いらっしゃいお姉ちゃんと言って足や腰にまとわりつく夕香をぎゅうと抱き締め頭を撫でてやり、豪炎寺の後に続いてリビングへと入る。
ちょうど夕食の支度をしていたのか、台所からはいい匂いが漂ってくる。
フクがやって来てから家事はすべて任せているので、家を空けていても以前よりは不安が減ったらしい。
それはそうだろう、入院していた夕香も今はすっかり元気いっぱいなのだ。




「ちょっと待って・・・いや、入ってくれ」
「いいよ別に、ベッドの上に散らかってるエロ本なんざ見たくない」
「そんなものはない。変なことを言うな」
「でもベッドの下にはあるんでしょ。ちゃんはなんでもお見通しなんですう」
「・・・もういい、とにかく入ってくれ」




 半ば強引に豪炎寺の部屋へと連れ込まれドアを閉められる。
連れ込まれたもののどうしてよいかわからずきょろきょろと部屋を見回していると、ベッドを指差されそこに座っていろと指示される。
人を招き入れるなら椅子の1つくらい事前に用意しておけと言いたいが、まあまあふかふかのベッドを提供されたので今日は許してやろう。
はベッドに寝転がると、枕元に投げ置かれていたサッカー雑誌を手に取った。




「へえー、フットボールフロンティアインターナショナル特集かあ。あ、修也載ってる」
「この間カメラマンが来ていたが、雑誌に載るとは思わなかった」
「イケメンに写ってんじゃん。円堂くんと鬼道くんと3人の中では一番イケメンだよ。まあ、鬼道くんゴーグル外したらどうだかわかんないけど」
、読むのは好きにしていいがあまり寛ぎすぎるのもやめてくれ」
「あ、やっぱこのお布団捲ったらエロ本あるとか?」
「違う。・・・あ、あった」





 クローゼットを掻き分け箪笥を漁っていた豪炎寺が、お目当ての物を見つけたのか顔を上げる。
豪炎寺は手にした荷物を机の上に置くと、無造作にベッドに寝転がった。
初めてかもしれないなと隣で雑誌を流し読みしているに語りかけると、何がと抑揚のない声で問い返される。




「こうやって一緒に寝転がって何かするのって初めてだなって言ったんだ」
「窮屈だからどっか行っていいよ、修也」
「ここ、俺のベッドなんだが。・・・嬉しかった、が俺たちと一緒に来てくれるって知って」
「どれほどお役に立てるかわかったもんじゃないよ。それにまあ、タダで海外旅行に行けると思えば」
「どんな理由でも嬉しい。ありがとう
「・・・・・・」
?」
「2回目。顔見て聞いたのは初めて」
「何がだ」
「修也が私にありがとうって言ったのが2回目だってこと」




 は雑誌から目を離すと、ごろりと寝返りを打ち豪炎寺へと顔を向けた。
私でいいのかなと尋ねられ、豪炎寺はゆっくりと力強く頷いた。
でいいのではない、がいいのだ。
他の誰かではの代わりは務まらない。
の枠はにしか埋められないのだ。




「公園で1人でサッカーボール蹴ってた修也くんが日本代表ねぇ。はあー、信じらんない」
「まずはアジア予選だ。負けたら即敗退のアジア予選に勝たなきゃな」
「で、アジア破ったらこの雑誌に載ってるイケメンに会えるのかあ。見て見てこの人超かっこいい」
「そんなものが霞むくらいにすごいシュート打ってやる」
「ほんとに?」
「ほんとだ。だから試合に勝ったらご褒美くれ」
「よしよしって頭撫でたげる。実は修也、私の頭撫でてもらうの結構好きでしょ」
「それもいいけど・・・・・・。試合に勝つごとにおまじない1回。これがいい」
「毎試合やってんじゃん、背中のおまじない」
「それはのだろう。俺が言ってるのは背中じゃなくてこっちだ」




 するすると伸びた豪炎寺の指がの唇にそっと触れる。
そんなところを撫でるな、気持ち悪い。
いっそ噛みついてそのふしだらな指を千切ってくれようか。
は雑誌をくるくると丸めると豪炎寺の頭にぶちかました。
何がおまじないだ、寝言は寝て言うものだろうにどこの変態だ。




「そんなこと言う修也きらーい」
「冗談だ、悪かった」
「嘘でも言っていいことと悪いことがあるんですうー。ったくもう、なぁにがクールでストイックな豪炎寺くんよ、みんな見た目に騙されすぎ」
「・・・それをに言われるのは心外だ。まあいい、これにやる」
「へ?」




