もう怖くないよ、大丈夫だよちゃんと親しげに話しかけてくるイケメンを引き剥がしカノンにどういうことだと詰め寄る。
いきなり消えたかと思えば訳のわからない包容力溢れるイケメンを連れてきたりして、今日が決勝戦でなかったらよくやったと褒めて遣わしていたところだ。
カノンはの両手を取ると行こうと呼びかけた。
行くとはどこに行くのだ。
大事な試合を抜け出さなければならないほどに大事な用でもあるのか。
の疑問を読み取ったのか、カノンはフィールドへと視線を向けるとひいじいちゃんのとこにと続けた。





「・・・カノンくんは響木さんの曾孫さん? 響木さん結婚してたんだ?」
「違うよ、俺のひいじいちゃんは円堂守! 俺は80年後の世界から来たんだよ!」
「・・・・・・・カノンくん、頭おかしくなったんなら張り手飛ばして治したげよっか?」
「落ち着いてちゃん。・・・俺も未来から来たんだ、信じてくれないかもしれないけど」
「80年も先の未来から何しに来たの? 旅行?」
「ひいじいちゃんたちを助けに来たんだ。ひいじいちゃんたちが戦ってる王牙学園の選手たちも俺たちと同じ未来から来てる。奴らの狙いは今の時代のサッカーをやめさせること。
 そして俺たちはあいつらの野望をぶち壊すために来たんだ」





 この世はいつからSFワールドになったのだろう。
タイムトラベルや未来人が存在するのは空想の世界だけだと思っていたのだが、世界は確実に変化しているらしい。
はカノンに手を引かれるがままにフィールドへと降り立った。
ふと辺りを見回すと、カノンとイケメン以外に4人も見知らぬ少年たちがいる。
彼らも未来人と名乗るのだろうか。
6人もの大人数に未来人と名乗られては、幻覚や妄言とは断言できにくくなる。
はなんとか立ち上がろうとしている豪炎寺の前に立つと、深呼吸をした後で修也と名を呼んだ。





「まだ試合中だから何もしないけど、ちゃんとずっと見てたから。消化不良で苛々してるとこも吹っ飛ばされたとこも起き上がれなかったとこも、全部ぜーんぶ見てたから」
「・・・知ってる」
「そ。まだやるの?」
「当たり前だ。このままじゃは俺を不甲斐ない男と断定するだろう。それは敗北よりも重い屈辱なんだ」
「ふーん。・・・染岡くんとの必殺技で繋ぎ方のコツはつかんでるでしょ。あそこの助っ人さんたちのシュートも修也が繋いであげたら?」
「それを今更、こんななりの俺に言うのか?」
「だってまだやるんでしょ。私にいいかっこ見せたいんならそのくらいやんなきゃ」






 相変わらず子憎たらしい言い方だが、今日は少しだけ口調が弱々しい気がする。
試合前からやたらと不安がっていたが、実際に起こってしまったあれらプレイを見て怖くなったのかもしれない。
以前帝国学園が世宇子に敗れた時もそれなりに怖がっていたし、今日はそれよりも酷かったはずだ。
一生懸命強がっているのだろうが、伊達に長く付き合っているわけではないから脆さがすぐに見えてくる。
怖がらせてしまった過去は取り戻せないが、怖さを喜びや安堵に変える未来は作ることができる。
円堂の曾孫と名乗るカノンが連れて来た助っ人たちはみな強者揃いのようだし、彼らがシュート技を持っていればが言ったようなシュート技を繋げることもできるかもしれない。
いや、やらなければならないのだ。
はわざわざ言ってきたのだから、きっと勝算があるのだろう。
豪炎寺はゆっくりと立ち上がるとポジションへと戻った。
フィールドへやって来た時からずっとの傍にいた少年がこちらへ歩み寄ってくる。
未来人なので当然面識はないがなぜだろう、彼を見ていると心の中がもやもやする。






「今回は協力するけど、俺と君は本当はあんまりどころかかなりぎこちない仲なんだ」
「それはが関係していることか?」
「そうだね。お互い妬いたり妬かれたり。まあ、今日はずっと俺は妬きっぱなしかな」
「フィディオ・・・とか言ったな、お前はの何なんだ?」
「今は言えない。俺は今の未来が好きだから」






 一筋縄じゃいかない生活だけど、そんな日々を与えてくれる彼女が大切だからね。
宝物を愛でる目でを見つめたフィディオは、すぐさま視線を王牙イレブンに戻すと表情を引き締めた。
空白の8,9年の間のは予想以上に豪炎寺に近かった。
やきもちを通り越した黒い何かが鎌首をもたげるほどに隙のない親密さだった。
この場でにネックレスを見せることもできる。
ライオコットでの反応から考えても、はすぐに気付くはずだ。
しかし、仮にそうだとしても今ベンチにいるは自分が知るではない。
過去のももちろん大切だが、フィディオは自分にとっての現在で知り合ったの方が大切だった。





