03.欲しいほしいって、ないものねだりばっかりね




 呼んでもないのに来るなんてめっずらしーとからかわれ、うるせえと応酬しながらも隣のポジションを確保する。
性格を如実に反映しているかのような親友の歩きは、急に早くなったり遅くなったりふらふらしたりと予測がつかない。
半田はゆったりと歩く親友の歩幅に合わせるべく自身の歩調を整えると、改めて横を向いた。
風丸くんとお揃いのシャンプーなのえへへへへと照れ笑いを浮かべている彼女の髪からは、風丸よりも柔らかく甘い匂いが漂う。
これが女の子の匂いってやつだよな。
もいい匂いするけど、あいつはおしゃれに気遣いすぎてあいつ本人の匂いがよくわかんないもんな。
口に出そうものならば間違いなく匂いフェチだと揶揄されるであろう感想を心の中で述べると、気付けば4歩先を歩いていた親友に早足で追いつく。
2人でこうして何をするでもなくのんびりと歩く時間や日々も、間もなく終わる。
ずっと一緒にいるように思っていたが実のところはまだ1年も経っていなくて、彼女との怒涛の日々がいかに濃密で飽きないものだったかを感じさせられる。
彼女がいなくなったらまた、昔のように毎日が味気ない紋切り型の日々が始まるのだろうか。
そちらの生活の方が身の丈に合っているとわかっていても、失われる非日常が恋しくて寂しくてたまらない。
叶うことならば、引き留めて鎖をつけてでもここに置いておきたい。
そうすることが、豪炎寺たちの心の安定にも繋がると思う。
そうできる程には年端がいかず、力もない我が身が恨めしかった。





「半田、今日はハニーと一緒じゃなくていいの?」
「ハニーって誰だよ」
「マイ木戸川フレンドさん。良かったじゃん、半田みたいなぱっとしないフツメンにもモテ期来て」
「は? って誰だよ。あと俺に心込めて謝れ」
「こっちこそはぁでしょ。なぁに半田、だって知らないまんま弄んでんの? そういうことやって許されんのは修也レベルのイケメンだけだって」
「だからって・・・、あ、もしかして?」
「他に誰が好き好んで半田にぴったりすんの。もー、自意識過剰ー」





 男見る目厳しいに認められたんだから、これに満足せずにもっと男磨くこと。
くるりとこちらに体を向け人差し指を振りながら熱弁する親友に、思わずお前はどんなんだよと言い返す。
何についてどうなのか理解できず訝しげな表情を浮かべた彼女を真っ直ぐ見つめ、半田はもう一度、どうなんだと尋ねた。





「どうってだから、何がどう」
「お前も、俺はその、が認めたくらいには俺のこといい男って思ってんのか?」
「いい男ってよりもいい奴って感じ? いいやつだから半田私の親友なんだし」
「じゃあいい男でいいだろ。なんでそこ訂正すんだよ」
「じゃあ逆に聞くけど、半田は私のこといい女だって思う?」
「思う」
「え」
「なんでそこびっくりするんだよ。いつもならいい女って言われて当然くらい言うだろ」
「そりゃそうだけどえっ、半田に言われるとすっごく違和感感じる」





 半田には、いい女よりもいい奴って言ってほしかったかも。
嬉しさの欠片も見せない難しげな表情で呟かれた言葉に、半田の心の中で何かが砕けた。




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