45.白衣ですか?いいえ、ジャージーの天使です










 人としての常識は意識的に捨てることができるが、人としての生理現象は無意識のうちに起こってしまうものだからどうしようもない。
居候先のお嬢さんは、理科だけでなく保健の勉強にも励んだ方がいいのではないか。
不動はおはようと言う華やかな声と共に部屋に入り、有無を言わさず布団を引っぺがしたに頭を抱えていた。
部屋に入ってくるのはまだいい。
ここは家であり、住人であるがどこへ移動しようとそれはの勝手だ。
しかし、せめて一畳ちょっとの布団のテリトリーだけは侵してほしくない。
ましてや布団をパージするなど、年頃の女の子に見せてはならないものを見せてしまったらどうするのだ。




サン、ほんともう今日から一生俺と係わんのやめて!」
「やぁよ、だって不動くんは今日から私の保護者代理でしょー」
「『でしょ』って、何当たり前みたいに言ってんだ!? サン両親2人ともいるだろ! それに俺まだ中学生、サンとタメ!」
「いやあ、不動くんその気になれば不良高校生くらいには見えるよ」
「不良は余計だけどそれわざとか? 天然か?」
「私の髪は毛先だけ天然パーマ入ってるよ。不動くんと一緒、先だけくるくるふわっふわ」
「話すり替えたり俺の話無視する癖ほんとやめようサン。あといい加減退いてくんねぇかな」
「あーっ、そうやって女の子を重たいとか言っちゃやだー!」
サン、頼むからサンはもうちょっと重い性格になろう。そんなふわっふわちゃらっちゃらしたままだと、いつか絶対悪い男に食われるから!」




 たとえば俺とかに。
不動はぼそりと呟き、慌てて口を押さえた。
今、考えてはならないことを考え、更に口走ってしまった気がする。
こういうのは意識し始めたら負けなのだ。
いくら見た目が可愛かろうと、それは見た目だけなのだ。
造花がいくら匂いを嗅いでも無臭であるのと同様に、は遠目で見て目の保養にするための存在なのだ。
間違ってもをそういった対象として見てはいけない。
こういう子ははまると厄介なのだ。
不動はから布団ごと離れると、心にバリケードを築くことにした。
不必要に土足で踏み込んでくるが新鮮ではあったが、いかんせん慣れない経験なので怖くもあるのだ。
の無邪気な善意と好意が不動には眩しすぎた。




「不動くんは今日から寮生活でしょ。寂しくなるなー」
「俺はサンから解放されるって思っただけで清々する」
「えー。まあでもまたすぐに会いに行ったげるから! いーい、あんまり鬼道くんと喧嘩しちゃ駄目だよ」
サンには関係ないだろ」
「あるある大あり! 鬼道くん、グラサンロリコン親父のことで色々悩んだりしやすいからちょっと心配なんだよね」
「グラサンロリコン親父って誰だよ」
「えっと、なんてったっけ。か、影・・・田?」
「影山か」
「そうそう! 私もグラサンロリコンに2回くらい拉致監禁されたことあってさあ、ほんとやだよねああいうエロ親父。不動くんも帝国の人なら知ってるっけ?」
「帝国じゃなくて真帝国。・・・サン、あんたやっぱ俺らに係わんない方がいい」





 今になってやっとわかった。
あの時を迎えに行ったのは、影山が三度を欲したからだ。
事情を知らず、とにかく連れて来いと厳命を受けに会ったわけだが、あの時妥協をしておいて本当に良かった。
人生何が起こるかわかったものではない。
本来ならば蛇蝎のごとく嫌われていてもおかしくないというのに、良くも悪くもの破天荒な行動によって今はこうして朝から騒いでいる。
真実を知ったらはどう思うだろうか。
そんなこと考えてた不動くんなんか大っ嫌いとでも言うのだろうか。
今、もう1つわかった。
自分がの好意を素直に受け止められないのは、影山に関する後ろめたいことがあるからだ。
近付けて親しくなって、そして嫌われるのが嫌で怖いから初めから近付けないのだ。
あれがなければきっともっとと仲良くなれるのに、あれがあるから素直になりきれない。
だが、影山がいなければとは知り合うことすらできなかった。
不動はくしゃりと髪を掻き上げた。




