勧められ、10秒足らずで正座とはさよならする。
急に改まった様子でいる娘を不思議に思ったのか、両親がにどうしたのと尋ねてくる。




「あのね、イナズマジャパンの・・・、サッカー日本代表のコーチみたいなマネージャーみたいなのにスカウトされたの」
「まあ、すごいじゃないちゃん! ずうっと修也くんのサッカー見てたものね」
「それでね、悩んだんだけどやってみようかなって・・・」
ちゃん、やるも何もできないでしょう? ママたち帰るんだから」
「そ、そうだけど! お、終わったらちゃんと行く、すぐ帰るから駄目?」
「駄目って言われても・・・。あなた、どうしましょう」



 母が父を見つめ、もつられるように父へと視線を移した。
難しい顔をして考え込んでいる。
これは手強そうだ、かなりの苦戦が予想される。
は父にお願いと懇願した。
チームが負けて試合が終わり次第、きちんと速やかに帰る。
1人は寂しいが、このまま別れてしまう方がもっと寂しい。
大切なのだ、ここの人たちが。




「わた、私、私の頑張りで修也たちが世界に行けるんだったら応援したい。だって私、今までずっとサッカー観てきてずっと修也見てきて、やっと世界に挑戦できるとこまできたんだもん。
 応援してサポートできるチャンスもうこの1回しか、最初で最後だからやりたい」
「サッカー好きが高じるとコーチにもなれるとは、は本当にサッカーと修也くんが大好きなんだな」
「うん、修也はともかくサッカー好きだよ! だ、大丈夫、女の子他にもいるし、ほら不動くん! 不動くんも代表メンバーだから不動くん保護者代わりにする!」
「ああ、不動くんがいるなら安心できるな。いいだろう、のおねだりは聞くものだ」
「でもあなた・・・」
「その代わり、日本の試合が終わったらすぐにこっちに戻ること。いつでも発てるように荷物はまとめておきなさい。いいね?」
「わかった! ありがとパパ、大好き!」




 木戸川から雷門へ引っ越す時も文句ひとつ言わなかったが、初めて反抗した。
それほどこの土地と人に思い入れが深いのだ。
あんなに必死な懇願を聞いて拒絶する親がいるなら見てみたい。
父は、満面の笑みを浮かべ抱きついてくる娘の頭を優しく撫でた。






ほら、そこの曲がり角にも冬っぺがいるよ






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