しつこいと非難の声を上げたくなるほどに今日のは執拗だ。
いつもは頼んでも渋い顔しかしないが、今日に限っては率先して選手控室まで来ている。
何度も繰り返し大丈夫なのと尋ねてくるを、豪炎寺は眉根を寄せて見下ろした。





「何を不安がってるんだ、しつこい」
「何ってわけじゃないけど、ほんとに大丈夫なの?」
「だから何が大丈夫じゃないんだ。・・・そんなに心配なら今日はベンチに来るか?」
「それはやだ。今日も約束してるしドタキャンはまずいでしょ」
「俺は試合よりもそいつの方が心配だがな。見ず知らずの男と2人で何もないだろうな」
「何って何よ。大体男と二人で観戦なんて修也と毎週やってるし」
「・・・もういい。とにかく心配しすぎだ。俺たちはそんなに弱く見えるのか?」
「そうじゃないけど、でも・・・」





 話はもう聞かないとばかりに背を向けた豪炎寺の背中にそっと手を置く。
昔ならいざ知らず、今の雷門イレブンは弱くない。
円堂のゴッドハンドは不安要素だが、豪炎寺や鬼道だけでなくフィールドの魔術師と謳われる一之瀬も加わったことにより中盤に厚みが増した。
おかげで半田の出番が少なくなるどころか終始ベンチという憂き目に遭ってしまったが、それも勝つためならば仕方がない当然の処置だ。
ただ、今日は何の気まぐれか半田がスタメン入りを果たしている。
こっそり練習していたことがばれたのかもしれない。
左サイドバックに入った半田は見た目だけは立派な決勝進出強豪チームの一員で、何らかの強力な必殺技を持っているように見えなくもない。
もちろんそれらは見かけだけで実のところは中身は空っぽ、ぱっとしないとは知っているが。
はカノンが待つスタンドへ向かうと、王牙学園の選手たちを見下ろした。
試合前特有の闘争心がまったく感じられない、ぞっとするまでに冷ややかな空気に不安が増す。
誰もがサッカーそのものには何の楽しみも興味も抱いていないような淡々な態度でいて、優勝したいという勝利への貪欲さも見えてこない。
今までそれなりの数のチームを見てきたが、彼らほど背筋が寒くなる思いをしたチームは見たことがなかった。
強さに対する恐怖ももちろんある。
しかしは、強さではない言葉では表現できない重く苦しい空気により多くの恐怖と不安を掻き立てられていた。






「・・・大丈夫、さん」
「試合する修也本人が大丈夫だって言ってたから大丈夫でしょ、たぶん」
「怖い時は怖いって言っていいと思うよ。さんには守ってくれる人がたくさんいるんだから」
「へ?」
「な、なんでもない! でも不気味だ、今日の試合・・・」





 決勝戦仕様なのか、明るく華やかだったスタジアムが一瞬のうちにお世辞にもセンスが良いとは言えない悪趣味な外観に変わる。
あまりのセンスの悪さに怯み観客の声援が途切れた隙に始まった試合をは凝視した。
ホイッスルはとうに鳴っているというのに、王牙イレブンは誰一人として動こうとしない。
それどころか、自陣へ誘い入れるかのようにゴール前まで道ができている。
単純に豪炎寺たちを馬鹿にしているとは思えない不気味さに、は無意識のうちに両手に力を籠めた。
何かがおかしい。
王牙イレブンたちの意図が読めないことが怖い。
世宇子中を叩きのめした実力がありながら、なぜ豪炎寺たちに対しては何のアクションも起こさないのだ。
試合が始まるまでは、豪炎寺たちも世宇子イレブンと同じような目に遭いかねない激しい攻防が繰り広げられるとばかり思っていた。
だから、彼らが怪我をするのではないかと不安で心配だったのだ。
しかしこれは何だ。
王牙イレブンは微動だにしない。
豪炎寺や染岡がシュートをする直前だけカットして、それ以外は体力を温存するつもりでいるのか動こうとしない。
静けさが怖い。
静けさの後に、世宇子に対するそれを遥かに凌駕する惨劇が待っているのではないかと思い気が気でない。






「カノンくん、今日の試合楽しくない」
「修也たちのシュートはシュートする直前にカットされて生殺しだし、あちらさんが考えてることもわかんないし」
「ねえ聞いてる、カノンくん。・・・カノンくん?」






 何を話しても相槌1つ寄越さないカノンに文句を言おうと、フィールドから隣席へと視線を変える。
試合開始時には隣にいたカノンがいない。
お手洗いには試合前に行ったと濡れた手を振り回しいらない報告をしていたのに、いつの間にやらいなくなっている。
どこに行ったのだカノン。
今日のような気味の悪い試合にか弱い女の子を置き去りにするなんて男の風上にも置けない甲斐性なしだ。
何のために風丸と引き合わせたと思っているのだ。
男たるもの風丸のような紳士でイケメンであるべきだと思っているから、カノンも風丸モデルにカスタマイズすべく会わせたのだ。
カノンは風丸から何も学んでいない。
風丸と共にいながらちっとも風丸の良さを学ぼうとしない姿勢は円堂とよく似ている。
はカノンを飛び越え円堂にまで怒りの矛先を向けた。
怒っている間だけ、怖さが和らいだ気がした。






