鬼道も難儀な相手に気に入られたものだ。
はミスターKもとい影山率いるチームKの見覚えのある動きを眺め、へえと呟いていた。
影山は今でも鬼道という最高の作品を求めている。
だからデモーニオに鬼道のコスプレをさせかつての帝国学園と似たようなフォーメーションを展開し、鬼道に自らの支配下にあった頃のプレイを思い出させようとしている。
外野の、当時はご意見番でもなんでもなかった一般女子中学生が見ても似ているとわかる動きだ。
似ているようで少しだけ違う影山の仕掛けに、鬼道や佐久間は果たして気付くだろうか。
はベストメンバーではないことから翻弄され乱されていたオルフェウスのディフェンスラインを瞬時に立て直させた鬼道のゲームメークに感嘆しながら、チームKの攻撃へと視線を移した。
1人を囮にしてディフェンスを引きつけ空きスペースを作り、生まれた穴にパスをするのは帝国サッカーの常道だ。
フットボールフロンティア地区予選大会決勝戦では、この戦術に何度引っかかったかわからない。
発動していた側の鬼道と佐久間はもちろん攻略法を知っている。
それが問題かも。
知り合いが誰一人としていないオルフェウスのベンチで顔を曇らせたは、すいと立ち上がるとライン際へと歩を進めた。
知識は、時として新たな道へ踏み出そうとする行動を妨げる。
ここはこうだからああすればいいとわかっているから、きっと鬼道たちは知ったことしかやろうとしない。
それが影山の狙いなのだ。
はディフェンスを指差すと声を張り上げた。





「佐久間くんそこじゃない、それも囮!」
「え・・・っ? あっ!」




 狡猾な策略を弄することに長けている影山ならば、囮の囮を使うことも充分にあり得る。
は佐久間がマークしたチームKの選手の更に後方、ノーマークだった選手にパスが回されたのを見て表情を険しくした。
影山は影山だが、昔のままの影山ではない。
今の影山は最高傑作鬼道を取り戻すために、一度は手を離れた大切な作品の心を粉々に打ち砕こうとしている超過激派だ。
影山の元にいれば、デモーニオのように早く鋭く強い選手になることはできる。
影山の手が加えられなければ、自分はろくにゲームメークすることすらできない。
鬼道の心を読むことはできないが、おそらく今の彼の心は相当波立ちかき乱されているのだろう。
そうして鬼道の自信と自負を喪失させ、自らの元に手繰り寄せるのが影山の真の狙いなのだ。
はフィールド上に呆然と立ち尽くし、パスにも反応できなくなった鬼道の名を叫んだ。
見ている。ちゃんと見ている。
だから、鬼道も後ろや過去ではなく前を見てほしい。
見ていたいのは沈んだ元気のない背中ではなく、自信たっぷりに素晴らしいゲームメークを見せる姿だ。
鬼道くん、ねえ、鬼道くん!
ラインぎりぎりで叫ぶに、影山は口元を歪め言い放った。





「それほどまでに私の最高の作品、フィールドの帝王がお気に召したかな? さすがはフィールドの女神、試合だけでなく人を見る目もあったということか」
「ふざけたこと言わないで。私、あんたに操られてほんとのお人形さんみたいに元気ない鬼道くんなんか嫌いよ、面白くないもん。
 私が好きなのは、自分で考えてゲームメークするきらきら鬼道くんなの!」
「だが、私の元にいた方が鬼道は強くなる。心を失くした彼が嫌だと言うならば、フィールドの女神、お前も鬼道と共に来ればいい。そうすれば鬼道の心は消えない」
「あんたもスカウトするならもちょっとましな誘い方したら? だーれがあんたなんかについてくかっての」
「それは鬼道を見捨てるということになるぞ? 見捨てないでくれという約束はどうした?」
「あんた、鬼道くんにサッカー教えたくせになぁんにもわかってないのね。私のこと大好きな鬼道くんが、私が厄介事に巻き込まれて喜ぶわけないじゃない。
 鬼道くんを嘗めないで、鬼道くんはあんたが思ってるよりもずっとずっとずーっと私のこと大切にしてくれてんの!」