「半田大丈夫? サッカー人生終わった?」
「まだ終わらせねぇよ。心配するかからかうかどっちかにしろ」
「心配してますうー。カノンくんたちが80年後の人なんてびっくり」
「ほんとになー。しかもあの円堂の曾孫なんだから尚更びっくりだよ。あいつ結婚できたのかあ」
「世の中物好きさんもいるってことか。良かったじゃん、円堂くんにも奥さんいるんだから半田確実に結婚できるよおめでとう」
「円堂と俺に謝れ、心込めて謝れ」





 負傷した足が痛いのか、顔を歪めて受け答えする半田に出血大サービスで絆創膏を貼ってやる。
負傷者続出で秋たちマネージャー陣の介抱の手が足りていないがゆえの特別奉仕だ。
後でパフェ2杯は奢ってもらってしかるべきだろう。
はナースプレイを1分足らずで終わらせると豪炎寺たちを顧みた。
カノンが連れて来た助っ人とやらはどうやらかなりの粒揃いの精鋭らしく、先程まではただただ圧倒されていたとは思えない驚異のプレイで王牙学園を押し込んでいる。
押し込むだけでは当然勝てないが、豪炎寺は上手くシュートを決めてくれるだろうか。
は幼なじみのスペックが助っ人たちの技量に見合うものかどうか不安になってきた。
本番には強いとは知っているが、傷つき必ずしも万全とはいえない体で打ち勝つことができるのだろうか。
サッカー以外では常に期待を裏切り続けている豪炎寺だから、うっかりそれが出てしまうのではないか。
本当に手のかかる幼なじみだ、こちらの目を引きつけてやまない。





「私を怖がらせたことに怒った修也が土壇場で新しい必殺技作ってシュートとかあればいいのに」
「マンガとかアニメみたいな展開だな。もし豪炎寺がそれやってのけたら今度こそ真面目に褒めてやれよ?」
「はっ、できるわけないじゃん。助っ人のイケメンならともかく、修也にそんな甲斐性あるんなら私はとっくに修也を好きになってるって」
「来たばっかの助っ人に肩入れしすぎだろ・・・。ちょっとちゃんってちやほやされたくらいで調子乗るなっての」
「いいじゃんどうせあの人もカノンくんと一緒で80年後の人なんでしょ? おばあちゃんになった私なんか見向きもしなくなるんだから若いうちにちやほやされとかないと華の乙女時代損じゃん」
「え、あいつらも80年後の人なのか?」






 だってカノンくんが連れてきたからあの人もそこの人もみんな80年後の人なんでしょ。
いやそれは違うんじゃねぇの、だって80年後の奴らがのこと知ってるわけないだろ。
わいわいと話しているうちに、王牙学園相手に果敢に攻め上がる助っ人たちが豪炎寺へパスを回す。
それはパスと呼ぶには強烈すぎるもはやシュートの類で、パスに合わせたように豪炎寺が飛び上がる。
試合会場が暗いがゆえの視覚効果だろうか、豪炎寺が放つボールが纏う炎がいつもよりも赤々として見える。
炎というよりもマグマのようで、ファイアトルネードの火力とは比べ物にならない熱さを感じる。
もしかして、彼は崖っぷち状態で新必殺技を編み出したのだろうか。
マンガやアニメのような展開にしてしまったのだろうか。
マキシマムファイアと叫びながら蹴り出された業火のシュートが王牙学園のゴールを襲う。
ザ・フェニックスをあっさりと止めた必殺技を易々と破りゴールに突き刺さり、は思わず半田の患部を叩いた。
いてぇと叫ぶ非難の声は聞こえなかったことにして豪炎寺を見つめる。
無理だろうと絶望視していた中から1点をもぎ取ってしまった。
豪炎寺がまたしても素人の意見を飲み込んでしまった。
偶然なのだろうが、初めての偶然ではないのでどきどきする。
ひょっとしたら預言者なのではないかと、占い師デビューも考えてしまうくらいにはどきどきしていた。






「修也ってばいつの間にあんな技を」
を怖がらせたことにい怒って土壇場で作ったんじゃねぇの? 褒めろよ、ちゃんと」
「2回やって1回は失敗したから褒めレベルも半額にする」
「嬉しいなら素直に褒めればいいのにほんとお前もあいつも不器用だな」
「同点に追いついて決勝点も挙げたら褒めボーナス考えてもいい」
「・・・俺、なんでを好きになる奴がいるのかわかんなくなってきた。そんなんじゃの子孫80年後にはいないぞ」
「私に見合うだけの男がいなかったってこと? もう、みんなレベル低すぎもっと男を磨かないと」






