じゃがフルコースができるまで  3







 この男は、どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのだろう。
は手渡された可愛らしいメイド服を即行でソファに叩きつけ、プロイセンを睨みつけた。




「そんなに人を馬鹿にして楽しい? プロイセン私の事、何だと思ってんの」
「今日から俺様専属メイドだぜ! 喜べ!」
「私メイドになった覚えないし、絶対嫌だからね」
「ほう? それが心優しき身元引受人に対する言い方か? いいんだぜ、別にお前を警察に突き出しても」




 プロイセンはにやりと笑うとを見下ろした。
赤が好きだと言ったから赤をメインにしたメイド服をオーストリアの家で探してきてやったというのに、全く喜ばれていない。
まさか、もう下心を見透かされてしまったのか。
男が服を贈るのは脱がせるためだと聞き早速実行に移したのだが、女の勘とは恐ろしいものである。
心の中まで常に読まれていそうだ、ならばやりかねない。





「・・・ド変態亡国が。ドイツ中のジャガイモなんて全部腐れればいい」
「・・・や、それは困るってか・・・・・・、言うに事欠いてどんな暴言吐いてんだ!?」
「いいよ、メイド服だろうが何だろうがやってやろうじゃない。こんなの日本さんのに比べたらままごと同然・・・」
「・・・・・お前さぁ、日本と一緒に住んでて幸せか?」





 一度は捨てたメイド服を腕に抱え、大変勇ましく大股で今を後にしたの後姿は、プロイセンにはきらきらと輝いて見えた。
見た目はそこらへんの女とは比べ物にならないくらいに綺麗だというのに、なんという潔さ。
ああいう彼女だから手元に置きたくなる。
正直なところ、日本が少し羨ましくて妬ましくて、まだ連絡をしていない。
ドイツがいればすぐに連絡をしろと言われるだろうが、彼は出張で出かけている。
いい女と一つ屋根の下で誰にも邪魔されずに過ごして何が悪い。
2人楽しすぎる生活が待っているのだ。
外へ出て帰ってきたら『お帰りなさいませご主人様』と言ってもらおう。
そうだ、料理で使う鍋やらは高い棚に置き換えておこう。
背が足りなくて困っているところで颯爽と取ってやれば、プロイセン様ってかっこいいと思うはずだ。
夜は就寝前に毎日とびきり怖い話を聞かせることにしよう。
そうすればきっと1人で眠ることが怖くなり、『一緒に寝てもいい?』と泣きついてくるはずだ。
プロイセンは朝目覚めた時、自身の腕の中で恥じらいの表情を浮かべているを想像し、口元をだらしなく緩めた。
本人に聞かせればドイツ国民総飢餓状態になる大飢饉レベルの怒り方をするだろうが、脳内で想像を膨らませるのは自由である。
脳内妄想でしか彼女を思うようにできないとも言うが、妄想でも夢でもプロイセンは幸せだった。






「ほら、着てあげたんだから感謝しなさい」
「・・・、フライパンはキッチンに置いてこい」
「ハンガリー仕様にしたけど駄目だった?」
「メイドはフライパンを武器としては使わねぇよ」





 ずしりとそれなりの重みのあるフライパンをから取り上げる。
こんなに重い物を長時間持っていては腕が疲れてしまうではないか。
プロイセンはフライパンをキッチンに置くと、ソファの真ん中ででんと座っているの隣に腰掛けた。
隣に座ればずれてスペースを作ってくれるあたりは気が利いている。
意識的に距離を置かれたと言えなくもないが。




「とりあえず、飯と掃除と小鳥の世話してくれればいい。あと、ヴェストの仕事の邪魔したらうるさいからやめとけ」
「プロイセンは邪魔してんのね。やめなよ、そんなんだからドイツますます頑固になっちゃうんだよ」
「あぁあと、俺のことは『ご主人様』と呼べ」
「じゃあ私のことは『わがままで変態な主に迷惑かけられっぱなしの心優しい女神様』って呼んでね」
「喧嘩売ってんのか?」
「先に売ったのそっちでしょ」