「修也たち、生殺しの消化不良で苛々してそうだなー。後で八つ当たりされなきゃいいけど」





 ゴール前であしらわれ何もできないまま終わってしまった前半を振り返り、顔をしかめる。
無駄な前半だった。
何の収穫もない、苛々だけが溜まった不必要な30分だった。
王牙イレブンの狙いが雷門イレブンの調子を狂わせ後半にかき回すことにあるのだとすれば、彼らの作戦は見事に的中したと言えるだろう。
一度狂ってしまった歯車はなかなか元には戻らない。
王牙イレブンの力をもってすれば、噛み合った動きを取り戻すまでの5分足らずの間に豪炎寺たちを圧倒することができるはずだ。
できれば相手はこのように考えていてほしい。
何もわからずにただ眺めているよりも、漠然とした予感があった方が不安感は薄れる気がする。
は後半開始の笛が鳴り、再び彫像のような王牙イレブンの間を走る豪炎寺たちを見下ろした。
ゴールにいた円堂が前線へと走り出て一之瀬、土門と共にザ・フェニックスを放つ。
威力は変わらずむしろ強くなったはずなのだが、不死鳥の羽ばたきが鈍重に見える。
解き放たれたのではなく、飛ぶことを強制されたような違和感を感じる。
打つべくして打ったシュートではなく、打たせられた自由の利かないシュートだからだと理解するまでにそう時間はかからなかった。
シュートで雷門イレブンの強さを値踏みされた。
この程度のものかと相手は把握した。
次の始まるのはもう値踏みの時間ではない。
気を付けて。
聞こえるはずもないのに発せられたの警告は、フィールドを襲った突風でかき消された。
あまりにも唐突で一瞬の出来事だったので何が起こったのかわからなかった。
大変なことが起ころうとしているとようやく気付いた時には、風丸たちディフェンス陣が必殺シュート一発で吹き飛ばされ地面に叩きつけられていた。





「何、これ・・・・・・」





 たった一度の必殺技で風丸や半田が簡単に吹き飛ばされ、ゴッドハンドが破られた。
たった一度のシュートでプレイ続行が不可能なまでの怪我をして、ベンチへと搬送された。
たった一度の攻撃で王牙学園の力を知らされた。
怖い。怖いけれど見ていなければならない。
は王牙学園の猛攻に怖気を振るい色を失くし、歓声を上げることも忘れた観客たちの脇をすり抜けると最前列へと移動した。
パスを受け前を向いた豪炎寺に向かって、風丸を遥かに超えた人外のスピードで2人の選手が襲いかかる。
嫌だ、やめて。
は柵から身を乗り出すと悲鳴を上げた。





「修也! ねえ、修也! 修也!」






 地面や力強く叩きつけられた豪炎寺が起き上がらない。
嘘だ、これは幻覚に決まっている。
の脳裏に試合前の豪炎寺との会話が蘇る。
不安だ心配だ大丈夫なのかと繰り返し尋ねていたこちらに向かって、豪炎寺は笑いすらした。
人前では滅多に笑わないポーカーフェイスの豪炎寺が、安心させるためか困ったように笑い大丈夫だと言い切った。
心配のしすぎだと窘め、あろうことかこちらの心配をしてきた。
修也の嘘つき、どこも大丈夫じゃなかったじゃん。
不安なことがあったから何度も大丈夫なのって訊いたのに簡単にほいほい人を安心させるようなこと言って、それでうっかりじゃあ大丈夫かなとか思っちゃった私が馬鹿みたいじゃん。
はしわぶき一つしない静まり返ったスタンドで叫び続けた。
恥も外聞も、そんなのどうだっていい。
発破をかけて、怒鳴って豪炎寺が起き上がってくれるのならばたとえ喉が潰れようと叫んでやる。
修也と名前を呼ぶたびに、手すりをつかむ手が小刻みに震える。
王牙イレブンのキャプテンの底知れぬ冷たさを孕んだ視線にも気付いているが、気付かないふりをして叫び続ける。
たった数分間で3年分、豪炎寺を呼んだ気がした。





「修也、ねえ・・・。ちょっと休憩してるだけなんでしょ・・・・・・? 私知ってるよ、修也ほんとは朝が弱いからお寝坊大好きだって。
 でももうお昼だから起きなくちゃ。ねえ修也、聞こえてる・・・?」
「・・・・・・」
「いつもみたいにうるさいって言ってよ。呆れて物言えなくなるほどにはまだうるさくしきってないからほら、いつもみたいにうるさいって言ってよ。お願い、ねえ、修也、修也、修也!」
「うるさい」






 違う、今うるさいと言っていいのはあんたじゃない。
本当にうるさいと思ったのか、バダップと呼ばれる王牙学園のキャプテンが風丸たちを吹き飛ばした必殺のデススピアーの発動体勢に入る。
ダメージが大きい今の豪炎寺たちのデススピアーは名前の通りまさしく死の槍だ。
デススピアーが放たれた直後、はやめてと絶叫した。
絶叫した直後、フィールド全体が青い光に包まれる。
ゴールを貫くはずだったボールが光の外に弾き出される。
目の前が真っ黒になってしまった。
は全身を包み込む色とは裏腹な温かさと、頬を伝うこそばゆさに身を捩った。







「あんなにたくさん名前を呼ばれて妬けちゃうな」
「へ・・・?」
「それに、ちゃんを泣かせちゃうくらい怖い目に遭わせたのもいただけない」
「あ、の」
「遅れてごめんね、でももう大丈夫だよ」







 青白い光と思いきや青いユニフォームの少年に突然ハグをされ、かと思ったら行方をくらましたカノンも戻ってきている。
いったいどうなっているのだ、わかるように30秒で説明してほしい。
えっ、えっ、なになにこれは夢なのとすかさず頬をつねってきたの奇襲に耐え、カノンはにっこりと微笑んだ。







目次に戻る