「どうしたの不動くん。あんまり頭掻き毟ったら頭皮傷つくよ」
「・・・なあ、サン」
「なぁに不動くん」
「・・・やっぱいい。なんでもない」
「そ? あ、そうだ」




 は不動の背後に回るととんと背中を叩いた。
急に大人しくなって落ち込んでいるが、どうしてしまったのだろう。
お腹が減っているのかもしれないとも考えたが、腹の虫はまだお休み中なのでそれはなさそうだ。
ではいったいどうしたのだ。
悩んだ末にやったのは背中のおまじないだったが、不動にもこれは効くのだろうか。
サッカー少年への効果は絶大だと自賛しているのだが、雷門中生以外にも適用されるのだろうか。
は不動の顔を覗き込み、そして焦った。
泣いているかと思った。




「ふっ、ふふふ不動くん!? い、痛かった、ごめんね!?」
「・・・はっ、サンってほんとわかんねぇ奴」
「へ!? 何それ喧嘩売ってんの!?」
「どう売るんだよ、話通じねぇ奴に。おら、ぼさっとしてないでとっとと飯食うぞ。さっきからやけに静かだけどおふくろさんたちどこ行ったんだよ」
「旅行」
「ダンボールごと旅行か? あんた留守番?」
「うん、旅行。いっぱいお荷物持って旅行。2人っきりだね不動くん」




 静かで寂しいねぇ不動くん。
一般家庭はいつもこのくらいの静けさだよ。
不動とは朝食を手早く平らげると、連れ立って雷門中へと向かった。

































 イナズマジャパンに加わるとは決めたが、一度あれだけこっぴどい断り方をした以上すぐに翻意はしたくない。
不審者父娘の思うがままになってしまうようで癪に触る。
は不動と別れると、見物客を装ってグラウンドの隅からイナズマジャパンの練習を眺めていた。
誰もが真剣に取り組んでいる。
世界を相手に戦うのだからそれが当然なのだが、いまいち面白味に欠ける。
は、選手も観客も楽しめるサッカーが好きだった。
勝利にこだわることも必要だろうが、ベースは楽しいサッカーであってほしかった。
だから、いくら弱かろうと選手たちを紙切れ呼ばわりしてほしくなかった。
紙切れを舐めないでいただきたい。
確かに、紙切れは吹けば飛んでしまうあっけない存在だ。
しかし、色とりどりの紙切れは宙に舞えば鮮やかな彩りで人々の目を楽しませることができる。
紙切れには紙切れのいいところがあるのだ。
ポテンシャルの高い紙切れを弱さの象徴のように扱うのは紙切れに失礼だ。
いいではないか、紙切れ。
は木の影でむうと眉根を寄せながら、近い将来上司となるであろう久遠のワンマン演説を聞いていた。
やはり好きになれそうにない。
こう言っては悪いが、響木の人選センスを疑ってしまう。




さん」
「ちょっと今取り込み中だから」
「スカウトしに来ました。さん、お父さんと一緒にイナズマジャパンを世界に導きませんか? スカウトします、スカウトスカウ「またお宅か!」
「何だ、今の声?」




 しまった、突然のストーカー娘の出現に驚き大声を上げてしまった。
円堂がきょろきょろと辺りを見回している。
頼む、見つけないでくれ。
は冬花の手を引くと慌てて茂みへと身を潜めた。
本当に何なのだこの子は。どこから現れるのだ。
は手を離すと改めて冬花を見つめた。
くう、どこからどう見ても女子中学生だ。
少しでも女子中学生ではない部分が見つかれば即で通報しているのに。
地球上にこれほどまでに残念な美少女がいるとは思わなかった。
こんなに可愛いのに中身がこれなのだ。
神様もきっと、可愛さ余って憎さ百倍という思いだったのだろう。
世の中には秋のように素敵な女の子もいるというのに、神様は残酷だ。




「お父さん、あんなこと言ってるけど本当にすごくサッカー好きなの。だからさんもお父さんを支えてあげて」
「私、お宅のお父さんどうも好きになれないんだよねえ」
「どのあたりが嫌なの?」
「たとえばあのあたり。お宅は知らないだろうけど、雷門中サッカー部は基本的に鬼道くんのゲームメークで動いてる。
 色々やってみたけど、そうするのが一番良かったから。でもそこを駄目って言って風丸くんを怒っちゃうのはやだ」
「でも、お父さんにはお父さんの考えが・・・」
「あるんでしょ? そりゃ監督なんだから自分の方針はあるでしょ。でも見てなさい、どうせ試合重ねてったら鬼道くんがゲームメークしていくんだから。
 自主性持てって言うだけでいいのにテンション下げてどうすんのよ、もう」
「やっぱりすごい・・・! ねえ、今すぐコーチになって。お父さん口下手だからみんなに上手く伝えられないの。さんならできるから、ねえ、お願い」
「私、束縛されるの嫌いなの。監督は、私を私のままでいさせてくれる? そうさせてくれないんなら、私は自分を壊してまでコーチとかになろうとは思わない」




