束縛はしないと約束してくれたのに、早速反故にされた。
これも監禁の部類に入れていいだろうか。
過去2回とも軟禁状態でも監禁とカウントしたから、今回も加えておこう。
齢14にして既に3回目の監禁ライフ。
なるほど、不審者は本当に監禁プレイがお好きらしい。
は与えられた自室でせっせと本を読んでいた。
コーチになるにはガイドの一冊くらいは読むべきだろうと思い通販で取り寄せたところ、注文した商品を間違えてしまったらしく全編英語のガチの英書が届いてしまった。
読めないことはないしこれもコーチ育成というか監督ライセンスを得るためのハウツー本のようなので、ギリギリのところで欲しい物とは合致していた。
これを読んでしかるべき試験を受ければ世界大会の代表やトップリーグに所属するチームの監督になれるそうなので、おそらく久遠もこの道を歩んだのだろう。
ああ見えてすごい人だったのか、あの不審者監督。
なんとかと天才は紙一重と言うし、久遠はおそらく今もその2つの称号の境界を歩いているに違いない。




「あっれー、ここなんて読むんだっけ・・・?」




 スポーツ用語は難しくてわからない。
誰かに訊きに行きたいが、久遠と2人きりにはなんとなくなりたくない。
鬼道なら教えてくれそうだが、今や日本代表の天才ゲームメーカーとなってしまった彼の手を煩わせたくはない。
不動はどうか、しかし不動が英語ができるかわからない。
困ったな、秋ちゃんに訊けばわかるかな。
でもこれただの英語じゃないから、結局秋ちゃんと2人して頭抱えそうな気がするんだよな。
仕方ない、気は進まないが監督に訊きに行こう。
は本を片手に部屋を出た。
階段に向かって歩いていると、前方から鬼道がやって来る。
こちらに気付いた鬼道が微かに笑いかける。
手招きをされたので鬼道の後へ続き食堂へと向かう。
どう思うと突然問われ、はことりと首を傾げた。




「どうって何が?」
「久遠監督のことだ。も見ただろう、飛鷹を。あいつはお世辞にも上手いとは言えない・・・。染岡やシャドウの方が数段上だった」
「まあでも、染岡くんも闇野くんもFWだし監督はDF入れたかったんじゃない?」
「そうだとしても、初心者にも近い奴を代表にするか? 監督はこのチームをどうするつもりなんだ・・・」
「まあ、私も監督にスカウトされちゃったからなあ・・・。見る目ないって言ったらそうだよねえ」
は違う。俺はとこうして話し合えることがとても嬉しい」




 鬼道に熱っぽく見つめられ、はへにゃりと笑った。
鬼道は昔に比べると感情表現が格段に上手く、そしてわかりやすくなった。
おかげでこちらはドキドキしっぱなしだ。
人に見つめられるというのがこれほどまでに恥ずかしいことだとは思わなかった。
気付かせてくれたのが鬼道だった。




「久遠監督は10年前、フットボールフロンティア決勝戦前日に事件を起こし、率いていたチームを決勝から棄権させたらしい」
「監督してのキャリアはあるんだ」
「・・・呪われた監督と言われているとも」
「じゃあ呪いを解いてあげなくちゃ」
は、俺はそういうことを言ってるんじゃない。俺は、そんないわくある監督にチームを託していいのかと考えているんだ」
「なるほど」




 鬼道なら考えそうなことだと思った。
鬼道は監督運がお世辞にもいいとは言えない。
だから、大人に対して少し警戒心を強くしてるのかもしれない。
かくいうも、久遠のことは鬼道とは違う意味で警戒していた。
なにせ、突然家へやって来てお嬢さんを私に下さいと言いたかった男なのだ。
娘共々危険極まりない人物だった。
は皺を寄せている鬼道の眉間をちょんとつついた。
悩みたいのもわかるが、今は言われたとおりにするしかないではないか。
試合まで後たった2日しかないのだし、悩む暇があるなら動かねば。
は鬼道ににこりと笑いかけた。




