おひさまの道  4







 日本さんや中国殿の家とは全く違う建物や景色。
街行く人々の茶色い髪や緑色の瞳。
あぁ、ここが南蛮なのか。
見るもの全てが初めてで新鮮な世界だったが、変わらないものも見つけた。




「綺麗なおひさま・・・」
「そうだろ? 俺の家は太陽が沈まない国だからな! ・・・といってもわからないか、俺の家の言葉は」




 スペインは何か言っているが、やはりわからなかった。
早く覚えるか力を使うか日本に帰らなければ不便でならない。
私はスペインの後をついて歩き始めた。
中国殿の家と船上での出来事があったから、やっぱりちょっと南蛮人は怖い。
このスペインって人も明るく笑ってはいるけど、どこかから血の臭いを感じる。
こういう人って怒ったら怖いんだと思う。
油断はしちゃいけないと、私は自分自身に言い聞かせた。



























 日本は手にしていた林檎をぼとりと落とすと、慌ててそれを拾い上げた。
些細な衝撃や傷を与えることが急に恐ろしくなってきた。
外に行きたいのなら勝手に行けばいいと、半ば自棄になって言ったのは自分だ。
しかしまさか、あんな髪飾りごときのために遠く南蛮へ連れ去られるなんて。
中国からの伝言を携えて帰還した商人たちからの消息を知った日本は、怒りと衝撃とで眩暈がした。
預かった髪飾りを南蛮人に奪われたから取り返しに?
ふざけるな、彼らが本当に欲していたのは見目の良い東洋人の少女だというのに。
それにわざわざ取り返さなくても良かったような代物だった。
あれは元々は他の誰でもない、のために作らせた物だった。
事情があって失くしたのならば、いくらだって新しいのを作らせて贈って良かった。
髪飾りは代えの利くものだったのだ。
この世界にたった1人しかいないとでは、価値の比べようがなかった。





「・・・帰って来れるのでしょうか。見知らぬ土地で不遇を味わったり・・・」





 が目的でかどわかしたのだから、向こうで乱暴されるかもしれない。
耐え難いことだった。
せめて彼女が途中で逃げるか心ある人に助けられていればいいのだが、その望みは薄いように思われた。
中国など近場ではない、遠く離れた南蛮の地であれば思うように力も使えないだろう。
今こうして作物を傷つけないようにと気を配っていることにも、気付かないかもしれない。
どんな姿になっていても帰ってきてほしい。
日本はそれだけを願っていた。






























 ぎいと重々しい音と共に扉が開く。
私がスペインに連れて来られたのは、やたらと広くて大きな館だった。
いくつくらいの部屋があるのか、全く見当がつかない。
若いのにこんな家に住んでいるなんて、おそらくスペインは屈指の資産家なんだろう。





「帰ったでー!!」
「おせーぞこのやろー!!」





 部屋の奥からぱたぱたと誰かが走ってくる音がする。
スペインの帰りを待ってた人だろう。
男の子の声だったし、弟とかそこらへんなのかもしれない。
私はスペインの後ろに突っ立って、感動の再会を邪魔しないように徹することにした。
どこの国の人だって、家族のことはいつでも大切にしたいと思うものだ。
・・・日本さんは今頃、無茶なことばっかりやって心配かけまくってる私に怒って愛想尽かしてるかもしれないけど。
遠い故郷を思い出して少し寂しくなってきた。
駄目だ、見知らぬ人に迷惑かけたりしちゃいけない。
私は突っ立って俯いていた。
もしかしたら泣くかもしれないけど、泣き顔は見られたくなかった。






「泣きたいのなら僕の胸を貸すよ、可愛いお嬢さん」
「・・・へ?」
「初対面の子にいきなり何言うとんねん・・・。ちゃんびっくりしとるやろ?」





 スペインと感動の再会を果たしているはずの男の子が、なぜだか私の前でにこりと笑って手を差し出していた。
対応に困ってスペインを見上げると、彼も呆れたように両手を上げる。
この手は握手の意なのだろうか。
異文化交流の第一歩は何が起こるかわからないので、踏み出すのが怖い。
それでも、ずっと手を取らないのも失礼にあたるだろうからそっと男の子の白い綺麗な手を取った。
あぁ、この手は家事には無縁の手だ。
私の手よりも綺麗だと思う、手入れもきちんとされてるみたいだし。




「・・・です、はじめまして」
、とっても綺麗な名前だね。僕はロマーノ、よろしくね」
「ロマ、ちゃん俺らの言葉わかってへんで。せやからうちの言葉教えたって」
「そうなのか。よし、、『キスしたって』って言ってごらん」
「・・・キスした「あかんそれは!!」




 ロマーノと名乗った美少年に続いて言おうとしたら、スペインが大声を上げて言葉を遮った。
どうしてだろうと思ってロマーノを見ると、ものすごく悔しそうな顔をしてる。
これはきっと、私に変なこと言わせようとしてたんだろう。
何を言わされようとしてたのか気になる。
言葉が通じるようになったら真っ先に訊いてみよう。







「ほんとにこの子は女の子大好きなんやから・・・。せや、今着とる服も洗濯せなあかんし、ロマ、服貸したって」
「・・・俺が女の子並みに華奢だとか言いてぇのかスペインこのやろー」
「ちゃうでー。ほらメイド服、あれやったらちゃんにもぴったりやろうし、女の子が着とるのはめっちゃ可愛ええと思うでー」
「・・・どの色、柄が黒髪黒目に似合うか楽しみだな・・・」






 焦った顔したりにやけてる顔したり、本当にこの2人は表情がよく変わる。
日本さんはあまり感情を表に出さないから付き合い長くないとわかりにくいらしいけど、この人たちは見てるだけで機嫌がわかる。
更に身振り手振りも交えて喋ってくれるから、言葉が通じなくてもなんとなくわかる気がする。
私はロマーノに手を引かれ、おそらくは彼の部屋であろう場所に連れて行かれた。
見たこともないようなひらひらした色とりどりの服を体に当てられては仕舞い、また別の柄を取り出して眺めては仕舞いという作業を繰り返される。
どうして男の子が女の子の着る服をたくさん持ってるのかとか、きっと訊いちゃいけないんだろう。





「着替えを選んでくれてるんですか?」
「そう。今着てるのも綺麗だけど、動きにくそうだから似合うのを貸してあげるよ」
「(やっぱり何言ってるかわかんないけど)ありがとうございます。これ、着物って言うんです」
「キモノ? 東洋人の服は面白いんだな・・・。これとこれ、どっちがいい?」





 気に入った柄の服を2着見つけたのか、ロマーノが両手にそれぞれ持っている。
選べと言ってるのだろうか。
私は適当に片方を選ぶと、もう一度ありがとうと言った。
そういえば向こうは私の言ってることがわかってるんだろうか。
確かめようもないけれど、一応意思の疎通は図れているようなので気にしないことにする。
ロマーノは選んだ服をお手伝いさんらしき女性に手渡すと、私の方を向いた。
えっと、着替えて、私の方に来る?
どうやら着替えが終わった頃に迎えに来てくれるらしい。
その申し出は私にとってもありがたいことだった。
こんなやたらと広い家、言葉も通じない環境で迷子になったらお手上げだ。

 それから数十分後、着替えさせてもらった私は再びスペインの前に出てきたものの、奇声を上げて床を叩き始めた彼に驚き、思わず悲鳴を上げたのだった。













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