02.死んでしまった冬の日をおもう(恋のように、)




 いってえと本当に痛そうな声を上げながらも踏みとどまる学ランの少年の背中を黙って見つめる。
王子様が来た。
盾を片手に身を挺して駆けつけた、身も心もイケメンな王子様がおいでなさった。
突然の乱入者に呆気に取られつつも、自身の立場の優位さを誇示しようと不良がまたもや手を上げる。
きゃあーおまわりさーんあんなところにキチガイがいるうー!
私の可愛い声に見惚れてぼさっとしてないで早く早くう!
きゃああと叫び声をあげ国家権力を自らの手足のように動かす声に、狭い上に小さい六畳一間の心しか満たない不良たちが散らばっていく。
あいつほんとに喧しくて口だけだな。
盾を下ろしぽつりと呟いた少年に、は慌てて声をかけた。




「あ、あの」
「あ? ああ気にしなくていいって。ごめんなあ、いきなり突っ込んできたからびっくりしたろ」
「いえそんな・・・! ありがとうございます・・・」
「いいっていいって。俺もああいう奴ら苦手だし、あいつが叫んで蹴散らしたからちょっとすかっとした」
「あいつ・・・?」




 こちらに全身を向けず、首だけわずかに回して話している少年の視線につられ『あいつ』を見つめるが、あまりに遠くてよくわからない。
少年は『あいつ』に向かいおうと呼びかけ軽く片手を上げると、じゃあと言い残し来た時と同じように駆け去っていく。
あ、名前とか教えてもらうの忘れちゃった。
顔もよく見えなかったし、でもすごくイケメンだった気がする。
は不良も王子様も去り再び静けさを取り戻した駅で、王子様見つけたと呟いた。

























 手がかりは稲妻マークの鞄だけだ。
稲妻マークの鞄を持った茶髪の少年は、いったいかのマンモス校雷門中学校に何百人いるのだろう。
は校門からぞろぞろと出てくる茶髪の少年を隈なくチェックしてはため息をつくという行為を、かれこれ500回は続けていた。
そろそろ警備員のじと目が痛くなってきた。
女の子だからまだ許されているのだろうが、男だったら確実に永久追放の処分を科されていた。
女で良かった。
は18時を回ってもなお現れない王子様に、見逃してしまったのではないかと不安になってきた。
王子様はシャイなのか、顔のすべてをこちらに向けてはくれなかった。
きっと、礼を言われるようなことはしていないと思っていたのだろう。
奥ゆかしく謙虚なイケメンだ、ますますときめく。
は疲れ果て地面にしゃがみ込むと、王子様どこーと弱々しくまだ見ぬ王子様を乞うた。
あれー、こんなとこで何やってんだあ?
不意に言いようのない汗臭さを感じ、顔が思わず歪む。
臭い、何だこの汗臭さは。
話しかけられたので渋々顔を上げたは、まじまじと不躾な視線をこちらに向けてくる茶髪のフツメンを目にしてまた大きくため息をついた。
こいつは茶髪だが王子様のようにイケメンではない。
王子様はもっときらきらと輝いているイケメンだった。
はのろのろと立ち上がると、フツメンからぷいと顔を逸らし鼻を抑えた。





「何か用ですか」
「いや、こんなとこにしゃがんでたからどっか具合悪いのかなって」
「具合? ああ悪くなりました、あなたの汗臭さで」
「・・・おい、その言い方はないんじゃないか? 俺はただ「心配ありがとう、じゃあさようなら」





 しつこい男は大嫌いだ。
は少年を見返すこともなく、速足で雷門中を後にした。




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