 初めて出会った時からずっと鬼道はこちらを大切にしてきてくれた。
見ず知らずの女の子にオニミチと呼ばれても怒りの声を上げもせず、それどころか帰り道を案じ送るとまで申し出くれた。
帝国学園での地区大会決勝戦では、あわや鉄骨に殺される寸前だったところを絶妙なボールコントロール下で放たれたシュートにより救ってくれた。
昨日も、どこかしら怪我をしてもいいかなあと犠牲も覚悟してフィディオを庇っていたら、またもや磨き上げられたボールコントロールによって助けられた。
鬼道はいつも大切にしてくれている。
だから今回だって、鬼道はこちらを救うことになるのであれば約束を反故にされても構わないと思っているはずだ。
ねえ、そうだよね鬼道くん。
の呼びかけが懇願に変わり、声音も弱々しくなる。
鬼道はいつも助けてくれているのに、自分は彼に対して何もしてあげられないのか。
何かしたいと思った時に何もできないのか。
鬼道くん!
影山に潰されそうになる心を励まし、ひときわ大きな声で叫ぶ。
ばしぃんと強烈な勢いを持ったボールが人に当たる音が響き渡り、ついでうぜぇんだよと叫ぶ不動の声が耳に飛び込んでくる。
不動はのろのろと立ち上がった鬼道の胸ぐらをつかみ上げると、ぎろりと睨みつけた。





「いつまでも昔のこと引きずってんじゃねぇ! うじうじとうぜぇんだよ!」
「・・・・・・」
「てめぇが落ち込もうが泣き叫ぼうが俺は痛くも痒くもねぇがな、ちゃん巻き込んで悲しませることは許さない」
・・・?」
「見てんだよ! ちゃんは人形でも作品でもない鬼道クン、あんたを見てんだよ! 悔しいくらいにあんたしか見てないんだよ!」
「・・・・・・」
「こっちがちゃんを巻き込ませたくなかったからわざわざ憎まれ役買って出てやったのに、今のあんたは作品以下、ただのクズだよ!」
「ちょっとあっきー、鬼道くんになんてこと言ってんの!」
「うるせぇ外野は口出すんじゃねぇ! 鬼道クンよう、あんた悔しくないのか? 影山にぼろくそ言われて嫌いな奴にもクズ呼ばわりされて、好きな子にはかっこいいとこ1つも見せらんねぇで」





 お前がそれでもなんとも思わないんなら、俺だけ先に行くぜ。
不動はスライディングで鬼道からボールを奪うと、棒立ちのままの鬼道を置き去りにして前線へと走り出した。
恵まれた悩みを抱えている鬼道が羨ましく、憎たらしくてたまらない。
影山から利用されるだけされ捨てられ、からも今日に限ってはほぼ注目されていないこちらから見れば鬼道の苦悩はただの甘えだった。
敵失により恋敵が減るのは嬉しいが、サッカー選手としてはいささか面白味と刺激に欠ける。
あれだけ言われてまだ発奮しないなら、鬼道クンも所詮はそこまでの奴だな。
好敵手の不在に舌打ちしながらフィールドを駆けていると、横から猛然とチャージされボールを奪われる。
チャージを仕掛けてきた相手の横顔を認め、不動はにいと唇と歪めた。





「人形やめたのか?」
「俺は人形でも作品でもない! ・・・不動、力を貸してくれ。俺は、俺たちの力で影山を倒したい」
「ふっ、お前が俺を手伝うんだよ。鬼道クン焦ってやんの」
「このくらいのハンデをつけてやらないとお前が不憫でな」




 やっぱこいつ、いけ好かねえ。
いけ好かねぇけど、こうでないとこちらも調子が狂いっぱなしだった。
鬼道と同じく前線に上がってきた佐久間も加え、立ちはだかるチームKのディフェンス陣を次々と抜いていく。
さすがはイタリアの白い流星、いてほしいと思ったところにきちんと待機している。
切り崩したディフェンスたちを抜け放ったパスをフィディオが真正面で受け止め、そのままゴールに向かって叩き込む。
代表選手の強烈なシュートを顔色も変えずキャッチしたキーパーと、次いで仕掛けられた怒涛のカウンター攻撃からのデモーニオのペンギンシュートに鬼道たちの顔色が変わった。








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