 秋は、今の自分のままでいいと言った。
見たいように見て、やりたいようにやるのが一番いいと言ってくれた。
しかしそれは秋の意見だ。
チームの最高責任者がそれを許してくれないのであれば、チームに加わる理由がなかった。
本当に必要としてくれているのなら、今のままで歓迎してくれるはずだ。
何もかも変えてそれでも加われと強いるチームにはいたくない。
どうせ身を置くのなら、生活環境に恵まれた場所にいたい。
これは一種の自己防衛本能の働きなのだ。





「私は、お前がどういう人物なのかまったく知らない」
「へ・・・?」
「お父さん・・・!」




 草むらに隠れていたはずだというのに、突然第三者の声が割り込んできては身を硬くした。
お父さんということは、今喋っているのは監督なのか。
先程までの悪口めいたぼやきを聞かれていただろうか。
口答えは一切許さんとこちらにも強要してくるのだろうか。
はゆっくりと声のした方へと振り返った。
てっきり向こうは立っているかと思いきや、こちらと同じく膝を抱え体育座りをしている。
ダンディーな大の男が身を縮ませて、真面目な顔で体育座り。
笑っていいだろうか。
ここは彼なりに笑いを取りに行っているのだろうか。
は吹き出しそうになるのを必死に堪え、しかし堪えきれる自信もなく顔を伏せた。





「響木さんからゲームメークに明るい逸材がいると聞き、興味を抱いた。これは本当だ、信じてほしい」
「うーん・・・」
「私があなたについて知っているのはそれだけだ。どうゲームメークするのか、そのやり方すらわからない」
「やってるつもりはないんですけど」
「それが恐ろしいところだと響木さんは言った。おそらくそれが長所なのだろう。私は、長所は潰したくない」
「それってつまり、私は好き勝手やっていいってこと?」
「最低限私の意見を尊重してくれればそれで構わない。マネージャーというよりもコーチ。しかし、コーチというよりもご意見番でいてほしい」
「喝!とかあっぱれ!とか言うの? 褒めたい人いっぱい褒めていい?」
「それも含めて好きなようにやっていい。・・・これだけ譲歩すれば引き受けてくれるだろうか」




 はゆっくりと立ち上がるとフィールドを見つめた。
やりたい、やってみたいという思いが見れば見るほど強くなる。
おそらく世界が相手では意見の通じようもないが、それでも自分の一言でチームが変わるのならば変えてみたい。
変えられるチャンスなのだ。
幼なじみのメンタルを徹底的に鍛え上げ、鬼道の悩みを解決する手助けをして、風丸にここぞとばかりに甘える絶好の機会なのだ。
これを逃せばもう二度とその機会は訪れないのだ。





「いつから」
「いつ?」
「いつからチームに合流すればいいんですか? こっちも準備あ「聞け! 今日から新しい仲間を紹介す「なぁにが『聞け!』なの、ほんと何なのこの父娘!」
「監督と冬っぺと・・・!?」
「冬っぺ? 誰よそれ」
「私のこと。守くんだけそう呼んでるの」
「なるほど。ちょっと円堂くん! 冬っぺちゃんと友だちだかなんだか知らないけど仲良しなら仲良しらしくちゃんと躾けてよ、もう!」
「えっ、なんかよくわかんないけどごめん! 冬っぺ、をあんまり刺激しちゃ駄目だ!」
「・・・監督、新しい仲間とはどういうことですか。それになぜここにが?」
「彼女が新しい仲間だ。口答えは一切許さん」
「そうなのか。本当にいいのか?」
「うんまあ、なんか私、今のままでいいみたいだし。駄目だった? もしかしてお邪魔虫?」
「そんなはずないよ! な、そうだろ鬼道。おいで、また今日からよろしくな!」
「う、うん! あのね風丸くん、あの人に叱られてもあんまり気にしちゃ駄目だよ! あと私、紙切れでもいいと思うよ!
 みんな違う色の紙切れになって空舞って、きらきら明るい紙吹雪作ろうよ!」





 ああ、保護者代わりというのはこれを意味していたのか。
まあ俺はまだいいとして緑川って奴、顔までやばい色になってんだけど大丈夫かあいつ。
あいつもサンに何かされた被害者ってやつか?
ったくサン、いったいどれだけの奴らびびらせたら気が済むんだよ。
不動は、風丸や鬼道に囲まれ大歓迎を受けるを輪の外から眺めていた。







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