 豪炎寺はベッドから起き上がると、机の上に置いていた荷物を引き寄せた。
突然のプレゼントに興味を抱いたのか、も体を起こしこちらへ顔を向ける。
プレゼントを目にした途端にの顔が横に傾いだ。




「なぁにこれ、ジャージー?」
「ずっと制服や私服でやってはいけないだろう。俺にはもう小さくなったし着ないから、にやる」
「えー、修也のお下がりー? これいつ着てたっけ」
「去年か一昨年まで着てたんだ。にはぴったりだと思う。色も、ラインが赤で好きだろう」
「修也が好きにさせたって感じだけどね。ていうか、昔の修也のが今の私にぴったりってのがなんかむかつく」
「仕方ないだろう、性別違うんだから」
「そりゃそうだけど! まあいっか、もらえるもんはもらっとくか。ありがとね修也、おかげでジャージー代浮いた」




 手渡された紙袋にジャージーを詰め、ふと思い出し下だけ豪炎寺に返品する。
どうしたんだと尋ねると、下はぶかぶかだからいらないと言われる。
上下セットだと説いても、おそらくはいらないものはいらないと受け取らないだろう。
無駄な荷物は持ちたがらないならば、セットを分解しての返品もやりかねない。
豪炎寺は苦笑いを浮かべると、返品されたズボンを箪笥に仕舞い直した。




「これに合うやつ探そっと。何色がいいかな、赤は派手だから白かなあ。でもイナズマジャパンは青だよねえ。いっそ黒?」
「これに青は似合わないだろう。赤にしろ、赤が目立つ」
「私が目立ってどうすんの。私は裏方だから地味でいいの」
「でも目立ってないとを見つけにくい。そうだ、木野に頼んで・・・」
「そうやってこないだも秋ちゃんに丸投げしたでしょ。秋ちゃん優しいから断らないけど、結構困ってたからやめてよ。幼なじみとして恥ずかしい」
「俺が今までのせいでどれだけ恥ずかしく、そして申し訳ない気持ちになっていたか・・・」
「私は別に修也に迷惑かけたと思ってないから、それはぜーんぶ修也の被害妄想」




 駄目だ、話がまったく噛み合わない。
何年たっても滅茶苦茶な会話しかできていない気がするが、それでこそなのだろう。
物わかりが良くて、打てば響くような的を射た返事を寄越すではない。
さすがに今後もこのままではまずいと近々感じるようになってきたが。
まずはイナズマジャパンの雷門中生以外の選手たちと上手くコミュニケーションが図れるのか、そこから不安だ。
ヒロトとはまあ良好だったと思う。
ヒロトの笑みがやや引きつっていたが、彼もまた手のかかる幼なじみを持っているらしいからそのスキルでなんとか乗り越えられるだろう。
問題はもう1人の元宇宙人だ。
あれはいけない、緑川がボロを出した瞬間に彼の人生が終わりを迎える気がしてならない。
どう立ち回るつもりだろうか。
あの時はまさか緑川も、部外者が乱入してきて張り手を飛ばされ怒鳴りつけられるとは思っていなかったはずだ。
こちらだって、に庇われるとは思いもしなかった。
庇ってもらうくらいにまで大切にされているとは思わなかった。
豪炎寺は相変わらずジャージーの柄を考えているの横顔を見つめた。
今度は、今度こそはこちらがを守る番だった。
向こうには、不在の間騎士のごとくを見守ってくれた半田もいないのだ。
ふわふわと捉えどころのないをきちんと掴まえておかなければ、本当に次こそどこかへ行ってしまいそうだった。






「んー?」
「一緒に世界に行こうな」
「おう」



 やっぱレプリカユニフォームは2番のを買うべきだよね。
10番にするという選択肢はもちろんなかったんだろ。
ないこたないけど、2番売切れたら買うかも。
明日朝一で買いに行って、それから雷門中へ行くという予定を立てているのにどうやって2番が売り切れるというのだ。
開店早々から品切れなど、そんな不手際を店がするとは思えない。
・・・まあ、なんとなくわかっていたからいいんだが。
鬼道じゃないだけまだ救いがあるからいいんだが。
風丸はもう、違う次元の人だから勝ち負けとか気にしてはならないのだ。
豪炎寺のメンタルが少しだけ強くなった。







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