「監督がほんとのほんとに駄目な人だったら、私が試合中ずーっと監督の口塞いどいてあげる。そしたら鬼道くん大丈夫?」
「だが・・・」
「相手って攻撃を完全にシャットダウンしちゃう守備の堅さなんでしょ。私はねえ、攻撃できないってことはそもそもパスができないのかなって思うんだ。鬼道くんはどう思う?」
「データがないからなんとも言えないが・・・。の考えも一理あると思う。そうか、四方を塞がれれば攻撃を完全に封じることができるな」
「でしょでしょ! 外出なかったら意外といろんな想像できるよ。鬼道くんならきっと私よりももっともーっといっぱい考えつくよ」
が俺を買い被りすぎだ。俺は、が考えているほどすごくない。だから今もこうやって悩んでいる。不動と・・・、チームの仲間と上手くやっていける自信もない」
「ま、そりゃ人間好き嫌いあるからみんなと仲良くするのなんか無理だよ。もーう、鬼道くんもメンタル強くしなくちゃ!」




 悩むこと、不安に思うことがいけないことだとは思わない。
弱いことだとは思わない。
現実を冷徹に見通しているから最悪の事態を考えることができるのだ。
楽観的な人間は、与えられた目の前の現実を何の疑いもなく受け入れることしかしない。
ただ、鬼道は少し思い詰めすぎなのだ。
世の中は鬼道が考えているほど黒く澱んではいない。
もっと明るく拓けたところもあるのだ。
何もかもをマイナス思考に考える必要はどこにもないのだ。
いつまでも影山の呪縛に囚われなくてもいいのだ。
からしてみれば、久遠よりも影山の方が呪われた監督と言うに相応しかった。
久遠はちょっと不審者なだけで、呪怨をかけるまでには至っていない。





「私で良かったら鬼道くんのお悩み聞くって前も言ったじゃん。だからあんまり難しくいっぱい抱え込まないで? 私、鬼道くんのこと好きだから鬼道くんは贔屓するって決めてんだ」
「それは豪炎寺以上にか?」
「へ? うーん、どうだろ・・・。修也と鬼道くんは別人だからなあ・・・」
「いいんだ、すまないおかしなことを言って。じゃあお言葉に甘えてみようかな」
「そうそう! 鬼道くん、大人じゃないんだから大人ぶることないんだよ。甘えたさんになっていいんだよ」





 よしよしと頭を撫でてやると、鬼道の顔にようやく笑顔が戻る。
良かった、とりあえず鬼道の悩みを少し和らげることができたようだ。
人のためにできることはとてつもなく小さくて些細なことだが、小石を取り除いてやることで流れが急に良くなることもある。
そうか、私はみんなの喉に刺さった小骨を取る人になればいいのか。
これはコーチというよりも保健室の先生だな。
息子のジャージーを引き取るよりも、その父に白衣を譲ってもらった方がサイズはともかく役割的にはぴったりだったかもしれない。
痛恨のミスだ、今夜あたり豪炎寺にクレームを言っておこう。




「にしても、さっきからやけに部屋がうるさくなったと思わない? みんなボール蹴ってんのかな? 床と壁が抜けなきゃいいけど」
「あいつらもあいつらなりに動き始めたということか。ありがとう、また何かあったら相談に乗ってくれ」
「いつでもお待ちしてまーす」




 部屋へ戻る鬼道の背中をぽんと叩き送り出す。
鬼道が去り自らも部屋に戻り、そこではっと我に返る。
しまった、せっかく先程鬼道と話していたのに本の質問をするのを忘れていた。
しっかりと手に持って行動していたのに、本の存在すら忘れていた。




「・・・次、相談された時に訊いてみよ・・・」




 わからなかった部分に付箋を張り、本を机の隅に置く。
ボールの音が響いてうるさいなあ。
こっそり抜け出してやろうか。
そろりと部屋を抜け出したの前に待ちかねていたように冬花が現れ、一緒に夕飯作りましょうこれもスカウトですと告げた。






彼ジャージーは萌えるけど、彼マントはどうなんだろうか






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