 プロイセンの腕をぎゅうっとつねりそっぽを向いたの横顔を、プロイセンは驚きの表情で見つめた。
彼女の方から触れてくるとは、これは期待してもいいのだろうか。
必要以上に男とは触れ合わないとばかり思っていたが、もようやく積極的になったのか。
そうだとしたら、プロイセンも男になる所存だった。
向こうから触れてきたのだから、こちらから行動を起こしても構うまい。
プロイセンは勝手に結論づけると、の頬に手を添えた。
肌理細やかで手に吸い付くような瑞々しい感触がたまらない。




「・・・何してんの?」
「さっきの仕返しだ、どうだ、くすぐったいだろ!」




 冷めた視線をぶつけるの両頬を手で包み、ふにふにと撫で続ける。
唇も寄せてみたいが、さすがにそれはまだ早い気がする。
日本ではキスの挨拶はないのだと弟もいつか言っていた。
のほっぺ気持ち良すぎるぜ。
そう呟いた直後、プロイセンの後頭部に鈍器が直撃した。





「・・・ご主人様? 今日の夕飯は『ジャガイモのステーキ ~ご主人様の髄液を添えて~』にしましょうか」
「そんなソースいらねぇよ・・・・・・」
「でれっでれした顔で人のほっぺ撫で繰り回さないでよ、気持ち悪い」





 実家経由で帰れなくても力は使えるんだからね。
は後頭部を抱えソファに沈没したプロイセンに冷ややかに告げると、床に転がったジャガイモとフライパンを拾い上げた。
フライパンがあって助かった。
これがなければプロイセンの暴挙を完全に止めることができなかっただろう。
ピンチを救ったフライパンにうっすら血痕がついていることに気付かないふりをして、は若干赤く汚れた部分をプロイセンの服に押しつけるのだった。



































 男所帯には珍しくも花などが飾られたテーブルに、今日のメインディッシュが並べられる。
お待たせしましたと言って笑顔で皿を運んでくるのは、赤いメイド服を身に纏っただ。





「美味そうだな、今日は何だ?」
「今日は『ジャガイモのステーキ ~ご主人様の髄液を添えて~』ですよ」





 にっこりと微笑むは可愛らしいが、口にしている言葉は血まみれだ。
まさか本当に作りやがったのか。
俺、いつの間に食材として利用された。
恐る恐る後頭部に手を伸ばすと、そこはべっとりと湿っていて・・・・・・。










「わあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁl!!」








 プロイセンは絶叫すると、がばりと身を起こした。
慌てて後頭部をまさぐる。
ぬめりとした感触もなく、いつもと変わらない髪触りが伝わってくる。
何だ、夢なのか。
プロイセンは気味の悪い夢に表情を暗くして、再びソファーに倒れ込んだ。
ぬちゃりと頭に何かが触れて、再び悲鳴を上げる。





「ちょっと何よ、さっきからうるさいんだけど」
、今日の夕飯は!?」
「ビーフシチューだけど。もう、醤油とみりんくらい置いといてよね。ジャガイモの煮っ転がしも肉じゃがも作れやしない」





 どこから引っ張り出してきたのか、には少し大きめのエプロンを身につけたまま歩み寄ってくる。
殴られるのか、それとも隠し味にやはりあれを・・・。
身を固くしたプロイセンには見向きもせず、はソファに置いていた氷枕を取り上げた。




「たんこぶ少しはへこんだ?」
「は・・・?」
「まだ駄目なの? ほら、新しいの持って来てあげたから大人しく、いろんな意味で頭冷やしてね」




 プロイセンの頭にひんやりとした氷袋が乗せられる。
プロイセンを昏倒させたのはなのだから介抱するのは当たり前である。
しかし、かつて向けられたことのない思いやり溢れる事後処理を受けたプロイセンは、痛む頭ではなく熱くなった頬に氷を押し当てた。
氷枕を用意してくれたのもなのだ。
こんなに優しく接してくれた女性が過去にいただろうか、いや、いない。
やはりをこのまま日本に帰すのはもったいない。
日本が羨ましすぎるぜ。
プロイセンはビールで溢れている冷蔵庫を覗き呆れているを、食い入るように見つめた。














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