おひさまの道  5







 おはようさん、おおきに、キスしたって、かあええ・・・。
私は、少しずつここの国で使われている言葉を覚えるようになっていた。
日本語とは全然違うからやっぱり難しいけど、使えないと不便だから頑張ってる。
それに、初めてこっちに来た時は気分悪いばっかりだったけど、最近は結構元気だったりする。
ここで出される食事は小麦をふんだんに用いた、私の体にも優しい料理だったからだ。
それと、これはたぶん、日本さんがそれなりに気を遣って作物に接してくれてるんだと思う。
実家の調子がいいから私も元気になってる。
この理由が一番大きいと私は信じていた。
そして実家から暖かな力を感じる度に、ああまだ私は捨てられてないんだなってほっとしている。
とりあえず、私は日本さんにどんな形であれ感情であれ、必要とされてるんだろう。
自惚れちゃいけないってわかってるけど、そう思わずにはいられなかった。






、シエスタの時間だぞ」
「あ、うん、待ってロマーノ」





 与えられた部屋でぼうっとしてたら、扉の向こうからロマーノがシエスタの時間だと知らせてきた。
この国は昼寝をする習慣があるらしい。
どこもかしこも、ほとんどの人が一斉にシエスタと呼ばれる昼寝を始める。
正直なところ、この習慣だけは慣れることができない。
こんな習慣身につけて日本に帰ったら生きていけない。
だから、私はシエスタだけはスペインたちの言うことを聞かないことにしている。
大丈夫、2人ともぐっすり寝てるから、その間に私が何してるか気付いてない。






「ハンガリーさんのメイド姿もきれいだけど、は可愛いって感じだな」
「ありがとう。えっと、ハンガリーさんは女性?」
「そうだよ、大体メイド服って女が着るもんだよ」
「・・・・・・ロマーノは男の「あ、後で美味しいピッツァスペインに作らせようぜ!」






 この慌てぶり、やっぱりロマーノもメイド服を不本意ながら着せられてたんだ。
だって・・・、お世話になってる人を悪く言っちゃいけないってわかってるけど・・・、スペインって変わってる人だもん。
メイド服姿で現れた私見て息荒げだしたり床叩いたりして。
あの時は怖かった、本気で怖かった。取って食われるんじゃないかと思った。
後で可愛いっていう思いを体全体を使って表現してたんだと教えてもらったけど。






「なんや、南イタリアやないか」
「・・・どうも・・・・・・」





 2人でスペインの部屋まで歩いてたら、途中で恰幅の良い男性に会った。
何を話してるのかわからないけど、時々私に向けられる男性の視線が気になる。
見られるのが嫌で、私よりも少し背が高いロマーノの後ろに隠れた。





「にしても、東洋人の娘も可愛いもんや。あと3,4年したらもっと別嬪になる気もするけど、今のうちから可愛がったろか」
「だ、駄目だ・・・! スペインだってそう言うに決まってる・・・!」





 いきなりロマーノが大声上げたからびっくりした。
怒ってるようにも感じる。何か嫌なこと言われたんだろうか。
ロマーノと小声で尋ねると、急に手を引かれた。
違う、この手はロマーノのじゃない。
顔を上げると、口元緩めて笑ってる男がいる。





「人間は人間と付き合う方がええで。ほら、可愛がったるさかいこっちおいで」
「人間・・・?」
「勝手に何しはるんですか、その子は俺の預かり者ですよ」






 今、聞き捨てならないことを聞いた気がする。
どういうことと尋ねようとしたら、ふわりと後ろから抱きかかえられた。
足元でスペインと、ロマーノが嬉しそうな声を上げてる。
口ではいつもスペインは馬鹿だ空気が読めない嫌いだと言ってるけど、ほんとはスペインのこと大好きみたいだもん、当たり前か。





「この子はいずれ故郷に帰さなあかん子なんです。せやから俺んとこでずっと預かっときます」
「せやけど・・・」
「それに俺の家にも美女は仰山います。こんな小さな子相手にせんかてええやないですか」





 スペインはにこりと笑うと私の頭を優しく撫でた。
シエスタの時間やでと、そのままロマーノの手を引いて部屋に戻る。
助けてもらった気がしないでもないから、後でちゃんとお礼を言っとこう。
女の子の前でも躊躇うことなくぽいぽいと服を脱ぎ捨てて早々とシエスタに突入した2人の寝顔を眺め、私はそっと窓を開けた。
ここから見える野菜畑は私を大いに元気づけてくれる。
だから、畑に行こうと誘われる時はものすごく嬉しいし楽しい。
空の実家経由で日本さんのとこに帰れるんじゃないかって思うくらいに。






「ねぇ日本さん、いつまで私のこと待っててくれる・・・? 1年、10年、それとも・・・」







 スペインとロマーノが人間でないことは、いろんな人の話を聞いてわかった。
今日会ったあの男性も、そのことに言及してたんだと思う。
2人は日本さんと同じ、国が人の形をとった存在。
本人たちの直接聞いたことはないけど。
国にとっての1年や10年は瞬きするくらいのわずかな時間の経過だ。
長いことずっと生きてる私にしてもその感覚は同じ。
でもなぜだろう、こっちに来て1年経ったか経ってないかくらいなのに、ものすごく故郷が恋しい。
まるで人間みたいだった。現に私は人間の女の子と思われてるみたいだし。
私についてどう思っているかなんてこの際どうでも良かった。
スペインが中国殿のとこに出かける時に送ってもらうか、ある日突然消えて帰ればいいのだし。
今の私には、自力で向こうに帰れるだけの力があった。
それもこれも、スペインたちが健康的な生活を保障してくれたからだ。






「・・・寝てるからわかんないよね。スペインさん、ロマーノ、毎日優しくしてくれて、寂しがらないようにってしてくれてありがとう」





 裸で眠っている男の人の隣で寝るなんて、日本さんや中国殿が聞いたら頭から火を噴いて怒るだろう。
でも今は2人ともいないし、いいよね。
私はスペインとロマーノの間にちょうど空いている1人分の空間に、自分の体を滑り込ませた。














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