 一歩間違えればセクハラになりかねない半田の発言を粉砕し、カノンの活躍により同点に追いついた試合へと関心を戻す。
同点に追いついたとはいえ相手は強く、一度の必殺技で豪炎寺たちを吹き飛ばす威力は健在だ。
これほど吹き飛ばされ地面に叩きつけられ大丈夫なのか、試合が終われば一度全員精密検査を受けるべきではないかと体を案じてしまう。
優しい風丸などは、集中攻撃を受けるカノンを身を挺して守っていた。
助っ人ばかりにいい格好させないぜと風丸は息巻いていたが、風丸は何もしなくても一番かっこよく見えているので余計な身代わりなどする必要ないのだ。
人類は80年の間に進化したのか、カノンはぴんぴんとしているではないか。
我が身の危険を顧みず突っ込む風丸もかっこいい。
何をやってもやらなくても風丸が一番かっこいい。
ただボールを蹴っているだけできらきらと輝いている。
自らのオーラでは輝かせることができず必殺技に頼らざるを得なかったのか、赤毛の病的なまでに顔色の悪い少年が技で光らせたボールを鬼道へ託す。
さすがは鬼道だ、ボールだけではなく自らも輝き始めた。
おまけに豪炎寺も輝きだし、2人で宙へ浮きくるくると回り出す。
見えない空中コーヒーカップかはたまたメリーゴーラウンドに乗っているのか、ひとしきり宙で円を描いた豪炎寺と鬼道が同時にシュートを放つ。
凄まじい滞空時間の元放たれたきらきらと輝くシュートがゴールを貫き、勝ち越し点を挙げる。
勝てる。
意味のわからない未来から来たキチガイ集団に勝つことができるかもしれない。
厄介事が起こらない安心安定の未来を手に入れることができる。
今まで技の出し惜しみをしていたのか、終了間際になり繰り出してきた3人での連携必殺技も、円堂の大仏よりもさらに大きい手によって阻まれる。
試合終了のホイッスルが鳴り響き、禍々しくセンスの欠片もなかった会場が元の姿に戻る。
ようやく終わった長い戦いに、はふうと小さく息を吐いた。
満身創痍の選手たちが膝をついているフィールドへ歩を進め、見知らぬ80年後のイケメンへと手を差し出す。
フィディオは驚いた表情でこちらを見上げ、すぐに相好を崩した。
なぜだろう、彼の笑顔を見ているととてつもなく心が安らぐ。





「みんなを助けてくれてありがと」
「俺は守たちに助けられたんだ。だから、守たちが困っている時に手助けするのは当たり前だよ」
「円堂くんは80年後の人にも感謝されるようなことやったのか、なるほど。ねえねえ、お宅はなんで私のこと知ってんの? 私って未来で何してる?」
「それは・・・・・・」





 フィディオは勘違いをしているを見つめた。
どうやら彼女は自分のことを80年後の人間だと思っているらしい。
訂正してもいいが、80年だろうと半年だろうとにとっては未来の人間ということに変わりはないので黙って話を合わせておく。
それに、ここへ来る前にカノンにも未来について話しすぎてはいけないと言われていた。
今はまだ知らない人でいい。
本当はイタリア時代の幼なじみだと気付きもしないことにそれなりに傷ついているが、そんなところも大好きだからショックは未来での再会の喜びのスパイスということにしておく。
フィディオは小さく笑うとの体を抱き寄せた。





ちゃんは俺の大切な人だから。未来で待ってる、ちゃんに会える日を楽しみにしてる」
「むー・・・そっか。じゃあ待ってて? 私おばあちゃんになってるだろうけどくそばばあとか言っちゃ嫌だからね」
「ははっ、おばあちゃんになってもずっと一緒にいたいな」





 フィディオがぼんやりと光り出し、ゆっくりと体を離される。
周囲を見渡せば他の助っ人やカノン、王牙学園の選手たちもフィディオと同じように全身が淡い光に包まれている。
タイムマシンで帰るとばかり思っていたが、80年後は箱モノいらずでレーザー移動ができるらしい。
技術はすごい。
80年後の世界へ修学旅行に行ってみたくなる。






、フィディオが誰だか知っているのか?」
「フィディオ? 誰それ」
にしつこくまとわりついていた奴だ。宣戦布告をされた」
「へえ。じゃあせいぜい未来のイケメンに私を取られないようにすること」
「・・・あれも鬼道と同じと思ったら、盲目の被害者を作らないようにするしかないな」
「それどういう意味? なんで鬼道くん?」





 は知らなくていい話だ。
じゃあなんで私に向かってそういう話するわけ気になるじゃん。
傷ついた体だということをすっかり忘れが豪炎寺の背中を叩いたと同時に、雷門イレブンの優勝を祝う花火が上がった。







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